恋人遊び 7


 その瞬間、私の目は彼に釘付けになった。
 どれだけ経とうとも、この時を忘れる日は来ないのではないか。
 そう思ってしまうほどの衝撃。


 彼は人通りの多い交差点付近のデパート前に1人立っていた。
 スラリと高い背。
 アシンメトリーな髪型に、お洒落な奴しか似合いませんといった帽子が載っている。
 待ち合わせだろうか、時計に目を落としつつ辺りに気を配っていた。



 目に留まった瞬間から気になってはいた。
 だからつい、通り過ぎても眼で追ってしまっていた。



 そして彼の佇む後ろ姿を真後ろから捉えた瞬間、心臓が跳ね上がった。
 こんな事があるのだろうか。
 生まれて初めての体験。
 目で追うだけでは気持ちが許してくれない。
 とうとう立ち止り、身体ごと彼の方を向いた。





「さっきから、振り返ってまで何じっと見てるのさ…」

 突然立ち止った私を批難したのは年下のいとこ。
 今日は荷物持ちとして、私の繁華街ショッピングに参戦している。

「あのおにーさん」

 目を離さず、立ち姿が決まっている彼を指差す。

「滅茶苦茶カッコイイよね」
「……そう?」

 不自然な沈黙の後、妙に不機嫌な声が耳に届く。

「背、高いし」
「……僕くらいね」
「あの髪型もカッコイイ、決まってるわ」
「……僕がしてるみたいな短髪が好みなんじゃないの?」

 私が意見する度に、従順ではない応えが返って来る。
 しかし、私の目は彼に釘付けで、私の思考は彼の動向を考えるのに精一杯だった。

「待ってるの彼女かな…。彼女だよね。
 かなりお洒落に決めてる感じだったし」

 漏れ出した思考が出した私の声は、無意識に焦りと不安を滲ませていた。
 その声を聞いたいとこは、ぎょっとしている。

「彼女でしょ。彼女に決まってるでしょ。
 ほら、行くよ。彼女が居る男見ててもしょうがないでしょうが」

 突然早口でまくし立てられ、進むべき道へ戻そうとする。
 けれどもそれを無視して思わず彼の元へ歩み寄ろうとする私の脚。

「なっ…!?どうする気!?」
「ちょっと声掛けて来る」

 そう告げて走ろうとしたが、腕をがしっと掴まれた。

「放して!」
「何キャラじゃない事してんの!?」
「だって今声を掛けないと、きっと一生後悔する!」
「一目惚れなんて、それこそ後悔するよ!」

 道行く人が注目するほどの音量の言葉は、しかし私には理を解せなかった。

「…は?お米のブランドが何よ?
 早くしないと、チャックが…」
「行くな…!って……は?チャック?」
「チャックが、全開なのに!」

 いとこは思わず自分のズボンを確認した。
 構わず私は彼を示す。

「しかも、良く見てよ。お尻も縫い目でバックリ裂けてるの。
 下着の色が同系色みたいだから解り難いけど。
 てか、普通あんなのあり得る?
 前も後ろも全開なのよ。もう一生こんなこと出会えないわ」

 恐らく最初で最後だろう、こんな出会いは。

「あんなカッコつけてて、あれで彼女迎えるの、酷でしょ?
 絶対気付いてないから教えてあげないと…」

 そう言って再度駆け出した私を、今度は止める者は居なかった。





 さほど時間が立たないうちに、彼のチャックは上げられ、お尻は斜め掛けの鞄で隠された。
 もちろん私の助言が功を奏したのだ。



 1人の青年の未来を助けた事に、私は非常に満足していた。
 けれども隣を歩くいとこは、午前中にも係わらず疲れ切った表情を浮かべていた。
 私は目が合う度に溜息を吐かれ、納得のいかない一日になった。






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