恋人遊び 6


 紙一重、という言葉がある。
 例えば馬鹿と天才。
 例えば優しさとお節介。
 そして「一途」の紙一重は――「ストーカー」だろう。



 紙一枚分の差は、どこで違うのだろう。
 それを検証する為に、下記の様な状況を作ろう。



 とある女性の家の前。
 草木も欠伸する深夜。
 降り注ぐ雨の中。
 その日は女性の誕生日。
 傘も差さずに佇む男性。
 手には花束。
 誕生日プレゼントを一番に届けたいと思っている。
 彼女とは正式に付き合ってはいない。
 けれども彼女の事を誰よりも思っている。



 さて男性は一途な男か、ストーカー男か。
 一見しただけでは解らない。



 しかし、ここで容姿の情報を入れてみよう。
 まず上記が、今誰もがときめく人気俳優のエピソードだった場合。
 視聴者は何て一途なロマンチストだろうと溜息を吐くだろう。
 しかし、登場するなり気持ち悪いという悲鳴が上がる芸人のエピソードだった場合。
 視聴者は勘違いのストーカー野郎だと揶揄するだろう。



 ならばその差は顔なのか。
 しかしそうなると――





「長いよ」
「最後まで聞きなさいよ」

 語っていた私に、相も変わらず冷めた年下のいとこの声が水を差す。

「もう大体解ったよ。んで、結局何が言いたいの?」

 彼は凄く面倒臭そうに、私のおやつであるチョコの挟まったクッキーを頬張る。
 私は納得がいかなかったが、望み通り簡潔に本題を話す事にした。

「こないだ水路の横で急に「彼氏はいるんですか」って訊かれたんだけど、
 それって変な奴なのか一途な奴なのかどっちだったのかなと思って」
「…え、ちょっと待って。話が見えない」

 せっかく意見を尊重したのに、怪訝そうな顔をされた。

「今、解ったって言ったじゃない」
「話が変わり過ぎだよ」

 同じ話よとむっとしたが、唯一の聞き手に伝わらなかったのではしょうがない。
 取り敢えず始めから話す事にする。

「こないださ、雨の中、夜1人で歩いてたら、急に後ろから呼び止められたの。
 で、突然すみませんが彼氏は居ますかって」

 そこまで言った所で、彼は何か言いたそうにしたが、結局黙ったままだった。

「私もちょっとびっくりして、思わず見栄張って居るって答えたの。
 じゃあ、そうですか、残念ですって。可愛いから気になって声掛けましたって」

 彼はそこでやはり何か言いたそうにしたが、堪えた様だ。
 私は更に話を先に進める。

「でも良く考えたら、夜で、雨で、傘差してたでしょ?街灯もないし。
 その状況で、しかも後ろから声掛けて来たのに顔を見たって事は、
 その前のコンビニで見かけたって事だけど、
 けどそこってもうコンビニから随分離れてたから、ずっと付けてきてたって事に…」
「何平然としてんだよ!?それ絶対変な奴じゃん!」

 突然叫ばれて、不覚にも驚いてしまった。
 普段やたらとクールぶっているいとこからは考えられない大声だった。

「いや、でも私がびっくりしてうわって言ったら、すみませんって謝ってたし」
「謝って済むなら警察は要らないよ!」

 らしくなく、何の捻りもない常套句で突っ込んでくる。

「いや、でも暗いから、可愛く見えたの気のせいじゃない、って言ったら、
 そんな事ないですよってフォローまで…」
「何凄く冷静な対応をしてるんだよ!そこは走って逃げろよ!」
「いや、でも道を尋ねるつもりとかだったらどうしようかと…」
「どこの迷い人が可愛いですねとか言って来るんだよ!
 通り魔とか強盗犯だったらどうすんだよ!」
「でも気を付けて帰ってくださいって…」

 最後は驚かせてすみませんでしたと再度謝罪された。

「そんなの知らないよ!だいたい、夜に女が1人で歩いてコンビニ行くなよ!」
「でもお腹が空いたし、雨降ってるからバイクは…」

 気付いたら私への駄目出しに変わっていた。
 結局、答えは「ストーカーっぽい変な人」だったのだろうか。
 一応顔は好青年だったのだが、そんな事を言える流れでもなくなった。

「車持ってる彼氏を作るか、知り合いでも呼びなよ…」

 とうとう叫び疲れた様で、最後は消えるような声だった。
 どうやら彼は、心底呆れているようだ。

「そんな都合良く、夜来てくれる人なんていないわよ」

 解っているくせにと不満顔をする。
 すると先刻までの絶える事なかった突っ込みが止まる。
 そして、しばらく考えた後、口を開いた。

「…僕が行くよ」
「へ?」

 彼はあからさまに私から目を逸らす。

「良いよ、こないだ車の免許取ったし。夜1人で歩くくらいなら、呼びなよ」

 その言葉を、自分の中で噛み砕く。
 少し、そわそわとするいとこ。
 ひょっとして、それって…
 私は思わず、確認の為に問う。

「アッシー君に…なってくれるってことね」

 初アッシー君だと喜ぶと、年下のいとこは頭を抱えた。






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