――月は時折真っ二つに割れる
     しかし誰と分ける訳でもない



彼女の月
   ―癒すのは半月―



「いやぁ、助かった。旅医者が立ち寄っていたのは運が良かったよ」
「日頃の行いが良かったのかしらねぇ」

 乾燥しがちな今の季節、風邪が大流行中の街での話。





「うーん。喉は腫れてない」

 彼女は少し熱のある彼の口を閉じさせてから手首を取った。
 脈を診る。

「ん、正常」

 しばらくして手首を放すと今度は彼の胸にぴったりと耳を付けた。
 顔を上げて両手で彼の首筋に触れる。
 最後に額の手を当てて、彼女はゆっくりと柔らかな笑みを浮かべた。

「うん。多分、体の疲れが出たんだと思う。何日も野宿だったしね」

 彼女は傍に置いていた鞄を探った。
 白い粉の入った小瓶を取り出す。
 瓶から出した適量を紙片に包んだ。

「熱冷まし飲む?夕飯の後に…」

 彼女はまだ見ぬ夕飯に思いを寄せながら口を開く。
 しかし、彼が彼女の額を軽く指で弾いてその言葉を遮った。
 ん?と可愛く問う彼女に彼が静かに言う。

「お前、顔赤いぞ。体温も高い」
「え?」

 きょとんとした彼女に彼は自分が使っていた体温計を差し出した。
 彼女の平熱は三十四度台とかなり低めだ。
 いつもはひんやりとしている白い肌は、今は赤みを帯びている。
 彼女はそれを脇に挟みながら、部屋に備え付けてある鏡へと向かった。
 口を開けて鏡を覗く。

「喉、腫れてる」

 呟いて両手で自分の首筋を触る。
 リンパ腺も腫れている。
 彼の方に向き直り、彼女は困ったように首を傾げた。

「…風邪…ひいちゃったみたい…」

 脇の下の水銀は三十八の目盛りを通り越した。





「それにしても若いのに手際良かった。きっと良い学校の出だろうな」
「ええ。礼儀も正しい、しっかりとしたお嬢さんでしたねぇ」

 街の老夫婦がほのぼのと話す頃、優秀な医者が一人寝込んでいた。





混沌の旋律top    <三日月    満月>