――月は時折丸く膨らむ
     太陽ほど暖かくはなかったとしても



彼女の月
   ―膨れゆく満月―



「夢とか希望とか、何でも良いの。もっと欲を出しなさい。あんたの欲しいものは何?」

 友人の言葉が蘇る。

「だって、私…」



「ファイ?」

 彼女は部屋に入ってきた男に声をかけた。
 彼はまるでいつもと変わらず無愛想で挨拶の一つもなかった。
 しかしそれはいつものこと。

「ファイ?」

 しかし彼女はもう一度腑に落ちないように彼の名を呼んだ。

「何だ?」
「どうかした?」

 そう問い返されて、ほんの一瞬動きを止めた。
 彼女の顔を見る。
 彼は上着を脱ぐと寝台に座る彼女の上に倒れこんだ。
 膝枕のような状態になる。
 そのまま、居心地の良い体勢を探す。

「会いたくない奴に会った。それだけだ」

 数秒あけて彼は呟いた。

「そう」

 彼女は言ってから、彼の短い髪を撫でた。
 買出しに行くと言って出かけた彼が、手ぶらで帰ってきた。
 特別、今必要なものはない。
 だから構わない。
 彼女は彼の過去を何も知らない。
 何処で生まれたのか、何故傭兵をしているのか、今までどんな人々とであったのか。
 でも、今彼女にとって必要なものはない。
 だから構わない。
 今の彼さえ知っていればそれで良い。
 彼の隣にいられるならそれで良い。

「レタリス」

 彼が小さく彼女の名を呼ぶ。
 彼女は止まっていた手を動かして、また髪を撫で始めた。



 終わらない時間。
 こんなにも満ちている今日。
 これ以上何を望めば良いだろう?





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