――世界を支配する長い長い回旋曲。
     人の身では気付く訳もなく。



世界の裏側は回旋曲
   セカイノウラガワハロンド



 ユーザ帝国首都サンティラーナ。
 皇宮を構え、国内の政治、経済、宗教、流通の中心部と言えば華々しい印象だが、
 首都の全てが活気に満ち溢れている訳ではない。
 首都の外れには依然として貧民街が存在するし、
 新設された主要な道路から外れた場所では商売が芳しくなくなり、
 ほとんどが移住してしまっている幽霊街も多い。
 現に今、ルリ・カーシルトが歩いている界隈は賑わいとは無縁であった。
 古い工場地帯で、それを中心として出来た住居が隙間を埋めているものの、半分くらいが空き家なのだろう。
 とにかく日も明るい午後だと言うのに、通りに出ているのは彼女1人だ。
 彼女はその面白みのない道を黙々と進み、営業中、と看板の出ている喫茶店へと入って行った。





 時計の針はお茶に丁度良い時間を指していたが、店内はがらんとしている。
 ほんの1組分しか席は埋まっていない。
 なので扉を潜った瞬間に、待ち合わせていた人物は見つかった。

「ルリさんー。こっちー」

 わざわざ手を上げて彼女を呼んだのは、幼い少女の声だった。
 肩に付くか付かないかの髪は淡い金髪で、くりっと大きな瞳は夏の空の様に鮮やかな青。
 大人用の椅子では持て余してしまう足をぶらぶらと揺らしている。
 首元を飾る赤い石が妙に目立っていた。
 一見して、10歳にも満たない少女だと誰もが思う愛らしい容姿。

「こんにちは。待ちました?」
「んーん。何か食べたいなーと思って早めに来ちゃっただけだから」
「てな訳で俺ら食べてるから、頼むなら適当に頼んで」

 咥えた匙を離して口を開いたのは橙色に光るふわりとした金髪に、深い緑色の瞳の少年。
 返事をして余った席に付くと、はっとしたように少年が自分の皿に目を落とした。

「リナ、勝手に俺の苺取っただろ…」
「カインったら、こんな幼女にムキにならないでよー」

 悔しげにリナと呼んだ少女を睨む、カインと呼ばれた少年。

「何が幼女だ。こんな時だけ子供ぶってんじゃねぇよ」

 非常に子供っぽい喧嘩を始めた2人を見ていると、何の変哲もない兄妹の様に見えた。
 しかしもう少し店内に客がいたら目を引かずにはいられない違和感がある。
 美しい柄の大剣がリナの横に立て掛けられているのだ。
 正直ひょろりとした印象のカインが持つのも予想出来ないが、やはりそれ以上に、
 少女の隣に身の丈ほどもありそうな剣が置いてあるのは異質な雰囲気と言えよう。
 反対にカインの方には武器の様なものもなく、つばの広い黒い帽子と、銀色の横笛が置いてあるだけだ。
 それでも、何の変哲もない2人組ではないと解っているルリからすれば、気に留めるほどの事でもなかった。

「私も甘い物食べたいな」

 2人が取り合っている果実の乗った焼き菓子がとてつもなく美味しそうに見え、同じものを献立表から探す。
 程なく見つかったので、1人しかいない店員に声を掛けて注文した。
 ようやく一息吐いた心地がして、無意識に握り締めていた物を机の上に置く。

「何それ、何か書類と…指輪?」

 分厚い紙の束よりも金色に光るそれをリナが興味深そうに見つめた。

「指輪って言うか、用途としては蝋印ですね。借り物ですよ」

 細やかに紋様が掘られた印章指輪だ。
 ルリはそれをつまらなそうに指でつつく。

「それを押すと、どんな紙切れも魔法の手紙に!」
「何自棄になってんだ。とうとう気が触れたか?」

 唐突に無理やり気持ちを上げようとした所で、ものすごく冷静なカインの突っ込みが入る。

「いえ、ちょっとこれを借りるのに精神を消耗してきたので。
 やっぱり突っ込み役がいると気持ちが引き締まりますねぇ」
「俺を勝手に突っ込み役にするな」

 カインの言葉はさらりと流したものの、指輪の主とのやり取りを思い出し、どっと疲労が襲ってきた。
 苦手な人物に、これを返さねばならない事を思っても、更に憂鬱だ。

「こんな遠回りな事しなくても、どうでも出来るんだけど、
 もうあんまり国の中枢とは直接係わらないって決めちゃったからなー」

 リナは指輪に刻まれた紋様とルリの発言内容を何度か反芻するように目を瞬かせてから口を開く。

「ルリさん、しばらく会ってない間に何してたの?」

 言いたい事は解ったが、すべてを話すときりがないと思い、ルリは簡素に言葉を選んだ。

「色々ですよ。ちまちまと翻訳の仕事したり。
 魔女と呼ばれたり幻影と呼ばれたり、
 結婚して子供を産んだり…」

 そこまで一気に話した所で、聞き手だった2人が同時にむせた。

「結婚!?」
「子供!?」

 どっちがどっちを口にしたか解らないほど、調和した叫びだった。
 しかしその言葉を浴びせられた本人は、さも心外だと言う様に半眼になる。

「いや、私も一応人間の女なんで、結婚しても子供産んでも可笑しくないでしょう。
 一体何年会ってなかったと…。
 …というか、私の事何だと思ってるんです?」
「何だとっていうか、…何だろうな」

 リナとカインは、それぞれ妙に真剣な表情で悩み始めた。

「んー、何か子供産むって言うよりも、
 ルリさんなら無から生み出したりしそうな感じかな、と…」

 どう考えても失礼な事を言われた気がし、ルリはわざとらしく不機嫌な表情を作る。

「仮に理論的に可能だったとしても、私は道徳的にそんな事しませんよ」
「むしろ理論的に不可能だったとしても、道徳的にはしそうな気がする」
「そもそも何で人間じゃない人に揃って人外扱いされなきゃいけないのか解りませんが…。
 まぁ良いです。私への誤った印象はともかく、本題に入りましょう」
「ああ、そうだな。あんたの生き様に突っ込んでたら日が暮れる」

 近況としてはまだ続きがあったのだが、人間扱いされてない事に突っ込み返していたらきりがない。
 そう言えば先日短い時間ではあったが久しぶりの再会の時にすら、結構滅茶苦茶な事を言われていた。
 丁度注文の品もきたのでルリは本来今日2人と待ち合わせた理由へと話題を変える。

「最近の変わった魔物について、だよね」

 幼い表情のまま、リナが口にする。
 変わった魔物がいつから現れていたのかは不明だが、報告され始めたのはここ1年ほどの間だった。
 従来の魔物より知能や強度、凶暴性が極めて高い。
 そう言った一部で「新種」と呼ばれる魔物が、度々人里に現れては人を襲っていた。

「自然発生ではない、って言い切って良いとは思う。
 魔物が湧くような偏った邪気の流れじゃないし。
 まだ全然調べきれてはないけど、そもそも湧くならもっと纏まって湧くはずなんだよね」

 報告のあった場所にいっても、同じ魔物には遭遇しなかったらしい。
 新種の魔物は討伐された後は現れていない。

「異質な魔物が、複数個所でそれぞれ単体で発見されてるって言うのはやっぱり違和感がある。
 発生地点が綺麗にバラけ過ぎてるんだ」

 リナの後を継いだカインが、既成の大陸地図を広げる。
 そこに書き込まれた印が、魔物が目撃された場所を示しているようだ。
 北から調べて来たらしく、ムスリナ王国の南部、ミフェスト領、クナンセス領、そして帝国直轄領の北部に発生個所が点在していた。

「で、こっちは直轄領内」

 更にもう一枚地図を広げると、およそ領内の州に1ヶ所ずつ印が確認出来た。
 その印をまじまじと見て、ルリは苦い表情を作る。

「そうですか。…うん、そうでしょうね」
「心当たりがあるの?」
「まぁ仮説の段階ですけどね。お2人の調査でかなり裏付けはされました」
「仮説が正しそうなのに、その表情?」

 決して正解を導き出しつつある者の顔ではない。

「邪神そのものよりも、そっちの方が厄介そうで面倒くさいな、と思ったもので」

 ルリはその気分的な苦みを相殺するように、焼き菓子に糖蜜をどばっとかけた。
 辛党からすれば胸やけしそうな甘みを口へと運ぶ。

「邪神が厄介じゃないって発想が化け物すぎんだろ」
「いえ、邪神だって厄介ですよ。国家や大勢の人間の危機ですからね。
 ただ、邪神の発生は人類にとって逃れられない、いつか必ず回って来る物じゃないですか。
 私としてはかつて逃した邪神との邂逅、と洒落込もうと思ってたんですけどねぇ」
「そんな物騒な考えを今すぐ捨てろ」

 菓子を美味しく食べ終わったカインに勢いよく匙を突き付けられる。

「安心してくださいな。そんな事は言ってられなさそうですから」
「今思い出したわ。人をなんだと…って言ってたが、
 俺はあんたの事を魔法狂いの危険人物だと認識してる」

 またもや酷い発言をされた気がしたが、いい加減ルリも慣れてきた。
 甘い菓子で機嫌が持ち直したのも大きい。
 余裕な素振りでお茶で喉を潤してから斜め前の鮮やかな緑の瞳を見据える。

「…それはカインさんなりの褒め言葉と受け取って宜しいですか?」
「…それを褒め言葉だと受け取れるなら、幾らでも言ってやるよ」
「あれだよね。カインとルリさんは、仲良いよね」

 焼き菓子の最後の一口を頬張りながら、リナが嫌味でもない素直な感想を告げた。
 揃って無言になり、少し考えてからルリが口を開く。

「では今日から無二の親友と言う事で」
「何処を見たらそうなる!」
「定番の突っ込みありがとうございます。
 では、じゃれ合いはこの辺にしておきましょうか」

 そう口にし、ルリはわざとらしく外に目を向けた。
 ただ一瞬の事で、すぐに視線は2人へ戻る。

「わざと泳がして連れて来たんですか?」
「そうだよ。ルリさんへのお土産。魔物の件はまだ全部調べられてない代わりに」
「こんな街中で私に騒動を起こせとはまったく、か弱い女子を何だと思ってるんですか」

 まるで困ったと言わんばかりの台詞と動作だったが顔が全く困ってなかった。

「こんな閑散とした場所を選んでおいて良く言えるよな」

 呆れたようにカインが呟く。

「裏手は潰れた工場みたいだよね。ちょっと騒いでも平気だろうね」

 わざわざ待ち合わせに指定した、住人の半分も住んではいない寂れた工業地。
 ここは非公認傭兵の仲介、裏社会の取引が行われる為だけに営業されているその道で有名な場所。
 閑散とした通りに留まる気配は、この中を見張っている以外にはありえない。

「全部で5人、ですよね。
 バラけてるの纏めるのが面倒そうですね。リナさん、カインさん。
 せっかくのお土産なんで受け取りますけど、伝令役を捕まえとくのはお願いしますよ」
「りょーかい」

 リナは陽気に、カインは渋々了承し、残ったお茶を飲みほした。





 店の裏側に回った人影を見失い、3人の男が辺りを見渡していた。
 姿こそごく一般的な町民の様ではあるが、その店以外に人が寄りつくような物がない場所だと、妙に目立った。
 ルリは彼らの背後から気軽に声を掛けた。

「私をお探し?それとも可愛い2人組の方?」
「いつの間に――」

 思わず声を上げたようだが、さすがに玄人のようだった。
 すぐに懐から短刀を取り出すと、いっせいに戦闘態勢を取る。
 そして問答無用で彼女に飛びかかろうとしたその瞬間。

「はい、止まってー」

 彼女は軽やかにそう告げる。
 するとそんな言葉で止まる筈のない3人はぴたりと止まった。

「なっ――!?」

 もちろん男達の意志ではない。
 混乱のままに目を見開く。
 彼女はその反応に満足するように頷くと、真ん中に立っていた男を指差した。

「あなたが一番偉そうね」

 すると、残りの2人が突然苦しむ様な素振りを見せ、あっという間に地面に伏せた。

「な、何を…」
「ちょっと窒息させて気を失わせただけ」

 当たり前のようにそう告げると、動けずにただ1人立っている男から血の気が引いた。

「さて、何であの2人をつけてたか、訊かせてもらえるかしら?」

 躊躇いなく襲ってくる様な男が、そんな願いをきくはずがない。
 何も話すまいと強く口を引き結んだ男に、ルリはにっこりと笑顔を向けた。

「3つの選択肢から選ばせて上げましょうね」

 笑顔のまま、1本指を立てる。

「1つ目。痛い目を見る前に素直に吐いてしまう」

 男の目の前で2本目を立てる。

「2つ目。痛い目を見た後に素直に吐いてしまう」

 そして脂汗の滲む男には構わず、3本目。

「3つ目。自分の意志とは全く関係なく素直に吐いてしまう」
「ひょっとして…お前、魔女、か…!!」

 唐突に記憶の端に蘇った裏社会で覚えた単語を男が絞り出す。
 立てた指を潰す様な仕草で折り曲げると、彼女は問いには答えず、笑みを更に凄惨な物へ変えた。

「さぁ、どれがいい?」





「何やってんだ?あの女が何かしてるのか?」

 喫茶店の屋根上で身を伏せて見張りをしていた男が、仲間3人が突然動きを止めたのを見て顔を顰めた。
 不審げに、それでも自らの役どころから助太刀する訳ではなく、増援を要請しようかと迷ったとの時、突然上から声が降って来た。

「あの女が何してるかなんて、俺だったら怖くて知りたくもねぇよ」

 今眼下にいたはずの茶色い髪の女が、面白くなさそうに男を見下ろしていた。

「――っ!?」

 驚きと供に、男は懐から短剣を取り出し、監視対象だった女に突き付けようとする。
 しかし、違和感を覚えて動きを止めた。
 先程まで見下ろしていた女は、こんな服装ではなかった。
 黒い帽子など被ってはいなかった。
 店に入る時よりも少し大柄ではないか。
 そもそも、先程発せられた声は、明らかに女の声ではない。
 そこまで思い至って、警戒心を強め、短剣を強く握り直した。
 しかし、その刃の先がどろりと溶け落ちる。
 今度は、それに驚く間もなかった。
 目の前の何者かが、帽子を外す。
 一瞬顔が隠れて、それを被り直した時には、それは全く別人になっていた。
 男が、ずっと尾行していた、橙の髪の少年。
 今まで声を上げなかった男も、さすがに耐えられなかった。

「ば、化け物…!?」
「察しが良いな」

 彼はそう呟くと、皮肉げな笑みを浮かべる。

「ただ、俺は物が化けた訳じゃない。
 黒い月の加護から生まれた、つまらない存在だよ」

 ふわりと浮いた前髪の下からは、上が欠けた黒い月の紋様が覗いていた。





「おい、どうした?」

 屋根の上から状況を確認し、自分に伝えて来るはずだった仲間が応答しない。
 代わりに上から化け物、と悲鳴の様な叫びが聞こえた。

「お仲間なら、うちのカインが相手してるわ」

 耳元で女性の声が聞こえ、男はその場から飛びずさった。
 そこに立っていたのは20歳程に見える、若い女性だ。
 金色の髪を肩のあたりまで伸ばし、鮮やかな青い瞳で男を見ていた。

「何者だ…」
「さっきまで熱い視線を送ってくれてたんじゃないの?」
「俺が見てたのはもっとガキだ」

 しかし何か引っかかったのは、彼女が持つ色と背負っていた大剣に見覚えがあったからだ。
 ただ、そんなはずはない、と男が自分の考えをうち消す。
 どれだけ容姿が似ていたとしても、人間が突然10も歳をとる筈がない。

「あなたに見えてるものだけが、世界のすべてって訳じゃないってことね」

 うんうん、と彼女は1人で頷いた。
 警戒の表情のまま、無言で距離をとる男。

「あれ?もしかしてあなたは自分が、表舞台を全て見渡せている裏側の人間だと思ってた?」

 けどね、と彼女はすらりと背中から刃を取り出す。
 女性の細い腕では持ち上がりもしなさそうな大剣は軽々と抜き放たれた。
 鏡の様に美しい刀身には、引きつった男の表情がはっきりと映っている。

「本当の裏って、もっともっと、世界の深い所を回ってるのよ」

 彼女の額には、下の欠けた白い月の紋様が薄く浮かんでいた。





「お2人ともお疲れ様です」

 ルリが声を掛けると、リナとカインは引き摺って来た物をぽいっと放った。
 前髪が笑えるほどに焦げてちりちりになっている男。
 例題のように泡を吹いて失神している男。
 労いの言葉を掛ける彼女の後ろには、3人の男がごみの様に転がっている。

「ああ、その男達の辺りに転がしておいてください。
 後で記憶消しとくんで」
「そんな事出来るの?」

 リナに至極普通の事を訊かれ、ルリは一瞬考えるような仕草をする。

「なかなかいい感じの衝撃を脳に叩きこんで、曖昧にしとくだけですけど」
「恐過ぎだろ」

 冗談なのか本気なのか判断しかねて、カインが引きつった声で突っ込んだ。
 しかしその真偽には触れず、ルリは男達を指差した。

「自称邪神を崇拝する者、だそうですよ」

 彼女の言葉に、2人はどう反応していいか困ったようだった。
 揃って顔を見合わせ、眉を寄せる。

「邪教徒って奴か?いまいちピンとこねぇけど」
「何か昔からそう言う人っているけど、目立って何かをしてきた印象ないよね」
「それが近年どうやら大々的に暗躍中の様なのですよ」

 転がっている男を、魔法の力なのか軽々と襟首を摘まみ上げては放り投げる。
 5人まとめて積まれてかなり滑稽だ。

「まぁ、こいつらは構成員としては下っ端の下っ端、孫請けって感じですかね」

 なので予想の範疇の事しか知りませんでした、とつまらなそうに告げる。

「自分達の悪巧みについて係わった人間を監視して、
 必要ならば拉致、もしくは殺害する手はずだったそうです。
 因みに私が相手したのが実行犯。お2人が捕まえたのが監視役です」

 詳しく訊くとリナは付けている人数が首都に入ってから増えたと言った。
 恐らく監視役から連絡を受け、合流した所だったのだろう。

「調べて頂いた魔物の件で目を付けられたようです。
 組織的な物ならその依頼主まで辿って殺してしまう予定だったと」

 付けていた2人が新たに接触したとした者がいた事で、ここで3人を捕まえて色々と尋問しようと言う算段だったらしい。
 要人の暗殺に絡む動向もあった様だが、この2人には関係ないので割愛しておく。
 ふー、とそこで一息吐く。

「後1つ、お二人にも関係ありそうな事が出てきました」
「ん?なに?」
「邪教徒は、額に精霊の紋がある者を探しています」
「…それは私達をってことじゃないんだよね?」

 リナは今までの軽快な調子ではなく、多少真面目な色を瞳に浮かべた。

「特定の誰かとは聞いていないようですね。
 ただ、その月の紋がある者を見つけ次第捕えるように伝えられているようです」

 リナとカインの額をそれぞれ示した。
 悪魔と呼ばれる黒い月。自然の精霊と言われる白い月。

「とにかく良く解らなくても精霊を探してるって事だよね。なんだか気持ち悪いなー」

 リナはそう口にすると、赤い石を数回叩く。
 またたく間に妙齢の女性から、幼い少女へと姿を変えた。

「精霊そのものの存在が一般に浸透してる物でもないしな。
 見かけでも普通は解らないし」

 一般的な知識で、精霊という者はあまり知られていない。
 物語などでその存在が漠然と語られる事があったとしても、明確に歴史に姿を現さないからだ。
 そもそも一見して社会的に違和感のある外見ではない。
 本人が語った所で笑いものになるだけだろう。
 魔力が高い、魔法が使えると言うだけなら、人間にもまだ少なくなっても存在するのだ。

「お2人ほど極端な特技があれば、よく解りそうなものですけどね。
 とにかくちょっと今まで以上に気を付けては居て下さい」

 この黒い月と白い月の精霊は「結構単純な事」だとはいうものの、
 姿を変えられるのも、年齢を操作する事も、人外の存在だったとしても難しい事だろう。
 少なくともルリの知っている精霊で、まったく同じ事を出来る者はいない。
 「そう言う事が出来る」事が、人間と精霊のもっとも大きな差の1つなのだが。

「ねぇ話は戻るんだけどルリさん。
 そもそもなんで、邪神はこんなにも早く現れてしまったの?
 前に消えてから、まだ50年くらいしか経ってないのに」

 今まで繰り返してきた周期よりずっと早いんだもん、とリナが不思議そうに問う。
 世界の流れから生まれた彼女は、世界の一定だった周期が狂っている等と思えない。
 長年、その時代毎に現れる邪神を、勇者の剣として倒し続けた聖剣の精霊である彼女の感覚だ。

「正直、何がきっかけかはっきりした事までは解っていません」

 必要な欠片は集まりつつある。
 けれども肝心な欠片を撒き散らしている源がまだ特定できていない。

「取り合えず今必要なのは、行方を眩ませている復活したはずの邪神の居所を何とか掴む事です」





 少しそのまま立ち話をした後、大剣を背負った少女と黒い帽子の少年はまた兄妹の様に喧嘩をしながら歩き始め、
 魔女と呼ばれた女性は転がった男達を一通り見回すとその姿を街から消した。







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