アッサラームの話----------
8話.華やかなる都A
「疲れた〜」
クラムが平原にへたり込んだ。
それにストロフィスも続く。
「何だ、この魔物の量は…」
4人の周りには倒したばかりの魔物が倒れていた。
アッサラームに向かうため進路を東にとったまでは良かったが、
そのルートに入ってから今までとは比べ物にならないほどの数の魔物に遭遇している。
以前の軍隊ガニのような知力戦をしてこないのがせめてもの救いであった。
「昔はこれ1匹でも随分騒ぎになったものだけど…」
ラゼリアが地に伏した巨大な猿のような魔物をさして言う。
暴れザルと呼ばれるその魔物はその巨体に似合わぬなかなかの素早さと、
繰り出される攻撃の強力さで、旅人から恐れられていた。
「確かに最近は魔物の増加が激しいな。
それだけ、魔王の影響が出てるってことだろ」
憎々しげにブラウがそう言って辺りを見渡すと、
まばらに雑木林が散らばる平原に殺気のこもった気配が過ぎる。
「またか…」
仲間の血の匂いにつられてか、またもや数匹の暴れザルが姿を現した。
侮れない敵であるとはいえ、さすがにこう幾度も出てくればこちらにも慣れがある。
素早くブラウが鞭を振い、ラゼリアが魔法でけん制しながら攻撃を避け、
ストロフィスが止めを刺す。
そしてクラムもいつものように防御壁の呪文スカラを唱える。
「スカ…」
呪文を唱え終わろうとした直後。
暴れザルの背後から猫に翼が生えたようなものが飛び出した。
驚く暇もなくそれは見た目の通り猫のような声で鳴いた。
鳴き声が響いた瞬間、まるで一瞬呼吸を止められたような圧迫感が喉を襲う。
「…っ!?」
声が出ない。
魔法どころか悲鳴も上げられない。
慌てて他の仲間を見るとストロフィスも同様に喉を押さえて驚いており、
ラゼリアは苦い表情で魔法を唱えるのをやめていた。
「マホトーンか!」
1人魔法を使えないブラウだけが影響していない。
マホトーンは魔法の発動をさせないように声を封じてしまう呪文。
猫のような魔物、キャットフライはその呪文を得意とする魔物だった。
もっと南の方にしか出ない魔物だったので油断していた。
ストロフィスは普段から魔法を使わないし、
ラゼリアも魔法がなくても闘えるとはいえ、
彼女の真空呪文とクラムの防御呪文を当てにして
闘いの基盤を作っていた暴れザル戦ではこの状況は辛い。
とりあえず飛び回る諸悪の根源を鞭で叩き落とし、ブラウは状況を確認する。
「っ!!」
まず目に入ったのは声が出ていたなら「勇者君!!」と叫んでいただろうクラム。
そしてそのストロフィスは宙を舞っていた。
魔法を失って軽いパニックに陥っていた彼女の方まで下がっていたようで、
彼は先程闘っていた位置から随分離れていた。
案の定、今までは防御呪文で受け切れていた攻撃が受け止められなかったようだ。
衝撃に吹っ飛ばされたものの受身を取ってすぐに起き上がる。
しかしながらその時間は間合いを詰めるのには十分過ぎた。
追い討ちをかけようと魔物は腕を振りかぶる。
振り下ろされていたなら確実にストロフィスに大ダメージを与えていただろう
その太い腕に鉄球のついた鎖が巻きつく。
ラゼリアが愛用のモーニングスターで魔物の気を引く。
とりあえずブラウは更にその後ろで彼女を襲おうとする暴れザルにターゲットを定めた。
残っているのはその2匹だけだ。
鞭というのは雑魚を一掃するのには有利だが、
体力のある相手にはなかなか決定力にならない。
ひとまず魔物の連携が出来ないように1匹を引き離す。
ラゼリアが動きを止めている
―と言っても当然僧侶の彼女の力で耐えられる訳もない―
魔物に体勢を立て直したストロフィスが切りかかる。
暴れる魔物を避けながら的確に致命傷を狙って剣を振う。
痛みに魔物が出たら目に腕を振り回す。
ストロフィスは後ろに跳んで避けたが、
暴れザルと鎖で直接つながっていたラゼリアは武器を手放す前に地べたに叩きつけられた。
鎖は絡め捕られ、鉄球が千切れた。
暴れザルが彼女に飛び掛り、巨体の影に彼女の姿が見えなくなる。
「ラズ!」
クラムは一瞬自分の声が出るようになっているのに驚くが、
すぐにまたラゼリアの方へ意識を戻す。
ストロフィスがラゼリアの元へ走る。
剣を構えたままだった彼はしかし、魔物の側まで来て剣を下した。
丸腰になったはずの僧侶に襲い掛かった暴れザルは、
もはや動いてはいなかったからだ。
巨体の影から青銀の髪がなびく。
「ラズ、大丈夫か」
脚を魔物の腕に挟まれていた彼女を彼が引っ張り出す。
「ええ。それよりもブラウの方に行ってあげて」
彼女の無傷を確認すると彼は頷いて疲れが見えてきたブラウの方へ。
代わりに彼女の元へは遅れてクラムが走って来た。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫よ」
頷く彼女にクラムはしかし心配そうな顔を向ける。
どう見てもあの状況で彼女が無傷でいるとは思えなかった。
何故襲い掛かった方の魔物が事切れているのだろうか。
そんな彼女にラゼリアは左手に持っていたものを見せた。
どろっとした血に染まった、尖ったもの。
魔物を観察出来れば赤黒い喉元に小さく、
深い穴が開いていたのが見えたはずだ。
「護身用にこれも持っているの」
血にまみれたいたものを懐から出したハンカチで拭った。
それはは赤い柄のナイフ。
純銀製で破邪の効果があると売り文句の聖なるナイフだ。
「これが私を守ってくれたのよ」
彼女はどこか遠くを見ながらそう呟いた。
少し離れたところでは最後の魔物が倒れた音がした。
平原を歩き続けると、ただ広大だった風景に薄く山々の陰が見えてきた。
乾燥しがちな空気に海の香りも混じる。
「見えてきた?」
クラムは先頭を歩くブラウに訊ねた。
「ああ。アッサラームだ」
その答えにクラムは疲れも忘れて足を速める。
ブラウに追いつくと白く長い壁が見えた。
「何だ?見張り?」
重装備に身を包んだ兵士が2人、門の前に立っている。
その2人がこちらに注目していた。
「アッサラームの自警団よ」
ラゼリアが安心するように告げる。
「特に通行書とかがいる訳ではないから安心して」
そうは言っても自警団だという2人のぴりぴりした空気に
クラムはラゼリアの後ろに隠れながら進む。
「どうぞ、お通りください」
団員の1人がそういって門を開ける。
何の問題もなく抜けようとしたその時。
ふと、思い出したようにラゼリアが足を止めた。
後ろを歩いていたクラムが彼女の背に顔をつけた。
「ちょっと先に行っておいてくれる?」
彼女は団員に会釈をすると1人、門を通らず壁沿いに向きを変えた。
「用が済んだらすぐに中央広場に行くから。
街を少し見て回っておいて」
呼び止める間もなく、彼女の姿は小さくなったいった。
「何処行っちゃったの?」
「結界の点検に行ってくださったんですよ」
クラムの問いに答えたのは意外にも団員の1人だった。
その団員は、よく見ると彼らと変わらないくらいの年だ。
「結界?」
突然の話題にきょとんとする。
「聖水と魔方陣で魔物が近付きにくくしてあるんだ」
もう1人の壮年の屈強なおじさん団員が説明する。
「僕たちも、魔物に対する見張りなんです。
4、5年ほど前に魔物の強襲にあいましてね。
魔物に対する警戒を強めるようになったんですよ。
普通あれほどの結界は
王城のある街以外にはあまり使われるものではないんです」
若い団員はどこか誇らしげだ。
「知らなかったな…」
魔物の強襲という話題にブラウが眉をひそめる。
「賑やかなのが売りのとこだからな、
そういう暗い部分はあんまり出してないんだろ。
光あるところに影はあるってな。この魔物が増えていく今日、
この街中が平和なのもその犠牲を教訓にした結果って訳だ」
壮年の団員は悟ったようにそう語った。
街中は取り囲む壁と同じ白い色調が印象的だ。
今は夕暮れの紅にほんのりと染まっていた。
入り口にかけられていた都市地図を見ても大きな街である。
人通りもそこそこあるが…
「思ったほど賑やかって訳じゃないね」
クラムは正直に感想を述べた。
ラゼリアが言っていたような華やかさにはどうにも欠ける。
「ここは夜にこそ本番の街だからな」
ブラウがフォローする。
「もうすぐ日も暮れるからすぐに解る」
確かに、もう1時間もすれば日も完全に沈むだろう。
「それよりも勝手に動き回るなよ…って」
2人を振り返る。
目を逸らしたのは本当に一瞬だった。
「いねぇし…」
目に映るもの、映るものに興味を引かれ、
クラムはストロフィスを連れて街を探索していた。
ふと、ひときわ心奪われたものに足を止める。
マントが伸びるのではないかというほどつかんでいた彼女が動くのをやめたので、
自動的に彼の方も足を止める。
「どうした?」
「これ可愛いの」
彼女は開け放たれた1つの店舗に足を踏み入れ、
マネキンに着せられたワンピースを指した。
「マジカルスカート?」
確かにクラムが気に入りそうな可愛いデザインの黄色いワンピースの下には、
そう記されている。
「買っちゃ駄目?」
そういうと上目遣いに彼を見やる。
彼は飾られた商品に触れてみる。
見た目はともかく丈夫そうで、しかも何やら不思議な感触の生地だ。
旅の邪魔になるものではないだろう。
財布に余裕があれば、別に買っても問題なさそうだ。
「2人とも、お目が高いね。
これはただの可愛い服って訳じゃないんだよ。
特殊な生地で作られているから魔法攻撃を和らげるんだ」
いつの間にか、店の主人が2人の隣に立っていた。
見込みありと見たのか、店主は頼んでもいないのに商品の説明をした。
それはクラムの心を益々揺さぶる。
「魔法を?すごいなぁ」
「いくら?」
そんな彼女を横目で見ながら、値札がついていないので彼は店主に訊いた。
「6000Gだよ」
「ろっ…?そんなにするのか?」
さすがの彼でも思わず声が裏返りそうになる。
6000G。
それだけあれば、ラゼリアがよく買っている聖水の瓶が300本買える。
むろんそんな金額を金庫番ではない2人が持ち合わせている訳も
その額をたかだかスカートにかける訳もない。
しかし、予想通りの反応だとでも言うように店主が付け足す。
「ただしお嬢ちゃんの可愛さに免じて4000まで負けられなくもない」
「ええ!あたしの可愛さで2000Gも割引が!?」
「どうだい兄ちゃん。彼女にいいとこ見せてあげないと」
もう一押しだというようにずいっと顔を近づける。
「彼女!?」
クラムは何やら嬉しそうに言葉を弾ましたが、
彼の方は店主の顔面アップに引いてしまった。
「じゃあ3000でどうだ?」
始めの半額まで来た。
ひょっとしたら払えない金額ではないのかもしれないが、冷静に考えれば高い。
何でこんなスカートごときに神経をすり減らさなければならないのかと、
彼はだんだん面倒になってきた。
すると、店主の表情が一変した。
「ここまで下げても買わないってのかい?
そりゃちょっと冷やかしにもほどがあるだろう」
声のトーンも下げて更に彼に迫る。
顔を近付けるのだけはやめてほしいので、ストロフィスは後ずさる。
それが怯えているように見えたのかどうか解らない。
店主が間近に迫ったその時、店に声が響いた。
「ちょっとおじさん!」
店主が首をすくめた。
恐る恐る声の主を振り返る。
「ベ、ベリィ…」
店の奥から顔を出したのは薄い赤毛を高く結い上げた女性。
健康的に陽に焼けた腕を腰に当ててベリィと呼ばれた彼女は店主を睨みつけていた。
「それは定価1500だったはずよ」
始めの言い値の4分の1の値段を突きつけた。
驚く2人を他所に、店主は悪事が見つかった子供のような所在なさげな表情をしている。
「あこぎな商売はもうしないって約束だったわよね」
「でも売り上げのためには…」
ぼそぼそと言い訳をするが火に油を注ぐだけ。
「夜に店閉めるせいでしょう!」
「夜も店をやったら、ビビアンちゃんに会えないじゃないか…」
「ベリーダンスを経費で落とすのも赤字の原因でしょ!」
ぴしゃりと言葉を浴びせられ、店主はすっかり小さくなってしまった。
女性は叱り終えると2人の方を振り返った。
「悪かったわね、うちの叔父が無茶言って」
はぁ、と生返事を返す。
彼女は気にした風もなく続ける。
「でも気をつけた方がいいよ。
田舎者まるだしだからね、ここじゃカモにされるよ」
「田舎者…」
思わず復唱する。
そんなにおどおどしていたのだろうか。
「カモ?鴨?」
解っているのかいないのかクラムは首を傾げている。
「ちょっとでも高いと思ったら買っては駄目」
彼女はそう言うとマネキンのスカートを手に取った。
そのまま、クラムに差し出す。
「はいこれ」
「は?これって…本当の額は?」
何のことか解らずに、困惑する。
そんな彼らに彼女は笑いかける。
「いいわよ。迷惑かけたしサービス」
「ちょ、ちょちょ…」
小さくなっていた店主が慌てて口を挟もうとする。
「何か文句があるの?」
「いや。ないです」
一睨みで黙った。
そこでやっとクラムがスカートを受け取る。
「ありがとう!」
「ベリィよ。
ここを拠点に世界中回って商いやってるの」
彼女は改めて名乗ると手を差し出した。
クラムが握手に応じる。
「あたしはクラム!こっちは…」
「ストロフィス」
勇者だなどと紹介されてややこしくなるのを避けるため、
ストロフィスも自分で名乗る。
しかしながらやはりクラムは余計な紹介をする。
「あたしたちは魔王を倒す旅をしてるの」
「魔王?」
彼女は始めはきょとんとしていたが、突然笑い出した。
「そりゃいいわ!旅してんだったらどっかで会うかもね。
またひいきにしてやって!」
こうして、大爆笑を背に2人はその店を後にした。
「ああ、ラズ〜!」
やっと広場のベンチに座る僧侶を見つけて、クラムは声を張り上げた。
「あ、お前ら!何処いってやがった!?」
随分探し回ったのだろう、ブラウも2人に気付いて声を上げる。
口調こそそう思わせないものの、立場はすっかりお父さんだ。
文句とも説教ともつかないことを彼が話し始めるのと同時に、
ストロフィスが今通ってきた通りを振り返って呟く。
「それにしても、いつのまにか人が増えたな」
1時間ほど前とは比べ物にならない人で溢れた街。
やたら露出度の高い女性があちこちで男性に話しかけているのも見える。
客引きの声。ものを売り買いする人々の声。歌声。喧騒。
まるで夜になって街が目覚めたよう。
「これがここの本当の姿だからね」
見渡す限りの建物から光が漏れる。
街灯が辺りを照らし、広場と大通りには屋台や出店も目立つ。
街中の光が闇を鮮やかに彩る。
その夜の闇を背景にラゼリアは微笑んだ。
「ようこそ、アッサラームへ」
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