アッサラームの話----------



 光あるところに影はある。





8話.華やかなる都@





 ノアニールで得られたオルテガについて情報は2つ。
 彼が陸路での旅に限界を感じていたこと。
 彼がノアニールの前にはイシスを訪れていたこと。
 眠りから醒めた人々は昨日旅立ったという彼のことを克明に覚えていた。

 そしてエルフの女王から聞いた伝承。
 魔王と精霊の使者。
 ラゼリアに訊ねると、彼女は思い当たる節があるのか詳しく調べてみると答えた。





 ノアニールからカザーブを通りロマリアへ南下する。
 当初の目的であったロマリア王との謁見を果たした彼らは、
 王から協力を約束してもらい、次なる地を目指す。





「ふぎはろほにひふの?」

 口いっぱいに食後のデザートを頬張ってクラムが何かを発した。
 怪訝な顔で彼女に注目した男2人とは違い、
 それを「次はどこに行くの?」という問いに読み取ったラゼリアはすぐに応える。

「そうね…。
 ノアニールでの情報に従うならオルテガ殿が立ち寄ったというイシス。
 もしくは陸路では魔王に届かないというなら船を調達するべきかもしれないわ」
「船っていや、ポルトガか」

 ブラウが新たな国の名前を付け足した。
 その言葉に彼女は頷く。

「船を手に入れられるのはそこしかないでしょうね。
 それでどちらも行く必要はあるのだけれど…」

 彼女は困ったように首を傾げた。
 それに合わせて彼も苦い顔をした。

「よりによってというか…場所が反対だな」
「どんな国なの?どっちが楽しそう?」

 クラムが目を輝かせて訊ねた。
 彼女は地図を広げた。
 いつものようにまず、自分たちの居るロマリアを指す。

「ポルトガは海の国ね。
 海を使った貿易や造船が盛んで世界の品物が並ぶところよ」

 指を地図上の西に走らせる。
 湾に面した関所の印を通り海沿いの王国で留まった。

「イシスは砂漠の国。
 魔力研究も進んでいるし神秘的な国なの」

 ロマリアに戻してから指を一旦東へ。
 途中アッサラームと書かれた場所で方向を変え、北西へ。
 砂漠の真ん中の王国で留まった。

「ああ…どっちも楽しそう…」

 クラムはうっとりと呟く。
 そこに夢心地とは無縁の現実的な声が水を差す。

「イシスは船でいけないのか?」

 ストロフィスの問いにブラウは地図を指して説明する。

「高山に囲まれた内陸部だし直接上陸するのはまず無理だな。
 陸路にしても海路にしてもいったんアッサラームを経由しないことには」

 2頭追う者は1頭も得ず。
 目的地はとりあえず1つに絞らなければいけないらしい。

「アッサラームっていうのはどんなところなの?」

 地図を覗き込みクラムは興味を第3の場に移した。

「とても華やかな街よ。
 陸路で旅をするときには中継地点になるから、
 海路でつながるポルトガとはまた違った、
 色々な風俗が交わるところでもあるわ」

 ラゼリアはガイドブックさながらに澱みなく言葉を紡ぐ。
 そして随分と柔らかい表情で続けた。

「それに私にとっては馴染みのある土地なの」
「へぇ…」
「うわぁ、そうなんだ!」

 素直に興味を示すストロフィスとクラム。
 そんな中、ブラウだけが目を丸くする。
 彼は驚きを隠さなかった。

「意外だな。
 なんていうか、お前に似合わないというか…」

 そこまで言ってからストロフィスとクラムが自分に注目しているのに気付く。
 気まずそうに言葉を選んで言い直した。

「こいつみたいな聖職者とは合わなさそうなところだからな」
「じゃあブルーみたいな人なら似合うの?」
「正反対って言いたいのか」

 自分みたいという表現に否定的なニュアンスを感じて彼は半眼で睨む。
 そんなやりとりには構わず、ストロフィスは1番重要なことを訊いた。

「どっちが簡単に行ける?」
「ポルトガの方が近いっていやぁ近いか…」

 思わず自分の経験と地図を合わせて答える。

「じゃあそっちで」
「お前なぁ…」

 計画性のない彼の言動は今に始まったことではないが、いちいち呆れさせる。

「ではポルトガで決まりね」
「ポルトガー!」

 何の問題もないように賛同する女性陣。
 ブラウはこの旅を始めてから吐いた深いため息の数を増やした。
 それでも反対する理由はない。
 彼は肯定する代わりに地図を指差した。

「ポルトガに渡るには関所があるが
 ロマリア王の書状があるから関所は簡単に通れるだろ」





――しかし。

「通れない?」

 それはロマリア・ポルトガ間の関所での話。
 そこには申し訳なさそうにこちらに頭を下げる兵士と
 巨大なハンマーを扉に叩きつけている兵士がいた。

「一体どういうことだ?」
「それがですね…」

 ロマリア王直筆の書状が効いたのだろう。
 兵士は4人に対して非常に低姿勢だ。

「扉が、開かないのです」

 関所は壁と2つの建物からなっていた。
 1つは兵士の詰め所だろう。
 開け放たれた扉の向こうには生活感が漂っている。
 そして問題となっているのはもう1つの建物の扉。
 ポルトガとロマリアの間は狭いが海によって仕切られている。
 国境は海底を潜る1本の地下トンネルでつながれていた。
 建物はその地下トンネルへの入り口のはずだった。

「開かない?鍵は?」

 建物の扉が開かなければもちろんポルトガに行くことは不可能だ。
 兵士の言っていることの意味が上手くつかめず、ブラウは怪訝な表情を向けた。

「もちろんあります。
 なくした訳でもなんでもないのです。
 ただ、昨日から急に使えなくなって…」
「そんな馬鹿な。先が欠けたんじゃないのか?」

 続けざまに問われ、それでも兵士は首を横に振った。

「いえ、鍵は丁重に扱っていますし…
 それに合鍵でも開かないんです」

 2つの鍵を差し出す。
 別段代わったところは見られなかった。
 そこにラゼリアが入ってきた。

「昨日、扉が開かなくなる前後に何か変わったことは?
 不審な人とかは見かけられませんでしたか?」
「不審な人というよりか…
 あいつが変なものを見たって言うんですよ」

 兵士は今だハンマーで扉を叩き割ろうとしているもう1人を指した。

「変なもの?」

 問い直さなければいけないような返答をされて彼女は首を傾げた。
 兵士は彼自身不審そうな目で告げる。

「それが…悪魔だったって言うんですよ。
 最近魔物も増えて気を張っていたから、
 疲れが出たんじゃないかって言っているんですが…」

 話題の兵士は疲れたのかハンマーを下ろして休憩に入っている。
 そんな彼を眺めていたクラムがブラウのもとに駆け寄る。

「ブルーの特技で何とかならないの?」

 レーベで見せた鍵開けのことを言っているのだろう。
 鍵に何か不具合があるなら確かに開けられるかもしれない。
 ブラウは扉に近付いた。

「錠にはちょっと詳しいんだ。
 中に何か詰め物がされているかもしれないし、少し調べてもいいか?」
「あ、はいお願いします」

 ハンマーを引きずって兵士がその場を譲ると
 ブラウは鍵穴を覗いてから細長い針金のようなものを中に入れた。
 レーベではものの数秒で鍵は開いた。
 しかし扉が開くどころか、彼は動きを止めてしまった。

「何だこれ…」

 思わず呟く。
 不思議に思って皆彼のもとに集まって来た。
 クラムが問う。

「どうしたの?」
「まるで手ごたえがない。
 どうなってんだ、これ」

 ワラで水をかき混ぜているようにより所がない。
 まるで小さな鍵穴が広大な異空間につながっているような、とてつもない違和感。

「ちょっと見せてくれる?」

 半ば硬直している彼の上からラゼリアが覗き込む。
 頬に細い青髪がかかり、彼は慌てて場を譲った。
 彼女はブラウの残した器具で鍵穴を調べ、立ち上がって扉と建物の壁に手を当てている。
 やがて、皆にというよりは独り言のように口にした。

「術がかかっているわ」

 そして振り返り今度は皆に向けて言った。

「封印されていると言ったら解り易いのかしら。
 この扉…というよりもこちらとこの向こうの空間とが
 魔法によって完全に分断されている」

 重い空気が流れる。
 事の重大さを吟味するように皆一同に沈黙する。
 クラムが1人決心したように進み出た。
 彼女は真剣な面持ちで問う。

「全然解んない」

 代弁してくれてありがとう。
 2人の兵士が無言で感謝する。
 そんな彼らにラゼリアは嫌な顔一つせずに答える。

「要するに力任せに扉や周りの壁を壊そうとしたところで無理ってことよ」

 要約された事実に兵士は2人して頭を抱える。

「ああ…一体どうしたら…」
「ポルトガに行くにはこの道しかないのか?」

 ストロフィスが扉をガチャガチャやりながら訊いた。

「歩いて行くにはな。あとは海路しかない」

 ブラウが即答する。
 その時、黙して何かを考えていたラゼリアが顔を上げた。
 彼女はハンマーを手にしている兵士に近付いた。

「あなた悪魔を見たそうね?」

 突然思っていもいないことを確認され、兵士は多少戸惑う。

「暗くて良くは解らなかったけど、
 あれは、その、悪魔みたいでした」

 何となく自信なさげに答える。

「のっぺりしていて、笑っているみたいな…
 悪魔じゃなきゃお化けか…」

 その時のことを思い出したのか少し身震いする兵士をもう1人が茶化す。

「お前絶対疲れて夢でも見てたんだって」
「だから寝てないって何度もいっただろ!」

 既に何度か繰り返されている押収らしい。
 ムキになる彼らにラゼリアが割って入る。

「お化けか悪魔かはともかくとして
 何者かが封印したと見て間違いないでしょうね」
「何のために?」

 不安そうに兵士が訊ねる。
 海は魔物があふれ、迂闊に船を出すこともままならなくなっている。
 その状態で国と国をつなぐ唯一の陸路を封鎖する。

「国と国の連携をなくすため…」

 人の行き来がなくなる。
 情報伝達がなくなる。
 1つ1つが孤立して行く。
 まるで侵食するように、人々は力を削がれていく。

「何とかこれを解くすべはないのでしょうか?」

 事の重大さに戸惑い兵士はすがるように僧侶を頼る。

「魔法には魔法。
 封印の呪文があるようにまた開封の魔法も存在はしているわ。
 でもね、魔法使いの最上級呪文に位置しているの」

 ラゼリアが言い終わると同時に、
 出で立ちから魔法使いですと言っているようなクラムに視線が集まる。
 彼女は自分が注目されている意味に気付き胸を張った。
 真っ直ぐ、自信に満ち溢れた瞳で言い放つ。

「できないよ」
「いや期待はしてないし」

 兵士たちは脱力し、ブラウは予想通りの台詞に即答した。
 彼は情けない面持ちの兵士たちに訊ねる。

「この辺り…ロマリアに名の知れた魔法使いはいないのか?」
「宮廷内の魔法使いならもしかしたら…。
 しかし宮廷魔法使いは国王陛下をお守りするのが仕事。
 これを解除できるかどうか断言できない上に
 今の時勢、城を離れることは出来ないでしょう」

 絶望的に語尾を小さくしていく。
 ロマリアはもともと魔法文化が盛んな方ではない。
 宮廷魔法使いがお手上げだと威信も落ちるだろう。 
 そもそも正体不明の何者かに重要拠点を細工をされた事が
 国中に知れ渡ればどうなる事か。
 
 次の手すら見当たらない兵士達。
 しかし、そこにしばし黙考していた救いの女神の声。 
 
「他に方法がなくはないかもしれないわ」 
 
 皆が顔を上げる。 
 
「鍵よ」 
「「鍵?」」 
 
 短い単語に、その場の声がハモった。 
 
「クラム。
 ノアニールでイシスにいたオルテガ殿の話を聞いたのはあなたよね。 
 その時、他のことも聞かなかった?例えば魔法の鍵」 
 
 問われたクラムはしばらく難しそうな顔で考え込み、 
 数秒後飛び上がりそうな勢いでひらめいた。 
 
「ああ!聞いた! 
 イシスには魔法の鍵っていうのがあるって…」 
 
 クラムの弾んだ声にブラウも思い当たる。 
 
「あらゆる扉を開けるっていうあれか?」 
「すごいよね!ブルーいらず!?」 
 
 興奮気味にクラム。 
 
「俺の存在価値は開錠だけか」 
 
 酷い言われようだが何となく強く言い返せなかった。 
 
「名前と噂を聞いていると実際はどんな扉でも開けるという訳ではなく、 
 封印の呪文を解除できる魔法が込められているのではないかと思うの」 
 
 ラゼリアは変な盛り上がりを見せる仲間たちの軌道修正を図る。 
 
「その鍵を使えればポルトガにいけるの?」 
「そう思いたいわね」 
 
 確信を持っては言えない。 
 しかし、もし永遠にここが閉ざされることがあれば、 
 先程の悪い予想も、予想で終わるとは思えない。 
 
「なぁ、イシスって確か…」 
 
 退屈そうに事の成り行きを傍観していたストロフィスが口にすると、
 目があったラゼリアが頷いて微笑んだ。 
 
「選択肢は1つになったわね」 
 
 目の前の扉に目をやる。 
 扉は挑戦的にたたずんでいた。 
 
「アッサラームを通って、イシスか」

 進路は、華やかなる都へ。









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