ノアニールの話----------



 愛は時に痛く、時に暖かい。





7話.愛の形@





 少女に教えられた洞窟は思ったよりもすぐに見つけられた。
 かつては何かの儀式にでも用いられていたのだろう、天然の洞窟は改修されて、
 状態が良いとは言えないがしっかりとした舗装がなされていた。
 時折壁面に備えられているランプに火を灯しながら一行は「秘密の隠れ家」を進んだ。





「うわあぁぁ!」

 洞窟に反響する叫び。

「悲鳴…!?」

 警戒と共に歩んでいた4人は突然の大音響に驚いて身をすくめた。
 近い。

「ラズっ!?」

 クラムが慌てて呼び止めようとする。
 ラゼリアが、悲鳴がしたと思われる横穴に飛び込んだのだ。

 傾斜の急な坂を滑るように駆け、彼女は悲鳴の主を確認した。
 マタンゴに囲まれた1人の青年。
 マタンゴは一斉に彼女へ注目した。
 数秒かからずに仲間たちも追いついたが、そのころには魔物たちは地に伏していた。

「大丈夫ですか?怪我は…」
「は、いや…」

 へたり込んでいた青年は法衣を着ていた。
 歳はいくつか上のようだが、ラゼリアと同じ僧侶。
 しかし彼女を知る者からすれば決して同じ部類には入れないだろう。
 青年の人の良さそうな顔には今だ抜けきれない恐怖の名残が残っている。

「す、すみません…情けない限りです」
「こんなところをうろうろしてるなんて、自殺志願か?」

 ブラウ、とラゼリアが嗜める。

「でも本当、何でこんなところに?」

 周囲を見渡すと先端が欠けた鉄の槍が落ちている。
 最後まで頑張っていたのだろう。苦戦の跡が感じられた。

「この洞窟からは深い、悲しみを感じるのです。
 それを、浄化できれば…と思って…その…」

 聖職者らしい尊敬すべき台詞とは裏腹に、
 青年僧侶の声は消え入りそうなほど小さくなっていく。

「ミイラとりがミイラにってか?
 自分の身も守れないのに、死人の面倒なんて見ようとするなっての」

 ブラウが睨みつける。
 自分でも恥じているのだろう。
 青年は身を小さくして詫びる。

「まったくおっしゃる通りです。
 僕の力不足で、お陰でご迷惑を…」
「そうだよ。1人は駄目だよ」

 クラムも青年の槍を拾いながら忠告する。
 ブラウはクラムに非難がましい目を向けたが、彼女は知らない振りをした。
 そんな中、青年僧侶をラゼリアがじっと見つめていた。

「ラズ、どうかしたのか?」

 ストロフィスの声ではっと我に返る。
 彼女は何かを振り払うように首を横に振った。

「いえ、大したことじゃないの。
 ちょっとあなたが知人に似ていたものだから」

 再び視線をへたり込んだままの青年へ向ける。
 目が合って彼は少し顔を赤らめた。

「とにかくここはあなた1人では危険です。
 私たちはこれから奥を目指しますから、浄化は私が引き継ぎます」

 そう伝えると彼女は手を差し出した。
 青年が立ち上がるのを助ける。

「本当はご一緒したいと言いたいところですが、
 僕ではあきらかに足手まといのようです。
 無責任ですがお任せいたします…」

 名乗ることも忘れた青年は浮かない足取りで去って行った。
 その後姿をラゼリアが1人心配そうに見送っていた。





 複雑に入り組んだ洞窟を下へ進んでいく。
 いったいどれだけ下ったか解らなくなったころに、視界が開けた。
 近くにあるランプに火を入れる。
 どういう仕掛けだろうか、他のランプにも一斉に光が灯った。
 先程までの細い洞窟の通路からは考えられないほど大きな空間がそこには広がっていた。
 クラムが感動を含んだ声を上げる。

「うわ、おっきな湖!」

 その空間を占めるのは地底湖である。
 恐らく地下水が岩壁の石灰を溶かし出し、この巨大空間を創ったのだろう。
 淡い光に照らされてそこはとても幻想的だった。

「ここが最下層のようね」

 水辺に寄り、ラゼリアが口にする。
 この水位より下にいけるとは思えなかった。

「ここが秘密の隠れ家か」

 ブラウが呟いて辺りを見渡した。
 涼しいが地上のような冷たい風は吹かず、
 食料さえ持ち込めば水もあるししばらく過ごせるだろう。

「魔物がでないときは過ごしやすかったのかも知れないけど…」

 今は人がいる気配はない。

「はずれかな」

 クラムが首を傾げる。
 エルフの少女の言葉を信じない訳ではなかったが、もうここを離れたのかもしれない。

「休憩がてら、一応少し探しましょうか」

 せっかくここまで来たのだ。
 誰も異は唱えなかった。





 地底湖を左回りで探索するストロフィスとその後ろについてくるクラム。
 彼らの前に石造りの橋が現われた。
 目を凝らしてその先を見つめる。

「…祭壇だ」

 島のように儀式の名残を思わせる石柱が湖に浮かんでいる。
 崩れないことを確認しながらそれを渡る。
 見立てた通り祭壇だったろうそこに辿り着くも、エルフも何も見当たらなかった。
 ただその代わりと言わんばかりに1つの箱が置かれていた。

「ラズー!こっちに何かあるよー!」

 クラムが対岸に向かって叫ぶ。
 こだました声は確かに届いたようで洞窟には駆けて来る足音が響いた。

 見つけた箱は宝石箱より一回り大きいくらい。
 古びてはいるがどうにもこの祭壇や儀式に関係するものではなさそうだった。
 何か予感がする。
 ラゼリアたちが着く前に、多少警戒しながらストロフィスは箱を開けた。

「…これ」

 箱のふたの内側には文字が刻まれていた。
 内容を読み終え、彼が口にする。

「遺書…」





 アンからお母様へ。
 秘宝を持ち出してしまったこと、申し訳なく思います。
 集落を出ようとしたあの時、私に悪魔が耳打ちしたのです。
 この秘宝と引き換えに私たちの仲を認めてもらうようにと。
 しかし私たちはもう疲れました。
 この世で許されないなら、せめてあの世で一緒になります。
 さようなら。





「心中したんだ」

 彼は湖に目をやった。
 おそらくここに身を投げたのだろう。

「し、死んじゃったの!?」
「なんてこと…」

 橋を渡ってきたラゼリアが呟く。
 彼女は湖の方を向いて膝をつくと胸の前で両手を組んだ。
 目を閉じて冥福を祈る。
 後ろではクラムが彼女を真似ていた。

「こんな形で愛を証明しなくても良かったのに」

 死ぬ気になればもっと他のことができたはずだ。
 何と痛い愛だろうか。

「結局悲劇だったな」

 ブラウが感慨もなく呟く。
 陳腐な恋愛物語のこれが結末だった。
 身を投げた2人は、自分たちの故郷で何が起こっているかすら知らなかったのだろう。
 自分たちの行動が種族間の亀裂を決定的にするものだったこと。

「これが夢見るルビーか…」

 自分勝手に死に急いだ者へ祈る気も起きず、彼は1人箱の中身に注目した。
 中に納められた、装飾が施された赤い輝きを放つ石。
 赤い輝きに彼の瞳が映る。
――その瞬間、全身に悪寒が走った。

 まるで内側から伸ばされた見えない手が自分を探っているような、おぞましい感覚。
 しかしそれが奥へと近付く度に抗う気持ちが萎えていく。

「…っ、う…」





 記憶へ潜り込む、押し寄せる絶望。
 無力な、そして臆病な自分。
 お前は一体何をした。何をしなかった。

――すべてから逃げ出したあの日。





「う、あ」

 口から呻きが漏れる。
 記憶から解き放たれることない咎が漏れる。

「ブラウ?」

 様子がおかしい。
 ラゼリアはブラウと、彼が覗きこんだ秘宝に目をやる。
 赤い輝きに彼女の瞳が映る。
 そして内側から見えない手が伸ばされた。

「ああ…」





 記憶へ潜り込む、突き刺さる虚無感。
 冷たい感覚。そして冷たい自分。
 手を伸ばして本当に求めていたもの。

――そして崇高なものを失った日…
 ……駄目だ!





 ラゼリアは咄嗟の危機感から自分の唇を噛み切った。
 口に溢れる苦さと鈍い痛みで覚醒する。

「こ、れは…!?」

 荒い息を吐き出し、彼女は異変の原因を探した。
 怪しい輝きを放つ石。
 そしてそれを見つめ、それに囚われている彼女の仲間。

「ブラウ!」

 彼を強引に箱から押しのけ、彼女は放心した彼の名を呼ぶ。

「ラズ、大丈夫?どうしたの?」

 永遠の如く長く感じたが、実際はほんの一瞬だったのだろう。
 彼女の急変にクラムが目を丸くしていた。

「口から血出てるぞ?」

 ストロフィスも心配と疑問の入り混じった表情で彼女を見ている。

「一体…」

 そういって、2人が箱を覗こうとする。

「見ては駄目よ!」

 ぴしゃりと彼女は言い放つ。
 いつにない厳しい物言いにクラムがたじろぐ。
 ラゼリアは呼吸を整え、箱を閉めた。

「エルフは時としてルビーの涙を流すというわ。
 それが本当だとしたら、その結晶がまさにこれらしいわね…」

 これにはあまりにも多くの悲しみが凝縮している。
 まるでその力を増そうとするように道連れを探している。
 ほんの少し覗いただけで、心が凍りつく。
 生きていた中で一番辛いと思った瞬間。
 自分が生きている意味を疑った瞬間。
 それが、永遠に続くかと思った。

「恐ろしいほど、悲しみを増幅させるわ。
 見入れば人生に絶望してしまうほど、ね…」

 希望を抱いて飛び出した2人が世を儚むほど。
 ラゼリアはその言葉は飲み込んだ。

「ブルー、平気?顔真っ青だよ」

 血の気が引いたままで、心ここにあらずという彼をクラムが珍しく心配した。
 それほど今の彼は危うい感じがしたのだ。
 介抱するラゼリアに寄りかかるように何とか立ち上がろうとする。

「…村…いや。…なんでもない」

 小さく呟きかけて、やめた。
 そんな上辺だけの悲しみではない。
 もっと深い懺悔。
 しかし自分でもはっきりと解らなかったのだ。

 そんな彼の髪を、子供をあやすようにラゼリアが撫ぜる。

 何故だろうか。
 彼はその感覚を心地良くも悲しく感じていた。









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