ノアニールの話----------





6話.深く眠る街A





 緑深きところ。

 陽も木々の隙間からしか射さぬところにエルフは住むという。
 奥に入るにつれて肌にまとわりつく空気は異質なものに変わっていった。
 心なしか、周りの木々も異なってきている。
 それは広葉樹が針葉樹に変わっていくような自然さではなく、不自然な変化。
 まるで異界に足を踏み入れたかのように決定的で、しかし微妙な変化。

 そこに当然のように道はない。
 時に草木をかき分け、更に森の奥へ進む。






 クラムは足元の小枝を踏む。
 乾いた小枝が大きな音を立てた。
 先頭のブラウが彼女を振り返った。

「エルフは警戒心が強いんだ。
 もし見つけても警戒させないように近付くんだぞ」

 些細なことで目くじらを立てられ、クラムは頬を膨らました。

「大丈夫だもん」
「本当だろうな…」

 彼の不審気な半眼はあえて無視した。
 そんな2人の後ろで、一番後ろを歩いていたラゼリアが首を傾げる。
 先程まではクラムと並んでいたはずのストロフィスに声をかける。

「ストロ、どうかした?」

 一点を見つめて彼は立ち止まっていた。
 問われた彼はそれから目は離さず応えた。

「耳尖ってる…」

 ぼそりと呟く。
 彼の目線の先。
 緑色の髪に尖った耳の2人の女性が、こちらに気付いた様子もなく何やら話し込んでいた。
 どうやら何かを摘んでいるらしく、蔓で編んだかごを手にしている。
 どう見ても、彼女らは一行が探していた…

「エルフ!?」

 いつの間にか一緒に覗き込んでいたクラムが驚きと興奮の声を上げる。
 上げた瞬間、しまったというように口を覆ったがあまりにも遅すぎた。
 2人のエルフがこちらに気が付く。
 そして驚愕と絶望を顔に貼り付けると、あらん限りの声で叫ぶ。

「きゃあぁ!人間だわ!!」
「助けてぇ!さらわれてしまうわ!!」

 彼女達は摘んだ木の実も放りだして、一目散に逃げ出した。

「ええ!?」

 さらわれるとなどと人聞きの悪いことを言われ、クラムは戸惑った。
 そしてそんな彼女に怒声が浴びせられる。

「っの馬鹿!警戒させるなって言っただろ!」
「だって…初の生エルフだったし…」

 まったく言い訳になっていない言い訳をしながら気まずそうに後ずさる。

「くそっ、追うぞ!」
「待って。その必要はないわ」

 駆け出そうとしたブラウのハイネックにラゼリアの白い指が絡まった。
 首が絞まって前に進めなくなった彼を捕まえたまま、彼女は冷静に分析した。

「向かった場所は彼女達が消えていった方向と水源の位置でだいたい予想できるから。
 今追うと、本当にさらいに来たと誤解されるかもしれないでしょ」

 そして、ストロフィスの後ろで小さくなっているクラムにも声を掛ける。

「クラムも、そんなにしょげなくても大丈夫よ」
「だから甘やかすなって…」

 不自然な体勢で首だけを動かしてブラウが呆れた。





「こっちか…」

 ちょろちょろと流れる清水と道ともいえないような折れた草の跡を頼りにずいぶんと森の深いところに入ってきた。
 空気はますます濃さを増す。
 落ち着かないようにクラムが辺りを見渡して呟く。

「魔物がまったく出ないね」
「エルフは魔力に長けているから、この辺りにも結界を張っているんだわ。
 この森に入ったときからどことなく空気が違うでしょ?」

 まるでこの世の悪しき部分を完全に取り除かれたような精練された空間。
 こんなにも澄んでいるのに自分たちが浮いたような存在に感じて、何故か居心地が悪くなる。

「ずいぶん草が踏み均されてる。
  たぶん近いな…」

 地面を確認していたブラウが立ち上がり辺りを探る。
 そして進む方向を見当付けたその時。

――空気が凍った。

「誰の許しがあって、この森に入った」

 森に声が響いた。
 唐突さとその勢いに皆がたじろぐ。
 その主を探そうと見渡しても何の姿も捉える事は出来ない。
 誰の姿もそこにはない。

「な、何?」
「誰だ!?」

 各々辺りを警戒する。

「私はこの地の同胞を統べる者」

 声ははっきりと告げた。
 高らかに威厳を持って。
 短い言葉がすべてを物語る。

「エルフの…女王…」

 ラゼリアが畏怖するような声で囁いた。
 エルフの女王。
 高い魔力を持つ種族、その頂点に立つ者。
 こちらの気を知ってかしらずか女王は続けた。

「人間が我らの地に足を踏み入れるとは何事だ」
「別に私有地でもないだろう」

 ストロフィスが虚空に向けて言い放った。
 この得体の知れない相手を恐れていないのかただ無頓着なのか。

「遥か昔より築かれた暗黙のルールというものがある。
 私たちは人間の領域を侵さない。
 だからお前たちも私たちの領域に入ることは許されない」

 冷徹に言い放つ。
 容赦のない物言いにしかしクラムは立ち向かった。
 静かな村を脳裏に思い浮かべながら。

「なら、どうして村の皆を眠らせたの?
 立派に人間に干渉してるじゃない」

 見えない相手を肌で感じるほど辺りの空気が張り詰めた。
 それでもクラムは話を続ける。

「愛し合っている2人を引き裂いて…」
「何が愛だ!」

 怒気を含んだ声がそれを遮った。
 クラムが思わず身をすくめる。
 まるで森全体が怯えるようにざざっと騒いだ。
 今までの余裕のある話し振りではなく感情を顕わにした女王は更に叫んだ。

「奴はアンをたぶらかし、我らが秘宝、夢見るルビーを盗んだのだ!
 騙されたアンはここにも帰れずに心細い思いをしているでしょう!」
「夢見るルビー?」
「何だそれは…」

 しかし女王はそれには答えなかった。
 代わりに帰ってきたのは相も変わらない拒絶だった。

「帰りなさい、人間」

 声は荒げず、しかし強く女王は言い放った。

「そして2度と我々の領域に立ち入るでない」





「取り付く島もないってのはこのことだな」

 ため息と共に言葉を吐き出し、ブラウはお手上げのポーズをとった。
 面と向かって話すことすら出来なかった。
 呪いを解くどころか魔王やオルテガのことすら聞けていない。

「理由は駆け落ちだけではないらしいわね。
 夢見るルビー…エルフの秘宝が盗まれたと言っていたわ。
 何か関係があるのかしらね」

 ラゼリアが考えをまとめようと口にする。

「説得とかできないのかなぁ。
 せめて駆け落ちした2人に会って事情を聞けたらいいのに」

 意気消沈したクラムが残念そうに呟いた。

「そうね。せめて2人の消息がつかめたら」

 それを受けてラゼリアが頷きかけ、そしてふと立ち止まった。
 つられて立ち止まると茂みが、がさっという音を立てた。

 明らかな生き物の気配。それが茂みから顔を覗かせた。
 現われたのは10代前半といった少女。
 尖った耳、短めに刈った緑の髪。
 間違いなくエルフだった。
 しかしそれを疑いたくなったのは、少女が自らこちらに近付いてきたからだ。
 あまつさえ、少女は身が触れんばかりに近寄ってから口を開いた。

「お兄ちゃんたち人間なの?アンのお友達?」

――アンという娘を連れてきた。
――騙されたアンはここにも帰れずに…

 エルフと人間の禁じられた恋。
 眠りに飲まれたノアニールで聞いた名だ。

「駆け落ちしたエルフ…」

 少女は近くにいたストロフィスの服の端をつかむ。
 彼の顔を見上げ真摯な目で訴える。

「アンのお友達なら伝えてくれる?
 アン帰って来てって言ってくれる?」

 エルフの年齢を外見で判断は出来ない。
 しかし、彼女の口調などから考えると、どうやら見た通りの年頃のようだ。

「伝えたいのはやまやまだけれどね。
 どこにいるか解らないから、伝えることは難しいかもしれないわ」

 ラゼリアが腰をかがめて少女と目線を合わせた。
 少し困った顔をして彼女は事実を述べた。
 しかし少女は事も無げに言ってのけた。

「知ってるよ」
「は?」

 動きを拘束されたストロフィスが怪訝な声を上げる。
 他の3人も疑問符を浮かべて少女を見る。

「どこにいるか、知ってるよ」

 気を悪くした風もなく少女はもう1度同じことを言った。

「秘密の隠れ家。いなくなる前アンが教えてくれたの」
「ほ、本当?」

 驚きの声を上げるクラムは何故か少女に対抗するかのようにストロフィスのマントを握り締めている。
 少女は頷いた。

「本当は内緒だけど、お兄ちゃんたちにだけ教えてあげる」

 そう言うと裾を引いてストロフィスにしゃがむよう要求する。
 少女自身は少し背伸びをして内緒話のような体勢になる。
 耳打ちの割には大きな声で少女は説明を始めた。

「ずっとそっちに進んでいったところにある洞窟だよ。
 でも森から出るとすごく怒られるから、
 お兄ちゃんたち代わりに行ってくれる?」

 少女は暗い森の一角、方角でいうと南を指差した。

「アンはよくそこに人間のお兄…」
「誰かいるの?」

 暗がりから別の声が割り込んできた。
 会話を耳にしやって来た別のエルフがこちらを見て驚愕に目を見開く。

「きゃあぁ!人間!!」

 慌てて逃げようとするが、ストロフィスの傍らにいた少女に気付き逆に走り寄った。

「駄目よ、離れなさい!」
「あっ」

 彼女はまるで猛獣からかばうように少女を下がらせ、手を引いて走り去った。
 少女は手を引かれながらも顔を後ろに向けた。

「お願い、お願いね!」

 見えなくなるまで、少女は頼み続けていた。
 誰も返事は出来なかった。





 取り残された4人は、誰ともなしに少女の指していた方向に歩き出す。
 静寂に包まれた森を歩みながらクラムが少し振り返った。

「自分達だけで、ずっとああやって、ずっと変わらないで居続けるって」

 彼女は淋しそうに呟く。

「まるで、眠ってるみたいだね」





 ああして森に閉じこもり何年になるのだろうか。
 時間の動かない、静かな、静かな人々。
 それは、話しているのに、動いているのに、それでも何故かあの眠りの街を思い起こさせた。










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