ロマリアの話----------



 思うところはあるけれど。





5話.盗賊団と高い塔@





「山沿いに西へずっと下っていくと、平野が広がってるのよ。
 その真ん中に…そうだね、あんたの地図だとこのあたり。
 天気が良ければ遠くからでも見えるさ。高さだけが取り柄だからね」

 シャンパーニの塔は盗賊の集まるところとして有名であった。
 しかし決して目立たないような岩場の影とか谷底とかにひっそりあるのではなく、
 大胆にも、広い平野の真ん中に建っているという。
 そこまであからさまなところにあるのに、
 今まで一度も本格的に取締りがないというのは単に面倒だったのだろう。
 いつでも盗賊がいるという訳でもなく、人里からも離れ、更に魔物は年々増えるばかり。
 兵を裂いてどうにかしたところで、また別の盗賊が住み着けば同じ事。
 どうにか中継地であるカザーブに辿り着き、
 体を休めたラゼリアは同じ部屋でまだ深く眠るクラムを起こさないよう外へ出て、
 朝から情報収集に励んでいた。
 僧侶の特権とでも言おうか、よそ者とはいえどこに行っても彼女を邪険に扱う者はいない。
 荷物の1つでも持つのを手伝えば、世間話ついでに何でも教えてくれた。
 収穫は上々。
 お礼にとりんごまでもらい、真上に向かおうとする太陽の下、宿へと戻って行った。

「あ、おはよう。ラズ」

 部屋の扉を開けると、着替えもまだ終えていないクラムが窓際に座っていた。

「おはよう、クラム。
 久しぶりのベットで疲れはとれた?」

 窓から見える鮮やかな風景とは裏腹に彼女の表情はどこか沈んで見える。

「あー…うん。体は全然平気」
「…その格好だと朝食はとってないの?」
「うん。何か、そういう気になれなくて…」
「なら、りんご剥こうか?さっきもらって来たの」
「うん。ありがと」

 ラゼリアは荷物から果物ナイフと小皿を取り出すと、
 手際良くりんごの皮を剥いていく。
 4分の1ほどの大きさに切り分けられたそれを口にする。
 シャリ、という音がした。

「あ、おいしい」
「そうね、甘いわ」

 お腹がすいていない訳でもなかったのか、クラムは2つ目を口にする。
 シャリ、シャリ。
 りんごの音だけが部屋に響く。
 クラムは目線下気味に黙々と口を動かしている。

「何か、思うところがあるって顔ね」

 ラゼリアは呟くように言った。
 その言葉に彼女は顔を上げる。

「…うー…どうしたらいいか、わからないの」

 残りの1欠けを口に含み、飲み込んでから続ける。

「勇者君のこと」
「ストロがどうしたの?」

 聞き返したラゼリアは少しだけ意外そうな顔をした。

「アリアハンではずっと勇者君は次期勇者だったし。
 あたし、勇者だから…勇者君って呼んで。
 あ、何か良くわかんなくなって来たけど…えっと」

 自分の言葉に混乱して、ふるふると頭を振った。
 考えを整理して、彼女は言い直す。

「とにかく、勇者君は勇者扱いされるのが嫌だったのかな?
 あたし、何にも考えずに勇者君を傷つけてたのかな?」

 クラムの必死な眼差し。
 しかしながらラゼリアは不謹慎にも少し笑いそうになってしまった。

「そういうことを気にしていたのね」

 クラムの言う勇者扱いとは彼のことを勇者と呼ぶことらしい。
 しかし、世間一般の勇者扱いというのはまた違う。
 言葉では言えないような期待と重圧をかけること。
 勇者という肩書きに不死に似た思いを描くこと。
 決してマントの裾をつかんで、落とし穴に引きずり込むことではない。

「それは大丈夫だと思うわ」

――何て微笑ましいのだろうか。

「ストロ、嫌なことは嫌って言う子だもの。
 その呼び方が嫌だったら初めからそう言っているわ」

 慰めのつもりではなく、ただ思ったことを伝える。
 しかしクラムは納得しない。

「…それだけじゃないし。
 あたし、魔法使えるから勇者君について行くって言ったの。
 なのに、未だにメラも役に立たないし」

 いじけたように言う。
 ブラウの役立たず発言に楯突くときとはまるで違う。
 少し健気なクラム。

「クラム、可愛いわね」

 そんな様子にラゼリアは彼女の頭をぽんぽんと軽く叩く。

「心配ないわよ。さっきと同じ理由でね」

 先程よりは軽い口調で諭す。
 ついで、思いついたように付け足した。

「それに、英雄譚に可愛いヒロインは欠かせないのだから」

 クラムは目を丸くした。
 自分自身を指差し、首を傾げる。

「あたし?ヒロインはラズだと思うけど」
「私はヒロインには向いていないわ」

 クラムの発言を彼女は否定した。
 それは謙遜ではなくはっきりとした拒絶だった。
 そして何もなかったように続ける。

「でも、良かったわ。
 ひどい怪我をしたのがショックで
 旅が嫌になったのじゃないかって、心配だったの」
「ううん!それはないよ。
 旅をするってことは死と隣り合わせなんだって、
 旅立ち前にいっぱい言われたもん。
 でもね、皆も隣にいる。あの時は怖かったけど、大丈夫。
 あたしは決めてるの。
 世界中の景色を見て、色んな人と出会うんだって!」
「その心意気があるなら大丈夫ね」

 クラムははっとした。
 そして大きく頷く。

「うん。そうだね。そのために頑張らなきゃ!
 魔法ももっと練習して勇者君に褒めてもらおう!」

 先刻までの杞憂はどこへやら。
 そう言って飛び跳ねると、すぐに着替えを始める。
 その様子を見てラゼリアは荷物から何かを取り出した。

「向いているものって人それぞれあると思うの。  試してみて」

 彼女がクラムに渡したのは、一冊の本だった。





 張り切るクラムを残し、ラゼリアは廊下に出た。
 思い付いて隣の扉の前に立つ。
 ノックをしようと腕を上げるが、気配を感じ1歩下がった。
 予想通り、扉が開く。
 しかし、相手は予想外だったのか、彼女と目が合い少し動揺していた。

「おはよう。と言うよりこんにちは、ブラウ」

 彼女はお構いなしに挨拶するが、
 ブラウは無視してその場を通り抜けようとした。
 咄嗟に彼が足を踏み出すだろう場所に、自分の足をすっと伸ばす。
 まるで喜劇のように、彼は派手に転倒した。
 床にしたたかに腰を打ちつけ、声も上げられずうずくまる。

「大丈夫?」

 本当に思いつきの行動だったので、
 まさかここまで引っかかるとは思わなかった。

「僧侶が足払い掛けんなよ!」
「盗賊が足払いにかかるのも問題だと思うけど…」

 彼女の呟きには答えず、彼は腰を気にしながら立ち上がる。

「で、何の用だ?」

 実はストロフィスの様子を見に来たのだったが、
 肩越しに見える部屋の中は無人のようだ。
 しかし、足を止めさせた手前、彼女は話題を探す。

「不機嫌そうだなって思って」

 理由は何となくわかっている。
 彼の目標である魔王と今のところ何の接点もなく、
 何か具体的な行動を取れないことが、彼をイラつかせているのだろう。

「解ってて、言ってんだろ」
「もともと、目的はあるけど当てのない旅なのだから、良いじゃないの」

 少しも作ったようなところのない微笑で答える。
 時折見せる容赦のないところ。
 一体どちらが本当の顔なのか、ブラウには解らない。

「それにしたって無駄な動きをし過ぎてる。
 王冠を取り戻せば確かに株は上がるだろうが、もともとアリアハン王の書状もある。
 こんな事しなくても、ロマリアの協力くらい取り付けられるんじゃないか?」

 ロマリアでは彼女の迫力に押し切られたが、どうにも納得いかない。
 ここまで来てわざわざ問い詰める気もなかったが、
 彼女から話題を振ってきたので疑問をぶつける。

「当てがないって言っているでしょ?
 魔王の居場所がはっきりわからない今は情報を集めるしかないの。
 どの道、情報の収集に歩き回らなくてはならないのだから、一緒よ。」
「情報収集ったって、
 ネクロゴンドにいるだろうっていう以外に
 バラモスの事を知ってる奴がその辺にいるとは思えねぇんだけどな…」

 溜息交じりの彼の言葉。

――魔王について何か知ってますか?
――ああ。確かこの間、薬草を2ダース買っていったよ。

 何て会話が行われることなんてあり得ない。
 あったとしたら、それはそれで彼は落ち込むだろう。
 そんなどうでもいい考えを、ラゼリアは頭から追い払った。

「バラモスに最も近付いたと言われている人を知っている?」
「…英雄オルテガ。あいつの父親だろ?」

 世界、少なくとも彼女が訪れたことのある国々での常識だ。
 アリアハンの英雄は世界中にその名を轟かせている。

「バラモスを知っている人はいないかもしれない。
 けど、オルテガ殿を知っている人は世界中にいるはずよ」
「それがどうした?
 5年も前に死んだ奴のことなんか……あ!」

 何故、そんな簡単な事に気付けなかったのか、
 ブラウは自身に毒吐きたくなった。
 彼が自分の言いたいことに気付いたと解り、彼女は答えを告げる。

「そう、オルテガ殿の足跡を辿れば、自然と近付くはずよ。
 それに各地でストロが名を馳せれば、英雄の息子であるという情報と相まって、
 バラモス側から何らかの接触があるかもしれないわ」
「なるほど、面倒だがかなり確実な線かもな」

 少し考えて、思い立った節があり顔を上げる。

「…街に着くごとにお前が消える原因がそれか。
 情報収集のために街中回ってたって訳だ」

 レーベでもロマリアでも彼女はいつも断わって、1人で行動することがあった。
 特に差し障りもないので、誰もそれについて触れなかった。
 彼が1人腐っている間にも、
 彼女は着々と勇者の仲間としての仕事をこなしていたのだ。

「さっさと言ってくれれば、俺だって聞き込みくらい…」
「ある程度のことは私だけでもつかめていたからね。
 レーベで一応頼もうとしたこともあったのよ?
 でもあなた酔い潰れてそれどころじゃなかったし」

 ブラウは気まずそうに顔を背ける。
 心なしか顔が赤みを帯びている。

「ストロやクラムも、旅慣れるのに精一杯って感じだったから、
 街に着いたときぐらい何もしないで休ませてあげたかったのよ。
 そうね、もうそろそろ手伝ってもらってもいい頃かもしれないわね」
「過保護…」

 半眼で自分を見る彼。
 その目を軽く受け流し、彼女はその場を後にしようとした。
 急いでいる訳ではないが、ここに留まる理由もない。
 部屋にいないストロフィスを探しに行くつもりだった。
 背を向けようとした彼女に彼が思い出したように声を掛けた。

「天に選ばれた血。お前はどう思う?」

 この前のこと。
 常識には当てはまらない才。
 英雄。勇者の血。勇者。
 そういえば、クラムも的外れながら勇者について悩んでいた。

「天…神は……。いえ」

 話そうと思った。
 自分の思想を。信じるものを。
 しかしそれを口にしようとすると、何故か赤黒い、嫌な色に視界が侵される。
 なので、思想を言葉という形にすることをやめた。

「やめましょう。あなたと話すといつも話題が重いわ。
 たまには好きなスープの具、程度の話がしたいかな」

 少し、ほんの少しだけ淋しそうな顔。
 はぐらかされた気がしたが、
 何をはぐらかしたのかが解らなかったので、彼は追求できなかった。

「あなたは勇者が必要で、その勇者がストロだった。
 …それでいいじゃない」

 今度こそ彼に背を向ける。
 何か言いたそうな顔は、しかしもう1度呼び止めはしなかった。





 高度が高いこの場所。
 空気が冷たい。
 空が高い。
 抜けた青を眺めながら、さほど広くない村を歩く。
 時折聞こえる鳥の鳴き声。畑を耕す鍬の音。
 それ以外は、ただ、自分の踏みしめる砂の音。
 彼女は特に当てなく、影は少しずつだけ伸びて行く。





 村の外れ。
 村でも特に高いところ。
 切り立った崖の手前に座っている人影。
 それは彼女が探していた人物だった。

 遠くを眺めているのか、考え事をしているのか、はたまた眠っているのか。
 とにかくぼーとしている、といった後ろ姿。
 ラゼリアは足場を確認してから彼に近付いていった。
 足元で響く砂の音が彼の耳に届いていたのだろう。
 ストロフィスは少し顔を動かし、彼女の姿を視界の端に捉えた。

「ストロ、大丈夫?」

 挨拶ではなく、ラゼリアはまず訊ねた。

――こんなにも良い日和なのに、今日は何故皆影のある表情をしているのかしら。

 皆の波長が合っているようで何とも可笑しい。

「…何で?」

 彼も挨拶ではなく、訊ね返した。
 突然現われて、何を言っているのだろうか、と思ったらしい。
 ラゼリアは質問を変えた。

「何か、心配事?」
「いや、そういう訳じゃ…ない」

 彼は言葉尻を濁した。
 そのまま視線を遠い景色に移す。
 ラゼリアも彼の隣まで来て同じ風景を共有した。
 岩の多い山肌が太陽の光を受け白く輝いている。
 高く鳴きながら飛ぶ猛禽類も目に入る。
 ここから見ていると、とても魔物が蔓延っているようには見えない。
 ここだけが混乱に進むこの世界と隔離されているかようだった。
 それでも、そこから来た自分達がいて、またそこに帰っていくのだと知っていた。
 いつも危険が自分の隣にいることを知っていた。

――でもね、皆も隣にいる。

 先程まで話していた少女が、そう告げた。

「クラム、ね。すごい子だわ」

 静寂を破った彼女の発言に彼は少なからず興味を抱いたようだった。
 視線をまた彼女に移す。

「落ち込んでいるから、
 てっきりこの前の怪我が原因かと思ったら関係なかったみたい。
 これから魔法の練習をするんだって、張り切っていたわ」
「…そっか」

 心なしかほっとしたような表情。
 これでストロフィスの杞憂も少しは和らいだろうとラゼリアは思った。
 彼は彼女の前で魔法を使ったことをあまり誇りに思っていないようだったからだ。
 彼は彼なりに、魔法が上手くいかない彼女が、
 魔法使いではない自分が魔法を使うのを見て、いい気分はしないと考えていたのだろう。

「そういえば…」

 クラムの杞憂のことを思い出し、彼女は脈絡のない問いを発した。

「勇者君っていう呼び名についてどう思う?」
「は?いや、何かそのまんまだなとは思ったけど」

 彼女はその言葉に満足したように、微笑んだ。
 ストロフィスは意味が解らず怪訝な顔をしたが、彼女は応えない。
 にこにこと彼を見ているラゼリアから目をそらし、再び周囲の山々に目をやった。
 ぽつり、と聞き漏らしそうなほど小さな呟きが彼の口から漏れる。

「ラズ。ラズにとっての勇者って何?」

 今日という日にテーマをつけるなら間違いなくその言葉だとラゼリアは思った。
 どうにもこのパーティ、協調性や仲間意識が薄いようだが、
 こういうところはシンクロしている。

 ラゼリアは目を閉じてみる。

 例えば、勇敢に魔物に立ち向かいうところ。
 例えば、王に栄誉を与えられているところ。
 例えば、伝説の剣を引き抜くところ…。

 それらはとても断片的で、先程頭に浮かんだ、
 薬草を2ダース買っていく魔王くらい、どうでもいいことに思えてきた。
 実際、それが自分にとっての答えではないと、彼女は結論付けた。

「ブラウは、あなたが勇者でなければついて来なかった。
 クラムは勇者があなたでなければついて来なかった。
 私は…勇者であってもなくても、あなたでなくとも、
 私を必要としていたなら誰でも良かった」

 何よりも、ストロフィス自身が勇者という名に縛られていなければ、
 旅に出ることもなかった。
 もちろん仲間を求めることも。

「私達4人がこうしているのは、すごい確率だと思わない?」

 それは偶然とも必然とも呼べること。

「勇者っていうのは、きっとそういうものよ。私はそう思う」

 明確に言葉で表すのはなかなか難しいことだった。
 彼女の言いたいことを彼が理解したかどうかはわからない。
 でもそれで良いとラゼリアは思った。
 ストロフィスは少し何かを考えたようだった。
 顔を下げ、先程の彼女のように目を閉じている。
 ラゼリアは村のほうを向いて口を開く。

「魔法、アドバイスしてあげてくれる?
 私には魔法使いの呪文ってわからないことが多いから」

 彼は一瞬その状態から動かなかったが、すぐに頷いた。





 この場から去っていくストロフィスから目を離し、
 彼女はストロフィスが座っていたのと同じ場所に腰掛けた。
 やや西に傾いた日が眩しい。
 近辺の山々から、その先に広がる平野。
 手のひらで影を作り、彼女は更に遠くを見つめた。
 遥か遠くに薄く細長いものが建っているのが見える。
 それは日の光で揺らめいていた。
 背後の村の方から何やら騒がしい音や悲鳴が聞こえてくる。

 そちらの方には構いはせずに、彼女はしばらくの間、次の目的地を眺めるだけで過ごした。









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