ロマリアの話----------





5話.盗賊団と高い塔A





「降り始めで助かったわね」

 厚い雲からぱらぱらと降り始めた雨は、
 4人が塔の影に隠れた時点で叩きつけるような大雨に変わっていた。
 幸い、塔を目の前にしていた一行は、肩口を少々濡らした程度で済んだのだった。
 ロマリアからこの塔を目指してもう幾日も経つが、
 最後は天候に急かされての到着だった。

「遠くからは分からなかったけど、これ、汚いね」

 クラムが、視線を雨から人工物に移して言った。
 彼らを、高い塔に相応しい巨大な扉が出迎えている。
 それは汚らしいと呼ぶには十分過ぎた。
 扉には堂々と「カンダタ盗賊団」と赤い塗料で書いてある。
 恐らく、前代の盗賊も自分達の名を書き記していたのだろう。
 赤の下には混じり合って濁った色と、
 それを無理やり消し剥がそうとしてきた後が見受けられた。

「言ったろ。奴らが有名なのは悪趣味さのおかげなんだ」

 ブラウがげんなりと口にした。
 この先を考えると開けることすら躊躇わせる。

「盗賊って不潔なのかな」
「俺を見て言うな」

 不審な瞳で見るクラムを押しやって、彼は塗料に汚れた扉に近づく。
 錠がぶら下がっているが、鍵を閉められた様子はない。
 ここへ来るまでは見通しの良い平原だった。
 一直線にこの塔を目指して来たが、彼らは自分達以外を見かけなかった。
 そのことは、塔から人里に出てきたものはいない、
 盗賊団はこの塔にまだいるということを推測させた。
 覚悟を決めて、ブラウが押すと、扉はあっけなく開いた。

「うわ…何だここ」
「ぐっちゃぐちゃ…」

 ストロフィスもクラムも顔をしかめた。
 同じ塔でも、アリアハンのナジミの塔とは雲泥の差があった。
 ナジミの塔の、その重厚な作りは管理が行き届いていることもあり、
 年期と威厳すら感じ取れた。
 しかしここは、どうにも管理されているとは言いがたい。
 その時その時で改築、増築されていたのか、建物内部は継ぎはぎをイメージさせた。
 更にはどうにも埃っぽい。
 ストロフィスは簡単に辺りを見渡して告げる。

「見張りすらいないな」
「なんとかと煙は高いところに上がる、ってな。
 大方、最上階にいるんじゃねぇのか」

 ブラウは不愉快そうにそう言った。
 ラゼリアも気配を探り終わったのか、賛同した。

「じゃあ、階段を探しましょうか」

 彼女の言葉で、一行は埃っぽい中を探索し始めた。





「まったく誰にも会わないね」

 だんだんと警戒心も薄らぎ、潜めることもなく声を出す。
 細かい部屋を幾つか見つけ、覗いてみるものの、特に誰も何も見当たらない。
 時々迷い込んだ魔物が目的もなくうろうろするのを見かけるくらい。
 もう入り口から4つ階段を上がっているので、現在5階のはずだ。
 時折設置されている窓を覗くと、随分昇ったことが伺えた。

「カンダダってどんな人?」

 話題を探し、何気なくクラムがストロフィスに訊ねる。
 突き飛ばされた時、彼女は後ろを向いていたので、
 盗賊団というものが想像もつかない。

「なんつーか…変態」

 彼は忘れたいのに忘れられない、ビキニパンツの男が脳裏を過ぎり身震いした。
 すぐさま頭を振って映像を振り払う。
 思い出すだけで体に毒だった。
 気を紛らわすように彼は今までと同様、次の扉を開けた。

――そこには7人の男がいた。

 テーブルを囲んで、談笑していたようだった。
 一家団欒よろしく、盗賊団全員が集まっている部屋に行き着くとは予想もしていなかった。
 一瞬、凍りつく。
 部屋の中の男たちも、固まっている。
 思わず、1度扉を閉める。
 もう1度開ける。
 やはりそこには7人の男。
 重装備な6人と、何故かビキニパンツに覆面という筋肉ムキムキの男…。

「あ、変態見っけ」

 クラムがぽかんと、しかし迷いなく指して言った。
 それが合図だったように、いっせいに金縛りが解けた。
 各々臨戦態勢に入る。

「な、何者だ、てめぇら!
 俺様を大盗賊カンダタだと知って来たのか!?」

 覆面の男が叫ぶ。

「お前らの方が何者だよ」

 ストロフィスがぽつりと呻く。
 よほど彼のことが生理的に受け入れられないらしい。

「さては、俺様の盗んだ王冠が目当てだろ」

 1つの可能性に思い当たり、カンダタは自信満々に言い放つ。
 しかし、事情を知らないクラムとストロフィスは怪訝な顔をする。

「…王冠?」
「何のことだ?」
「へっ、とぼけたって無駄だぜ!」

 予想外の反応に、しかし気を悪くした様子もなく彼は武器を手にした。
 巨大な刃を持つ剣。
 そして凶悪なその大剣の柄には、桃色のふわふわしたものが揺れている。
 それは何とも可愛いらしい、うさぎのしっぽ。

「あー!!あたしのお財布!!」

 クラムが悲鳴にも似た声を上げる。

「ふ、嬢ちゃんのものかい。だがこれは譲れねぇな」

 カンダタは柄を持ち上げて、それを誇らしげに掲げる。

「幸運を運ぶうさぎのしっぽ型財布…」

 ふわふわと財布本人はなされるままに揺れ続ける。

「俺様が並んでも買えなかったものだ…
 限定物でもう何処にも売ってないものなんだぞ」

 なんだか愛しいものを見るような目(あくまで覆面越し)でしっぽを見つめる盗賊頭。

「うっ、鳥肌たった…」

 覆面、ビキニパンツの男とうさぎのしっぽというシュールな組み合わせに、
 ストロフィスは思わず2、3歩後ずさる。

「ひどい〜!あたしが買ったお財布なのにぃ!」
「とにかく、お前らにやるものは何もねぇ!おい、やっちまえ!」

 彼らが話している間にカンダタの子分たちの戦闘準備はすっかり完了したようだった。
 6人が一斉に飛び掛る。

 すかさず、ブラウとラゼリアが前に出た。
 ブラウの鞭――カザーブで購入した鎖型の新しいものだ――に2人が武器を弾かれ、
 ラゼリアの起こした真空に、ほとんどが吹き飛ばされる。
 しかしながら、少しは名の馳せた盗賊団。
 その辺りの魔物とは違い、体勢を立て直すと素早く反撃に出る。

 2人が子分に構っている間に、カンダタは大剣を振りかざして、
 ストロフィスとクラムの方へやってきた。
 ストロフィスはそれを剣で軌道を逸らせてから盾で受け止める。
 しかし大剣とそれを扱えるだけの力と体格。
 力負けして体勢を崩す。
 その瞬間を敵が見過ごすはずはない。

「死ねぇ!!」
「スカラ!」

 クラムの声が響く。
 ストロフィスの周りに薄い光が纏う。
 彼の剣は押されるどころか、カンダダの剣を弾き返した。

「うおっ…!な、なんだ?」

 カンダダは明らかに戸惑ったようだ。
 それを好機に彼の剣はカンダタに追い討ちをかけようと攻める。
 形成が逆転したカンダタは、慌てて子分の後ろまで退いた。

「やった!出来た…!!」

 自分の両手を見つめ、歓喜に震えるクラム。
 スカラ。彼女達を苦しめたキャタピラーも使っていた防御呪文だ。
 彼女はカザーブでラゼリアからサポート系の呪文を勧められて、
 こつこつ練習していたのだった。
 戦場の真ん中で放心するクラムを引っ張って脇にやると、ストロフィスは呟いた。

「助かった」
「えへへ」

 その短い言葉に、彼女は嬉しそうに頬を赤らめた。





 子分が次々と床に伏していく。
 ブラウが1人のみぞおちに武器を沈めると、立っているのは4人と、敵側の2人だけだった。
 カンダタが早々と背を向け、奥の階段へ走った。
 慌てて子分が後を追う。

「上に逃げたぞ」

 ブラウが声を掛け、4人が後を追う。
 上の階。すなわち6階は何もない部屋だった。
 階段から一番遠い窓側にカンダタが立っていた。
 手にはカーテンの紐のようなものを握っている。
 それを追うように子分が力なく走っている。
 更にそれを追いかけようとブラウを先頭にフロアに足を踏み出す。
 カンダタはそれを見計らって叫ぶ。

「あばよ!」

 彼は勝ち誇ったようにその紐を引いた――
 ガタン。
 次の瞬間、音と共に床が消えた。

「きゃあぁ!」
「お、お頭ぁぁ!?」





 降り注ぐ埃に咳き込みながら、クラムは上を見上げる。

「床がなくなったぁ…?」
「い…って」
「ああ!?ごめん、勇者君!」 

 思いっきり衝撃緩和材に利用されたストロフィスが彼女の下で呻いている。
 慌てて立ち上がった彼女の重みが彼に止めをさしていた。
 ふぎゅっ、と情けない声を出してぐったりとしている。

「くそっ、あんなでかい仕掛けがあったのか」

 さすがに身軽なだけあって、まともに着地したブラウが周りを確認する。
 どこか見知った雰囲気。先ほど通った1階下のフロアだ。
 見捨てられたのだろう、カンダタの子分が床に突き刺さっている。
 見上げると落とし穴と呼ぶには広すぎる範囲が、ぱっくりと開いていた。
 再び目線を戻すと、先刻倒した5人と突き刺さった子分、そして彼の仲間2人。
 ぺしゃんこになったストロフィスを介抱するクラムが、きょとんと呟く。

「…あれ、ラズは?」





 塔のテラス。
 今だ強いままの雨は、激しい音を立てて弾け飛んでいる。
 その中を黄金の冠を手にした男が走り抜けている。

「へっ、ちょろいぜ」

 どうせさっきの奴らは、落とされたことに驚いて、
 また上の階に駆け上がっていることだろう。
 彼が下のテラスに飛び降りていることも知らずに。
 嬉しそうに手の冠と財布を見る。
 その瞬間、足が何かに引っかかった。

「うおぉぉ!?」

 まったく無防備だったため顔面から床に突っ込んで、盛大に雨水を飲む。
 訳が解らず顔を上げると、雨に濡れた靴が目に入った。

「このまま逃げるのはなしよ」

 靴の主は優しく言葉をかけた。
 先程乗り込んできたうちの1人。
 青い髪をした僧侶だった。
 手にはモーニングスター。
 彼を転ばせたのはその鎖らしかった。

「お前!どうして落ちてないんだ!?」

 まるで幽霊でも見るように、カンダタは慄いた。
 地べたに這いつくばった状態で、彼女と目が合う。
 彼を、彼の罪な部分を見透かして、それをすべて許容するような瞳。
 どうにも居心地の悪さを感じて目を逸らして立ち上がる。

「邪魔だ!どけ!!」

 とにかく逃げなければならない。
 カンダタは彼女に向かって大剣を振り下ろす。
 それを冷静に見つめながら、彼女は口を開く。

 意味こそ雨の音にかき消されていたが、凛とした声音が奏でられたことだけは解った。
 途端に目の前の雨が切れた。
 そしてそのまま、彼の体をも切り裂く。
 鋭い真空はそのまま再び、彼を床に叩きつける。
 赤い血が散ったが、すぐに雨粒に流される。

 動けない傷ではなかった。そうなる前のぎりぎりの傷。
 傷の状態と彼女の表情から手加減されたことが解る。
 それは致命傷を負わされるよりも、何か嫌な悪寒が走ること。

「て、てめぇ僧侶だろ!?
 殺生とかしたら…ば、バチが当たるぞ!!」

 恐ろしくなり思わず彼は叫ぶ。
 声が震えることは隠せなかった。

「残念」

 彼女は本当に残念そうに彼を見下ろす。

「実は、私の神様は不在なの。私を見て、咎める人は誰もいないわ」

 そう言うと同時に、握り直したモーニングスターが動く。
 突き出されたその柄が、カンダタの首のほんの数センチ横で硬質な音を立てた。

「わわわ、わかった、返す!か、冠、冠を…」
「ありがとう。でもそれより」

 大きく震える手から冠を受け取りながら、彼女は視線を下げる。
 剣につけられた桃色のしっぽ。

「財布、返してもらえるかしら」

 カンダタは少し名残惜しそうにうさぎのしっぽを差し出す。
 彼女がそれを受け取ると、彼は一目散に逃げ出した。

 床にはまだ少し、赤い色が残っている。
 それが完全に洗い流されると、彼女は目を細めて空を見上げた。

 雨は少し弱くなっていた。






「ラズ〜」

 耳慣れた声がする。
 名前の主は濡れた顔を少し拭って、振り返った。
 声の主を先頭に、3人が彼女の元へ駆け寄ってくる。

「ごめんなさい。逃げられちゃったわ」

 3人に向かって、そう謝る。

「でもはい、クラム。お財布」

 桃色のふわふわは濡れたせいでみずぼらしくなっていたが、クラムは目を輝かせた。

「あ!あたしのしっぽ…お帰り〜」
「それは?」

 彼女がそれに頬ずりしている脇を通り、ストロフィスがラゼリアの持つものを示した。
 方や水滴で輝きを増した王冠。

「ロマリアの王冠よ」

 そう答えると、彼女はそれをストロフィスの頭に載せた。
 彼はそんな彼女の行動に少し驚いたが、
 自分の頭からそれを下ろすと、不思議そうにそれを眺めた。

「あー、本当骨折り損だ」

 少し離れたところではブラウが溜息を吐く。
 目線の先にはしっぽを大事そうに仕舞うクラム。
 あんなもののために、ここまで来たのかという顔。
 そんな彼の横を通り、ラゼリアはテラスの端に立った。

「少しくらいはいいことあるわよ。ほら」

 彼女が指さす。

 厚い雲が切れて光が漏れているその先を。
 そこには、薄い虹が架かっていた。










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