ロマリアの話----------





4話.国の宝と彼女の宝A





「こう、薄桃色でふわふわで、鞄につけられるように鎖がついてて…
 それで、うーん、とにかく可愛いの」

 クラムは指で宙に描きながら語った。

「わかんねぇよ」

 熱心な財布の説明も興味のない者からすればうざったいだけだった。
 ブラウは小虫を払うような仕草で彼女をあしらう。

「それにしても。お前、気持ち悪かったとはいえ、
 財布のためにだけに盗賊団なんて追いかける気になったな?」

 ブラウは不思議そうにストロフィスに問う。
 その判断に関して彼は何の後悔もなかった。

「クラムにこれからずっと、財布のことを言い続けられるよりマシ」
「…言えてるな」

 妙に納得したブラウは思わず頷いた。





 シャンパーニの塔。
 古くから盗賊たちが根城にしている場所である。
 小物から大物までその時々で色々な盗賊が住み着いている。
 一行は財布を盗んだ盗賊団が潜むというその塔に向かっていた。
 まず北上して山岳地帯にあるカザーブと言う村を目指す。
 そこから更に西に進み、ロマリア王家も手を焼いている無法地帯へと突入するのだ。

 クラムは休みたいと叫ぶ足を奮い立たせ、歩き易いとはいえない道を進んでいた。
 それでも、まめや靴擦れを作っては何かとラゼリアに泣きついていたアリアハンの頃よりは、
 歩き方も解ってはきている。
 自分と同じく旅は初めてなのに、
 体の調子の狂うことないストロフィスの背を追いながら汗を拭う。
 彼の場合、休みたいと愚痴は言い続けているけれど。

「嫌な道だな…」

 もう先頭を歩くことが役割となっているブラウがぽつりと呟く。
 道は険しさを増し、道幅は両端の崖が迫るように細くなっている。
 それは頂上の近さを表すものかもという期待感と単に疲れるという2つの面を持っていた。
 彼が疲れを感じさせる台詞を口にするのは珍しかったが、彼女は素直に同意する。

「本当、もうくたくた」
「そういう意味じゃない。
 魔物が出たら戦いの場が上手く確保できないだろ」

 否定されて、辺りを見渡す。
 両端は切り立った崖。
 道幅はそれでも、5、6人が並べる広さはあるが、戦う時にはそうもいかないだろう。
 前後から挟み撃ちされても逃げられないし、
 崖の上から攻められる事だって考えられるのだ。

「でも、変ね。
 この辺りに入ってまだ一匹も魔物を見ないなんて…」
「そういえば」

 クラムはラゼリアの言葉に後ろを振り返る。
 自分達が上ってきた坂が下りに転じているだけで何の変哲もない。
 ただでさえ、日ごとに魔物の出現率は高まっている。
 現に山岳地帯に入る前には随分多くの魔物と戦闘を繰り返した。
 しかしながら、踏みしめる地に岩が多くなってくると魔物はぴったりと出なくなった。
 ラゼリアは腑に落ちない感があったが、戦闘がないに越したことはない。
 クラムはそう思って歩き始めようとする。
 そこに崖を滑ってくる細かい石。
 意識してなければ気にも留めていなかっただろうそれにつられて、顔を上げる。

「…何だろ?」

 上に揺らめく影。
 ほんの少しだけ見えた気がした。
 何の気なしに言ったのだが、空気が張り詰めた。

「迂闊だったわね…」
「知恵つけてやがるのか」

 それぞれ旅なれた2人が口にした。
 ざわざわ、とクラムにも解るほど気配が動く。
 見回せば両崖の上、そして前方を埋め尽くすように、魔物の群れ。





 ロマリアに入ってから何度も闘った鎧をまとったような巨大イモムシ。
 そしてアリアハン育ちの2人には初対面の、
 縦に置けば人間よりも大きいかもしれないカニ。
 キャタピラー。そして軍隊ガニ。

「逃げ場がないところに差し掛かってから集団で襲ってくるか…。
 くそっ、組み合わせも最悪だな!」
「カニは甲羅が頑丈よ。魔法を効果的に使って。
 キャタピラーはスクルト…防御の呪文を使うから、
 カニに呪文をかける前に倒したほうがいいわ」

 そう言い残すと、いつものように2人は魔物を蹴散らしにかかった。
 せきを切ったように押し寄せる、魔物の群れ。
 初めて見る魔物だからだろうか、クラムは初めて少し震えた。





「っ…こっちにも来た」
 こぼれるように後ろに来るキャタピラーをどうにか倒していたクラムとストロフィスのもとに、
 とうとう軍隊ガニがやってきた。
 呪文を唱えられたらやっかいなので、珍しくストロフィスが前にでる。
 彼の剣は上手く関節を捉えた。
 小気味良い音と共にハサミが飛ぶ。

「う〜…メラ!」

 クラムもまた、負けじと呪文を唱える。
 ずいぶん成長した火の玉がカニを直撃。
 しかしながら一撃で倒すことは叶わなかった。

「もう!何で…!」

 有効なはずの魔法が目に見えては効かず歯がゆい思いがする。
 怒ったような表情をしても、倒せなかったことに代わりはない。
 攻撃を避けるために一歩退く。
 その隙をついてキャタピラーが大きく体を揺さぶる。
 軍隊ガニを薄い光が包んだ。

「しまった…」

 そう口にしたと同時に彼が横に吹っ飛ぶ。
 タイミング悪く、振り下ろした剣が魔法の壁に遮られ、
 代わりに彼が攻撃をまともに受けたのだ。

「勇者君!」

 思わず悲鳴混じりに声を上げる。
 彼の元に駆け寄ろうとしたが、赤い影がそれを妨げる。
 彼女の目に巨大なハサミが映る。

「きゃあ!!」

 赤い血が舞った。
 そのハサミが細い腕を切り裂いていた。
 もちろんとどめを刺すために魔物の攻撃は止まらない。

「くそっ!」
 ストロフィスが彼女に追撃する魔物目掛けて剣を振うが、
 硬い甲羅にヒビが入っただけで、再び反動で吹っ飛んだ。

「クラム!ストロ!」

 ラゼリアが後方の異変に気付き、取り囲むようにいた魔物を強烈な真空で切り裂いた。
 しかしながら少しばかり前に出過ぎた。
 後方との間には幾重にも魔物の壁が出来上がっている。
 彼女の元へ走る時間はない。間に合わない。
 振り下ろされる絶望的な一撃に、クラムは思わず目を閉じた。





「ギラ!」

 炎が上がった。
 ヒビのダメージも少なからずあったのだろう。
 炎に包まれた魔物は灰のように崩れていった。
 クラムはそれを呆然と見ていた。
 突然炎上した魔物にも驚いたが、直前に聞こえた呪文の主を不思議そうに眺める。

「勇者君?」

 転んだ不自然な格好から腕を突き出すのはストロフィス。
 起き上がると、彼は彼女の元へやって来る。
 彼女の後ろまで来ていた、片方のハサミがないカニを剣で制すと、
 先程と同じように呪文を唱えた。
 数匹の魔物が炎に崩れる。

「怪我したとこ見せて」
「え?あ、うん」

 次いで降ってきた言葉に放心しながら腕を出す。
 痛みを忘れていたのが嘘みたいに深く、傷は開いていた。
 彼はその傷に手をかざし、呟く。

「ホイミ…」

 傷が閉じていく。
 流れた血はそのままに、皮膚が再生される。

「後はラズに何とかしてもらって」

 疲れたのか、息を吐きながら指差した彼女の腕にはうっすらと傷跡が残っている。
 癒された本人はただ目を丸くしていた。

「ストロ、魔法が使えるの?」

 後ろでラゼリアの声がした。
 あの魔物をほとんど倒してきたのだろう、多少息が乱れているようだった。
 問いながらも彼女はすぐにクラムの腕に注意を向けた。

「え?ああ」

 何となく生返事をする。

「回復と攻撃の基礎だけは、覚えさせられて…」
「お前、何でそんな大事なこと言わなかった?」

 ラゼリアの後から現われたブラウは、彼女よりも疲れているようだった。
 責めるような発言だが力はない。

「苦手なんだ。当てにされると困るから」

 目線を明後日の方向へ向けて答える。

「なるほど、それで勇者と…」
「何のこと?」

 ラゼリアは単に彼が魔法を使ったから驚いているのではないらしい。
 何か納得したように、頷いている。

「オルテガ殿が何故、世界中で勇者と讃えられ有名になったか。
 それにオルテガ殿の血を受け継いでいるとはいえストロ自身が何故、
 アリアハンであれほど期待されていたのかということよ」

 まず、簡潔に彼女は抱いていた疑問を述べた。
 そして答えへの鍵を。

「普通、魔法使いが操れる呪文と僧侶が操れる呪文は、
 同時に身につけることは出来ないの」
「え!?」
「確かに賢者と呼ばれる領域に達せば、それも叶うと言われているわ。
 でも、生まれながらにそんな能力が備わっているということは、
 それだけ特別な血筋だということ」

 クラムの脳裏にアリアハンでのことが甦る。
 彼の父であるオルテガのことは噂程度にしか知らないが、
 怠け者だと言うこと以外でもストロフィスはいつも皆に注目されていた。
 いつか旅立つ勇者として。

――アリアハンに生まれた、特別な血。
――アリアハンが世界に誇る、勇者の血。

 その血を旅立たせることで孤立した地であるアリアハンを有名にする。
 それはあの国の宝とも言えるものだったのかもしれない。

「天に祝福された血…まさに勇者か」

 ブラウが言葉をもらす。
 その言葉に、クラムが思考の波から醒める。
 そして自然とストロフィスを探す。
 かすり傷もラゼリアに癒され、彼は立ち上がっている。
 静かに、目線を上げて呟く。

「でも、親父は死んだ」

 空気が一瞬止まる。
 皆の視線が一同に集まる。

「血、何てその程度のもんだ。
 勇者なんて言葉の飾りにしかすぎない」

 彼だけは誰を見ることもなく、遠くに目をやった。
 そしてもう1度だけ口を開く。

「旅立つことが重要だったんだから」

 怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも何とも感じていないのか。
 クラムには彼の気持ちがわからずに、ただ外套の裾を掴むしかなかった。








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