ロマリアの話----------



 大切なものとは、何?





4話.国の宝と彼女の宝@





 一瞬の光。

 そして次の瞬間、内臓をかき回されたような強烈な不快感がストロフィスを襲った。
 加えて光からの脱出は、闇に放り込まれるのと同じだ。
 その場の薄暗さに眼が慣れるのは少々時間が必要だった。

 よたよたと2、3歩進むと目の前に青い髪が落ちる。

「大丈夫?」
「気持ち悪い…」

 心配する彼女に彼は正直に告げる。

「初めてだものね、しょうがないわ。
 あっちで少し休みましょう」

 彼女に手を引かる。
 視界はぼんやりとしているが、踏みしめる地の感覚からここが人工物であることがわかる。
 小さな建物なのだろう、出口はすぐに見えた。
 その付近にクラムが座っていた。

「あ〜、勇者くん〜…」

 彼と同じで彼女もすっかり眼を回したようだった。
 視点の定まらない眼でこちらを見て笑った。





 外に出ると広い大地が彼らを出迎えていた。
 アリアハンの扉を閉ざしたため建物は使われずに朽ちている。
 15年の歳月を感じさせるように、刈り採られることのない草木が周りを覆っていた。

 風が違う。
 漠然と彼は思った。
 ただそれだけだったが、長年住み慣れた地と離れたことを実感するのには十分だった。





 自由と娯楽の国、ロマリア。
 夕暮れ時も過ぎているというのに街は活気付いていた。
 煌々とランプを灯す出店の列に酒場や何かもわからないような店。
 何か祭りでもやっているのかというほど賑やかだ。

 街に辿り着いた4人。
 ストロフィスは宿の手配をするというラゼリアに断わって、
 クラムが見たいという宿の前の出店を見て回っていた。
 彼女が楽しそうに小物や菓子を眺める横で、彼は気配の変化に気が付いた。
 街の入り口とは反対側、すなわちロマリア城の方向から今までと違う喧騒が聞こえる。
 何かあったのかなと思う前にその根源は現われた。

「は?」

 純然たる疑問が彼の頭に過ぎる。

――何だあれ。

 通りに現われたのは覆面の集団。
 しかも気のせいだろうか、
 先頭を走っている男の顔はすっぽりと覆い隠されているというのに、
 下半身に着けているものはビキニパンツのみ…。
 それが通行人を蹴散らして走ってくる。
 半ば放心していたストロフィスと菓子に夢中なクラムはその集団に跳ね飛ばされた。





 顔を上げると横に伏しているクラムが眼に入った。
 あの集団に背を向けていた彼女は、何が起きたか解らずきょとんとしている。
 上体を起こした彼が通りを見ると変な集団に続いて鎧を着た集団が走っていた。
 1人、鎧が重いのか最後尾を遅れてついていた若者が足をもつれさせて盛大に転んだ。

 その頃になると、周囲の建物から騒ぎを聞いた人々が顔を出していた。
 宿からラゼリアやブラウも出てくる。
 出てきた彼女は通りの真ん中でもがいている鎧に足を向けた。
 ブラウは怪訝な面持ちで、立ち上がって埃を払っていた2人に近付く。

「何があったんだ?」
「いや、俺にもよくわかんない」

 あの変な集団がなんだったのか、彼にはさっぱりわからなかった。
 周囲の人も首を傾げながらそれぞれの店へ戻っていく。
 そうして街の空気が正常になりかけた。

 しかし、クラムが挙動不審な声を上げる。

「あれ?あれ?」

 彼女はきょろきょろと辺りを見回し、自分の荷物やポケットを探り、とうとう叫ぶ。

「あ〜!!ない〜!!」

 耳元で大声を出されストロフィスが耳を塞ぎながら反射的に訊く。

「どうした?」
「あたしのお財布、なくなっちゃった…」

 涙を浮かべてそう訴える彼女にブラウは簡単に言う。

「落としたんじゃねぇの?」
「そんなことないもん!さっきそこの屋台を見たときにあったもん!」

 彼女が指すのは今いるところから5歩もない店。
 さすがにこの区間で落とすことも考えにくい。

「勇者君、どうしよう!?」
「いや、俺に訊かれても…」
「クラム。財布をしまってから何かなかった?
 鞄を落としたとか、誰か怪しい人とぶつかったとか…」

 いつの間にかラゼリアが側に立っていた。
 会話に参加してきた彼女にクラムは先刻のことを告げる。

「さっきいっぱい走ってきた人にぶつかられて転んじゃった。
 でも、周り見たけど何も落としてなかったよ?」
「…多分、スラれたわね。先刻のは、有名な盗賊団よ」
「「盗賊団!?」」

 ストロフィスとクラムの声が重なる。

「気のせいか、ものすごく盗賊らしくない格好だった気も…」

 続けたストロフィスの言葉にブラウは思い立った。

「カンダタ一味か。悪趣味さとせこさでは世界的に有名だな。
 奴らなら、こんなガキの財布だって取りかねない」
「そんな…早く取り返さないと!」

 街の門を見つめてクラムは力を込めて言った。
 そんな彼女をブラウが覚めた眼で見る。

「いくら入ってたんだ?」
「えっと、40Gくらいかな」
「諦めろ」

 予想以上に価値の低い財布に、即答する。
 しかし、彼女は譲らなかった。

「やだ!お金よりもお財布が大事なの!!
 行商人のおじさんから買った、ウサギのしっぽ型の超可愛いお財布なの!!
 限定物で、もう町とかじゃ売ってないって言ってたもん!!」
「知らねーよ。その辺で適当に別のを買え」
「やだ!やだ!!あたしはあのお財布と一生を共にするって決めてるんだから!!
 ねぇ、勇者君、取り返しに追いかけようよ!!
 ねぇ、ねぇ、いいでしょ?いいよね!?ね!?」

 クラムはストロフィスの外套をがっしり掴みぶんぶんと振りまくった。
 戦闘中とは打って変わって力強く振りほどけない。
 頭を振られ気持ちの悪くなった彼はそれしか選択肢がないとでもいうように口にする。

「わかっ、わかったから、放せ…」
「わーい!勇者君ありがとう!」

 その言葉と同時に手を放された彼は遠心力よろしく吹っ飛んだ。
 再び地に這いつくばった彼にブラウが怒りの声を向ける。

「おい、勝手に決めるなよ!
 あいつらが何処に向かったかもわかんねぇのに、財布の1個のために!
 観光じゃねぇんだ。お前、何のために旅立ったと思ってるんだ!?」
「カンダダ一味なら北西にある塔にアジトがあるそうよ」

 ラゼリアが言葉を挟んだ。
 皆の視線が彼女に集まる。

「やった!お財布取り返せる!!」
「北西…シャンパー二の塔か。いや、わかったとこで何だってんだ?
 こんなとこ油を売ってる暇は…」

 苛立ちを口にする彼をラゼリアは引き寄せて2人から離した。
 彼の耳元でそっと呟くように言う。

「それが、そうでもないのよ。
 先刻城の兵士が追いかけていたでしょう?
 なんでも城から王冠が盗まれてしまったらしいのよ」

 ブラウが彼女の方を向く。
 倒れていた兵士に聞いたのだろう。
 国家機密とも言える重要情報を、彼女がどう聞き出したかはあえて考えなかった。
 彼女は先を継いだ。

「そんなこと国の威信が揺らぐから公表できないし、
 あまり大々的に探索に力を入れられないそうよ。
 この意味、解るでしょう?」

 彼女は意味ありげに微笑む。
 この瞳は苦手なのであまり近くで覗き込んでほしくなかった。
 眼を逸らして彼女の言わんとするところを答える。

「俺らが代わりに取り返せば、ロマリアに恩を売れるってか?」
「そういうこと」

 しかし解せずにもう1つ尋ねる。

「王冠のこと何であいつらに言わない?」
「そんな重大なことが絡んでいると知ればストロが面倒がるでしょう?」
「お前、僧侶とは思えないくらいしたたかだな…」

 盗賊追跡もてっきり正義感から、もしくはクラムのためだと言うかと思っていたのに。
 それなら偽善だと一蹴できたのだが、残念なことに彼にも納得できる内容だった。

「どんな思惑が働いていても、最後に多くの人が良かったと思えるなら、
 それは素晴らしいことだと思うの。私はね」

 真っ直ぐに言った、彼女の気迫に押されて彼は黙る。
 それを肯定と受け止めたのだろう、彼女はストロフィスたちの方に戻った。

「さぁ、アジトは逃げないから今日はもう休みましょう」
「うん!ウサギのしっぽのお財布のために!!」

 国の宝と少女の宝のために、勇者たちは新しい地を行く。








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