アリアハンの話----------
3話.時空を超える泉B
「誘いって…何への?」
ストロフィスは憮然とした面持ちで尋ねた。
一行はレーベを出てから数週間かけて、旅の扉のあるという洞窟までやってきていた。
城下より北東。進むにつれて人里から離れる。
それでも昔は、旅の扉目的で訪れる人がいない訳ではなかったのだろう。
時々、廃屋と化した宿場を見かけた。
更には山道に分け入り、やっと目的としていた洞窟が目に入った。
洞窟の傍には小さな監視所が建てられており、事前に連絡を受けていた兵士が挨拶にでる。
彼はこの辺りの魔物の状況や最近の天気、そして15年前にふさがれた入り口を示し、
ここが「誘いの洞窟」と呼ばれている事を説明してくれた。
「い…いえ、自分には解りかねます。申し訳ありません!」
突然思っても見ないことを訊かれ、若い兵士はかしこまって詫びる。
もともとたいして気にしていなかったのか、ストロフィスはだから何だと言うリアクションもしなかった。
「誘われるって感じではないわね。出来たら入りたくないくらい」
彼の言葉で名前について思ったのかラゼリアは覗き込んで呟く。
「アリアハンが鎖国状態なのも頷ける」
ブラウが後を継いだ。
「こんなところにあるんじゃ、入り口がふさがってなくても気軽に他国に行き来なんてできねぇな」
瓦礫で埋もれた洞窟は、コケが生い茂り何とも不気味な雰囲気だ。
「ねぇ、ねぇ、早く魔法の玉…じゃなくって、えっと何とかボンバー使おうよ!」
そんなことは気にもならないのか、クラムは1人、いつも以上にはしゃいでいる。
「そうね、日が暮れる前にロマリアに抜けましょう」
「えっと、説明書は…」
鞄の中から取り出した紙を高々と掲げ、彼女はタイトルを読み上げる。
「“弾けてボンバー27号の使い方”。あ、弾けて、か」
「27号…?」
実際魔法の玉を受け取る場にいなかったラゼリアは、初めて聞く魔法の玉のフルネームに眉をひそめた。
どうやらストロフィスと同じで、個数が気になるらしい。
クラムはといえば、説明書を覗き込んで珍しく難しい顔をしていた。
「えーと、この玉を、ばく、爆破?したいところに設置して、線、えっと、火付けの線に…?」
「あー!鬱陶しい!!読めねぇんだったら始めから読むな!!」
「単語が難しいんだもん!しょうがないじゃない!ラズ〜、替わりに読んでぇ」
たどたどしいにも程がある彼女の読み方に、それが役回りと化したブラウが怒鳴る。
クラムは軽く怒鳴り返すと、すぐにラゼリアに泣きついた。
「はいはい」
ラゼリアはまるで母親のように返事をすると、彼女から説明書を受け取った。
「まず、それを爆破させたいところに動かないように固定して、導火線に火を付ける。
その際爆破の威力は半径3メートルくらいに集約されるので、設置場所を吟味すること。
爆風は更に広範囲に吹くので火をつけてからすばやく影響外から出ること。
1度爆発が終わってもすぐには近づかないこと。
ポケットにいれないこ…、この辺は別にいいわね」
その後に、口に含まないこと、などやりそうにないことが続いたので、彼女は肩をすくめて省略した。
「ここ、この紐部分に火を付けて、この本体にまで辿り着いたら爆発するみたいね」
ラゼリアが白い指で受け取った魔法の玉を指す。
球体には尻尾のような導火線が付いていた。
「あたしのメラで付けようか?」
「燻るだけじゃ、意味ねぇんだよ。火打石、どこだっけ?」
ブラウは今までの戦闘のことを皮肉ってあしらう。
「ひどーい!あれだよ、紙が燃えるくらいにはなったのに!」
「いいから、さっさと火点けんぞ」
そういうと火付け石で導火線に火を着けようとしゃがむ。
その後ろにクラムはこっそり回り込む。
「どーん!!」
「うわぁ!?」
突然耳元で叫ばれたブラウは普通に驚いて飛び退いた。
「てめぇ…!」
「ふふ、ブルーってば意外と怖がりだねー」
してやったりと意地悪く笑うクラムと睨み付けるブラウ。
その横で、
「ほら、2人とも下がって」
ふと見よると、ラゼリアは2人を他所に既に導火線に火をつけていた。
短くなっていく導火線を見た2人は、勢い良く走り出した。
強い閃光が走ったかと思うと、盛大な音と共に大地を揺さぶるほどの振動が彼らを襲う。
土埃舞う洞窟では暗い闇が顔を見せていた。
ぽっかりと口を開けた洞窟を背にラゼリアは兵士にもう1つの魔法の玉を託している。
「じゃあ、これを。半日経ったくらいで使ってください。説明書はこっちですので」
この入り口から他の地より魔物が入り込まないように、この入り口を塞いでしまわなければならない。
「私がこれを使えば、もう皆さんはここから帰れないのですね…」
寂しげに呟く兵士をクラムが励ます。
「そんなことないよ。ボンバーなおじさん、
勇者君が魔王を倒したら張り切って、この辺り穴だらけにしちゃうんだから!」
彼女の言葉に兵士は頷くと敬礼した。
そして勇者一行は洞窟の闇に消えていく。
「きゃあ!?」
洞窟に入って何度目かの悲鳴と共にクラムの足元が崩れ落ちた。
手入れをしてないためか、爆破の影響か、足元はかなり弱くなっていた。
あちこちに天然の落とし穴が待ち構えている。
ストロフィスにしがみ付いていたのとラゼリアに引っ張られたことで事なきを得た彼女は、息をつく。
しかしながら何度も外套にぶら下がられ、自らも落ちそうになっているストロフィスは不満を口にする。
「大体、何でこんな辺鄙なところにあるんだよ」
「この間も言ってただろ。大昔の奴が作ったものなんだ。
意図もわからないし、地形も変わっているだろうからな」
答えるブラウもくたびれているようだった。
密閉された空間でどう生きていたのか、魔物も出ないわけではない。
見取り図を見ながら歩いてはいるがかなり神経をすり減らしている。
奥に進む度に皆の口数も減って行く。
「でも確かに珍しいことではあるわ」
後方を歩くラゼリアの声には疲労感はあまりない。
皆の気を紛らわすため話し始める。
「交通の要所だからね、他の国ではたいてい宿や神殿が建てられて管理されているのよ」
「へぇ。じゃあ、こんな埃だらけにならなくて良いんだね」
クラムは汗と埃で汚れた顔を拭いながら、快適な宿を思い浮かべた。
「この辺り全部掘りこして、直通にしてくれりゃあ良いのに」
ストロフィスも無理なことを言い出す。
ちょっと元気を取り戻した彼らにラゼリアもにっこりと笑う。
「そうなったら便利ではあるわね。
そう言えば教会になっていたところもあったわ。テドンっていう街の側なんだけど」
「…えっ?」
続けた彼女の台詞に反応したのは先頭を歩いていたブラウだった。
動揺そのままに勢い良く振り返った彼に後ろの2人は驚いた。
そして、崩れる足元への反応が遅れた。
「ちょっと皆、大丈夫!?」
もはや床ではなく天井と化したところからラゼリアが心配そうに覗き込んでいた。
幸運なことに床下の空洞はそれほど深くなく、3人とも瓦礫の中から顔を出す。
「うん。何か頭にこぶが出来てる気がするけど…」
「口ん中、砂入った…」
「ああ、くそっ!ランプが壊れた」
何かしら口にして起き上がる彼らに、ラゼリアも胸を撫で下ろす。
ふと、ストロフィスが何かに気付いた。
闇の奥に目を凝らす。
「何かある…?」
「何か?どの辺だ?」
彼が指差す方にブラウも目を向ける。
「おい、そっちのランプ貸してくれ」
ラゼリアからランプを受け取りかざす。
闇から人工物が浮かぶ。
「扉?確か地図に…、あ、ない…」
先程の転落で失くしてしまったらしい。ブラウは苦い顔をした。
「載っていたわ。旅の扉は赤い扉の奥に描いてあったはずよ」
「運がいいっていうか何ていうか…。上に戻る必要はないみたいだな」
「じゃあ、この先にもうあるの?」
頭をさすりながら問うクラムに降りてきたラゼリアが魔法をかける。
「そうよ。ロマリアはもうすぐね」
その言葉にクラムのテンションも上がる。
高ぶる興奮そのままに扉を見つめていたストロフィスに飛びついた。
重い扉が開く。
こもっていた空気は決して心地良いものではなかった。
しかしながらその奥からの淡い光に気持ちは暗くならなかった。
そして、
「うわぁ…!」
「“光る泉”…」
彼らの目の前には光が渦巻いていた。
「これが旅の扉かぁ」
ブラウは騒ぐ彼女を気にすることもなくその光に足を踏み入れた。
それと同時に彼の体が光に溶け込むように消えていく。
「あー!消えた!!」
驚きに声を上げるクラムの横でストロフィスも目を見張る。
光を見つめる2人にラゼリアが声を掛ける。
「先に行くわね」
彼女もあっけなく消えていった。
ストロフィスは旅の扉を見つめた続けた。
思い出されるのは預言者の言葉。
老人の夢に出てきたという光る泉に飛び込む自分。
老人の言葉が真実であったことで、
実のところそんなに実感のなかった未来や使命と言ったものが現実味を帯びて来る。
「すっごい、どきどきする!」
「そりゃ、こんな訳の解らんものに入るんだからな」
飽きる訳でもなくはしゃぐ彼女に半ば呆れつつ、ストロフィスは返す。
「うーん、そうじゃないの、もっとこう、ここから何かが始まる、みたいな」
彼にその感情を伝えようと彼女は身振り手振りで何かを必死に表そうと試みる。
「あっ!解った!!」
ばたばたとした動きを止めると、彼女は飛び上がって叫んだ。
そして、真っ直ぐ彼の方を見つめる。
「旅への誘いだよ」
「…何が?」
クラムはきらきらと目を輝かせた。
「さっきの答え!」
楽しそうにそう言うと、元気良く飛び込んだ。
彼女の姿も光に消える。
――誘いって…、何への?
先程の彼の問い。
最後に残ったストロフィスは軽くため息を吐くと、自らも光の泉に身を投じた。
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