アリアハンの話----------



3話.時空を超える泉A





「真に申し訳ない」

 ストロフィス達が謁見の間に現われて、まずアリアハン王は侘びの言葉を述べた。

「実は出航停止が決定された時にすぐさま、
 お主が乗るための船を出すように使いをだしておったのだがな、多忙のため失念しておった。
 しかもちょうど昨日、不可能だという商会からの文が届いた」

 苦い王の表情は、忘れていた事に対するものか、船が意に反して出なかった事に対してか。

「旅の扉をご存知ですか?」

 ストロフィスが王の言う言葉をまるで聞かなかったようなタイミングで口を開いた。
 王は驚いたように、こちらを見た。

「ああ、もちろんだ。
 この大陸の旅の扉はアリアハン王家で管理しているのだ。しかし…」

 歯切れ悪そうに続けたところからあまり言い返事は期待できなさそうだった。

「15年前、オルテガが封印してしまったのだ」
「親父が?」
「さよう。王家が管理している旅の扉は山間の洞窟にあるのだが、
 アリアハンに外界からの魔物が進入しないように、自分が旅立った際に入り口を塞いでしまったのだ」
「開ける事は出来ないのですか」
「それがだな、塞ぎ方が半端ではないのだよ。彼は魔法や腕力を使った訳ではないのだ」
「じゃあ、一体どうやって?」

 王の遠回しな物言いに、答えを急く。

「魔法の玉というものを使ったのだ」
「魔法の玉?」

 またも初めて聞く言葉に、アリアハンの少年少女は同時にラゼリアの顔を見た。
 もちろん、いつもの解説を期待したのだろう。
 しかし彼女は横に首を振った。
 彼女が知らないとなるとよほど珍しいものなのだろう。

「実際は違う名前だったと思うのだが、まるで魔法のような、
 いや、それ以上の破壊力を持つ不思議な玉だ…そうだ。
 なにぶん、15年も前の事なんでな。大臣!」

 王は傍に控えていた大臣に場を譲った。
 大臣はコホンと咳払いをすると王に一礼してから前へ一歩進み出た。

「魔法の玉というのは、魔力を用いず爆発を起こすという目的で、レーベで開発されていたアイテムだ。
 15年前、オルテガ殿はその玉を受け取り、旅の扉がある洞窟の入り口を爆破した。
 それ故に、我がアリアハンは他国と比べても魔物の少ない地になった訳だが、
 同時に船以外での出国が出来なくなった」
「なるほどな…」

 ブラウは小さく頷いた。
 アリアハン以外を知っている彼にとってアリアハンの魔物が異様に低レベルであることが腑に落ちたようだった。

「もとより我が国の旅の扉がある洞窟は決して安全とはいえない場所。
 一般の民が気軽に諸国へ往来するためには使われていなかったため、
 封印されても大した混乱は起きなかったのだ」
「それで、本当に封印を破る手段はないのでしょうか?
 先ほどのお話にあった魔法の玉をもう1度使うことは考えておられないようですが…」

 ラゼリアがもっともな疑問を述べた。
 魔法の玉で入り口を塞いだなら、その瓦礫を魔法の玉で吹き飛ばせばいい。

「もちろん、魔法の玉を再び使えば可能だろう。
 しかし、その製作者の男がオルテガに玉を譲ってから、家に閉じこもり、
 玉もその研究も人の目に触れんようにしてしまったそうなのだ」
「15年って相当な引きこもりだな…」

 ストロフィスがぼそりと呟いた。
 確かに年期がこもっている。
 大臣は彼の呟きは無視して続ける。

「その男さえ説得できれば、封印を解く事は出来る。
 更に使えば再び封印することも可能だろう」
「王室としても、旅の扉が使えなくては、
 少々無理な手段でレーベから船を出させねばならない。
 だが、商会との関係を今壊したくはないのだよ」

 場を譲ったはずの王が口を挟んだ。
 城下町に暮らしていたストロフィス達には良く解らなかったが、
 どうやらレーベの商会とやらは相当な力を持っているらしい。

「閉じられているとはいえ、まだ王室の管轄下にある。
 通行のための書状と洞窟までの宿を手配しておこう」

 そこまで言うと大臣はすぐさま近くにいた兵士に何かを告げた。
 兵士は頷き、頭を下げて謁見の間から出て行った。
 どこまで用意してくれるのかは解らなかったが、
 書状や宿の手配は最初にもらった50Gよりはましな餞別だとストロフィスは思っていた。
 ふと、隣のクラムが思い出したように口を開いた。

「そういえば聞いてなかったです。その旅の扉は何処に通じてるんですか?」
「自由と娯楽の王国、ロマリアだ」





 魔物が凶暴になるまでは城下から定期馬車が出ていたが、
 馬が魔物に襲われる被害が相次ぎ、逃げ場もないとの事で、現在運行はしていない。
 どうしても必要なときは警備を付けているようだが、採算が取れるわけもない。
 すなわち、レーベに行くには歩くことがもっとも一般的となっている。
 街道沿いに要領よく行けば宿場町もあるので野宿もほぼなしの決まった日数で到着することは可能だ。

 その道を何故か3日も余分にかかって、勇者一行はアリアハン北の都レーベに辿り着いた。





 何処となく、潮の香りが漂っている気がする街中。
 正午を少しまわった時間帯のせいか買い物客や食事にでた人々で賑やかだ。

「取り敢えず、別れて宿と魔法の玉を作った人の家を探しましょうか」
「俺、宿の方がいい」

 まず、ストロフィスが手を上げた。
 慌てて、ブラウが口を挟む。

「お前が行かなくて、どうやって魔法の玉を手に入れるんだ。
 書状だってお前のために書かれているし、オルテガの息子だということは強みなんだ…」
「あたしは勇者君とがいい〜」
「疲れたから早いとこ休みたいんだ。いいじゃん、魔法の玉明日でも」
「俺が喋ってる時に一斉に喋んな!」

 ブラウが往来で怒鳴る。
 何人かがこちらを振り向いたので、少し落ち着いて言い直す。

「とにかく、ここに来るのにも時間を使い過ぎたから、さっさと事を運ぶんだ!
 四の五の言わずにお前は魔法の玉を受け取って来い!」
「じゃあ、あなたは2人をお願いね」

 ラゼリアがにっこりとブラウに微笑んだ。
 彼は一瞬何のことか解らずに固まったが、すぐに思い当たった。

「ちょっ…!待て、何で俺がこいつらのお守りをしなきゃいけないんだ!?」
「1ヶ月前にお世話になった宿の当てもあるし、
 色々調べたい事もあるから私は宿を手配しておくわ。
 クラムはストロと行きたいようだし、
 初めての土地で2人だけにする訳にもいかないでしょう?」

 柔らかい笑顔に問答無用な威圧感を伴ってブラウは何も言えなくなって、おとなしく頷いた。

「…わかったよ」





「ブルーって美人に弱いでしょう?」

 ラゼリアと別れ、クラムがむすっと歩くブラウに声を掛ける。

「ブルーって呼ぶな。何訳わかんねぇこと言ってんだ」
「ラズの言うことは素直に聞いてるじゃない」

 やたら嬉しそうに、からかうように言った。
 年頃の女の子らしく、恋愛沙汰には興味があるらしい。

「別に美人がどうとか言う訳じゃ…」

 言い訳しようとしたが、自分でも彼女に感じているもやもやの理由がわからないので説明のしようもなかった。
 まったく他人のそういうことに興味のなさそうなストロフィスが2人を見た。

「何か知らないけど、さっさと済まして休みたい。
 魔法の玉とやらを探さなきゃいけないんだろ」
「お前かなりムカつくな…」

 普通に聞いたなら正論だが、言っている本人がこの勇者だというだけで不愉快さが増す。
 出会って5日も経つがどうにもリズムが皆バラバラだ。

「あら、あんたたち魔法の玉を捜しているのかい?」

 突然声が掛かった。振り返ると中年の女性が買い物袋を手に立っていた。

「うん、そうだよ。おばさん知ってるの?」
「まぁ、レーベの者なら誰でも知っているけど…私の旦那がそれを作ってるんだよ」
「本当!?」
「すごい偶然だな」

 予想外の展開に思わず関心してしまう。

「でも、残念だけど無駄足だったね。
 何人も魔法の玉狙いで旦那を訪ねてきたけれど会いもしない。
 研究室の扉も閉めちまって、この時間は顔も見れないよ」

 気の毒そうに奥さんは言った。

「それは承知の上だ。その研究室とやらの場所を教えてほしい」
「お願いします!」

 ブラウが頼み、クラムもそれに続いた。

「どうせ帰るところだし、案内はしてあげられるよ。でも、がっかりしないで頂戴ね」





 案内してくれたのは中心街から離れた場所だった。
 自宅だという建物から数十メートル奥に倉庫のようなものが建っている。

「…で、どうするんだ?」

 奥さんは本宅に入り、3人が閉じた扉の前に残された。
 ストロフィスは相変わらず自分で何かを考える気もなく問いかける。
 話の通り、扉は鍵がかけられて呼びかけにも反応はない。
 ただ、あまり嗅ぎ慣れない匂いが辺りに立ち込めている。

「少しは自分で考えろよ」

 ブラウは溜息を吐いてから、自分のベルトに付いている小さな鞄を開けた。
 その中から工具のようなものを数本出すと扉の前にしゃがみ込んだ。

「あー!いけないんだぁ!」

 クラムが彼を指して非難する。
 彼が工具を鍵穴に挿して何度か動かすと、あっけなく鍵の外れる音がした。
 鍵開け。盗賊らしい特技ではある。

「取り敢えず、話をしなけりゃ事は進まないからな。不可抗力だ」

 とぼけたように彼は言ったが、ふと、聖職者であるラゼリアがいたら何といわれるかと想像した。

――ひょっとしたら、自分がこういう行動をとることがあり得たからこそ、別行動をとったのかもしれない。

「犯罪技術も役に立つものだな」
「お前はもう少し素直に人を褒められないのか?」

 ストロフィスの皮肉に先程の考えも宙に散った。





「お邪魔しまーす」

 クラムが明るく、しかしいつもより声のトーンを押さえて扉を開いた。
 そして返答がないため足を踏み入れて、異様な匂いに顔をしかめた。
 床には数字や記号が書き殴られた紙が散らばり、
 その上にはいくつかの机が並び、様々な薬品がガラスのビンに詰められていた。
 荷物に埋もれて解らなかったが、良く見るとどうやら奥にもう1つ部屋があるようだった。
 その扉から顎に髭を蓄えた初老の男が顔を出した。

「何だお前達は!?どうやって入った!?」

 あまりにも当たり前な驚きを表したその男は、足元の紙に構いもせずにやって来た。

「えーと、この入り口から入りました」

 クラムが申し訳なさそうに扉を指さした。

「魔法の玉がほしいんですけど」

 それに続いてストロフィスが要件を述べる。

「不法侵入の上、いきなり魔法の玉だと?ふざけているのか?出て行け!」

 顔を上気させて怒鳴る男に彼は問答無用で書面を突き付けた。
 それは別にこのために書かれたものではなかったが、
 ストロフィス達が旅立つ経緯を詳細に記してあるものだった。

「オルテガの息子だと?」

 男は何度も文面をじっくり読み、それでも不思議そうな目で口を開いた。

「お前が?」
「そーだよ。勇者として魔王を倒しに行くの!」

 本人の前にクラムが即肯定した。
 ストロフィスはというといつもの何も考えていなさそうな顔で突っ立っていた。

「そう言われれば、どこか面影が…」
「親父に玉を渡したんだろう?今それのせいで外界へ行けないんだ」

 ストロフィスは男が自分の父を知っている口ぶりに、父が犯した問題点を伝える。
 彼の横ではクラムが小首を傾げながら問う。

「おじさんが魔法の玉を作っている人なんでしょう?」
「魔法ではない。化学の力だ!」

 男は力を込めて、しかし先程までの怒鳴り声とは変わった調子で言った。

「カガク?」

 聞いたことがあるような気はするが、何だか解らずクラムは傾げた首を戻せなかった。

「ふん。普段頭を使わない人間には到底理解できない偉大な学問だ」

 誇らしげにそういうと箱の1つから赤ん坊の頭ほどの球体を取り出した。

「これには火薬という爆発を起こすものが入っているのだ」
「それが魔法の…」

 言いかけてブラウはやめた。魔法というのは先刻否定されたばかりだった。
 男はそんな彼を一瞥してからその球体を掲げて言い放つ。

「その名も…弾けてボンバー27号!」

 ………
 妙に冷たい風が締め切ったはずの室内を通り過ぎた。
 血の巡りさえ停止したように、体に感じるのは嫌な寒さだけだった。

「…最悪のネーミングセンスだな」
「ていうか、その名前ですでに26個も…」

 ブラウとストロフィス、それぞれ気になるところを突っ込んだ。
 何とかその名前を頭から振り払って、ブラウは続ける。

「どうして、オルテガが旅立った後、これを公表しなかったんだ?
 武器としても、すごい発明なんじゃないか?」
「誰かがいたずらに洞窟の封印を破る恐れがあったんでな。
 アリアハンにこれ以上凶暴な魔物が蔓延るのは忍びない」

 そこまで言って、男は顔を曇らせた。
 どうやらそれが、魔法の玉を15年も世に出さなかった理由らしい。

「本来ならばこれは希望への鍵だった。
 これがあれば、15年前に塞いだ旅の扉への入り口を開く事ができる。
 俺はな、平和になった世界を自らの足で歩きたいという者たちに、これを託すつもりでいたのだ。
 それが、再び過酷な、死地へ赴くような旅の始まりになるとは…皮肉なものだな」

 後半はストロフィスたちを見渡すように、その未来へ思いを巡らせてるかのように語った。
 言い終わると手元の火薬玉に目を落とした。

「別に俺は、希望の地を求めて行く訳じゃない」

 ストロフィスが男の言葉に対して口を開いた。

「けど、死地へ赴く為でもない」
「ならば、何のために外界へと旅立つのだ」

 男の問いに、彼は迷うことなく答える。

「ただ、それが「勇者」であることだから」

 予想もしなかった言葉に男はしばらくぽかんとしていた。

「お前、オルテガとは似ても似つかんな」

 男は先程とは別のことを言った。

「似て、何か得があるとは思ってない。むしろ面倒臭いことばかりだ」
「まぁ、面倒臭いだろうな」

 英雄と呼ばれた男と比べられて良いことがある訳がない。





 ふと、脳裏に15年前の記憶が甦った。
 目の前の少年とは違い、オルテガは意志を宿した瞳を持ち、強い決意を語った。
 彼は妻も子もいた。この少年とはまったく立場も違っていた。
 しかし、彼もまた言ったのだ。

――死にに行く訳ではないのだと。

「そうだな、理由はともかく魔王を倒そう何て奴に意地張ってもしょうがないからな。
 よし。お前らに、この27号と塞ぐためのプリティボム14世をやろう」

 もはや、名前については何も言うまいと無言で玉を受け取った。

「使い方はこれに書いてある。
 かなり危険なものだから、取り扱いには注意しろよ。
 持ち運んでる間に爆発しても文句は聞かねぇぞ」

 さらりと言われた言葉にストロフィスは無言のまま、その玉をブラウに押し付ける。
 喧嘩を始めそうな2人を尻目にクラムは男にお礼を言った。

「ありがとう、おじさん。必ず魔王を倒して、あれを希望への鍵にして見せるから」

 いつもの根拠のない自信で断言する彼女に、男は笑った。

「期待しないで、待ってるぜ。死なない程度に頑張れよ」





 扉を開けて、外界への道を踏み出した彼らの背を見送る。
 そこで、うやむやになっていたことを1つ思い出した。

「ところで、結局どうやってここに入ったんだ?」

 その問いが聞こえる頃には3人は猛ダッシュでその場所を後にしていた。







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