アリアハンの話----------
未知の世界へ踏み出す時。
3話.時空を超える泉@
「ああ、心配していたんですよ!ご無事で何よりです!」
「もう正門も閉まっていますので、裏口からどうぞお帰りください」
城に戻った頃には夜はとうに更けている。
当然、王への謁見時間は終わっていた。
旅の扉についてはまた明日出直して、尋ねる他なかった。
「ねえ、ラズ。うちの宿に泊まっていかない?」
城を出てすぐに、クラムが提案した。
昼の活気は裏路地に移り、夜の大通りは静かだ。
彼女の弾んだ声はよく響く。
「あら、大通りの宿はクラムのお家なの?」
「そう。朝ご飯付きだよ」
初耳だったラゼリアの疑問にクラムは何故か誇らしげに言った。
「実は今日中には本格的に旅立てないだろうと思って、
教会には明日までお世話になる事に初めからしていたの。
荷物もあるし、嬉しいけど、またの機会にさせてもらうわ」
「そっか。それなら仕方ないね」
ちなみにブラウは誘われなかった。
話している間に幾つ目かの小路に差し掛かった。
4人の並びからラゼリアが抜ける。
「この裏から行くと近道だから私はここで失礼するわ。
明日の謁見は城門近くで、待ち合わせで良いかしら?」
「うん。そうしよう」
「それじゃあ、お休みなさい」
「お休みなさい!」
「お休み」
「……」
ラゼリアの背が暗い路地に消えて行った。
「おい」
別れたはずのブラウが、教会を目前としていたラゼリアを呼び止めた。
彼女は特に驚く訳でもなく、振り返った。
「お前、あれで良いと思ってるのか?」
「何の事かしら」
「勇者、の事だ。あれで本当にバラモスを倒せる訳がないだろう。
ちなみに魔法使いも論外だ」
どうやら彼はストロフィスとクラムが不満らしい。
先ほどまでの行動を見ていたら、むしろ正常ともいえる判断だ。
「あなたは何故、勇者と行動を共にしたいと?」
ブラウの思いを他所にラゼリアは逆に問い返した。
思いがけない事に、彼は不機嫌に返す。
「…何でそんな事をお前に話さなければならない」
「言いたくないなら憶測で話させてもらうけど。
あなたは別に世界を救う使命感で「勇者」に着いて行きたかったのではないのでしょう。
あなたはバラモスという最終目標に辿り着く為に勇者という名が必要だった。
王の勅令を受けている彼なら、
盗賊という肩書きでは得ることの出来ない情報も信頼も得られるはずだから」
瞳に動揺を浮かべた彼の様子からすると図星を指されたようだった。
彼女は続ける。
「それならば、彼に技量や器を要求する必要はないはずよ」
「だがあいつは、仮にも勇者を…世界を背負う肩書きを名乗っているんだぞ」
「結局あなたも、勇者という言葉に知らずに期待を掛けているのよ。
彼は少なくとも私には、16になったばかりの少年にしか見えないわ。
英雄の父を持たなければ、旅立ちなど考えなかったでしょうね」
「だが、背負って生まれたんだ、英雄を!
それを果たすため努力する義務はあるはずだ!」
ブラウは声を荒げた。
自分が間違っているとは思えない。
だが、彼女の意見に何か引っかかるものを感じて居心地が悪くなる。
「だから、私達がいるんじゃない」
ブラウとは違ってラゼリアはとても落ち着いていた。
「私達が、彼がサポートして、育ててあげればいい。
いえ、育てるなんておこがましいけど。
何でも1人に背負わせるものじゃないわ」
「…ずいぶん、あいつをかばうな」
何故か解らない不愉快さは増していくばかり。
「別にストロだけを特別扱いしている訳ではないわよ。
彼は差し出された手を無下に払いのけるような子じゃないしね。
それはクラムも一緒よ」
「出来るだけ、楽したいだけだろ」
彼はまだ悪態を吐いていたが、彼女は気にせず続けた。
「あなたの重荷も、私に預けてくれる気なら」
わずかに窓から漏れる光が彼女の赤い瞳に凝縮される。
真っ直ぐにこちらを見据えるぞっとするほど美しい瞳から、思わずブラウは目を逸らした。
そのまま吸い込まれたら、自分の奥に秘めるものすべて、吐露してしまいそうだった。
それは僧侶という職業故か天性のものか判らないが確かな力を持っていた。
「…余計なお世話だ」
何とかそれだけを口に出し、彼は教会に背を向けて歩き出した。
「お休みなさい」
気にした風もなく、彼女はそっと彼の背に呟いた。
大通りをそのまま歩いていた2人はクラムの宿の前に辿り着いた。
クラムは今日何度が道連れにし、泥と埃に塗れさせたストロフィスににこやかに言った。
「旅、とっても楽しみなの」
「…そりゃ、良かったな」
彼のつれない返事に構わずに、彼女はとても嬉しそうだ。
「あのね…」
彼女は急に改まって、彼と向かい合わせになった。
「勇者君が勇者で良かった」
「は?」
「じゃあ、また明日ね」
疑問符を浮かべた彼に、彼女は手を振った。
パタパタと音を立てて扉をくぐり、振り返ってまた手を振った。
「…ああ」
つられて手を振り替えしたが、彼女の言いたい事は解らなかった。
石畳の通りから舗装されていない道に入り、英雄の家がある。
潅木の陰から出ると、意外な事にまだ明かりが灯っていた。
夜の早い祖父ではないとすれば、母が何かをしているのか。
そんな事を考えながらストロフィスは家の扉を開けた。
「ストロフィス!?」
入ってすぐに目が合った彼の母は驚きの声を上げた。
「どうして帰って来たの?
ひょっとして面倒だから旅をやめたなんて言い出すんじゃないでしょうね!?」
「そんな訳ないだろ…。王に訊かなきゃ、どうにもならない事が
あるんだ。
明日城に行ってそこから本格的に発つんだ」
「そう…」
彼女は興奮が醒めて、突然しぼんだようになった。
そんな自分の母を一瞬怪訝そうに見つめたが、ストロフィスの中で気だるさが勝った。
「泥落として、もう寝るよ。明日また、今日くらいに起こして」
「いい加減、自分で起きなさいよ。お母さんは旅先にはいないわよ」
「…わかったよ。じゃあ」
「ストロフィス」
階段を上る彼が振り返る。
何を言おうとしていたのだろうか、彼女は首を振った。
「いえ、何でもないわ。お休み」
オルテガの妻にしてストロフィスの母であるレイシーは気の強い女性だった。
幼子を残して旅立つ夫を見送り、その死も真正面から受け取った。
そして、落胆する王や皆の希望となるように、自分の息子を旅立たせると約束した。
努力や根気というものと縁がない息子をせっつくのも彼女の役割だった。
夜が明けて、まず昨日に出た汚れ物を洗濯する。
青く晴れた空を確認して物干しに吊るす。
今日は布団も干してしまおうと考えながら朝食の準備だ。
家に入る頃には義父も日課の散歩から帰っている。
朝食を机に並べると、まだ床にいる息子を起こしに行く。
いつものようにすぐには起きない事を計算して、10分早めに2階へ上がった。
「ストロフィス!起きなさ…!」
勢い良く開けた扉の向こうにあったのはいつもと違う光景だった。
彼女の息子は寝癖こそそのままなものの、着替え終わって、荷物を確認していた。
「おはよう」
「起きてたの…?」
恐らく、犬が2本足で走っているのを見てももう少しましな顔をしていたに違いない。
ありえないものを見るように彼女はぽかんとしていた。
「自分で起きろって言ったろ」
言う通りにしたのに何が不満なのか解らずに、彼は確認した。
彼女はぎこちなく言葉を捜した。
「そうね。もう、ご飯出来てるから」
――どうしてだろうか、あんなにも息子が旅立つ事を待っていたはずなのに。
どこかで、彼が旅立つはずなどないと思っていた部分があった。
当たり前、が存在しない事など、とうに気づかされていたはずなのに。
「じゃあ、行くから」
危険な旅に出るというのに、特に何の感傷もなくストロフィスは家を出た。
そのまま近所の店にでも行くような息子の背を母は呼び止めた。
「ストロフィス!」
今になって、突然沸いた問を彼女はやっと口にした。
どうしてもっと早くに言えなかったのか彼女は後悔していた。
「面倒だとは口にしても、嫌だって一言も言わなかった。
だから私、お前は魔王を倒す心意気を持っているのだって思い込んでいた」
否定しなければ、肯定の意味になるのだろうか。
ストロフィスの場合、嫌ではないが魔王を倒したいと思った事はなかった。
「でも、でも、ひょっとして、こんな危険な旅にでるのは嫌だった?
勇者だなんて呼ばれるのは…あの人、オルテガの真似をさせられるのは苦痛だった?」
今そんな事を言って、人々から白い目で見られてまでしたい事など何もない。
比べられる事も期待される事も喜ばしい訳ではないが苦しくもなかった。
何を今更と、ストロフィスは口にしようとした。
一番自分に旅立って欲しかったのは母のはずなのに。
「別に…」
――勇者君が勇者で良かった。
ふと、昨晩のクラムの言葉が過ぎった。
その言葉が通り過ぎた時、彼の口は別の事を言っていた。
「俺はもう、決めたから。
言われたからだけど、でも、自分なりに勇者をやるから」
「ストロフィス…」
息子の言葉に彼女の肩の力が抜けた。
あまり、似ていないと思っていたのに夫の旅立ちの姿とダブった。
彼には、オルテガには何と言葉を掛けて見送ったのだったか。
「ちゃんと帰って来るのよ」
先ほどまでとは違うはっきりとした口調でそういうと、彼も応えた。
「いってきます」
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