アリアハンの話----------



2話.予知夢を求めてA





「到着!」

 やっと上に出る階段に出会ったのは西の空が鮮やかな橙色に染まった頃だった。
 各々服に付いた埃を払いながら間近に現れた塔を見上げる。

「うわ〜おっきい。遠くで見るのと全然違うね」

 クラムは落ちそうになる帽子を押さえながら感嘆の声を漏らした。
 天に近付くために建てられてというのも冗談ではないだろう。
 文句なしにアリアハンで一番高い建物だった。

 年季の入った塔の内部は幾つもの通路と階段が入り混じった複雑な作りだ。
 しかも外観の高さからして上まで行くには相当骨が折れそうだった。

「盗賊という社会の恥でしかないような勘で、ばばっと上まで行けないのか?」
「お前、俺に喧嘩売ってんだろ」

 相変わらずの失礼な言葉にブラウはむっとするが、
 たった半日の付き合いでこのぼーとした勇者に何を言っても無駄だということは理解してしまった。
 悲しいことではあったが。

「まあ、通路の間隔とか、床の具合から見ても罠がある感じではなさそうだからな。
  後は風の抜け方とかで袋小路を避けるしかないか」

 1人頷いたのはラゼリア。
 彼女はきょろきょろと落ち着きのないクラムと、
 話を聞いていたのかどうかも判らないストロフィスを、階段探しに促した。
 まるで、学校の遠足に来た先生と生徒だった。





 何個めの階段を上がった時だっただろうか。
 そろそろクラムから疲労の訴えが出始めた頃に、周囲の様子が一変した。
 そこは、素っ気なかった石畳に絨毯がひかれ、家具が並ぶ小さな部屋だった。
 そして、部屋の真ん中に寝心地の良さそうな寝台が1つ。

「爺さんが寝てる」

 覗きこんだストロフィスがぼそりと言う。
 なるほど寝台には規則正しい寝息を立てる老人が羽根布団に包まっていた。
 皆して覗き込むが、老人が目覚める気配はなかった。

「ひょっとして予知夢を見てるのかな」

 クラムが呟く。

「起こしてみようよ」

 言うが早いか、クラムは老人の耳に口を近づけた。
 息を思い切り吸い込む。

「おじいさん、起きてー!」

 予想以上に大きな声にそばに思わず3人とも耳をふさぐ。
 実家の宿での元気な挨拶のおかげで鍛えられた大声量は、見事に老人に届いたらしい。

「…ん?」
「おはよー、おじいさん」
「可愛いお嬢さんに起こされるとは気分が良いのう」

 特に煩そうにでもなく、むしろ嬉しそうに老人は目覚めた。

「城からの使いはいつもむさい男でうんざりしておった」
「城?」

 気になる部分をブラウが問い返した。
 老人は起き上がると寝間着のしわを払いながら寝台に腰掛ける。

「ワシは7代目ナジミ。王室お抱えの預言者じゃ」

 堂々と宣言した。
――島国であるアリアハンが魔王の存在に気が付いたのも、この塔の予知夢のおかげだった――
 ラゼリアが先ほど口にした事が蘇る。ただの噂ではなかったという事か。

「じゃあ、ここで予知夢を見れる言うのは本当なのか?」
「誰でも何でも見れると言う訳ではない。
 夢見の才があり、修行を積んだ者だけが先の夢を見れるのじゃ」
「なら、王室付きの預言者のあんたは未来を見れるのか?」
「見られる事は見られるが、なんせ夢。
 起きるとほとんど忘れてしまう」

 ナジミと名乗った老人はあまり意味を成さない手振りをつけながら続ける。

「それにそれが本当に現実で起こっているのかどうか、
 確認している訳ではないからのう」
「いい加減…」

 その言葉に気を悪くした風もなくナジミは笑った。
 そんな彼にラゼリアが近付いた。
 何にしてもどうやら予知夢を見れるのは本当らしい。
 小さなことでも手がかりになるかもしれない。

「無断での入室失礼しました、ナジミ様。私は僧侶のラゼリアと申します」

 深く腰を折ってまず挨拶をする。
 するとそれを見たクラムも真似をする。

「あたしはクラム!で、こっちは…」

 彼女はいつの間にかそこらの椅子に腰掛けていたストロフィスを引っ張り上げた。
 アリアハンの勇者を紹介しようとした彼女より早く、ナジミが言葉を発した。

「おお、お主見た事がある。そうじゃ、ついさっき見とった夢じゃ」
「は?」
「本当ですか?」

 予想外の言葉に一同固唾を呑んだ。
 旅の成功に係わる重要なことだ。
 一体どんな夢だったのか。
 ナジミは内容を思い出そうと静まりかえった部屋でうーんとうなった。

「…なんというのだろうか、光る泉に飛び込んでおった」
「光る泉?」

 ストロフィスは自分が真夏の太陽に映えた泉に、
 崖から勢い良くダイブする姿を想像して顔をしかめた。

「ワシは夢で見ただけじゃ。詳しい事はようわからん」

 こっちの方が良くわからん、と彼が言い返す前に、
 既に旅の知恵袋と化しているラゼリアが意見する。

「ひょっとして、旅の扉の事かしら」 
「旅の扉?」
「転移装置とでもいうのかしら。
 空間転移の魔法を定着する事によって、
 誰でも海や大陸を越えられるようにしたものなの」

 初耳だと言うアリアハン組みに彼女は説明する。

「今ではもう使える人がいない、って言われている古来の魔法遺産だから、
 そうそうある訳じゃないけれど…」
「アリアハン以外では割と一般的な移動手段として用いられているな」

 ブラウがその後を継いだ。

「聞いた事がないけど、それがどっかにあるって事?」
「恐らくね。でも存在しているのなら、
 陛下から何か話があっても良かったのに…」

 地元民でも知らないのだ。
 あれほど便利なものが利用されていないのもおかしい。

「おじいさんは何か知らないの?旅の扉の事」
「ワシは若い頃より夢見るだけ。
 現実の世界など夢以上に夢の世界じゃ。
 それにあまり外を見るとな、記憶なのか夢なのか混同してしまうんじゃよ。
 だからワシには必要ないんじゃ」

 ナジミは飄々と答える。
 どうやら彼の世界はこの窓もない小さな部屋と夢だけのようだった。
 これ以上ここにいても収穫がないと解るとストロフィスは話を切り上げた。

「とにかくおっさん…いや、国王を問い詰めるか」
「問い詰めなくても普通に訊けばいいだろ」

 旅の扉の事は城で調べる事にした。
 次の予定も決まりブラウは直ぐに部屋を後にする。

「ありがとうございました。
 先ほどのお話、旅の参考にさせて頂きます」
「ありがとう、おじいさん」

 女性陣は礼儀正しくお礼を行って階段を下りていく。
 そんな2人にナジミはひらひらと手を振った。
 そして、最後尾は無言のストロフィス。

「オルテガが旅立つ夢を見てから、あまり夢見が良くない」

 預言者は突然、背を向けたストロフィスに声を掛けた。
 いや、そう感じただけで彼の独り言だったのかもしれない。
 もう階段を下りようとしていた彼は、振り向く事はせずに耳を傾ける。

「若き勇者よ」

 魔王討伐に行く事を誰も言っていないはずだった。

「お主はワシに良き夢を見せてくれるか?」

 ストロフィスは、答えなかった。






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