ムオルの話----------



 やっと、見えた気がした。





26話.英雄の偉業@





 虎模様の猫は時折吹く強い風など気にも留めないように軽快に歩いていた。
 猫は、なーん、と一鳴きすると、街を出て来た2つの影へと進路を向けた。







 長引いていた漁師達との話を終えたブラウが待ち合わせに指定していた場所へと赴くと、
 そこにはラゼリアしかいなかった。
 特に珍しい事でもなかったが、一応と言う形で訊いておく。

「あの2人は?」
「街の外に行ったわ」
「外?」

 予想外の返答に、怪訝そうに発した一言だけで終わってしまう。
 てっきり珍しい食べ物でも見つけてふらふらしているのかと思っていた。

「“ポカパマズさん”が助けたと言うポポタっていう子の話が出ていたでしょ?
 さっきまでその子の家に行っていたのよ」

 たまたまそこに2人も居たのと、青銀の髪の僧侶は微笑む。
 しかしそれだけでは先程の疑問の答えにはならないばかりか、
 教会や買い出しに行ったはずの3人が話題の子供の家に滞在していたという不可解さだけが残った。

「何で?」
「“ポカパマズさん”はオルテガ殿の事だったの」
「は?」

 さらっと告げられた言葉に、やはり短い疑問符しか出なかった。

「それは間違えられるはずよね。
 親子なんだもの」

 さも当然の様に感想を口にする彼女に、眉間に皺を寄せたブラウは怪訝そうに呟く。

「あいつは親父には似てないって言われてなかったか?」

 あからさまではなくても、オルテガはもっと…という言葉は、
 アリアハンに一月ほどしか滞在してなかった彼の耳にも届いていた。

「それはストロのあの、のんびりした雰囲気のせいだと思うけれどもね。
 それに容姿はアリアハンを旅立った時の話でしょ?
 あれからストロの身長がどれだけ伸びたか、
 目線が近付いた貴方は良く解ってるのじゃない?」

 体格もしっかりして来たしね、と続けると、
 そろそろ抜かれそうなブラウはむっとしてその話題については黙ってしまう。

「てか、なんでオルテガがポカなんとかなんだよ」
「ポカパマズは……ここでのあだ名の様なものよ。
 で、ポポタに昔のオルテガ殿がここから何処に向かったか聞いたの」

 そこでようやく興味のある流れになり、ブラウが居住まいを正す。
 イシスの辺りで具体的な情報が途切れていたオルテガの旅路。
 偶然にやってきた場所でまた辿り着く事になるは。

「魔王を倒しに行くって言う事はもちろん言っていたみたいなんだけど、
 この後は「竜の王に会いに行くんだ」と告げて旅立ったそうよ」
「竜の王?」
「そう。竜の王に会う為に、冬が来る前に樹海を抜けるとね」

 突然出て来た単語の脳内処理が出来ていない間に話が進んでしまい、
 取り敢えず理解出来た範囲で反応しておく。

「確かに街の向こうはかなりでかい森っぽかったけど…」
「西の樹海はかなり広大らしくて、
 さすがに思い付きでオルテガ殿みたいに抜ける訳にはいかないから、
 ちょっとだけ様子を見に行くって2人とも出て行ったの」

 そこでようやく始めに切りだした「2人が街の外にいっている」事に繋がった。

「船から降りたその日にあれだけ余力が余っているいのも珍しいわよね」

 そこそこ慣れて来たと言ってもやはり海上は普通に生活しているよりも体力を使う。
 ランシールなどでは到着したその日は2人とも死んだように眠っていたのだ。

「あいつがはしゃぎ出して碌な事があった試しがないよな。
 この後何もなきゃ良いけど」

 明確にクラムの事を指して漏らした言葉に、ラゼリアは優しく首を横に振った。

「行くって言いだしたのはクラムじゃないわよ」





 びゅうっ、と強い風が吹いた。
 クラムは思わず暖かな毛皮のフードの前を合わせる。
 街の外へ出ると木々も少なく、開けた土地から吹き付ける風を遮る物が何もない。

「寒いね」

 当たり前の感想を漏らしたが、ストロフィスもマントで風を避けながら頷く。

「確かに冬になったらこれ以上はとてもじゃないけど進めないだろうな」

 東は言わずと知れた潮の流れの速い海。
 西は何処まで続くかも解らない深い深い木々の海。
 南西に向かえば、どうやらダーマ方面へ陸路へ通じているらしく、
 魔王が現れる前にはそちらとの交易も多少はあったらしいが、
 今では魔物の影響で陸路も断たれたも同然のようだ。

 今彼らが向かっているのは地平線を黒い影が覆っている方面。
 人が住める境界を引いていると言っても過言ではない、広大な森。
 地元の人々も、短い夏の季節に資源を取りに行くくらいで、決して奥までは踏み入れないと言う。
 今ではその信仰を持つ人はいないが、昔は森の向こうは神の領域とされていた事もあったらしい。
 とにかく何となく傍まで行ってみたくなり、
 彼は仲間の僧侶に断ってからこの風の中を歩いていた。

 また強く風が吹き、よろけたクラムをストロフィスが支える。

「クラム、寒いだろうから街に帰ってて良いよ」

 特に明確な目的がある訳ではない。
 思い付きで出て来てしまった彼へ付き合わなければいけない訳ではない。
 しかし橙の髪がはふるふると左右へ揺れる。

「あたしも行く」

 はっきりと彼の眼を見て言う。
 ランシールで地球のへそから帰って来たストロフィスを迎えた時と同じ表情を彼女がしている事に気付き、
 それ以上帰る事を促す事はやめた。
 その代わり、思い付きの中身をぽつりと零す。

「足跡が見れるかな、と思ったと言うか」
「足跡?」

 かつて砂の王国で見た夢。
 くっきりと着いた靴の形を辿る夢。
 ポポタから話を聞き終わった時に何故か突然その夢がおぼろげに蘇って来たから。

「風が強いから、きっと消えちゃってるね。
 こんなに吹いてたら、
 足跡どころかスライムだって木っ端みじんに吹き飛んじゃうよ」

 強風により形が保てなくなった切なげなスライムが吹き飛んで行く様を思い浮かべてしまい、何だか悲しくなる。

「その例え何かヤダな…。
 いや、跡が実際にあるとは思ってはないけど…」

 想像のスライムの表情を振り払っていると、クラムが森の方を見て首を傾げた。

「何かいる?
 え、形の崩れたスライム?」

 彼女の視線の先から、ちいさな生き物がゆっくりと近付いて来る。

「確かにサイズ感は似てるけど明らかに色々違うだろ」

 遠目でも青くないし、ぷるぷるもしていない。
 そもそも目を凝らす前に近付いて着ていたのでそれの正体はすぐに見当がついた。
 それはとてもなじみ深い生き物だが、だからこそ逆にこの場ではとても違和感のあるものに見えたけど。

「猫?」

 強風から身を守る虎模様の毛皮を着た小さな生き物は、2人から一定の距離で立ち止まる。

「街から出てきちゃったのかな?」

 クラムがしゃがんでおいでおいでと手招きする。
 猫は更に少し近付いてから、クラムとストロフィスの顔をそれぞれじっと見つめると、
 くるりと向きを変えてしまった。
 そして元の着た方向――樹海へと向かって行ってしまう。

「あ、魔物も出るかもしれないのに危ないよ」

 クラムはそう言うと猫を追い始める。

「何かクラムの方が危なっかしいんだけど」

 風によろめき枯れた草に躓く彼女の後姿をストロフィスも追う。





 猫は全力ではないにしても、クラムと距離が縮まない程度の速さで時折振り返りながら進んで行く。
 どれだけ追い駆けたか、いつの間にか樹海の入り口が目の前まで来ていた。

「疲れたぁ…。
 勇者くん、この猫意地悪だよ…」

 クラムは疲労で膝から崩れ落ちる。

「まぁ…明らかに追い駆けてきてるのが解ってた動きだったよな。
 猫とか飼った事ないから知らないけど、遊んでるつもりだったのか?」

 話題の猫は森の中までは入らずに、なーん、と声を上げた。
 とうとう観念したか、と思ったその時、ガザがサと草木を掻き分ける音がした。
 風などとは明らかに違う気配に咄嗟に座り込んでいたクラムの前に立って剣を抜く。
 しかし次の瞬間には魔物ではない事は判明した。

「トラー!」

 野太い男の声が音の方から聞こえたかと思うと、すぐにその姿も見えた。

「ああ、トラ!良かった。
 こんな所まで来ていたのか」

 木々の影から現れたのは、背は低いがずんぐりした体つきの中年の男。
 分厚い防寒着に、やたらと大きい荷物を背負っている。
 トラと呼ばれた猫は、返事の様に鳴き声を上げると、その男へと近付いて行く。
 名前を呼んで探していた以上、飼い主だったのだろう、と本来ならばそれで終わりなのだが、
 クラムがその男を見て思わず口にする。

「あれ、ノルドのおじさん…ではないよね?」
「…似てるけど違うな」

 男の容姿はかつてアッサラームとバハラタを結ぶ洞窟で出会ったノルドにとても良く似ている。
 見た目から判断するに間違いなく同族のホビットであろう。
 思わずじっと観察してしまう2人に、愛猫との再会に夢中だった男もようやく気付いた。

「うお、びっくりした!まさか人がいたとは!」

 反応遅い、とかストロフィスが思わず突っ込もうかと思った矢先に、
 ホビットと思われる男は直前の驚き以上に驚いた表情を浮かべる。

「……オルテガ?」

 一際強い風が吹いて森全体が大きな音を立てて揺れたが、その名前は妙にはっきりと聞き取れた。














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