ムオルの話----------
26話.英雄の偉業A
「で、竜の王って一体何なんだ?」
自分の居ない間の情報と出来事を聞き終えてから、思い出したようにブラウが問い掛けた。
臨時の宿として貸し出してもらった部屋では、
2人の筆跡で汚された様々な種類の地図が広げられている。
ラゼリアは羽根ペンのインクを拭き取ると、首を傾げわざとらしく人差し指を自分の頬に押し付けた。
「竜の王様なのじゃないかしら?」
「それぐらい響きで俺でも解るわ!」
お約束の様にブラウを程良くからかえた事に満足して、彼女は優しく笑う。
「随分幼い子供に語った事だから、額面通り受取っていいかは解らないけど」
まず、そう前置きした。
「竜と言えば、大昔の神とも呼べる力を持つ存在よね。
不死鳥の伝説を調べている時に書物でその存在が触れられる事はあったわ」
「現代にもいるのかよ?
なんか魔物の中には竜の様な姿をしたのも居るって言うのは聞いた事はあるけど」
魔物は地域によって姿がまるで違う。
竜の姿だと言われる魔物は限定的な所にしかいないのか、噂程度にしか聞いた事がなかった。
「「戦士ポカパマズ」も物語の中では竜の王から授けられた剣で戦うらしいわよ」
「また物語だの伝説だのと言った事か…」
思わず頭を抱えてしまう。
そろそろ彼としては地に足が着いた情報がほしかった。
そんな様子は予想通りといった感じでラゼリアは苦笑する。
「昔はこの地でも強い竜の信仰があったそうよ。
ここだけというより、樹海に面した広い地域に、って事みたいだけど。
樹海の奥のそのまた向こうには聖地と言われる場所があって、
そこに神と崇められる竜達が住んでいるのですって」
神ねぇ、と半眼になる彼に、彼女はあくまでも冷静に整理する。
今ではこの街でも信仰というほどは信じられてないそうよ、と話を続ける。
「でもオルテガ殿はそれが今も続く真実だと考えたのでしょうね。
ノアニールでもエルフの女王に連れてかれたストロが言っていたでしょう。
オルテガ殿は会えはしなかったけどエルフの森を訪ねていたらしいわ。
私達が不死鳥を探すように、
魔王に繋がる情報を神とされる竜から得ようとしたのかもしれないわ」
「……なるほどな。
てか、やっぱり魔王に近付いた稀代の英雄って奴も伝説頼りだったのかよ」
「仕方がないとしか言いようがないわよね。
貴方の故郷を始め、魔王からの攻撃と思われるものはあるにしても、
魔王そのものが現れて何かしたっていう話は一切聞かないもの。
誰も踏み入れた事のないネクロゴンドに居ると言われても、
その真偽を確かめる術さえまだ私達にはないのだから」
ネクロゴンドは険しい上に活火山で囲まれた地域で、
地理的条件だけでも近付く事は困難とされている。
そこに魔王が居るだろうというのは、魔王が現れたと言う時から言われていた事なので、
恐らくアリアハンのナジミの塔の予知能力者の様な者達からもたらされた情報と、
強力な魔物がその地方から湧き出ているらしい事、
それにほど近いテドンが壊滅した事から裏付けされたと思われる。
「ああ、そうだわ。その竜の王の話。
私達の旅に直接関係があるとしたら、不死鳥の祭壇の場所かしら」
「それもブルーオーブ情報だよな。
それがその竜がいるっていう聖地にあるってか?」
どうやら誰も踏み入れた事ないという部分で思い出したようだ。
ラゼリアはブラウの言葉に首を縦に振った。
「あくまで可能性の話よ。
伝説と言われる程遥か昔からあるというのに、
その存在が知られていない場所って限られているはずよね。
神聖化された、人々の踏み入れない地で、かつ「凍てつく」と言う条件では、
不死鳥が眠って居ても可笑しくはないでしょう?」
可能性ね、と彼女はもう一度強調した。
「竜も、空を飛ぶ生き物よね。
それに、オーブには竜の装飾がからみついていたわ。
鳥と竜が混同して語られたって事もあるかもしれないしね」
ラゼリアが語ると、錆ついた様な物語すら説得力を持ってくる。
おそらく彼女が商人として生きていたら、胡散臭い商品も気付けば買っている事だろう。
相変わらず彼女のペースにまんまと嵌ってしまったという自覚はありながらも逆らいようもなく、
ブラウは頭を切り替えた。
「で?オルテガがそこに向かったって言うなら、
俺らもジパングは後回しにしてそっち行くのか?」
「徒歩はもちろんだけど、船で行くとなると北へ回る事になるし、
今からの時季だと海まで凍って動けなくなるらしいわ」
さすがに無理ねと言われ、ブラウは頷いた。
「じゃあやっぱりジパングだな」
強い海流はやっかいだが、地元の漁師達の長年の経験談や昔の武勇伝から、
航路やジパングの位置は大体見当が着いていた。
あるかも分からない聖地よりも現実的だ。
「ジパングにあると思われるのは紫だったわよね。
ランシールでのブルーオーブは力を温存出来ていたから話せたらしいし、
まだ見つかってない3つのオーブも場合によっては話してくれるかもしれないわ。
祭壇の件はオーブに聞けるならそれが一番確実ね」
「オーブの精が俺らの前に現れるってか?
未だに信じられねぇんだけど」
不思議で強大な力がある事は理解しているが、
彼と因縁のあった2色のオーブは特に語りかけたりなんてしてくれなかった。
そんなメルヘンな事があるのかと何故か当事者ではないクラムと、
世にもくだらないメルヘン論争がおこなわれた事が思い出される。
因みにその論争で得られたものは虚しい徒労感だけだった。
その長い溜息を吐く様を観察していたラゼリアが、まるで真剣なように問い掛けた。
「第二回メルヘン論争、する?」
「しねぇよ!」
ホビットの荷物は木の実やキノコでいっぱいだった。
この辺りの地域が雪に閉ざされる前に食料などを調達する目的で、
かなりの時間をかけ森を隅々まで歩いていたらしい。
風を遮ってくれる大きな樹木の根元での荷物を下ろし、
代わりに猫を片手で抱き上げながら豪快にストロフィスの背中を叩く。
「そうか、息子か!いや、ホントびっくりした!
良く見たら色々違うんだろうが、親子と言うのはすごいもんだな!」
オルテガを知っているのかと言う単純な質問に、
ホビットの男は少しの間だけれど一緒に旅をしていたというなかなか驚きの回答をくれた。
その後同じ質問をされたので息子だと本人ではなくクラムが答えたら、
こちらと同じくらい向こうも驚いていた。
「世界って言うのは意外と狭いもんだな」
「そうだね!ああ、でも勇者くんの運がすごくいいのかも!
だって勇者くんだし!」
うんうんと彼に同意しながらクラムは勝手に納得している。
「ところで、オルテガの息子が何故ここに?」
「オルテガ…親父の後を継いで、魔王を倒す為に探している最中。
ここにいるのは親父がこの森を越えて竜の王に会いに行ったって聞いたから」
彼は旅立った経緯とここに居る目的までとても簡潔に告げた。
それで勇者…、と何か反応をしようとしていたホビットが本格的に話す前に、クラムが顔を輝かせる。
「おじさん、いつ頃オルテガ様と旅してたの?
そうだ!オルテガ様ってどんな人?
勇者くんのこと何か言ってた?
あ、おじさん竜見た事ある?大きい?
竜の王様って本当にいるのかな?」
まるでストロフィスがあまり長く喋らない代わりにというように質問を詰め込む彼女に、
ホビットは驚いたものの嫌そうな素振りは見せなかった。
むしろ面白がるように笑い、1つずつ答えて行く。
「供をしたのはオルテガが丁度、この森を越える時だ。
わしはこの森を抜けたずっと先に住んでいる。
だからこの森の案内を買って出たんだ。
後、竜の王様ではちとおしい。正確には女王様だ」
話の中で2つほど質問の回答が出ていた。
「女王様!?そっか、そうだよね。女の人だっているよね」
ストロフィスも少し驚き、気にかかった事を口にする。
「じゃあ、性別はともかく、
竜の王に会いに行くって言うのはそのままその通りだったのか。
その竜って言うのについてまったく知識がないんだけど。
親父は何で魔王を倒す旅の途中でその竜の女王に会いに行ったんだ?」
ホビットはその問いを受け、昔の映像を描いているのか遠くを見つめた。
「どこから話せばいいのか…。
オルテガはそもそも、サイモンと言う男と旅をする予定だったらしい」
「サイモン?」
何となく呼び起される者があり、記憶の隅を探してみる。
隣のクラムはまったく心当たりがないように首を傾げていた。
程なくして、辿り着いた会話の断片。
「…サマンオサのサイモン?」
「なんだ?知っているのか?」
知っていると言うよりもダーマで神官長が口にしたのを聞いただけであった。
正直に答えて自ら遮ってしまった続きを促す。
「名前だけ。どう言った奴なのかは全く知らない」
「サイモンは高名な魔法使いの家系に生まれ、
サマンオサ王国の勇者と呼ばれた男だ。
今では人間の間では失われたと言われている
様々な魔法が込められたアイテムを数多く有して使いこなしていたらしい」
確かにダーマの神官長もその人物を勇者というくくりで話していた。
その為おぼろげにでも覚えていたのだろう。
「そのアイテムの1つに、大地を司る魔法の力を持つ武器あった。
オルテガはその力で、魔王を取り囲む山々を鎮めようとしたのだ」
「そんなすごい魔法の武器があるの!?」
ネクロゴンド地域は溢れ出た溶岩や魔物で立ち入る事が出来ないと言うのは、
ラゼリアかブラウから聞いた気がした。
その為に彼らもそこへ到達する術を求めてそれ以外の地域を彷徨っている。
そんな壮大な武器が本当にあるかはともかく、
確かに近付けない要因の1つを取り除いてしまうのは画期的なアイデアだ。
「……さっき、予定だったって言ったよな」
その過去形に何となく顛末を悟る。
「そう、結局サイモンとオルテガが共に旅立つ事は叶わなかった。
噂によるとサイモンが魔王に恐れをなして国から逃げ出して、
サマンオサ王の怒りを買ったということらしいが、
オルテガに言わせたらそう言うのではないはずだと」
ホビット本人はサイモンとは面識がなかったようで、そこは深くは追求しなかった。
「まぁ、サイモンが実際どうだったかは解らん。
とにかく頼みのサイモンが居なくなった以上、
オルテガは他の方法を考えるしかなくなった」
「便利な武器だったのにね」
「そうだな。そこで、女王様だ。女王様は太古から血を繋ぐ竜の一族。
今や人間やエルフ何かが忘れてしまった数々の魔法を所有しておられる」
ようやく、オルテガが何故こんな深い森を抜けてまで竜の女王に会いに行ったかと言う答えまで辿り着いた。
クラムが勢いよく手を上げる。
「その大地の魔法を教えてもらいに行ったんだね!」
「正解だ。それに魔王がどう言った者かなど聞きたいとな」
ホビットはクラムの頭をぽんぽんと叩いて労った。
「オルテガは厳しい樹海の旅をやり遂げ、無事に女王様に面会を果たした。
わしは同席してなかったんだが、魔法の知識を幾つか貰い受けたらしい」
そして魔法を使いこなす修練の為にしばらく竜の城やホビットの自宅へ滞在した後、
いよいよ魔王を倒しに行こうと旅立って行った。
「わしは足手纏いにもなるのでその後の旅には着いて行かなかった。
けども、山を鎮める為ネクロゴンドに入ったまでは良かったが、
魔物との闘いの末火山に落ちたと聞いて…」
ホビットはそこまで言って言葉を詰まらせた。
そして改めてストロフィスをまっすぐに見つめると、深々と頭を下げる。
「いつかオルテガの家族に会えたら、言おうと思っていた。
わしはあいつを1人で行かせて、死なせてしまった。
本当にすま…」
「謝らなくていい」
ホビットの謝罪を完了させなかったのは、英雄の息子の静かな声だった。
ホビットは思わず顔を上げた。
「そのせいだ何て言い出したら親父に係わったすべての人が、
自分が止めてたら、もっと強かったら、って言い出す」
何も出来なかったと己を悔いていたイシスの女王の涙が脳裏に浮かんでいた。
「俺だって、親父が死ぬ前に親父を助ける為旅立って助力してたらって事になる」
その時はまだ小さすぎて無理だよ、と様子を伺う様に呟いたクラムには、例えばの話だと返した。
「誰のせいにもしなくていい。
死を恐れたなら卑怯者と謗られても辞めれば良かっただけだ。
だから、オルテガが自分で歩んだ道の結果なんだよ」
その言葉を最後に、辺りに静けさが訪れた。
今まで誰かしら話通しで気にならなかった、風が木々を揺らす音に包まれる。
しかしそれもなーん、と何処かしら間の抜けた鳴き声が響くまでの間だった。
重たげな空気を切り裂いた虎柄の猫は、ホビットの腕から飛び出して、器用にストロの肩に飛び乗った。
その優美な毛皮でストロフィスの頬をこすっている。
その様子を見て、ホビットは少し驚いたようだった。
「トラがこんなにも懐くなんて珍しいな」
「人懐っこい猫なのかと思った」
触ってみようと彼女も手を伸ばしたが、するりとかわされていた。
「そこは父親とは似てないな。
オルテガはトラには冷たくされていた」
そこで思い出したように小さな笑い声を上げる。
「うちには他にも猫が沢山いるんだが、
あんなにいい奴なのにオルテガは全然猫達に好かれなくてな。
いっせいに毛を逆立てられて、えらくがっかりしておったよ」
「そう言えば動物大好きなのに動物からは嫌われる人って時々いるよね」
クラムはあるあるとして受取ったが、
何となく例え動物でも嫌われていると言うイメージが浮かばなくてストロフィスは意外だった。
「何でもオルテガは故郷でえらく支持を得ていたらしいからな。
そう言う所で人間って言うのはバランスをとっとるのかもしれんな」
「勇者くんもすごく何となくは支持されてたよ!」
現アリアハンの勇者の評価を上げようと頑張った様には見えるが、
結果的に間に付いた副詞が色んな意味で台無しにしている。
しかしながらあまり内容には突っ込まず、
その一生懸命に彼を立てる彼女をホビットは微笑ましそうに見ていた。
「家族の事は、良く口にしておったよ。
もう何年も家族と会えてないとな。妻に苦労を掛けている。
息子がどれくらい大きくなったかも知る術がないと寂しがっておった」
英雄オルテガがアリアハンを発って、その訃報が来るまで10年。
ほんの時々旅人経由で文が届く事はあったが、
もちろんアリアハンから何処に居るとも知れない人物に文の返事を送る術などなかった。
「一度くらい帰って見てはどうだと言ったんだが、
故郷に心が折れてしまうかもしれないと言って躊躇っていた。
大きくなってるはずの息子には、父は魔王を倒したのだと胸を張って会いたいと」
もっと強く故郷に顔を出す事を薦めればという後悔が過ったのだろうけれども、
ホビットは先程のやり取りを思い出したようで、想いを噛みしめるように頷いただけだった。
その後も少し思い出話を聞いたり、ストロフィスの旅の事を語ったりとしていたが、
陽が翳っているのに気付きホビットは慌て出した。
「トラを何日も探し回って随分時間を喰ってしまったんだ。
そろそろ戻り始めんとうちに辿り着く前に雪になっちまう」
そもそも冬支度をしていたらしかったホビットは大きな荷物を背負った。
確かにここまで用意して帰路の半ばで凍死でもしたら残念過ぎる。
「ああ、おじさん!あたしたちも竜の女王様に会えない?
すごい魔法とか、魔王の事とか教えてもらえるんだよね?」
「連れて行ってやりたい所だが、
これからの季節だとお前達が向かうにはちと厳しい。
思っている以上に森は広いし、竜の城までの道のりは険しい。
それに今は何故か竜の領域を守っている川が荒れていて、
わしも辿り着けん状態なんだ。
あそこは確か巫女が守っていたはずなんだが…、
それも魔王の影響かもしれん」
ホビットはそう言うと、恐らくその竜の領域がある方角の空を仰ぎ見た。
「だが、かつては神と呼ばれたお方だ。
父親のように、いつか時が来ればお前も女王様の前へ導かれるかもしれん。
その時は必ずわしが案内しよう」
ホビットはストロフィスとクラムの手を取ると、その分厚い手で力強く握手をする。
そして再会を願う言葉を掛け合い、森の奥へと歩いて行った。
しばらくその姿を黙って見送っていたが、クラムのくしゃみで中断した。
陽が照らなくなると益々寒い。
早く街へ戻ろうと、隣のクラムを風下に置くように歩き始める。
「彼もそこを、歩いていたよ」
そこにいる3人の誰でもない声を聞いた気がして思わず振り向く。
目線の先にはどんどんと小さくなるどっしりとしたホビットと、
途中で立ち止まってこちらを向いていた虎模様の猫だけ。
猫はストロフィスと目が合うと、なーんと鳴いて少し笑った様に見えた。
「勇者くん?どうかした?」
自らの横を歩いているはずのストロフィスが、
振り返るとまだ森を見つめたまま留まっている事に気付き、クラムは数歩引き返した。
いつもなら彼女の呼び掛けに気だるげでも何らかの応答がある筈なのに、
何の反応もない事が気にかかり顔を覗き込むと、彼はようやくクラムの方を見た。
「疲れた…?」
いつもとは違う種類のぼんやりとした表情に、思わず彼のマントをぎゅっと掴む。
そんな彼女の言葉を、彼は首を横に振りながら否定した。
「いや…なんかさ。安心したんだよ」
あまりにも思いがけない言葉にぽかんとしてしまい、何も言わずに次の台詞を待った。
「オルテガは確かに存在したんだなって」
「え?」
続きを聞いてもリアクション出来たのは、何の意味もない一文字だった。
しかし特にその反応を気に掛けた様でもなく彼は続ける。
「アリアハンでのオルテガは、「アリアハンの英雄」だ。
彼は若くして剣の腕に優れ、賢者の如き魔法の才を持ち、
品性方向、逞しく勇ましい青年だった」
少なくとも俺が聞いたところでは、と彼は付け足した。
アリアハンの英雄オルテガ。
同じ街で育ったクラムのオルテガ像もまさにそんな感じだ。
それはきっとアリアハンの住人の大半が持っているイメージのはずだ。
良くそのイメージとストロフィスの怠け者ぶりは比べられ、
本当に親子かと人々の口に上がる事もあった。
特別、それが彼を傷つけた事がないのは彼女も良く知っている。
ただ、そのイメージはくっきりと幼い勇者へと刻まれていたのだろう。
「たった一人で魔王に挑んだ勇気ある者。
天に選ばれた血を持つ、魔王に最も近付いた者」
だからこそこの旅の道標でもあった。
その名を追う事が、彼が勇者である事の1つだった。
「だから、俺の中でオルテガって言うのは、なんて言うか…。
1人の人間の名前って言うよりは、英雄の代名詞だったんだよ」
そこでようやく、クラムは彼が何を言いたいかおぼろげに理解出来てきた。
「けどさ、ここで色々話を聞いたら、確かにオルテガっていう人間は居たんだよな。
決して完璧な英雄としての存在ではなくて」
ムオルの人々や、つい先ほどホビットから聞いた思い出達。
格好良く登場した後、空腹で倒れたり。
意識がない間に摩訶不思議な響きの名前を付けられたり。
幼い子供に泣かれて玩具を作ったり。
猫に嫌われて落ち込んだり。
不安を口にしたり。
家族と離れた寂しさを語ったり。
それはアリアハンで聞かされ続けた完璧英雄の姿ではなく。
ただのオルテガという人の姿。
1人の男で、1人の夫で、1人の父だったその人の軌跡。
数年ですっかりその足跡なんて消し飛んでしまう、小さな普通の人間。
「オルテガは、そんな人間だったんだな」
クラムにと言うよりも、自分に言い聞かせている様な呟き。
「…うん」
きっと返事はいらなかっただろうけど、彼女はそう返事をした。
「俺、そんなオルテガの息子なんだな」
「うん」
いつもは饒舌な彼女は、その後もただただ頷くだけだった。
彼女の勇者があまりにも遠くを見つめて滔々と話しているから、
きっと今は余計な言葉は要らないはずだ。
どんな偉業よりも心に残るオルテガを語る言葉達。
削り取られた足跡はもう見えないが、彼の眼には、
父の姿がようやく見えたのかもしれない。
<back
dq3top
next>