ムオルの話----------
時折ふと思う。この風景を一体何人の旅人が目にしてきたのかと。
25話.面影@
北の地に、冷たい風が吹く。
道を行く幾つもの旅人の足跡は、その風によって削り取られている。
その上を、何故か虎模様の猫が歩いていた。
勇者一行は東の果てにあるというジパングと言う国を目指している。
その目的地の決定に至るまでの過程には、
勇者が見た「ブルーオーブの神官」が果たして現実に存在したのか、
夢や疲れの見せたメルヘンな妄想だったのかで、
ブラウとクラム間で第1回メルヘン論争が起こったのだが、そこは割愛しておく。
ちなみに第2回の開催予定はない。
とにかく「ブルーオーブの神官」が示したオーブの内、
具体的に場所の目星がついたのが「東西に広く伸びた大陸。その更に東の島」だった。
東西に広く伸びた大陸がロマリアやバハラタが在る大きな大陸だと仮定すると、
その更に存在する島というのは「ジパング」という島国ではないかという。
他にも細かい無人の離島は存在するが、今まで手に入れた3つのオーブの所在を考えると、
「何処かに安置されている」「誰かが所有している」可能性が高いだろうと言う事になったのだ。
大陸の東にある国はジパング以外には存在しない。
「ブルー、どうするの〜!?
どんどん寒くなっててる気がするんだけど〜!」
「うるさいな!」
辺りは前後左右何処を向いても海だった。
しかも見張り台の上のクラムの感想通り、確実に気温が下がっている。
吹きつける風の冷たさは陽が落ちたので、という程度を遥かに超えていた。
「大陸の東の海域はほぼ未開の地なんだぞ!?
海路図もないから、潮の流れも解らなかったんだ!
こんな強い流れに乗っちまったら、簡単には抜けられねぇんだよ!」
自分の失態と解っている為に、余計苛立たしそうに帆を微調整していたブラウは声を上げる。
ランシールからジパングへ向け、北へ進路を取っていた船は、
もうすぐジパングだろうと言う所で予想外の強い海流に乗ってしまい、意図せず想定以上の北へ流れてしまった。
そもそもジパングは外界と接触を断っている謎の多い国だ。
渡航方法も既存の知識やランシールでの情報収集程度ではまったくもって完全ではなかった。
その結果、4人は海上でちょっとした迷子になっていた。
眼下で罪悪感と憤りに塗れる銀髪の盗賊に、クラムは容赦なく指を突き付ける。
「良い訳、カッコ悪い!」
「てめぇ、そんな位置から言いたい事言いやがって!
お前にはそろそろ自分の立場ってもんを…」
ブラウの言葉か不自然に途切れる。
いつも通り彼女の挑発に簡単に乗ってヒートアップするブラウの頬に、
暖かいお茶が注がれたカップが押し当てられていた。
「はい、お疲れ様」
受け取りつつ振り返ると、カップを持ってきたラゼリアが微笑んだ。
「この海域に来て本当一気に北まで流れちゃったもの。
自然の力は、侮っちゃいけないって事ね」
計ったようなタイミングに毒気を抜かれる。
ちっ、と舌打ちしてブラウは飲み物を受け取った。
不満そうにしながらもお茶をすする彼を眺めてから、ラゼリアは見張り台へと声を掛ける。
「クラム、見張り交代よ」
「あ、はーい!ブルー!命拾いしたね!」
「俺の台詞だ!!」
ラゼリアに言わせると「仲の良い」やり取りをようやく終える。
クラムは本人が慣れても、周りがはらはらするようなもたついた動きで見張り台から降下し、
2人と同じ目線へとやって来る。
表情が見えるくらいの近さに来た事で、ラゼリアはクラムにも優しい笑みを浮かべた。
「クラムの分のお茶は中に用意してあるから、暖まってから寝てね」
「うん。あ、そうだ」
彼女はブラウに対してとは全く違う素直な反応をしてから、思い出したように口を開く。
「魔物はしばらく見てないけど、夕暮れくらいに鳥が飛んでたの。
種類は解らなかったけどひょっとしたら陸が近いのかも知れないよ」
「お前、それは俺に報告しろよな…」
空を指差しながらあくまで青銀髪の僧侶へ報告する魔法使いに、ブラウはげんなりした。
確かに渡り鳥などではないのなら、陸からそう離れては飛んでいないはずである。
「それはお手柄ね。わかったわ」
ラゼリアに褒められ、クラムは機嫌よく船内へと入って行った。
それを見送り、妙にぐったりとしたブラウにラゼリアは手にしていた毛布を掛ける。
「星が出たから、大体の緯度が解ったわ」
その言葉に、力なくしゃがんでいた態勢から起き上がり、彼女の方を向く。
彼女は毛布と一緒に持っていたらしい大陸地図の一部を拡大したもの広げながら告げる。
「大陸地図でざっくり行くとこの辺ね」
彼女の広げた地図にはジパングは元々載っておらず、
文献などを参考に大陸の東側に手で書き込まれていた。
ランプの灯りの下、その手書きの国を通り越して、地図をなぞる彼女の指が止まる。
「完全にジパングがあると思われる位置を通り過ぎてるな…」
国の中枢があるらしいと言う場所どころか、
細長く伸びた島の最北端もすでに現在地よりもかなり南に位置している。
進行方向を修正出来ないまま随分進んでしまっていた。
「そうね」
彼女は同意したが、その声音に暗さはなかった。
そのまま、新しい提案を行う。
「だから一旦、大陸側にいっそ着いてしまった方が良いかもしれないと思って」
ランシールの港を発ってからすでに長い日数を要していた。
積んである食料や真水は無限ではない。
まだまだ十分在庫はあるが、遭難しかかっている今は悠長な事は言ってはいられない。
どこかで陸に上がり一旦補充しないと生死に関わる。
「今居ると思われるからもう少し大陸沿いに北に行くと…。
ほら、ここ。ムオルと言う街があるでしょう」
決してすぐ近く、という訳ではないが、すでに通り過ぎていたジパングよりもすでに距離が短い。
彼女は更に小脇に抱えていた詳細な地図帳も取り出し頁を捲る。
「ランシールよりも比較的ジパングに近いし
ひょっとしたら私達の様に海を渡ろうとした人や、
ジパングから大陸に来た人が訪ねてきた事もあるかも知れないわ。
他にこのあたりの海沿いに絶対人が居る事が解ってる場所の情報もないし、
あの国についてはとても知識が少ないから、
偶然に出来た機会だけど向かう前に情報収集しておきたいの」
ラゼリアの意見に、時折風にたなびく地図を手で押さえながら、ブラウは呟く。
「そうだな。この海域に面した場所なら、
航路もある程度解る奴がいるかもしれないし…」
何よりも地図に載っていないジパングよりも、場所が明確である。
この遭難状態を早く脱する事も重要だ。
ブラウは一通り考えと方角や風を見てから頷いた。
「よし、このまま錨を上げて大陸に向かう」
「休む間がなくて申し訳ないけど、お願いね」
彼女はそう言うと、滑り落ちかけていた毛布を彼に改めて羽織らせて、見張り台へ昇って行った。
陸地が見え、浅瀬に乗り上げない程度近付いてから夜明けまで船を休める。
明るくなってからは陸沿いに、臨時目的地ムオルを探して慎重に進んだ。
何日かたった所で人気はないが、ある程度整備された、こぢんまりとした港現れる。
許可を求める相手もいないので勝手に船をそこへ繋ぎ、ランシールからの長い船旅から一時解放された。
「……ありがとう、陸…」
初めて船に乗ってから数カ月経っても、船上が快適にならないストロフィスは、
もはや恒例となった大地への愛を消え入りそうな声で呟いている。
そんな誰もが一目見てそっとしておこうと思うような彼の腕を、船から続いて下りて来たクラムが颯爽と攫う。
「勇者くん、ほら!じっとしてると寒いよ!」
「…ああ、そうだな、寒いな…」
虚ろなストロフィスをぐいぐい引っ張り、クラムは海を背に歩き始める。
看板も何もないが、長年踏み固められて出来た道が一本通っており、街がある方を示していた。
「ねぇ、ラズ。ムオルはどんな街なの?」
「ムオルもジパング程ではないけど、
立地の為にあまり詳しい事は知らないのよね」
問われた彼女は困ったように首を傾げた。
「世界でもっとも地図の北に載っている街、
なんて言われているのは聞いた事があるくらいかしら。
ただ別に門を閉ざしているような訳ではないと思うわ。
単純に訪れにくいというだけね。
これ以上北へ行くと、植物も凍って育たなくなると言うし」
「そっかぁ。それはこの時期でも寒い筈だね〜。
じゃあ百聞は一見にしかず!
何も解らない所っていうのもわくわくするね!」
辿り着いたのは魔物避けの壁もない様な素朴な街だった。
家屋もまばらで、外れの方だからかあまり人気がない。
「大きい街みたいに看板とかそういうのもないね。
寒いからあんまり外に皆出てないのかなぁ」
「とりあえず、誰でもいいから見つけて色々聞くか…」
とブラウが辺りを見回した所で、クラムが一足早く人影を捉える。
「あ!人がいるよ!すみませんーん!」
彼女の視線の先には、畑仕事を終えたような風情の青年2人が居た。
声に反応して4人の方を向くと揃って解りやすい驚きの表情を浮かべる。
「え!?……旅人さん!?」
「珍しいなぁ!どれくらいぶりだ?」
驚いては居るが特別警戒心もなく近付いて来る様子に、排他的な場所ではない事を安堵する。
エジンベアの様に異国の人間を入れない場所だと情報どころか水の供給も望めない。
クラムが元気良く、ラゼリアが朗らかに挨拶を行い、補給を目的に立ち寄った事を告げる。
食料などを売ってもらえるか、人々の話を聞けるかなど必要な事を聞いていると、
青年の1人が突然何かに気付いた様に声を上げた。
「……ポカパマズさん?ポカパマズさんじゃないですか!」
「へ?」
あまりにも聞き慣れない語感に思わずクラムが間の抜けた呟きを発する。
皆が心当たりがないように、青年の視線を辿る。
そこにはただただぽかんとしたストロフィスがいた。
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