ランシールの話----------





24話.青い勇気B





 どこに行きたいか。
 どこに帰りたいか。
 そんな事考えた事もない。
 これからも、考える事はないだろう。

 何故なら“もしも”は面倒だから。
 行く道が定められているのなら。
 決まり事に、何を迷う必要があるだろう。







 気付けば、闇に逆戻り。
 再び上も下も解らないような黒に覆われた世界に佇んでいた。
 幻のアリアハンはもうどこにもない。
 けれどもその闇の中、灯しもないのにくっきりと浮かぶ人物がいた。
 見覚えのあるその顔は神殿の扉を開いた神官だった。

「あなたを誘っていたのは誘惑に打ち勝つ勇気を試される幻。
 甘い世界に浸ろうとは思いませんでした?」

 英雄の息子と言う期待と抑圧。
 才と生い立ちに関する嫉妬や妬み。
 勝手な幻想や役割。
 生まれた時から彼に付き纏うすべてのものがない世界。

「そりゃ、魔王がいない世界になるなら、それに越した事はないだろ。
 少なくとも、魔王討伐に行って死んだとか、その復讐だとか言う奴は居ないんだから」

 きっとそれが「今」から比べれば平和なのだろう。

「けど――偽クラムにも言ったけど…なんか違う」
「……違う?」
「アリアハンにだけいた俺、ではなかったから」

 神官は解らないと言う風な表情を浮かべている。

「だから、あれは魔王がいない世界ではないんだよ」

 魔王がいなければ知らないはずの人の事を、自分はあの世界でも知っていた。
 魔王がいなければ遭っていない出来事も記憶していた。
 そして、現実とは少しずつズレのある登場人物。
 あれはもしもの世界ではなく「偽物の世界」。

「魔王がいないと「俺に言い聞かせている」世界だろ。
 そこに居続けても魔王が居なくなる訳じゃない」
「……けれでも、あなたは魔王に挑まなくてもいい。
 魔王に挑む為に厳しい旅に出かける必要もなく、日々をやり直せる」

 幻のアリアハンのクラムの様に、神官はしつこく喰い下がる。
 彼は深いため息を吐いた。
 自分はそんなに他人に理解されない人間なのだろうかと疑問すら湧く。

「よく言われるけどさ。
 何で誰も彼も、俺が「魔王を倒したくない」って考えてんの」

 今度こそ、神官は豆鉄砲を食らったような顔で言葉を失っていた。
 余計な質問を返される前に続ける。

「そりゃ、魔王と戦う奴、なんてそう沢山いる訳じゃない。
 それを強制される奴にいたってはもっと少ないだろうけど。
 けど、そうじゃなかったら楽に生きられた?」

 面倒がない生き方をみんなは勘違いをしている。
 彼に言わせれば正確には面倒がない生き方なんてないのだ。

「毎日寝るだけで過ごせば、食べ物にもあり付けず人は死ぬ。
 それは皆一緒なんだから、何かしら面倒な事をしなきゃいないのはさ。
 偉い王族に生まれたってしがらみはある。
 楽にだけ、生きてる奴はいないよ。要は比較の問題だろ」

 勇者じゃなければ働かない訳ではない。
 街に居たから危険がない訳ではない。
 魔王に挑まなければ死なない訳ではない。

「前に、自分は勇者と言う宿命を負っているって言われたけど」

 ダーマの神官長の言葉だ。
 賢者とは能力であり、勇者とは宿命だと。
 けれども宿命とは、限られた人間に与えられるものなのだろうか。

「俺だけじゃない。
 勇者以外にも海賊だろうが、アリアハンの八百屋の1人だろうが。
 皆何か肩書を背負ってるんだ。俺はそれがたまたま、勇者だっただけで」

 勇者じゃなくても、面倒があるのなら。
 勇者以外にわざわざなる必要などない。

「だから、俺が「勇者」を拒否する理由はない」

 「勇者」をいかに面倒が少なく済ませるかは考えなくはないけど、と付け足しておく。
 躊躇いなく、戸惑いなく、迷いない解答。
 途中から黙って彼の言葉に耳を傾けていた神官だったが、最後の言葉を聞いて大きく頷いた。

「……予想とは違いましたが、素晴らしい回答です。
 今の問答が最後の試練です。
 あなたは見事地球のへその試練を制覇されました」

 神官が大きく手を広げると、辺りを埋め尽くしていた闇は取り払われ、
 最初の神殿の内部に戻っていた。
 どれだけの時間前だったかに潜った扉が固く閉ざされている。





 しばらく静寂が流れる。
 神官は晴れ晴れとした雰囲気でストロフィスを見つめている。
 彼もまた静かにその空気に身を任せている。





 更に続く静寂。
 どうにかなるのかと思いそのままその視線を受けていたが、
 さすがに不安が過り、思わず沈黙を破った。

「俺、あるかも知れないオーブが欲しくてここまで来たんだけど、
 ここまで来てなかったらショックだなーって思ってるとこ」

 制覇したという達成感が宝です、とか言われたら目も当てられない。
 ちょっとしたトラウマになる可能性がある。
 そんな不安をよそに、神官はさらりと答える。

「オーブはあります」
「即答…」

 地球のへそに入る前にははぐらかされた問いの答えは思った以上にあっさりと聞けた。
 取り敢えず無駄足にならずほっとする…間もなく神官は続けた。

「私自身がオーブの意志です」
「…は?」
「ブルーオーブ――正確には青き不死鳥の魂の欠片とでも言いましょうか」

 さらりと続ける。

「あんたがオーブ…?」

 まるでぴんと来なかったが、否定する材料もなかった。
 話がまるで現実味を帯びていない。
 ブラウだったら突っ込んでいただろうし、クラムだったら質問攻めにしていただろうけれど。
 しかし騒いだところでどうなる訳でもなかったので、彼は理解出来る範囲の事だけ確認する。

「不死鳥は存在したのか。
 と言うか…やっぱりオーブは不死鳥と関係があったのか…」

 砕け散った不死鳥がオーブ。
 ラゼリアの推測はほぼ当たっていたと言う事だろう。
 今までは「不死鳥に関係あると思われるオーブだと思われるもの」を集めていただけなので、
 ここではっきりとしたと言って良いだろう。
 嘘か本当かはともかくとして、今までの疑問を確認しておく余地がある。

「オーブを集めたら不死鳥が蘇るのか?」
「不死鳥の復活を望むのでしたらすべてを集める必要があります。
 ですが、集めただけでは蘇りはしません」

 オーブの意志を名乗った神官姿の男はよどみなく答える。

「あなたからは他のオーブの気配も感じます…。
 それでも彼らは何も語れなかったのですね」

 赤、緑の宝珠を手にしてきたが、不思議な事象はあれこそ、人間の姿になったことなどない。
 小さく頷いておく。

「魔王が蘇り、急速に我々は力を失っています。
 私がこうして実態を形成してあなたと話せるのは、
 この地球のへそと言う特殊な地に守られていた故。
 他のオーブは自らの力を放出して身を守ろうとした結果弱っています」

 レッドオーブが突然魔物を寄せ付ける力を失った事が過る。
 オーブの不思議な力は無限ではない。

「弱まったら、何か不味い事が起きるのか?」
「我々にもはっきりと解りませんが、簡単に破壊される危機に陥るでしょう。
 ひょっとしたら、欠片として死んでしまう可能性があります。
 1つでも欠ければ、不死鳥ラーミアとして蘇れなくなるでしょう。
 一刻も早く、すべてのオーブを集める必要があります。
 集めればお互いが共鳴し合い、まだ力を保てるでしょう」

 答えを聞いて、ふむ、と頷く。

「他のオーブ…赤と緑以外のオーブは今どこにあるか解るか?
 正直伝説伝説で手詰まりなんだよな」

 この機に色々聞いておこうと質問を続ける。
 その問いに、神官は何かを探るように目を閉じた。
 心なしか薄い青い光を纏っているようだ。

「東西に広く伸びた大陸…その更に東の島。紫の光が。
 大陸の山々、溶岩降り注ぐ遥か先の邪悪な力漲る地。銀の光が。
 ……最後の1つはよく解りません。
 黄金に輝く光は様々な地を動き回っているようですね。
 それらすべてを凍てつく不死鳥の祭壇へと捧げれば、我らは1つになるでしょう」

 すなわちそれは不死鳥ラーミアの復活を意味する。
 しかし「凍てつく不死鳥の祭壇」とは一体何なのか。

「具体的な地名とかは解らないのか…」

「東の島」や「邪悪な力漲る地」と言われても伝説の続きと同じでよく解らない。

「気の遠くなるほどの昔からこの地にいます。
 今のこの世界の国々の名前は解りません」

 少なからず落胆する。

「俺に資格があるならブルーオーブは…ってなんかややこしいけど、
 あんたは外に出てくれるんだろう?
 旅をしながら、方向とか教えてもらう事は出来ないのか?」

 地名が解らずとも常に方向を標してもらえば旅はかなり楽になるだろう。
 少なくとも無駄足を踏まずに済む。
 特に最後の1つに数えられたオーブは動き回っているのだ。
 頼りなく探す事は難しい。

「恐らくこの地を離れれば、私とてあなたに語りかける事は難しいでしょう。
 必要な事は今訊いてください」

 はっきりと楽な案は否定された。
 先程の情報を参考に旅を進めるしかない。

「その、欠片であるあんたは、魔王ってどんなものか知ってるのか?」

 ここで訊くしかないと言うので、記憶を探って必要な質問をひねり出す。

「伝説だとか、エルフの伝承によるとラーミアが昔魔王を倒したんだろ?」
「私もラーミアの記憶をすべて引き継いでいる訳ではありません。
 かつて闘いを引き起こしたその存在が何であったのか、はっきりとは解りません。
 言える事はただ1つ。
 魔王は「歪み」から誕生し、この世を浸食する存在だと言う事です」
「歪み、ね」

 何故か脳裏に過ったのは見た事もない魔王ではなく、絶望を名乗る悪魔の姿だった。
 絶望を運ぶあの存在は、果たして魔王と関係するものなのだろうか。
 取り敢えず不死鳥本人に会わなければ、はっきりと知る事は出来なそうだ。
 それにはやはりオーブをすべて集めるほかない。

「……ラズが居れば良かったんだろうけど、
 これ以上今訊く事が思い付かない」

 訊いて置くべき事はもっとあるのだろうが、一度に色々あった為に冷静でない部分もある。
 正直随分疲れてもいた。
 一刻を争うと言うオーブや不死鳥の事よりも、早くゆっくり寝たいという思考に移行していた。
 普段からオーブに訊きたい事など考えていない以上、これ以外何も思い浮かばない。

「そうですか。
 では私はこの地を離れ、ブルーオーブとしてあなたと供に行きましょう」

 神官姿のオーブは彼の言葉に頷き、青い輝きに包まれ始める。
 他のオーブと同様、丸い宝珠としての形に戻るのだろうか。

「最後にもう1つだけ、こちらから問わせて下さい」

 その輝きに輪郭を薄れさせながら、言葉を発した。

「この試練を制するには、相当な能力が必要だったはず。
 的確な判断。
 闘いの技術。
 精神的な強さ。
 押さず、引かず、挫けず、そして誘惑に屈しない。
 様々な勇気を試される、それがここ地球のへそ。
 それをあなたはたった独りでくぐり抜けました」

 彼が制した扉を指示し言う。

「勇気とかそんな大したものじゃいないだろ。
 10年もそうできるように訓練してたのもあるし。
 まぁ、独りだったからそうするしかないし」

 旅先ではバランスをとるように戦っていた。
 瞬発力のある盗賊がいれば前線に出る必要はない。
 癒し手であり魔法攻撃を中心とする僧侶がいれば魔法は必要ない。
 魔法の盾を操る魔法使いがいれば補助に回る必要はない。
 皆で戦う時はその全体を見て、欠けた部分、足りない部分を補えば問題ない。
 1人で戦わなければいけないなら、すべての役を自分でこなさなければならない。
 そうせざるを得ない。
 けれども不死鳥の欠片は、彼を過小評価はしなかった。

「それほどの力があれば、今まで仲間――他人がいた為に、
 あなたの思う“面倒”になる事があったのではないかと思うのです」

 何が必要なのか不要なのか常に考える必要性。
 助けになると同時に、守るべき対象にもなる。
 1人なら回避できる所を正面切って争う事もある。

「仲間と言うのは助けにもなり、時に足枷にもなる。
 あなたは、この先も独りで戦える力を持っている。
 それでもこれから仲間の元へ戻るのでしょうか?」

 それが最後の質問だった。
 ストロフィスはわざとらしく溜息を吐く。
 いい加減、まともに相手をするのも面倒だった。
 眉間にしわが寄っているのが自分でも解る。

「だから、それを聞いて俺を揺さぶってるつもりなら見当違い」

 当たり前の事を何度も訊かれて、馬鹿らしい。

「嫌だと思ったなら、とっくに1人旅に変えてる」

 それも試練かと問うと、ブルーオーブの意志はゆっくり首を横に振る。

「単に私の意地悪です。
 どうにかして、あなたを悩ましてみたかったんですよ」

 神秘の欠片も感じられない気さくな笑みを浮かべ、神官の男は姿を消した。





 目の前に試練の洞窟はなく、伝説の神殿もなく、
 ただランシールの街の裏に広がる森が風に吹かれてさわさわと音を立てていた。
 独り取り残されたストロフィスの手には青く輝く宝珠が1つ。







 試練を制した、勇気を試したなどと言われても実感はなく、
 青い光以外はここへ来るまでと変わりなく、新たな決意をする訳でもなく、ただ何かを確認しただけ。
 閉じた瞳に映ったのが、風景ではなく出会って来た人々の顔だった事に驚いたけど。

――本物のクラムにただいまと言わなければ。

 遠くから自分を呼ぶ気配を感じ、ストロフィスはぼんやりとそう思った。







 行く道が定められているのなら。
 決まり事に、何を迷う必要があるだろう。
 その道を行く自分の事を信じる者がいるならなおさら。
















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