ランシールの話----------
何を振り返り、何処へ帰る?
24話.青い勇気@
何が、いつから始まっていたのだろうか。
「オルテガん家の赤ん坊、男だって!」
「そりゃ将来が楽しみだな!」
「お前の父親はお前の歳には
このくらいの剣を振り回していたもんだぞ」
「お前にはそれが出来る血が流れている」
「魔法の才は、努力では身につける事は叶わないんだ」
「生まれながらにその才があるってのは贅沢なんだぞ」
「オルテガに代わって、この子が魔王を討ちます!」
「今日からお前が父に代わってこの国の勇者だ」
ありとあらゆる人が、彼について噂し、評価し、道を定めて来た。
ただ勇者と呼ばれる少年は、悲しむ事も、喜ぶ事も、憤る事もなく、
寝ぐせのついたままの髪をぐしゃっとかき上げ、
「あー…めんどくさい」
と呟くばかりだった。
しかしそれでも――その発言からアリアハン一の怠け者と評されていても――
彼が旅立ちの時までアリアハンの勇者として人々に何となく支持されていたのは事実として上げておく。
「それで、ストロは突然居なくなったのね」
青く光る髪の間から見える紅い瞳を翳らせて、ラゼリアが確認をした。
「ホントに一瞬だったの」
その視線の先で緑の瞳に動揺の色を濃く表して、クラムはこくんと頷いた。
彼女はほんの数時間前までアリアハンの勇者ことストロフィスと供に、
街の敷地の森を探索していたはずだった。
はずだったと言うのは、何故だか解らないがそのストロフィスが忽然と姿を消してしまっていたから。
隣で歩いていた人物が消えるという怪奇現象に途方に暮れながら探しまわっていた所を、
集合時間になっても戻らない事を気にしたラゼリアに発見されたのだった。
「あの後、街の人達にも声を掛けたのだけれど、
森からストロが出て来たと言う目撃情報はなかったようね。
もちろん普段人通りがある道だし、罠や落とし穴なんかもなかったわ」
「突然消える、なんて普通出来る事じゃないだろ。
あの面倒がりがわざわざなんかする訳はないだろうし。
心当たりっていや、エルフだとかなんだとかが使う訳の解らん魔法の類だろ。
言っとくけど、魔法の絡んだ事だと俺はお手上げだ」
「印や陣みたいな媒体がなかったから、魔法だとも断言が出来ないけど…」
それしか考えられないわよねと、困ったようにラゼリアが首を傾げる。
正直、魔法だと解った所で、ストロフィスがどこに行ったのか解る訳でもなかった。
「こんな風に消えられたら、どうする事も出来ないだろ。
取り敢えず引き続き神殿の情報とあいつの目撃情報も聞き込みはするけど…。
まあ、後は五体満足に帰って来るよう祈っておいてやるか?」
だからそんな辛気臭い顔をするな、と言うようなブラウの皮肉めかしたせっかくの励ましにたいしても、
クラムはゆっくり首を横に振った。
「ううん、そんな、死んじゃってるかも、とかの心配はしてないよ」
「いや、その心配はしてやれよ…」
ちょっとあんまりな発言に、さすがに普段折り合いの悪い彼もこの場にいない人間に同情する。
けれどもクラムは特に悪びれた様子もない。
まるで当たり前の事のように口にする。
「だって勇者くんは……ほら、勇者様だから」
その言葉は、見事に繊細な盗賊の不機嫌スイッチを入れた。
「勇者だから強いとか、勇者だからすごいとか、
そんな迷信みたいな事俺は信じてないんだよ」
「迷信じゃないよー!」
「絵本の読み過ぎだろ」
「ブラウ、クラムが言いたいのはそう言う事じゃないのよ」
不機嫌な表情を隠そうともせずに言い捨てる彼に、するりとラゼリアが入り込む。
ブラウは琥珀の瞳に怪訝な色を浮かべた。
「そうね、こないだルザミで痛い目見たのはあなたでしょ」
「あれは…俺がちょっと焦ってたんであって…」
痛い所――彼にとって格好悪い所を突かれて、しどろもどろになる。
その隙に、彼女はにこやかに口調を変えた。
「さてここで問題です。この旅を始めた頃、
クラムが何度も口にしてストロが一度も言わなかった台詞があります。
それは何でしょう?」
「は?急に何だよ?そんなん覚えてないし…」
戸惑う彼に構わず、彼女は白い人差し指をピンと立てた。
「ヒントは、きっとあなたも海賊船を降りて旅をした時になった事」
はい!っと元気よくクラムが手を上げる。
「…ホームシック!!」
「なってねぇよ!!!
つーか、答えるのに参加してんなよ!!!」
思わず本気で返してから、律儀に突っ込む。
2人のやり取りを一通り眺めた後、ラゼリアは特に出し惜しむ事もなく正解を告げる。
「足や掌が痛いって…ようするに、マメが潰れたって一度も言ってないの」
その解に2人とも虚を突かれたように言葉を発しない。
「毎日あれだけ剣を握っていれば、あれだけ歩いていれば、
始めのうちは誰でも経験あるでしょ?」
「あの頃は毎日すごく痛かった〜」
クラムは思い出したように足を撫でる。
足裏はもちろんだったが、さほど振り回していた訳ではないひのき棒を持つ掌も、
あの頃はマメが出来て大変だった。
「別に我慢強いから黙っていたとかじゃないのよ。
すでに鍛えられていたから、旅で今更マメは作らなかったのね」
「…結局何が言いたいんだよ」
「ストロは英雄の息子として「勇者」としての才能を持って産まれてきたけど、
さすがにすべて才能でどうにか出来るくらい世の中甘くないって言いたいの」
始めからそれだけ言っても信じてくれないでしょう、と彼女は困ったようにブラウに微笑む。
「勇者くんはあたしみたいに学校には通ってなかったんだ。
ずっとその代わりに、毎日毎日お城で訓練してたんだよ」
城の関係者や家族以外でその事を気にしていたのはどれくらい居たのか解らない。
それくらい彼の訓練生活は朝早くから夜遅くまで行われていた。
行きも帰りも信じられないくらい面倒そうにあるいていたけれども。
「ずっと、毎日?」
何となく努力と無縁の勇者を思い返し、疑わしげに復唱する。
「いつからかとか覚えてないけど、ずっとだよ。
あたしが朝の掃除を始めた時には通ってたから、10年以上?」
「つまり、朝から晩まで戦う事だけ教えられて来た子よ。
あの性格だから、全力を出す所なんて滅多に見られないけれどね」
基本的に魔物に向かう時ですら気だるげだ。
常にしゃきっとしていれば、この疑ってばかりの盗賊にも勇者らしさを認められていたかもしれないのに。
「だから、勇者くんがその辺の魔物にやられちゃうかもー、
…って心配はしてないんだけど」
「じゃあ、なんだって言うんだよ」
前置きが長くなったが、話が戻って来た。
結局この魔女は何が言いたかったのか。
「そう言われたら…なんだろ…。
何て言うか…その…行っちゃわないか、心配なのかも」
「……は?」
長い前置きの割には、まったく意味の解らない言葉が再び返って来た。
「置いて、行かれちゃうんじゃないかって、心配なんだと思う」
ブラウは何を言っているんだと返そうとしたが、
本当に心細そうに呟いた彼女に、さすがに何も言えなかった。
「あー…マジでめんどうだな」
数える気にもならない交戦の末、幾度目かの階段を下る。
致命傷になるような傷は負っていないが、さすがにかすり傷が目立ち始め一度だけ回復呪文をかける。
辿り着いたそこはもはや灯しすらない暗闇だった。
自分の輪郭すら見失うほどの黒を一歩踏み出す。
その進む先に地の底に響くような音が浴びせられる。
『引き返せ』
ぼやっと白く光るものが行く手に現れた。
それは表情のない仮面。
『引き返せ』
無視をして仮面の横を通り抜けると、更に先に現れる。
深い闇に相応しい深い、深い声。
『引き返せ』
『引き返した方がいいぞ』
先回りするように、いつまでも付き纏う。
目の前の闇が、更に漆黒に染まっていくような気がする。
前も後ろどころか、上か下かも解らない。
そんな中、何度も同じ言葉を浴びせられ思わず独り呟く。
「どこに引き返せって?」
その言葉に呼応するように、仮面達は同じ事を繰り返す。
仲間の所まで、
『引き返せ』
戦いのない場所まで、
『引き返せ』
父の訃報を聞いた日まで、
『引き返せ』
すべてが始まる前まで…
『引き返せ!!』
「うるさいな」
「起こしてあげてるのに、何てこと言うの」
突然すぐ傍で聞こえた声に、驚愕して顔を向ける。
腰にあるはずの柄を掴もうとして、同時にその場の明るさに目を眩ませる。
その薄れた視界に映ったものは、見えていても信じられなかった。
「………母さん?」
今や懐かしさを覚えるほど会っていない、母が立っていた。
「寝ぼけてるの?」
その言葉を受けて自分の姿を見る。
寝台の上で枕に埋もれて横になっている。
ごく普通に就寝して、朝を迎えた姿。
見上げる天井も、身にまとう布団も、しばらく離れている自室のもの。
「学校の時間はまだまだだけど、だらだら寝てんじゃないの。
もうあなたも16歳なのよ。
朝ご飯食べたら日課の鍛錬始めなさい」
「学校…?」
産まれてこの方、係わった事のない名称を出されて首を傾げる。
そこで部屋の中を見渡してみた。
定位置に掛けている訓練着がない。
部屋に常備しているはずの剣がない。
アリアハンの勇者の証だといつしか王から贈られたサークレットがない。
本棚には支給されていた戦術書や魔法書の代わりに、同じ印の入った薄い歴史書や算術書がならんでいた。
「学校」の教科書なのだろう。
「お父さんはもうとっくに鍛錬して、登城なさっているのに…。
どうして性格まで似なかったのかしらね」
「オトウサン?」
思わず意味も解らないように訊き返した言葉に、さすがに母も呆れかえったようだった。
「いつまで寝ぼけてんの。お父さんっていったらお父さんでしょう。
あなたの父親、オルテガに決まっているでしょう」
「……なんで?」
実の父に対する「なんで生きてるんだ」と言う発言にはとうとう母の怒りが炸裂して、
朝食や「日課の鍛錬」をする前に教科書らしきものが入った鞄と一緒に家を叩き出された。
「学校ってどこにあんだ…」
今更ながらに自分の生活していた圏内にそんな単語が存在しない事に気付く。
そもそも城と家との往復以外特にしていなかった身の為、
大通り以外は教会とルイーダの酒場くらいしか解らない。
取り敢えず大通りまで出て来てから、今更だが頬などつねってみる。
予想通りだが、ただ単純に痛かった。
そこでやる事も尽きて、行く先も解らず取り敢えずきょろきょろしてみる。
すると、見慣れた人物と風景が目に留まった。
「…クラム?」
赤い癖っ毛の少女が、宿の看板を掲げる建物の前を箒で掃いている。
彼女はこちらの声を聞き取ったのか、ふと上げた顔を輝かせた。
「ストロくんおはよう!
どうしたの?朝から考え事?」
「ストロくん」と言う聞き慣れない呼称に閃くものがあり、思わず声に出した。
「魔王が居ない事になってる…。
だから必然的に勇者も存在しない…」
魔王がいない。
だから勇者もいない。
そのためオルテガも旅に出ていないし、命を落としてもいない。
その結果、彼の息子である自分は勇者の教育を受けていないただの武人の子供。
この先、魔王討伐の旅に出る予定もない。
「魔王?勇者?何それ??
あ、ひょっとしてあたしの貸した本の影響!?」
案の定、彼女はあれほど好きだった単語に違う食い付き方をした。
もちろんそんな本を借りた記憶はストロフィスには存在しない。
「確かにあの物語は大迫力ですごく浪漫があるけど、
アリアハンはそんな大冒険とは無縁なくらい平和だよ!」
魔王は現れない。危険な魔物も存在しない。
「これからまでもこれからも、ずっと、ずっと」
勇者など必要ない。
――あなたが勇者である必要などない。
そして彼女は微笑んだ。
とびきり明るく、どこまでもつき抜ける光のように。
「だからストロくんも、どこにも行かなくて良いんだよ」
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