ランシールの話----------
23話.君は帰れるかA
神殿の奥の扉は、ぽっかりと口を開けている。
そこからは闇以外の何も捉える事が出来ない。
その闇を恐れるも恐れないも。
そこへ行くも行かないも。
その先に光を見るも見ないも。
そこから帰るも帰らないも。
すべては己の腕次第。
すべては己の心次第。
己のすべてが試される。
――ここは地球のへそ。
壮大な闇を内包していた扉の奥。
彼を待っていたのは、深い底に下りて行くような長い階段。
それを下りきった先には、どこまで続いているのか解らない白い石が敷き詰められた長い廊下が伸びている。
左右には等間隔に、舗装されていない土の道が分岐を作っていた。
辺りを見渡して、ストロフィスはスラリと腰から剣を抜く。
「まったく、何で」
ぽつりと呟いて右へと跳躍する。
先程まで立っていた場所へ鋭い毒針を突き付けていたのはハンターフライ。
サソリに似たその魔物は、不気味なほど羽音も立てずにこちらを狙っていた。
着地した先にもそれを待っていた様に2匹目が飛来する。
しかし、彼は始めから視界に入れていたそれを剣の一振りで両断、
振り返った勢いのまま背後に迫っていた3匹目の針を落としその下を抜ける。
体勢を立て直した1匹目を吹き飛ばして、飛び回る3匹目に止めを刺した。
「こんな所に俺が来る事になったんだか…」
足元に落ちている魔物達がそれ以上動かない事を確認して、独りきりの勇者は先を見据えた。
彼の行く先には待ち構えるように無数の黒い魔物の影が佇んでいる。
「勇気何てどうでも良いから、もう戻ろうかな…」
げんなりと口にしつつも、彼の足は廊下の先へと向かっていた。
「ちきゅうのへそ…?」
神殿の奥に待ち受けていたかのような神官服の男に、問い掛ける。
自然過ぎて逆に不自然な登場をしたその男を安全であると感じた訳ではないが、
余りにも疑問が多すぎて思わず口に出ていた。
「そう。ここは世界の中心、へそと言われる場所」
当たり前のように答えが返って来る。
「ゆうきをためされるばしょ?」
「他の誰でもない、あなたの勇気を試す為の場所」
続けた疑問府にも、間を置かず答えてくれる。
しかしながら、特に何の解決も納得も行かなかった。
訪れた者の勇気を試す為の世界の中心。
それにどんな意味があるかなんて良く解らない。
「俺は…ここら辺にあるらしいって言う伝説の神殿に、
あるらしいって言うオーブを探しに来たんだ」
自分で言いながらもその情報の不確かさに可笑しくすらなる。
らしいが2つ重なるだけで、こうも胡散臭くなるものだ。
「ここがその神殿?オーブがあるのか?」
それでも神殿が在った以上、オーブももはや机上のものではない。
何かしら答えをくれる神官風の男に直球の質問。
肯定が返ってくれば、こんな意味の解らない所に辿り着いたのも無駄にならない。
しかし――
「あなたの勇気がそう示せば、伝説の宝すら手に入るでしょう」
答えにならない答えに、彼は半眼で睨む。
「思わせぶりな態度…」
無駄な事はしたくない主義。
疲れる事は嫌い。
可能性の低さには賭けない。
自分の性格は理解している。
――けど。
「らしくない選択だけど」
今回ばかりはこの感覚に身を委ねねばならない。
「ここで進まなきゃ、取り返しが効かない予感はする」
いつものように、行き先を決めてくれる仲間はここにいないのだから。
ガシャンと仰々しい音を立てて彷徨う鎧が切りかかって来る。
素早さが高くないのが救いだが、振り下ろされる剣の一撃は強烈だ。
しかも1匹2匹でないのが更にやっかいだ。
孤高の存在のような外見に似合わず、
群れて行動をする習性に辟易しつつ、ストロフィスは炎の呪文を唱える。
さほど効果があるとは思わなかったが、武闘派5匹の相手を1人で行うのは体力を使う。
少しでも少ない労力で相手を消耗させなければならない。
吹きつけた熱波に怯んでいる隙に、特に弱った1匹に飛び込み止めを刺す。
そのまま近くに居た鎧を蹴り飛ばし地面へ叩きつけ、
ダメージがあまり与えられなかった魔物からの攻撃を避けた。
しかし、着地と同時に再び跳び地面を転がる。
ガシャンとお馴染みの音を立てて蹴倒したばかりの魔物が、
先程彼が着地した場所へ剣を突き立てていた。
致命傷を与えたはずなのに起き上がった事に疑問を持ったのも一瞬だった。
ふよふよと鎧の魔物の間を飛んでいるのはホイミスライム。
いつの間にやら呼ばれていたらしく、甲斐甲斐しくホイミを唱えている。
この小さな癒し手は、単体で見かけても倒す気にもならないような大人しく非好戦的な魔物だが、
今の様に他の魔物とタッグを組まれると非常にやっかいになる。
先に倒してしまおうかと視界に入れるが、1匹倒しても彷徨う鎧がすぐにまた呼び付けるだろう。
それならば癒し手の意味がないようにするしかない。
一歩後ろへ跳んで退き、素早く呪文を唱える。
「ニフラム」
魔法の発動と同時に、2匹の鎧の魔物が光の中へと消えて行った。
半分に効いたのは運が良かった。
回復する先を失っておろおろするホイミスライムを無視して残った魔物へ向かう。
大きく剣を振り上げている正面へ飛び込む真似はさすがにしない。
勢いをつけ壁を蹴り、鎧の後ろに回り込み、鎧と鎧のつなぎ目を狙って抜刀。
一撃で仕留められたのを確認する間もなく、
近付いて来たホイミスライムの足を掴んで残りの魔物に投げ付けた。
ものの見事に顔面へ直撃し視界を奪われているその間に、最後の鎧も崩れ落ちる事になった。
仲間達がすべて居なくなり、漂う水色の癒し手は慌てて闇の奥へと逃げて行った。
その姿を見送りながら、転がった時に付いた泥を払う。
「誰かさんみたいに足が速けりゃ、
魔法の牽制なんていらないんだろうけど」
複数を一気に叩くような武器も便利だな、などと続けて口にしながら、
鞭を振るうような仕草をしてみた。
幾度目かの魔物の襲撃を抜け、ふと気付く。
袖口に赤い染みが付いていた。
先程袖で汗を拭った事を思い出しながら手袋を外し、頬を触るとぬるりとした感触。
何気なく回復魔法を掛けようとして――やはり止めておいた。
ここに来てすでに数度、魔法を放っている。
この先どれほど進む事になるのか解らないのだ。
魔法でしか応戦できない敵やもっと大きな怪我をした際に魔力が尽きていては笑えない。
「俺じゃラズみたいにはいかないしな」
優秀過ぎる僧侶は最低限の魔力で効率良く回復する術を熟知している。
彼女並みに傷口を消し去ろうとすれば無駄な魔力を消費してしまうし、
少ない魔力で気休めに回復などしてもそれこそ中途半端であまり意味がない。
動くのに支障がない程度の傷は、今の所放っておく。
3人分の回復を担う彼女の凄さを噛みしめながら、
彼は目の前に現れた更に奥へと導く階段を下って行った。
先刻までの廊下の様な空間から打って変わって、
そこは壁も見つけられないくらい広大な空間だった。
しんと静まり返ってはいるが、そこに相変わらず息を潜める魔物の気配が色濃くある。
廊下と違って行くべき先が解らない広がりの中、取り敢えず適当に進んでみる。
それに合わせて潜む気配も進む先へ移動する。
張り詰めた場の空気から零れるように足元へアリクイのようなアントベアが突進して来た。
特に慌てる事もなく避け、それに反撃する素振りを見せるとすぐに退散する。
思わずそれを追うような体勢を取った時、比べ物にならない殺気と供に2匹の影が飛来した。
自らが避けた影が巨大な猿――キラーエイプだったのに少し驚く。
普段は森や草原と言った屋外でしか出会う事はない。
大柄なのにすばしっこい2匹に、今まで以上に集中して対面する。
しばらくどちらが動く訳ではなく見合っていたが、
1匹が赤い毛を逆立てストロフィスへと駆け出した。
ぎりぎりまで引き付けてから、大ぶりの攻撃を掻い潜ってカウンターの一撃を喰らわせる。
怯んで後退した瞬間にギラを放つと、最初の1匹は力尽きた。
もう1匹はその炎を勢いで乗り越えこちらに突っ込んでくる。
1対1まで持ち込めばずっと余裕が――その時、視界の端、
左手後方に獲物を待つハンターフライを捉える。
キラーエイプに気を取られ過ぎた。
自分の失態を反省する暇もないほど既に距離を詰められている。
完全に挟まれた。
とっさに脳裏に呪文の構成が浮かぶが、
こんなに敵と近い状態で炎の魔法など唱えたら自らも巻き込まれる。
かといって毒を持つサソリ系の攻撃をむざむざ受けるのは即死に繋がる可能性がある。
――キラーエイプの方へあえて逃げて、剣で受けるか。
その選択肢は今の状況では始めから選べない。
――クラムの不可視の盾がない状態ではそれは危険過ぎる。
実際に迷っていたのは一瞬ですらなかった。
後ろに全力で跳びながらキラーエイプの振り下ろされる爪を力任せに剣で薙ぐ。
そして同時に左手で額からもぎ取ったサークレットを
間近に迫ったハンターフライの鋭い針へ叩きつけ、軌道を逸らす。
甲高い呻き声を上げて巨大な猿がのたうつ。
進路を変えられたハンターフライの硬質な羽根が左腕をかすめたが、
それには構わずキラーエイプの血を付けたままの剣でサソリの身体を打ち払った。
そして怒りに暴れまわるキラーエイプを落ち着いて避け、急所へ刃を沈める。
断末魔と供に刃を抜き去り、固まらないうちに纏わりつく魔物達の体液を拭った。
再び広い空間へ静けさが戻り、さすがに深く息を吐き出した。
「やっぱり、1人って面倒だな」
乱暴に扱ったせいで刃こぼれを起こした剣を見て、彼は困ったように呟いた。
「ならば1人で、この試練へと挑まれるのです」
そもそも始めから1人しかいない。
戻って仲間を連れて来ても良いかと聞いてみたくなる。
どうにも先程から反射的に返って来る言葉に、
違和感を覚えながらも男の前を通り過ぎ、扉のその先へ進む。
深い闇へ踏み出す彼へ、神官は最後の言葉を掛ける。
「あなたはここから、帰れるでしょうか」
負傷した左腕に気休めの薬草を塗りながらここへ潜る前の最後のやり取りを思い出し、
そこで一度だけ振り返る。
実は随分前から気付いてはいた。
その場で留まっている限り、魔物は襲ってこない。
魔物は進まないと出て来ないのだ。
つまり退路は常に確保されている。
――未知に打ち勝ち、先へ進むのが勇気と言うのか。
――己の力量認め、潔く退くのが勇気と言うのか。
進むのか、退くのか。
どちらがここから帰るのに必要な事なのか。
その判断すらも試されているのかもしれない。
「ま、でも。戻るのも今更大変だ」
誰に向けた訳でもないその言葉を残し、更へ深い場所へと向き直った。
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