ランシールの話----------
そこに保証はない。
23話.君は帰れるか@
「噂では、て何?」
「だから噂なんだよ」
ランシールという街に、伝説の神殿があると言う噂。
そしてその伝説の神殿には伝説のオーブが眠っていると言う噂。
唯一ブラウが耳にした事のあるもので、地名が確定しているオーブの話。
それがランシールの伝説の神殿に納められた宝玉の話だった。
次の目的地を定める際にブラウが口にした情報に、
ストロフィスは怪訝な表情を浮かべていた。
「あるらしい、とはずっと前から言われているし、
それを目的に行く奴もいる。
けど、誰もそこに辿り着けた者はいない」
「じゃあ、ないんじゃ…」
余りにも不確か過ぎる情報に自然と突込みが入る。
しかしその言葉にブラウはむっとしたように言い返す。
「伝説と言われたオーブがあったんだ。
伝説の神殿だって確認しても損にはならないだろ」
「やけに積極的…」
「は?」
怪訝そうな顔で彼はストロフィスを見返した。
答えが解っているのにそんな言葉を漏らしてしまった事を少し後悔しつつ、
やる気のなさそうな声で勇者は補足を入れた。
「今までは不確かな情報は嫌いだったように見えてたから」
その言葉にブラウの動きはぴたりと止まった。
確かに以前は曖昧な理由で目的地を定める事に、彼はいつも不快感を示していたはずだ。
テドンを経由し、次の行く先に提案されたのがランシール。
特にオルテガの旅先であったという情報もなければ、情報が集まり難い島国であるという地。
そんな場所を示したのが以前なら反対しだだろうブラウ本人だったのだ。
「だからオーブが実在したからだ。
根強い噂だ。馬鹿には出来ないだろ」
何かを誤魔化すように言い放ち、
すでに決定した目的地に異を唱える事などしないストロフィスに背を向けた。
「妙に張り切って…」
テドンで吹っ切れて、仲間の盗賊は異常に前向きになっている。
ついでにラゼリアとの過去が繋がりが彼に一時的な高揚感を与えていた。
「あのまま行くと、また死ぬほど凹む日が来そうだな」
浮かれ舞い上がった分だけ、堕ちて行く時は辛いはずだ。
パーティ最年少の少年は、仲間の来るかも知れない未来の日を少し心配してやった。
「一体なんでそんな話が広まってるのかねー」
「じゃあやっぱり神殿はない?」
残念そうな顔で、クラムは買ったばかりの焼き菓子を頬張った。
その反応に菓子売りの男は困ったように返す。
「まぁ客商売やってる俺らにとっては、
その神殿を探しに来てもらえりゃ悪い方には転ばないけど」
男は辺りを見渡した。
ランシールは美しい街だ。
通りに並べられた石畳には飾りが彫られているし、家々の壁はどれも鮮やかに白く整然としている。
しかしそれだけでは海の向こうから渡ってまで来るほどの事ではない。
「こうやって捜しに来るお嬢ちゃんらには悪いが、
別段見どころもなければ、アリアハンみたいに英雄を輩出した訳でもないし。
ひょっとしたら誰かが噂上で作りだしたんじゃねぇかと俺は踏んでるよ」
申し訳なさそうに持論を述べた男に焼き菓子をおまけしてもらった事に礼を言い、
クラムは広場で地図を広げていたストロフィスに合流した。
「全然成果が出ないねー」
ランシールに着いて早7日。
主要な聞き込みポイントは大体回ってしまっていたが、一向に有力な情報は得られなかった。
今日もストロフィスとクラムの2人は主要通りの聞き込みを行っていたが、
聞こえてくるのは「そんなものはここにはない」「あると言う噂は聞いたことある」の2種類だけだ。
場所の噂も人によって曖昧で何日も歩いた先だという者も居れば、ほんの数分で辿り着けるという者も居る。
神殿も大きかったと言う者もいれば小さかったと言う者もいる。
噂そのものも、安定せず非常に曖昧だった。
「この通りのお店はもうほとんど全部回っちゃったもんね。
他にやる事は、実際に探しに行くくらいだよねー」
「めんどくさ…」
場所はおろか方角も解らない――
しかもそこにオーブがあるかどうかも解らないものを探しに行く事に行く前から疲労感を覚える。
それなら場所が良く解らない魔王の居城を探す方が建設的な気すらする。
しかし隣のクラムは、なにやら楽しそうだった。
「んー…でも何か、あるか解らない未知の神殿を探す!
って冒険譚っぽくてちょっとドキドキするよ!」
目を輝かせて語る彼女を、ストロフィスは不思議そうに見つめた。
「どうしたの?」
「いや、クラムはすごいなって思っただけ」
「えっ?」
思ってもいなかった事を言われ、動揺する。
何とか照れを隠そうとわちゃわちゃした揚句、とっさに思いついた事を口にした。
「そうだ!じゃあさ!」
彼女が指差したのは通りの先、街の西の方。
「その裏手の森、少し探索してみない?」
大通りの裏の住宅街。それを更に抜けた先に樹が生い茂っているのが見える。
その森は街をぐるりと巡る城壁の内部にあり、危険な動物や魔物は出ないらしい。
公的な場所なので、住民がキノコなんかを採ったり、
遠出の散歩に利用したりしているらしい。
「あそこでも、神殿を見たって噂があったでしょ?
ほら、街の中だからさ、魔物も出ないし散歩のついでだと思えば…」
その言葉を受け、通りに設置している時計を見る。
宿に戻る目安の時間にはまだ程遠い。
少し遠いが、あの森すべて回る訳ではないのなら問題はなさそうだ。
「駄目?」
「あれくらいならいいんじゃない」
そもそも街の裏手になんかあれば、噂止まりなはずがない。
駄目でもともと、聞き込みに疲れた気分転換へと2人は足を向けた。
住人が普段出入りしているだけあり幾人もが通った場所が踏み固められ道となっている。
木々もよく手入れされた明るい森だった。
時折きのこや薪を拾う人々とすれ違う。
「うーん…この感じは未知の神殿がある感じじゃないね」
「まあ、こんだけ人が出入りしてんだからな」
見つからない方が可笑しい。
もともと期待などしていないが、残念そうに彼女は呟く。
「あれだよね。ないって証明の方が大変ってよく言うよね」
「神殿があるかの証明出来るかどうかまで、
ランシールに拘束されろってことか」
溜息混じりに呟いて、数秒後。
何も聞こえないという違和感に周りを見渡す。
「クラム…?」
隣を歩く魔女の姿が見当たらない。
彼女は好奇心旺盛だが、自身を弁えている。
間違っても自らの意思で独りはぐれて行ったりしない。
この場合考えられるのは彼がはぐれてしまったということだが、
つい先ほどまで彼女と話していたのだ。
道なりに歩いているだけではぐれるなど考えられない。
「道…?」
気付けば立っていたのは人々が踏み固めて出来た道ではない。
ちょうど彼の足元から、石が敷かれた道へと変化している。
余りにも不自然な変化。
けれども、余りにも自然にその不自然への入り口を潜っていた。
強いていうならこの感覚は、
「ノアニール…エルフの術の時と同じ…」
日常の先の非日常。
既に何かの領域へと足を踏み入れている。
――1度街に戻った方が良いか。
ここが何に通じているのかが解らない。
仲間達と合流してから改めて調査した方が利口だ。
けれども、妙な予感がその足を止める。
――ここに戻って来れるか?
そんなに歩いた訳ではない。
街からそう離れているはずはない。
引き返して未知に対する備えをしてから臨む時間は十分ある。
けれどもこの領域に踏み込めたのが偶然であれば、2度目がある保証はない。
彼はゆっくりと街があったはずの方向を振り返る。
そして再び視線を先へと戻した。
無意識に腰に手をやる。
剣はいつものようにぶら下がっている。
他はラゼリアに全員常備させられている聖水の瓶が1本。
情報料代わりに聞き込み時に購入していた薬草と何やら名物だと言う焼き菓子なども少し持っていた。
街中を歩くのに邪魔になるという理由で宿に盾を置いて来た事を弱冠後悔する。
それでも次の時には未知の空間へと更に歩みを進めて行った。
行けども行けども風景の変わらない森。
人も魔物にも出会わない。
迷わせる為の術かと疑い始めたその時、木々の影から白い人工物が垣間見えた。
「…マジかよ」
ダーマを思い起こさせるほど噂の一つ通りの壮大な神殿。
「普段は結界の中にあるから誰の目にも映らない」
茂みを割って神殿への入り口を探す。
「けど何かのきっかけで綻びて、時折人の目に触れる…」
それで「存在しない神殿」が出来上がったという事。
「こうなるとオーブも信憑性が格段に上がった、か」
結界を抜けたのは偶然だと考えれば、すでに引き返すという選択肢はなかった。
神殿の入り口は誰でも受け入れると言わんばかりに開け放たれている。
念の為辺りを見渡し気配を探るが、やはり特に魔物や人もいないし罠も仕掛けられていない。
どこまで警戒すればいいのか解らず、少し困惑しながらその内部に入る。
神殿に在りがちな神像のない――柱しかないだだっ広い空間。
最奥に大きな扉が待ち構えている。
その前にはストロフィスの到来を予期していたかのように、神官服の男が佇んでいた。
彼は両手を広げ高らかに宣言する。
「ようこそいらっしゃいました」
その言葉に続き、扉が静かに開き出す。
「“独り”であることにあなたは何を感じるでしょう」
口を開けた闇の先を神官服の男は指し示す。
「ここは“地球のへそ”勇気を試される場所。
さあ。あなたの勇気を、試してください」
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