テドンの話----------
それはすべて思い出の中の出来事。
22話.緑の思い出@
彼の頼みは、ブラウにとっては容易い事だった。
なので2つ返事で了承した。
「男の約束な。誰にも言わないでくれよ」
それは恋した日々に埋もれていた、その男との最後の思い出。
時刻は深夜だろう。
街には人影はなくなっていた。
しかし本来ならば無人のはずの街の入り口には魔物避けの炎が焚かれ、
夜の長い家の窓には光が灯っていた。
ストロフィスは目を幻想の光から自分の隣に向けた。
そこには緑色の瞳が睡魔と格闘中の魔法使いの姿。
「クラム。寝てていいから。何かあったら起こすし」
「ん…。まだ頑張る」
そこまでもごもご呟いて、彼女の赤い髪はかくんと倒れそうになる。
「…ホント寝てなよ」
「んんー!勇者くん、眠気覚ましに何か喋って」
「何かって言われても…」
彼は何となく周りを見渡す。
街の人々に何を聞いても、まるで自分達の存在を把握していないように振舞うのを良い事に、
今は廃墟から普通の家に変化した長老なる人の家屋に入り込んでいる。
こんな風に綺麗になるなら掃除しなくてもよかったな、と脳裏を過ぎった。
家主が居間から姿を消した後も仄かに残る暖炉の熱を拠り所に、窓際の長椅子を陣取っていた。
「じゃあー…この街のこと。
この復活した街の勇者くん的仮説が聞きたい」
ぼんやりした瞳でそんな事を問う。
けれどもそれは本当に聞きたいと言うより、眠気覚ましが欲しいですといった感じだった。
「勇者くんは幽霊っぽくないって言ってたでしょ。
何か…正解じゃなくていいし、
考えてる途中かもしれないけど何か教えて欲しいなー…」
彼女なりに、いなくなった2人が心配で眠りたくないのかも知れない。
彼はそう判断して、渋々口を開く。
「纏まってない考えを口に出すの苦手なんだけど…」
ごんっと大きな音がして隣を向くと、彼女は眠気に負けて落とした額を窓枠で強打していた。
額を両手で押さえつけ無言で悶絶している。
ストロフィスは困ったように溜息を吐くと、
彼女の手を額から外させて赤くなっている部分にホイミを唱えた。
そして開け放っていた窓を閉めて、膝を乗せていた長椅子に座り直した。
クラムにも同じ様に座る様促す。
「じゃ、客観的事実から幾つか」
隣の彼女が虚ろな瞳で頷く。
「まず、この街は俺らが来た時…太陽が昇っていた時は確かに廃墟だった。
で、陽が沈みきった時に普通の…滅んでない街に変わった」
クラムはこくんと――ただ眠気の為だったかもしれないが頷いた。
「ブルーの言葉を信じるなら、
この人達はどうやら10年前テドンが滅んだ時の住人で、
言いかえるなら、死んだはずの人達ってこと。
で、更に踏み込むなら、今その辺にいる人間に意志がない」
「いしがない?」
心地良さそうに長椅子の柔らかさとストロフィスの声に耳を傾けていたクラムが、
まるで意味を把握できていないように復唱する。
「話しかけても、当たり障りのない事を繰り返す。
まるで決められたみたいに。
それに俺らがこうやって堂々と家の中に居座ってても
誰も何も言ってこないし、不思議がりもしない」
それって可笑しいだろ、と彼は続ける。
「本人達の意志というよりも、第3者の意図というか。
それが何かは解らないけど、たぶん…」
肩に重みを感じ、ストロフィスは言葉を止めた。
完全に眠りの門を潜りきったクラムが寄りかかっている。
そうなる事を見越して座り直させたので、今更溜息を吐きはしない。
ただ次に言うつもりだった言葉だけ出し切ってしまう。
「この蘇った人達以外の謎…テドンが何故、
全滅するほど攻撃を受ける必要があったのかって事」
この何の変哲もない、辺境の街。
それを魔物が全滅させようと襲ってくる理由。
――多分その謎が、この現象を生んでいるのでるんだろうな。
ストロフィスはクラムを長椅子に横にさせると、自分のマントを被せた。
そして別の窓を開け、外を眺める。
平穏な街そのものといったように、家々の光は1つ、また1つと消えて行った。
まるでそんな謎など始めから存在しないと言うように。
「お前は…知っていたんだな?
この街がこんな風になっている事を」
ブラウの問いに、ラゼリアはゆっくりと頷いた。
自分がずっと目を瞑っていた間に。
彼女は一体どれほどの世界と向き合ってきたのだろうか。
彼女もまたこの街で、両親と故郷とも言える隊商を失い、
一生消えない傷まで負ったというのに。
「私はたまたまこの地を旅していた先生に命を救われたの。
そして、それから何度かこの街を訪れたわ」
ラゼリアは、焦燥しているブラウにそっと語り出した。
「初めてここの夜に立ち会った時は原因を探そうとしたわ。
けれども何も解らなかった。何もこれ以上の事も起こらなかった。
だから、私はここの謎を解くのを諦めてしまったの。
けれども…」
彼女はまっすぐに彼を見た。
蘇った思い出と変わる事ない美しい赤色に彼の姿が映り込む。
「あなたがここに来ると決意したから。
何よりもテドンの民だったあなたがこの地に来るから。
何か解りそうな…進めそうな気がした」
ドキっと胸が緊張で弾む。
彼女はあの日何もできなかった自分に、今日は何かをさせようとしている。
ブラウの不安は高まるばかりだ。
「テドンは確かにあの日滅んだわ。
…少なくとも、翌朝私以外ここに生きていた人はいなかった」
その惨状は何年経とうと、目の前の元住人には語れない。
「隊商か住人か解らないけど逃げ切った人もきっといるわ。
テドン滅亡の噂は、私が旅を再開した頃にはすでに広まっていたから。
けれども、やっぱりあの日、街自体は滅んでしまった」
ブラウは幼い少年の様に苦しみと悲しみが入り混じった表情をした。
まだ、急激に戻った記憶に引っ張られている。
「そしてこの幻は、多分あの日の次の夜からずっと続いているの」
窓の外の景色は、深夜らしくとても静かだったが、それでもそれは平穏な街の夜だった。
魔物避けの炎が、煌々と街を灯している。
そこに暗い影を見つけ、彼女は言葉を問いに替えた。
「ブラウ、あなたはこの現象に…
この現象を起こしそうな事に、思い辺りはない?」
「思い辺り?そんなの解る訳ないだろ…?」
長い間この街に寄りつきも、名を発する事さえ控えていたのに。
風に乗ってやってくる噂にさえ耳を塞いでいたのに。
原因どころか、この現象そのものの意味が解らない。
「魔物に襲われて死んだ事が解らないとか。
もっとやりたい事があった未練とか…」
彼の戸惑いの表情に彼女はゆっくりと首を横に振った。
「あなたも言っていたじゃない。
幽霊だったって話くらい出来てもいいって。
幽霊なんて会った事ないけどこの人達はきっと幽霊じゃないわ」
私の両親も何も語らないしね、と彼女は続ける。
「じゃあ何なんだ?解ってるなら教えてくれ…」
「あなたは、この街に魔物が襲って来たのは何故だと思う?」
「そんなの、俺が聞きたい」
「私は、何か魔物側…例えば魔王何かにとって都合の悪い物が
この街に在ったんじゃないかって考えたの」
「そんなのテドンに限ってない。お前だって知ってるはずだ。
この街に自慢出来るものは、ちっせぇ頃の俺が自慢げに語った、
ヤギとか風景とか…そんなささやかなものしかない」
ロマリアとポルトガを結ぶ地下通路のような重要性も、
ピラミッドに眠る魔法のような神秘性も、エルフやホビットといった他種族との繋がりも、
この田舎の街には存在しなかった。
当たり前の日々とささやかな喜びしかここにはなかったのだ。
魔物が奪っていったのはそんな小さくも大切なものだった。それだけだったはずだ。
そうね、と彼女は同意した。
「私は、隊商を疑ったわ。
街の来る前にも魔物に襲われたばかりだったから。
けれども、不思議な現象はこの街で起こっているの。
私はこの幻を作り出しているものこそ、
街が襲われた原因じゃないかって思った」
「だから、そんなものこの街には…」
なおも食い下がるブラウにラゼリアは窓の外を指した。
「あの人、知ってるわよね?」
怪訝そうにその指に導かれて彼もまた窓の外を見下ろした。
そこには、暗がりではっきりと顔立ちまで判らないものの、
明らかに住人ではない男の姿があった。
「行商のおじさん…?なんでこんな夜中に」
「あの人はちょうどあの日の夜、
街も隊商も出て、また1人で旅立とうとしていたわ」
結局あの襲撃でならなかったけど、と彼女は続けた。
「よく考えたら、隊商が魔物に襲われたのも彼が来てからだった」
「あのおじさんが原因だって言うのか?
あの人はだって、すごく気さくでいい人で…」
彼の少年の様な怒りに、ラゼリアはしかしゆっくりと首を横に振った。
「あの人が何かをしたとは思っていないわ。
けれど、あの人が何かを持っていた可能性はある。
もしくは何かを知っていたか…」
魔物はそれを狙っていた。
それともその存在を消そうとしていた。
だからこそ1人旅に身の危険を感じ、彼は大隊商へ身を委ねた。
それでもなお厳しさを感じ、この街で何か対策を練ろうとした。
そう考えられないだろうか。
「あなた、あの人と親しかったわね。
何か聞いたり、渡されたりした覚えはない?
あの1週間に何か…なかった?」
ブラウは答えられない。
何か役立つ事を思い出したかったが、記憶の混乱はまだ続いていた。
ごちゃまぜになって、1つの事を上手く抽出出来ない。
「何もなかったのならいいの。
テドンの神秘は、この幻は、別に害のあるものじゃない。
このまま永遠に…あの日の思い出を映していればいい」
幻とはいえ、両親にいつでも会えるしねと彼女は儚げに言った。
ブラウはその表情をぼんやりと眺めた。
10年前、あの襲撃がなければ自分たちはどうなっていただろう。
街はもちろんこの幻のように平穏そのものだっただろう。
自分はここでのんびりと両親と共にすごしていたのだろうか。
この歳になっても時折やってくる行商に心躍らせていたのか。
それとも、あの男の助言通り、自らも商人となって…。
――男の約束だ。
先程蘇った記憶の欠片が疼く。
確かに思い出したはずだ。
あの男とのやりとりを。
「それは約束で…」
思わず出た言葉に、ラゼリアが不思議そうに顔を向けた。
「ちょっと待て…」
自分の思い出した事が、ささやかな日常の1コマが信じられない。
「あ…まさか…そんな」
それは恋に浮かれてうっかり忘れてしまいそうな小さな出来事。
「そんな…あれの、せいなのか?」
テドンが滅んでしまったのも、今この幻がこの街で起きている事も。
「約束だったんだ。決して見つからない所に隠してくれって。
誰にも言わないでくれって。
それで…これを真に必要とする者が現れたら、渡して欲しいって」
止め処なく記憶の端を話し出すブラウを、ラゼリアは何も言わず見守っていた。
彼は彼女との邂逅からずっと、少年と今とを行き来している。
「あの頃、宝物っていうのが好きで…。
大切にしてたのはどれもこれもガラクタばっかりだったけど。
あれは特別綺麗で、すぐ1番の宝物になった。
竜が絡みついた、緑の、綺麗な、すごく神秘的な宝石だと思ってた。
けど…今なら…あれが何だったかって解る」
少し前、自らの決意の証として、姉から受け取ったもの。
「おじさんから受け取ったもの…あれはオーブだ」
<back
dq3top
next>