テドンの話----------





20話.滅びと幻A





 絶句するより他なかった。
 何と言えばいいのかも分からなかった。
 あるはずのないものが突然目の前に現れ、
 しかもそれが酷く懐かしく、ずっと求めていたものだったとしたら。

 驚きは勿論だった。
 未知への恐怖もあるだろう。
 けれどもその先は、あるはずはないと怒れば良いか。
 それとも手放しで喜べば良いのか。
 どちらも咄嗟に出来なくて、この地を故郷に持つ彼はただ、戸惑いの声を上げた。

「まさか…そんな…」

 もちろん初めてこの地を踏んだ者も、何が起きてるかなど理解できない。
 ストロフィスもあたりを見渡して怪訝な表情を浮かべる。

「どうなってんだ?」

 陽が沈みきって暗闇が訪れた瞬間、街の様子が一変した。
 ボロボロだった家屋がごく普通の建物になり、そこに人々が往来している。
 ごく当たり前の街の様に、そこで日々の営みが行われていた。

「嘘だ…」

 しばらくその人々を見ていたブラウは、無意識に声を発していた。

「テドンの…み、んな…?」

 その呟きを耳にして、クラムが目を見開く。

「い、生き返ったの!?生き返ったの!?」

 彼女の驚きに、ブラウもまた我に返る。
 そして、何とか理性的にものを考えようとする。

「そんな訳ないだろ…!!」
「えぇ!じゃ、じゃあ、幽霊?お化け?
 え、死んでなかったとか!?」
「確かに、確かにあの日…」

 すべてなくなったのだ。
 いや、街は滅びたと伝えられたのだ。
 1人の生き残りもいないと――正確には、彼以外皆死んでしまったと。
 そして彼の知る限り、死んだ人間が生き返る方法などない。
 失くした物は見つけられるが、亡くした者は帰って来ないのだ。





 不揃いな石が敷き詰められた通り道。
 そう人口が多い訳ではないなりに、賑やかな声が聞こえてくる。

「とーさん、もう陽が暮れちゃったよ?これ何処運ぶつもり?」

 十代半ばの少年が、小麦の入った袋を重そうに荷台へと積んでいる。

「隣の兄ちゃん…」

 幼い頃遊んでくれた少年が彼の知ったままの姿で通り過ぎて行く。
 少年はブラウを始めとした旅人4人の姿など目に入って居ないようだ。
 思わずブラウはその少年の後ろについて街の通りに入る。

「ここの人は皆気立てが良くって、ついつい長居をしちまうよ」

 地面に引いた布に並べていた商品をかたずけながら笑顔を振りまく壮年の男性。
 そしてそれを先程まで眺めていたらしい主婦達の姿。

「西通りのおばさん達に…行商のおじさん…?」

 主婦達が去った後、1人になった男性にブラウは尋ねる。

「ちょっ、おじさん!テドンは…ここはどうなってんだ!?」
「今日はもう店仕舞いだよ」

 しかし行商の男性は愛想の良い笑顔を向けるだけで、何も肝心な事を答えなかった。
 隠している訳ではない。無視する訳ではない。
 けれども、決してブラウをブラウとして認識していないような反応。

「年を取ると忘れっぽくてならんわい」

 ぶつぶつと独り言を呟いて通り過ぎる老人。

「池向こうのじいさん!俺の事を覚えてないか!?」
「わしは耳だけはいいんじゃ」

 老人はそう返しながらも、こちらを見る事すらなかった。
 街外れから羊が鳴く声が聞こえる。
 人々が石畳を歩く音が聞こえる。

「なんで…」

 彼はただひたすら茫然と懐かしい人々の営みを見つめる。
 自分の声が届かない街の人々。
 10年前からまったく変わっていない人々の容姿。
 まるで魔物の襲撃などなかったように。
 いや、魔物の襲撃がなかった前のように。

「ひょっとして…」

 やがて1つの可能性に思い至り、彼は全力で駆け出した。

「ブルー!!」

 得体の知れない街の現象に飛び込んで行ってしまった盗賊を、クラムが呼ぶ。
 しかし、あっという間に見えなくなってしまった。
 こうなってはパーティ内で最も足の速い彼に追い付く術はない。

「ど、どうしよう、勇者くん」

 追い駆けたらいいのか、そもそも自分達の置かれた状況がまったく把握出来ず、
 クラムはうろたえながらストロフィスに縋る。

「ゆ、幽霊が、お化けで、急に現れたり、ブルーが」
「いや、こいつら…」

 彼もまた、当たり前のように意味が解らず周囲の様子を探ろうとしているようだった。
 それでも見た目には取り乱した様子はなく、それを感じただけでクラムは幾分落ち着いた。

「まったく気配がないな」

 傍らに寄り添うクラムの位置と周囲に現れた人影の位置を気にしながら彼は感じた事を口にする。

「幽霊、何て信じてないけど、
 そういうのって、たぶん未練とかいうので残るもんだろ。
 何て言うのかな…意志が感じられないっていうか。
 居るように思えない。
 それに、建物まで綺麗になるなんて可笑しいだろ」
「じゃあ、この人達は、何?」

 答えられる訳もなく、ストロフィスはさぁ、と首を傾げる。
 そこでいつもなら何でも答えてくれるはずの存在を自然と探す。

「あれ?ラズは?」

 クラムはストロフィスと離れないようにしながらきょろきょろと辺りを確かめる。
 気付けば、そこに残されているのは2人だけだった。





 ブラウは先ほどまでは原型もなかった1軒の家の扉を開けた。
 その姿は記憶のままだった。
 玄関を抜けた居間では1人の男性がくつろいでいる。

「旅人さんかい?あいにく今うちの部屋はいっぱいだよ」
「と、父さん…」

 別れてから何年経っていようと、見紛う事なき彼の父親。
 見回すと台所では1人の女性が食事の準備を進めている。

「あら?お客さん?」
「母さん…」

 彼を産み、8年間育ててくれた彼の母親。

「な、んで、生きて…?」
「ごめんね、今日は旅人さんの食事はやってないの」

 目の前の両親は、ただ愛想のいい答えを返すばかりだ。

「答えてくれよ!俺が解らないのか!?
 ブラウだよ!…あんたらの子供だよ!!」

 肩を持って揺さぶる。
 それでも彼の母はただ、にこにことしているだけだ。

「何で!何で!!」

 違うのは、見上げていた両親の背を抜いただけのはずなのに。
 何かが決定的にズレている。

「くそっ、一体何なんだ!」

 幽霊だって、まともな会話ぐらい出来たっていいだろう。
 失ったものが、すぐそこにあるというのに。
 まるで水面に映った月のように、捉えられない。

「誰か!答えてくれ!」

 たまらずそう叫んだ彼の視界に、見慣れた色が映る。

「…ラゼリア?」





「ああ!」
「「うわぁ!?」」

 突然上がった声に驚いて、
 ネーブルとマーコットはそれぞれ手にしていたスコップや石の入ったバケツを取り落とした。

「姉さん、急に大きな声を出さないでくださいよ…」

 2人は落としたものを拾いながら、ベリィに向かって情けない声を上げる。
 相変わらず騒がしい商人達は、勇者達の知らぬ新しい大陸に踏み入れたばかりだった。

 他国と交流がない閉ざされた大地。
 巨大な山脈を背にした森と広い草原。
 そこに小屋が建ち、井戸が掘られ、小さな居住空間が造られていた。
 そこで彼女達は先住民だという老人と共に街作りの計画中だった。
 リオレットの計らいにより、数名の海賊が力仕事要員として参加してくれている。
 後々職人は集めて来る予定ではあるが、
 計画や資金の目処がつくまでは基礎作りは自分達の手で行わなければならない。

「…姉さん?」

 肉体労働を弟分に任せてあれやこれやと指示していたベリィは、
 叫んだ後に設計図を取り落として立ち上がっていた。

「思い出した…」
「は?何をですか?」

 彼女の呟きにネーブルは怪訝そうな顔をする。
 姉貴分の彼女の言動にまた振り回される可能性も考慮して、警戒もしている。
 しかしそんな彼の事を見もしないで彼女は何か思いだした事を忘れないよう、取り敢えず言葉を紡ぐ。

「あの、青髪の、勇者一行の、僧侶の」

 珍しく興奮からか、人の名前が出てこない従姉にマーコットが助け船を出す。

「ああ、ラゼリアさんですか?」

 その名を聞いて、正解とばかりにベリィは指を差した。

「そう!どっかで見たなぁ、と思ってたんだけど、思い出したわ!」
「そういえば、そんなこと言ってましたね」

 初対面のとても些細な会話だった気がしたので、言われるまで忘れていた。
 ネーブルもマーコットも、姉の勘違いくらいにしか思っていなかった。

「で、どこで会ってたんです?」
「正確にはやっぱ、すれ違ってただけだった。
 けど覚えているはずだ、最初で最後だったもんね」
「最初で…最後?」

 再会した人に対して使用するには不自然な言葉に、双子は同時に首を傾げた。
 ベリィはもう1度、訂正でもするように言い直す。

「最期」





 階段を駆け上がり、2階の奥の部屋で扉が閉まったのを確認した。
 何も言わず通り過ぎて行った仲間を追い駆け、彼はその部屋へ向かう。

「おい!ラゼリア!」

 今閉まったばかりの扉を開け放った。
 ノックなんて悠長なものをしようとは思わなかった。
 どうせ、彼の存在など気に留める者はここにはいないのだ。

 部屋の中には見知らぬ2人の男女がいた。
 他の人々と同様、突然の侵入者に対して驚きすらしていない。
 30前後で、どうやら夫婦のようだ。

 そういえば、大規模な隊商が来たときは街中で部屋を貸していた。
 昔はテントを張っていたが、近年の魔物の増加からそういうケースが増えたのだ。
 階下の両親も部屋はいっぱいだと話していたはずだ。 
 彼らはその人たちなのだろう。
 抜け落ちている記憶の中できっと会っているはずだった。
 だが、何故ラゼリアはこの部屋に。





「テドンと運命を共にした大隊商」

 ベリィは重々しく口にする。
 それは彼女も尊敬する隊商であった。
 規模が大きいのは言うまでもなく、その商売の仕方、影響力。
 そして何より、所属する全ての商人自らが、
 凶暴化する魔物達と渡り合いながら旅をする、命知らずの強い隊商だった所。
 そこには幾つも家族ごと所属していて、さながら小さな動く街のようなものだったと言う。
 両親が連れて行くと決断すれば、産まれたばかりの赤ん坊もいる。
 女でも子供でも老人でも、彼らは均しく商売を学び、そして立てる者は武器を持って戦った。
 今や知らぬ者は実在した事すら疑う、伝説の隊商。

「まだ商売始めたばかりのちっさい時にさ、
 接点を持てたんだけど、その直後に全滅したって聞いて
 さすがに色々と印象深かったのよね。
 ほら、あの子髪とかも少し変わった色だったし、可愛かったし、
 記憶の端に引っかかっていたというか」
「えっとそれって」
「要するにラゼリアさんは」

 双子はそれぞれに従姉の言葉を解釈した。
 導き出しただろう解答に、ベリィは大きく頷いた。

「その隊商の一員だった子よ」





 彼女は逃げも隠れもしていない。
 夫婦の隣に彼女はいた。
 彼女は懐かしそうに微笑んで、話しかけた。
 彼は耳を疑う。

「お久しぶりです、お父さん、お母さん」

 その言葉と供に、彼の閉じていた部分が開く。

「あ――」

 様々に引かれていた線が1本に繋がる。





 テドンと最期を供にした大隊商。
 抜け落ちた1週間の記憶。
 走れと命じる声。
 惨劇から逃げだせた自分。
 どうしても許せなかったこと。
 忘れたかったこと。
 忘れてはいけなかったこと。
 そして、赤い瞳にざわつく胸。

――辛い事、思い出してもいいの?

 抜けた思い出のある事は、伝えてなかったのに。





 欠けていた記憶が、埋まる。
 失くした欠片は、あまりにも美しい赤色だった。















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