テドンの話----------
街に残るのは、惨劇の匂いと…
20話.滅びと幻@
10年前。
ここは街があったところだった。
そして今、街だったものがあったところだった。
噂通りの酷い有様だった。
死の香りと血の跡が残る場所。
魔王によって滅ぼされた街、テドン。
「よく、これで無事だったね」
ぽかんと、その初めての光景を眺めるクラム。
そして10年ぶりに故郷の地を踏んだブラウ。
「自分でもそう思うな。
本当にどうやって逃げたんだか…」
それは本当に思い出せない事だった。
彼はただ、走っただけで。
かさかさと言う音を立てて、乾いた風が時折吹き抜ける。
家屋のほとんどは、焼け落ちるか破壊されていた。
ささやかな雑草も根ごと燃えたのだろう、緑もほとんど見られない。
恐らくは武器の一部だった金属や屋外に置かれていた壺の破片が無造作に散らばっており、
10年の歳月によりすっかり風化している。
地面には時折魔物の爪に抉られたような跡が残っていた。
街外れにあった水場はすっかり濁っており、飲む事はもちろんどんな魚も棲めそうになかった。
この街に、生き物の息遣いは感じられない。
この先も、戻ってくる事はない気がした。
「そりゃ幽霊が出るなんて事も言われるよな」
この分だと亡霊すら寄りつかないかもしれない。
「ちょっと、その辺見てくる」
ほとんど無意識に呟いて、ブラウは皆の元を離れた。
「この辺で、いつも遊んでたな」
記憶の場所を辿る。
小さな広場、魚釣りをした池、よく遊びに行った友達の家。
思い出の景色は鮮やかに蘇るが、現実の景色は色褪せていた。
思い出が美しい為に、現実が悲愴に満ちているのか。
現実の悲愴さ故に、思い出の美しさが際立つのか。
どちらにしても、その誤差は激しかった。
哀しい気持ち、淋しい気持ち、悔しい気持ち。
そして何よりも空虚だった。
「全部、全部、なくなったんだ」
解ってはいた。
だからこそ怖くて、彼は今までこの地に来る事が出来なかったのだ。
けれどもやはり現実として目の当たりにすると違っている。
涙は不思議と溢れては来ない。
まるで平和だった頃の方が夢のようだからだろう。
本当にここに自分の生まれ故郷があったのだろうか。
本当にここから逃げ出したのだろうか。
――走れ、走れ、走れ。
言い聞かす声。
自分の声。
「……あれ?俺の声?」
違う。
――どこで、捻じ曲げた?
忘れていること。
忘れようとしたこと。
まだ、思い出すには何かが足りない。
乾いた香りに、微かに甘みが加わっていた。
香りに誘われてふらふらと歩く。
辿り着いたのは街の外れの方。
まるであの惨状が嘘のよう。
その一角だけ、白い花が咲き乱れていた。
こんなになってもまだ花が咲くんだと、素朴な疑問が浮かぶ。
強く風が吹き、白い絨毯がざわめいた。
「この花、何だっけ」
どこかで見た気がしたが、名前は分からなかった。
初めから知らなかったのかもしれない。
近くに寄って行き、健気な花を見渡す。
すると灰色の石がその中心に鎮座していた。
「墓…?」
その石は不自然に土が盛り上がった上に立っている。
誰かが造ってくれたのか。
自分は墓を造るどころか、故郷に1度も戻らなかった。
親不孝ものだな、と自虐的に呟く。
白い花を踏み潰さないよう気を付けながら墓へ近付いた。
「テドン、そのすべての人々の鎮魂を願って」と刻まれている。
石の感じといい、ナイフか何かで傷付けられた文字といい、急ごしらえな気配がする。
恐らくたまたま訪れた旅人がやってくれたのだろう。
これを作った誰かは、この街を見てどんな気持ちを抱いたのだろう。
この街が生きていた事を、知っていた人だろうか。
まったく知らなかった人だろうか。
ずっと過去から逃げていた彼は、見知らぬ製作者に感謝した。
小さな街は、思い出を辿りながら歩いても大した距離ではない。
幼い頃の自らの行動範囲の端に行き着いて、
街の外に出てもしょうがないので中心に戻るよう、街の外郭に沿って軌道を変える。
細い小路に行き当ったので、その道を歩き始めた。
その昔、罪人が入れられていたという建物が目に入った。
石造りで苔だらけのそれは、彼が生まれた時にはもう使用されていない物だった。
管理も手入れもされていない為、ほとんど外側の石が剥がれ落ちている。
皮肉にもこの始めからの廃屋が唯一、魔物の手に掛かっていない建物だろう。
通り過ぎる時にふと思い出の端に引っ掛かった。
懐かしさに駆られて中に入ろうかとも考えたが、
陽が傾いているのを意識して彼は崩れた牢獄を後にした。
彼以外の3人は揃ってどこにもいかなかったようだ。
観光するような所も話す相手もない為、
行く必要もなく彼の帰りを待っていたのだろう。
陽ももう何時間も残ってはいない。
船に帰るなら、そろそろ戻らないと危険が増すばかりだ。
しかし、ただ何となく寄った訳ではない。
彼はまだ何も思い出せてはいないのだ。
今船に戻るつもりはなかった。
「俺はしばらく残るけど、お前らは船に戻った方がいいんじゃないか?」
ブラウが3人に問い掛けた。
「宿も崩れてるしな」
火に巻かれた建物は家具も残っては居ない。
完全な廃墟と化した街で夜を過ごすのは心地よい物ではないはずだ。
彼以外にとってそれを押してまで意味のある事ではない。
「私は残るわ」
ほとんど間をおかず、ラゼリアが答えた。
それを聞いて、クラムも勢いよく手を上げる。
「じゃあ、あたしも残る!
ブルーとラズを2人きりになんて出来ないもん!」
「それもそうだな。俺も残る。
……地面の方が揺れないし」
船に乗ってから大地の素晴らしさに気付いた勇者も続いた。
「お前ら、俺を何だと思ってるんだ」
2人は答えず、冷たい目で彼を見返しただけだった。
しかしさすがに今日はそれ以上何か突っ込む気も起きず、話を元に戻す。
「じゃあ、休めそうな建物探すか」
1番荒廃度合いがマシな1軒へ入る。
そこはブラウの記憶が正しければ、長老を自称する老人が住んでいた建物だった。
高台にある為火を逃れたようで、
辛うじて屋根や壁がその意味がある程度に原型を留めている。
「明け方冷え込むからな、こんなボロでも外よりましだろ」
暖炉や干からびてはいるが薪もある。
野宿とほとんど変わらないが、ある程度暖はとれるだろう。
片隅に倒れていた箒で適当に積もった砂埃を払い、使えそうな椅子を引っ張り出す。
家の周りには聖水を撒いて簡単な結界を作る。
寝床を確保して暖炉に火を入れた時には、陽も沈む寸前だった。
ブラウは埃と灰の汚れを拭い顔を上げる。
視線の先では硝子のない窓の外を青髪の僧侶が眺めていた。
ぎりぎりまで傾いた夕日の赤が、彼女を照らしている。
白い肌や、薄い色の髪に映る赤。
そして何より益々深みを増す瞳の赤に、彼女の美しさが引き立てられる。
その色に魅せられ、彼は一瞬現を失いかけた。
「外へ、出ましょう」
「は?」
突然鼓膜を震わした音に、
それがラゼリアの発していた声だと気付く事さえ出来なかった。
まともな返事を返す前に、彼女は彼の手を取った。
そのまま何の説明もなく手を引かれる。
「ラゼリア?」
連れられる意味が解らなければ抵抗する理由も思い浮かばなかった。
ただ彼女の手が冷たかったので、もっと暖炉の近くに寄るよう後で言わないと、
とそんなどうでもいい事だけが頭を過る。
「ラズ?どうかした?」
暖炉の前で暖まっていたクラムも、顔を不思議そうに上げた。
彼女はそれらの問い掛けに、珍しく答える事なく進む。
原型が残っていない扉をくぐったその時。
ちょうど残っていた夕日が沈みきった。
突然、街中に灯が走る。
思わず、彼は我が目を疑う。
滅びの街テドン。
そこに人々の活気が溢れていた。
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