海原の話----------





19話.赤い決意A





「グリンラッドって…あ、ストロちゃんは地理詳しい?」

 手の中の赤い宝玉を弄びながら、女頭領はアリアハンの勇者に尋ねた。
 その宝玉を手に入れた時の話をしているらしい。
 彼女の問いに、ストロフィスは正直に首を横に振った。

「地図に載ってる範囲の地名くらいしか」
「じゃあ解んないかな?
 エジンベアよりちょっと西のずっと北の方。
 基本的には季節もないし、年中氷しかない大陸」
「寒そうだな」
「すっごい寒いよ。むしろ痛いよー。
 もう二度と行きたくないよ」

 リオレットはいやいやと首を横に振る。
 じゃあ何で行くんだよと彼は呆れた。

「私達も普段そんなとこ行かないんだけど、
 天候の関係でそっちに流れちゃって。
 で、更にその辺りに近付いたら魔物の猛攻にあって逃げるように上陸したの」

 彼女は意味があるのかないのか解らない手の動きをした。
 恐らく北上しているジェスチャーのつもりなのだろう。

「じゃあね、そこの木々も凍るというグリンラッドの地に、緑が見えるの。
 で、手下の何人かに確認させたら何と、
 家が建っているではありませんかー」

 このおっとりとした女性から手下などという言葉が出る事に違和感がある。
 何故ひらひらの付いたスカートを履いているのか、思わず問いそうになった。

「いや、ありませんかと言われても」
「外界から閉ざされた氷の地にだよ?」
「まぁ、それは確かに不思議かな」

 不思議の押し売りにあいながらストロフィスは頷いた。

「でね、さらにびっくりしたのが、
 なんとその家におじいさんが住んでたの!」
「人がいなけりゃ、家も必要はないしな」
「外界から閉ざされた氷の地にだよ?」
「まぁ、それは確かに不思議かな…」

 繰り返されるやり取りに若干疲れが出て来る。

「それでそのおじいさんが、なんかもう疲れたからこれ上げるよって…」
「待て待て」

 何故一番肝心だろう所が適当なんだろうか。
 伝説の品かもしれないものをなんかもうって扱いはないだろう。

「出来れば、その…リオの言葉じゃなくって、
 言われた通りに伝えて欲しいんだけど」
「んんー、はっきりと覚えてないけど。
 えっと、自分はずっとこれを護って来たけどもう力が足りない。
 だから、代わりに必要な時まで守って欲しい…だったかな」
「全然違うじゃないか」
「雰囲気はそんな感じだったのー。おじいさん疲れてたのー」
「あーはいはい。解った解った」

 ストロフィスがまったく気持ちのこもっていない調子で肯定した。
 それでも彼女は満足したらしく、オーブとの出会いの話を終わらせた。

「多分今、ストロちゃんが必要だって言ってるんだから、
 ストロちゃんにあげたらいいんだけどね。
 ブラウちゃんの成長に、一役買ってもらおうと思って」

 何の気なしに彼は彼女の手の中の赤い珠を見る。
 そのほんのりと不思議な輝きを放つ宝玉に何かひっかかりを感じた。
 するとそれに気付いた彼女が問う。

「あ、見る?」

 差し出された宝玉を素直に受け取り、もう一度じっくり観察する。

「…何か、最初に見た時より光が弱まってないか?」

 ぽそりと感想をもらす。
 それを聞いて彼女も一緒に覗き込んだ。
 宝玉は特に何も言う訳でもなく、竜の装飾に絡みつかれている。

「そう言われれば…おじいさんから貰った時は
 もっと素敵に輝いていた気がするかなー?」
「それってすごく重要な事じゃないか?」

 暢気な海賊頭に勇者は若干渋い顔で問い返した。
 そんなやり取りをしている所へ、海賊の1人が少し怪訝なお持ちでやって来た。

「お嬢ー!久しぶりに魔物が出ましたぜ!」
「え?うそぉ!?」

 リオレットは驚きの表情で気の抜けた声を上げて、甲板へと出て行った。

「魔物が出たって事は結界の効果が切れてきているのか」

 残された宝玉を弄びながら、ストロフィスは独りごちた。

「もう力が、足りない…か」

 この宝玉が本当に伝説のオーブであり不思議な力があるのだとする。
 すると今このオーブは急速に力を減らしているという事になる。





 海賊船と勇者一行を乗せた船は大海にぽつんと浮かぶルザミに辿り着いた。
 ルザミはかつて、流刑が行われていた孤島である。
 思想犯とされた者や、大衆から受け入れられない力を持った者達が多く流されて来た。
 その為地図にさえ載せられず、一部の者しか存在を知らない場所だった。

 しかし、いつの間にか流刑自体が行われなくなり、この島は時折の監視すらされなくなった。
 特に魔王の復活以降、ルザミは一部の者にさえ忘れられた島となった。
 今では元受刑者以外にも遭難してきた者、
 どこからともなく辿り着いた者達でつつましやかながら立派な街が出来上がっていた。
 そこに海賊船は食料の補給や外界の情報を届ける為に時々立ち寄るのだと言う。
 そして引き換えに不思議な学問や予言で得たという情報をもらって行くのだ。

「ここも久しぶりだな」

 難題を抱えた銀髪の盗賊は、海賊船から降りて呟いた。
 1人旅を始めてからはまったく来る術も理由もない場所であったので、
 彼にとっては約3年ぶりである。

 リオレットはすぐに慣れた様子で街のあちこちにコンタクトを取り、
 オーブの調査と勇者への協力依頼を取りつけた。
 普段は酒場に聞き込みに行く彼であるが、この島ではあまり意味がない。
 時間はあるからたっぷり考えてねと微笑む姉に力なく頷いて、
 ブラウはぼんやりと考え事をしていた。

「魔王を倒したい理由…」

 船に乗っている時からずっとそればかり口にしている。

「復讐以外に何があるってんだ」

 リオレットがそれ以外の答えを求めているという事は、
 少なくとも彼女にはそれ以外の理由があると考えている。
 彼女は手伝ってもらえというが、彼の内面の問題を誰に聞いたら解ると言うのだ。

――間違いだというのなら、何が正解なんだ。

 復讐をする。
 魔物が憎い。
 それは始まりだったはずだ。
 今の彼はそこから始まったはずなのだ。
 故郷を失ったその時から。

「けど」

 正確には覚えていないから、故郷を失ったと聞いた時から。
 脳裏に浮かぶ赤い記憶と、故郷が滅んだという話がその思いを抱かせた。
 彼は実際に、滅んだ故郷を見てはいない。
 彼は1度も、廃墟となったテドンの地を踏んではいない。
 幽霊が住むとまで言われる地に赴いても、何の意味もない。
 そこまで思いをなぞって、再び故郷をそんな事にした魔物への憎しみが湧いて来た。
 早く魔王を倒したいと気持ちが逸る。
 魔王に辿り着く為には…

――赤い宝玉を手に入れないと。

 見下していた勇者に負け、姉に足手纏いとまで言われたままでは。
 彼は道どころか、自分自身の価値すら見失ってしまう。





 オーブの調査を依頼されたのは年老いた胡散臭い学者風の男だった。
 男はブラウを除いた3人を前に自説を披露していた。
 因みにリオレットから「自称学者」と「自称預言者」
 どっちが良いか聞かれた結果、彼らは今ここにいる。

「私も本物のオーブというものを知っている訳ではない。
 ただ、はっきりと言える事は、
 これがとてつもない魔力を秘めた物だと言う事だ」

 必要以上に力を込め、何故か天を仰ぎながら男は調査結果を告げた。

「まりょくをひめたもの?」
「言ってしまえば魔力の塊だ」

 クラムが不思議そうに問い返したので、男は我が意を得たりとばかりに即答した。

「魔力の塊って…どういう事?」

 答えにも疑問が浮かび、引き続きクラムが疑問符を発する。
 反応の良さに気を良くしているようで彼は饒舌に続ける。

「魔力と言うのは奇跡を起こす力の様なもの。
 だから魔法はある意味奇跡なのだよ。
 存在しない炎を作り出したり、治らない傷を治してしまったり。
 そんな奇跡の力が凝縮された物がこれなのだ」

 高々とオーブらしきものを掲げる自称学者を見て、
 何故彼がこんな島に流されてきたのかが解った気がした。
 ストロフィスが時の権力者であっても、その判断をしたかもしれない。
 彼は多少の疲労を感じながらも、肝心な所を訪ねる。

「…で、結局それがオーブである可能性はあるのか?」

 胡散臭い男は大き過ぎる動きで頷いた。

「どう使えばこれが魔力として消費できるか解らない。
 しかしこれだけの力があれば…しかも6つもあれば、
 願いが叶う等と言う噂が出ても可笑しくはないだろうな。
 使いようによっては街だって繁栄するかもしれないし、
 不老になったり出来るかも知れないな。
 噂と比べてもこれがオーブであるという可能性は、
 だからかなり高いと私は思う」

 ふーんと気のない返事をしてストロフィスは宝玉を返してもらった。
 横でクラムがそれをじっと眺める。

「魔力で街が繁栄するとか良く解んないよ?
 そんな魔法ってあるのかな?」

 具体的な効果が上ったので彼女は首を傾げる。
 彼女の使う魔法は魔法の壁を作ったり、炎を出したりするものだけだ。

「今では誰も使い方を知らないだけで、
 かつては自由に街と街を移動できる呪文や、
 天を裂く雷の魔法何てものもあったんだ。
 今だって大衆が知らないだけで大地を揺るがしたり
 海流を操ったりする魔法が現存するという話もある。
 どんな魔法があったって不思議じゃないさ」

 男は積み上った本の山から御伽噺のようなものを幾つも抜き取り広げてみせる。
 最後まで胡散臭かったが、オーブと呼んでも差支えがないような気はしてきた。





「あれ?ベリィちゃんどうしたの?」

 街をぶらぶらと歩いていた女海賊頭は、
 同じくぶらぶらしているらしい女商人を見かけた。
 彼女は先ほど島固有の果実などを見せてもらうと張り切っていたはずだった。
 声を掛けられ、ベリィは顔を上げた。

「いや、ちょっと初めて見る街だからさ。
 どこに行ってもここならどこに店を構えて…って考えちゃうのよ」

 へー、とリオレットは関心したように頷いた。

「ここの街はどう?」
「んー、強いて言うならあっちの広場の南側かしら。
 広場は割と綺麗にしてあるのよ。
 けどさ、ここに来るまでの道がいまいちよね」

 彼女は少し不満そうに答える。

「その時その時で増設されてきたから仕方ないだろうけど。
 いくら外界と交流がなくて海賊船くらいしか来ないって言っても、
 やっぱりちょっとした漁くらいはするんでしょ。
 面倒でも港からの道はちゃんと舗装しとくべきだわ。
 でないと街としての導線が明確にならないし、
 人の流れが掴めないと商売がやり難いじゃない」

 リオレットはきびきびと答えるベリィを興味深そうに見ていた。
 そして幾度目かの問いを投げかける。

「ベリィちゃんは、こんな時代に良く外に商売に行くよね。
 危ないとか、思わないの?」

 その問いに、ベリィはにやりと笑った。

「商人にとっては命よりも商売さ。
 甘い根性じゃ務まらないよ」

 実に堂々とした答え。
 そんなベリィにリオレットは羨望に近い眼差しを送る。

「皆ベリィちゃんみたいにすごい商人さんばっかりだといいんだけどねー」

 そんな体育会系な商人ばかりだと色々問題も出るだろうが、
 残念ながらここに突っ込みを入れてくれる勇者一行はいない。
 滞りなく会話は続いていく。

「魔物が増えれば怖がって交易の船が減るでしょ。
 船が減れば私達だって商売あがったりなのー。
 幸い、エジンベアの偉い人たちはまだ時々船を出してくれるんだけど」

 さりげなく商人を獲物として捉える発言をする。
 すぐに忘れそうになるが、彼女は海賊の頭なのだ。
 決して善人ではない。
 それでもベリィは特に気にした風でもなく、頷くばかりだ。

「真の商人の心を持ったやつらが減ったのよ」

 その言葉を聞いてふと真面目な顔でリオレットが最後の問いを発する。

「ねぇ、ベリィちゃん」
「うん?」
「街を、作ってみない?」

 その短い問いに、鉄壁の商人は初めて即答出来なかった。















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