海原の話----------
強さって何だろう。
19話.赤い決意@
テドンという名の街の空が赤く染まった日から数日後。
海賊船の保護した少年は、海賊船の一室で放心していた。
「何も覚えてないのか」
「赤いのが…」
「それはもういい」
その少年は何度あの日の事を訊ねても、ほとんどまともには話せないようだった。
海賊船の頭領は深い溜息を吐いた。
これ以上訊いても何の情報も得られなければ、少年の為にすらならないだろう。
「とりあえずゆっくり休め。
まぁ、またリオの奴が来るだろうからゆっくりは出来ねぇか」
そう言って大きな掌をぽんと少年の頭に載せた。
少年は虚ろな眼で見上げる。
その少年を部屋に残し、頭領は廊下へ出て扉を閉めた。
廊下には乗組員の1人が控えている。
「お頭、どうです?」
どうとでも捉えられる問いに彼は頭をぽりぽり掻いた。
「見たところ頭に怪我はねぇし、気持の問題か。
よっぽどショックだったんじゃねぇか?
あの日の数日前から気を失う直前までの記憶が丸々ないみたいだな」
「丸々ですか…」
海賊は深刻そうな顔をした。
「あの日の事は逃げなきゃ、とか赤い色が、とかしか言えねぇ。
自分の名前とか、街の名前とかは言えるから、記憶喪失ってほどじゃねぇだろ。
ショックから立ち直りゃ、徐々に思い出すとは思うが」
その言葉を聞いて、まだ若い海賊は少年がいるだろう方向を見た。
「よっぽど酷い目に遭ったんですよね。
それって忘れたままの方が、あんな子供には良いんじゃないですか?」
「今はその方が良いって体が判断したからああなんだろ。
そのまま忘れておいた方が良いのかどうかは、わかんねぇよ。
どんだけ辛い事でも、自分の一部が欠けるってのはどうなんだかな」
そう言って年若い手下の肩を軽く叩いた。
「まぁ、ありゃあのガキの問題だ。
いつか、どっかでは向き合わなきゃいけねぇだろうな」
言葉を吐き終わると同時に頭領が目を向けた扉の向こうでは、
滅びた街の生き残りの少年が、脳裏に焼き付いた赤い色を思い返していた。
海賊船の宝物室と名付けられている部屋には
叫び声を聞いて集まった海賊達がたむろしていた。
その視線の中心には、商人達。
ネーブルとマーコットは何やら非常に狼狽して無意味な右往左往を繰り返している。
ベリィはと言えば、堂々とはしているが、
やはり若干の動揺が伺える表情で海賊の1人に何やら質問をしていた。
宝物室に入って来たストロフィスを認めると、激しく手招きをした。
「ちょっと一大事一大事!」
「あんたらは何処でも騒ぎを起こさないと気が済まないのか?」
何故そう何度も一大事に遭遇出来るのか。
そうそう起きない事だから一大事なのではないだろうか。
しかしやる気なく近づいて来た勇者に、見習い商人兄弟は目いっぱい首を横に振った。
「騒ぎなんて起こしてませんよ!
それに騒ぎを起こしてるのは僕らじゃなくて姉さんです!」
「もっと言えば今回はただ、すごいものを見つけただけですよ!」
「見つけた?」
ストロフィスは怪訝な面持で騒ぎの中心に近付く。
ベリィは問いに振り返った。
心なしか緊張した面持ちだ。
「これってあんた達の言ってたやつじゃないの?」
そう言って彼女は手にしていたものを彼の目の前に突き出した。
それは赤い透き通った珠だった。
片手に乗るが、包み込めない程度の大きさ。
同じ色の竜の装飾が絡み付いている。
一見して高価そうではあるが、意図の解らぬ品物である。
「何、それ?」
「オーブ」
質問の答えは、ストロフィスの背後から聞こえた。
部屋の入口にリオレットの姿があった。
その後ろには銀髪の盗賊も訝しい表情で覗き込んでいる。
女頭領は振りかえった彼に再度口を開く。
「レッドオーブだよ」
「はぁ?」
疑問符は、彼女を挟んで前後から放たれた。
彼女は構わず続ける。
「伝説の宝物、6色のオーブ。その一つレッドオーブ」
ストロフィスはぽかんとした表情のままベリィが手にしている宝玉を見下ろした。
ブラウは口をぱくぱくさせているだけで、何も言葉が出ないようだった。
「私もね、さすがにちょっぴり信じられなくって。
それで、今、ルザミで調べてもらおうかなーって思ってたの」
あそこは個性的な研究してる人が居るしねとリオレットは笑った。
そこでやっとブラウは思考を取り戻した。
「本物の可能性なんてあるのか?」
昨日までいや、つい先刻まで存在すら危ぶんでいたものだ。
こうもあっさり出くわしたとあっては、誰だって疑うだろう。
本物かどうかは解らないけど、とリオレットは答える。
「不思議な力があるのは確かだよ。
これを手に入れてから一度もこの船、魔物と遭遇してないし」
「魔物避け?」
勇者は宝玉を手に取り首を傾げた。
「正確には、魔物が惹き付けられてるけど近付けない、かな。
ある程度までは近づいて来てるみたいなんだけど。
何か所謂聖なる力でもあるのかな。兎に角傍には寄れないみたい」
「ああ、それで…」
先刻の魔物の大群との戦闘を思い返す。
海賊船に近付けないで漂っていた魔物の群れに突っ込んでしまったのか。
「すごく不思議でしょ?
じゃあやっぱり本物かなーって思うでしょ」
彼女はにこにことオーブを掲げた。
先入観からか不思議な輝きを持っているようにも思える。
しばらくその輝きに魅入られていたが、ブラウが沈黙を破る。
「あね…姉ちゃん、それさ、本物だったら俺らに譲ってもらう事は出来ねぇ?
今、俺ら、それを探してたんだ」
「これを?」
本物だったら、神話時代から受け継がれる伝説の秘宝だ。
金銭的な価値すら付けられないだろう。
けれどもそれに代わるものは存在しないのだ。
「話せば長くなるけど…
何かそのオーブが不死鳥に関係しているかもしれなくて、
更にその不死鳥が魔王に関係してるかもしれないんだ。
魔王とかと関係なかったら、もちろん返すし」
言いながら、まるで日用品の貸し借りのような申出に、ブラウ自身も困惑する。
頼まれた姉も、少し困ったような顔をしていた。
「うーん…別にいいんだけど…。
ブラウちゃん、これ渡したら魔王倒しに行っちゃうんだよね」
「まあ、それ1個でどうなる訳でもないと思うけど…そうだな」
あげるのは別にいいんだけどなーと彼女はしばらく何か考えていたようだが、
突然何か思いついたように顔を上げた。
「じゃあ、ブラウちゃんには1つ宿題を出します!」
「は?」
「宿題、ちゃんと出来たらこれは上げる!」
「はぁ?」
「宿題って?」
は、しか発せられなくなった盗賊の言葉を遮って、ストロフィスが尋ねる。
彼女はそんな彼に何の合図か頷きかけた。
「この後質問をするから、その答に納得出来たらすぐに渡すよ」
「はぁ??」
「詳細は姉弟水入らずで話すから、後で私の部屋に来てね。
答え解んなかったら、皆にも手伝ってもらって良いし」
「ちょっと待て!」
そこまでいってやっと疑問符の呪縛から解き放たれたブラウが叫んだ。
納得済みの勇者をきっと睨む。
「お前もふーんみたいな顔してんじゃねぇよ!
いつもみたいにさらっとアリアハン王の書状とか出せよ」
「海賊に効かんだろ」
勇者に即答された。二の句が継げない。
ストロフィスは更に言葉を続けた。
「ちょうどいいよ。
多分その宿題が出来なければどの道一緒だ」
ブラウにはその言葉の意味が理解出来なくて、
彷徨う視線の先に来た姉はゆっくりと微笑んだ。
「大丈夫、時間はたっぷりあるよ」
「ストロちゃん、ごめんね」
「何が?」
すぐに部屋に向かうと思っていたリオレットがストロフィスを呼び止めた。
「オーブ、すぐに上げられなくて」
彼女は本当に申し訳なさそうだった。
「だから、ちょうどいいから別に良いよ」
彼女には彼の思考をはっきりとは読めなかったが、
彼には彼女の意図が解ったのだろう。
「まぁ世界中の魔王に苦しめられているらしい人々、には悪いけど、
焦ってんのはあんたの弟くらいだし」
勇者はおおよそ勇者らしくない発言をした。
そもそもどうせ同じくルザミに向かっているのだ。
特に時間のロスになっている訳でもない。
「訊きそびれてたけど、あれ、どこで手に入れたの?」
あれが本物だと言う事になれば、残りのオーブも存在する事となる。
ならば、オーブがあった場所というのは重要だ。
残りを探す時に参考にしなければならない。
天高くそびえる塔の上か、魔物の巣を?い潜った先か。
何となく予想しながら彼女を見た。
「おじいさんに、もらったの」
彼女は相変わらず、のんびりとした答えを返した。
頭領の部屋といっても、他と質や広さはほとんど違わない。
ただ、個人的な趣味という範囲では他の部屋と大きく変わっている。
空間は全面的に薄桃色に支配され、
布という布の裾は柔らかなフリルになっている。
やはりどうやっても居心地が良くないと、ブラウは数年ぶりに思っていた。
「で、質問って何だ」
部屋の主に単刀直入に問う。
彼女は桃色のカーテンを開け、外を眺めていた。
「ブラウちゃんは、何で魔王を倒したいって思ったの?」
「そんなの決まって…ってこれが宿題の質問?」
「そう」
彼女はそっけなく頷いた。まだ視線は窓の外だ。
「だから、こ」
「ただし、“故郷の仇”は答えとして認めません」
「ま」
「“魔物が憎いから”も認めません」
答えを立て続けに遮られた。
何度も言っていた事とはいえ、簡単に読まれていた答えだった。
「それ以外、ある訳ないだろ?なんだよ、この質問。
遠回しに、オーブを渡す気がないって言ってんのか?」
「それ以外にちゃんとブラウちゃんの中には答えがあるはずだよ」
この部屋に入ってやっと、彼女は彼の顔を見た。
「これに答えられずにこの先進んだら」
そこで恐らく彼は初めてとなる彼女の表情を見た。
「ブラウちゃんは必ず足手纏いになる」
あまりにもはっきりと言い切られた言葉。
血の気が引いて、思わず一歩下がる。
それを言い放ったリオレットは、お嬢でもお姉ちゃんでもなく女頭領の顔をしていた。
戦いの中で生きる者の顔だった。
その気迫にたじろぎ、声が少し震える。
「な、何で俺があんな奴らに」
遅れを取るはずがない、と最後まで言えなかった。
頭を過ったのは、あの絶望と名乗った悪魔のような者。
そして同じあの場でストロフィスと対峙した事。
――お前のことなんて何も解らない。
あの時、彼は見くびっていた勇者に完敗した。
戦いの能力ではない。
精神的な面で。
「俺は…」
何も言う言葉が出てこなかった。
何かを言わなきゃという気持ちしか湧いてこない。
「だから、考えて。向き合って」
彼の姉はまっすぐに弟を見ていた。
「置いて行かれたくなかったら、ちゃんと歩く道をみつけなきゃ」
それは彼女が彼と姉弟になって初めて見せた、厳しさだった。
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