海原の話----------
18話.海原の民B
瞳を開くと、そこには見知らぬ少女がいた。
「今日から、リオがあなたのお姉ちゃんよ」
「…え」
「そしてあなたはリオの弟よ」
「…え?」
「お姉ちゃんって呼んでね」
「…え??」
故郷が魔物に襲われ、走り抜いた末に気を失った少年。
彼が正気に戻って始めにしたやりとりはそんな感じだった。
夜の海に浮かぶ海賊船。
その甲板には肩書に似合わないスカートを靡かせた海賊船の主リオレット、
そして義弟のブラウの2人の姿。
夜風は心地よいというより、潮が纏わりつくようで少し不快である。
しかしそれでも甲板にわざわざ出たのは、姉弟水入らずの時を過ごす為だった。
宴会場と化した海賊船の屋内は賑やかな声が絶える事がない。
「ブラウちゃんが船を降りてからもう2年?」
「…3年くらい経つんじゃないか?」
そう答えたブラウを彼女はじっと見つめた。
多少彼の居心地が悪くなるくらいまでの時間が経って、彼女は何故か深い溜息を吐いた。
「ちょっぴり逞しくなっちゃったね…」
「え、ちょっぴり?しかもなんで残念!?」
彼女の“弟”としてこの船で過ごした時間は短くなかったが、
未だにこの独特の感性を理解する事は困難を極める。
ブラウはブラウでまた溜息を吐く。
「姉貴」
「お姉ちゃんって呼んでたのに!!」
再会時にも叫んだ台詞飛んでくる。
「……姉ちゃん」
弟は妥協案を提示した。
「…可愛くない」
姉は妥協案に不満の様だ。
しかし先ほどよりは受け入れ態勢があると踏んでブラウは続けた。
「姉ちゃんと…親父にはホント感謝してるよ」
その2人がいなければ、今ここに自分が立っている事もないだろう、と彼は思う。
しかし思い出に浸る間もなく、リオレットが真面目な表情になった。
「ブラウちゃん。まだ、故郷の仇を討つつもりでいるの?」
突然の問いに、ブラウは即答する。
「当たり前だろ。
俺はその為に旅をしてるし、あらゆる方面で面倒なあいつらとつるんでるんだ。
無理だって言うのか?
けどここを出た時よりも見込みはあるはずだ」
その言葉にリオレットは困った顔をする。
「無理っていうか、うーん、言葉にするの、難しいな」
何だそれ、とブラウは呆れたように呟いた。
ただ彼女が不思議な発言をするのは今に始まった事ではないので、
彼は話題を切り上げる事にした。
「この船も懐かしいし、俺はもう少しぶらぶらするから」
「うん。じゃあ、先に戻るね」
バイバイ、と手を振って彼女は船室の方へと向く。
扉を開ける前に振り返ると、背を向けたブラウの姿。
その後ろ姿に向かって、聞こえない声で彼女は途切れた言葉を続けた。
「…ブラウちゃんは、どこへ行きたいの?」
海賊船内では、予期せぬ再会を祝して宴会が行われている。
自分達の船や見張りは下っ端の海賊達にまかせ、勇者一行もその席についていた。
目の前には豪勢な食事や様々な種類の飲み物が並べられている。
酒の杯があちこちに行きかい、宴会のテンションは最高潮に達している。
しかしストロフィスはまだ船に慣れきった訳ではない。
酒や重い物を食べる気にはなれず、
輪から外れて船旅では中々食べられない果実ばかりを摂取していた。
辺りを見渡すと仲間達は海賊達と交じりながらばらばらになっている。
クラムはどれくらい酒を飲んだのか、いつもに輪を掛けてハイテンションだ。
どこでも誰とでも馴染める彼女はその状態で同じような方向に出来あがった海賊達と
何故かカードゲームに勤しんでいた。
何がそんなに盛り上がるのか、誰かがカードを引く度に歓声や拍手が飛び交っている。
ラゼリアは群がる男達に慣れたように笑顔で対応している。
その配置から、恐らく神の教えを説いているのか、
小難しい歴史何かを話しているのだろうと推測できるが、
聞いている当人達は恐らく理解せずに頷いている。
ブラウは姿が見えない。
海賊の女頭領の姿もないので、恐らく姉弟水入らずで積もる話でもしているのだろう。
ベリィを筆頭に商人達は海賊達の手に入れた財宝を見せてもらいに出かけたようだ。
それにしても海賊達の中でも堂々と振るうベリィを見ると、
彼女の方が海賊頭のようにも見えてくる、とストロフィスはぼんやりと思った。
彼女はどんな形であれ、根っから人の上に立つタイプなのだろう。
本物の女海賊よりも「姐さん」と言う感じがする。
「ここの頭領が、特殊過ぎか…」
ぼそりと独りで呟くと、背後でかたりと扉が開く。
振り返るとリオレットが宴会場と化した室内に入って来た。
それぞれに盛り上がっている為女頭領の再登場は、
扉側で1人過ごしていたストロフィス以外気にしていないようだ。
「やっほー」
目が合うとひらひらと手を振りながら彼に近付いて来る。
ブラウの姿は見当たらず、彼女は1人でストロフィスの隣に腰掛ける。
「勇者さま、なのねー」
可愛いバンダナの間から彼女はにっこりと笑った。
彼の方はどうでも良いように応える。
「らしいけど」
「勇者さまは」
「ストロで良いよ。だいぶ年下だし…」
義理とは言え年上のブラウの姉なら、随分年上だろう。
敬称を付けられる理由も思い付かず、取り敢えず訂正する。
「気さくだねー、ストロちゃん」
嬉しそうにさっそく気さく過ぎる呼び名を使うリオレット。
残念ながらもうブラウの事を笑えない。
どうにも掴めない独特の雰囲気に、ストロフィスも対応を模索する。
「“お頭”さんには負けるよ」
「リオ、でいいよー」
ふわふわした笑顔が返って来る。
彼女は先ほどまで彼が食べていた果物皿に気付き、自らも手を伸ばした。
美味しそうにオレンジをかぶり付く姿は、やはり海の猛者達の頂点に立つ者とは思えない。
彼のその心を読んだ訳ではないだろうが、突然彼女は話題を変えた。
「ストロちゃんは女が海賊の頭なんて、変だと思う?」
「…いや、女だから変っていうか」
格好とか雰囲気が変、と言い切る時間は無かった。
「正直だねー」
彼女は単純な肯定の意に取ったらしい。
しかしながら怒る訳でもなくにこにことしている。
「でも素直な人って好きだよ」
そして相変わらず反応に困る事を言って来る。
「そりゃどうも。それ、弟に言った方がいいんじゃないの?」
しれっと話題の矛先を変えた。
彼女は狙い通りに食い付いて来る。
「ストロちゃんはよく人を見てるね。さすが勇者さま」
何がさすがなのか、彼女は独りで何度も頷いた。
そしてかじっていた果実を置く。
彼女はストロフィスの方に真っ直ぐ向いた。
騒がしい宴会場でそこだけが静かな空気に包まれる。
「ストロちゃんをブラウちゃんの仲間として…。
これからも一緒に旅をする人として、ちょっぴり話を聞いてもらっていい?」
リオレットはまだ同意を得られてないにも係わらず話を続ける。
「ブラウちゃんはね、素直じゃない訳じゃないんだよ。
ずっと道に迷ってるんだよ」
少し困ったように首を傾げる。
「ブラウちゃんから生い立ちとか聞いてる?」
ストロフィスは首を横に振った。
「何にも。自分から言わない事が美徳だと思ってるみたいだし。
わざわざ俺から聞く気もないし。
まぁ今までの態度から察するに、
がっかりするくらいの悲劇に見舞われたっぽいけど。
血が繋がってない姉弟って事は、その時にこの船に乗ったって事か」
リオレットはその推測にゆっくりと頷いた。
「ブラウちゃんは、魔物に復讐したいんだって」
彼女の言葉にそんなところだろうな、と相槌を打つ。
「あれはもう10年くらい前だね。
私とブラウちゃんが初めて会った時、
ブラウちゃんはすごくショックを受けて色んな事を忘れてたの」
「…10年前、ね」
ストロフィスは何か考えるように復唱した。
彼女はそんな彼の様子には気付いた様子なく続ける。
「ただ、それが魔物によって起こったって聞いて、
それから何年かして、いつか魔物を統べる魔王を倒すって旅立ってったの。
旅をして、良い方に変わってくれてたらいいなって思った。
けど、変わってなかったよ。
ブラウちゃんは今でもどこを向いて歩いてるのか、自分でも解ってない。
復讐が良くないとか、そんな善人な事は言わないよ。
ただね、迷いは…戦いの場では命取りなの。心配なんだよね。
私は、ブラウちゃんが何で迷ってるかまでは解らないから」
あの子を導いてあげられない、とそこまで一気に言って、彼女は深い溜息を吐いた。
その表情はまさに弟を心配する姉の顔。
血の繋がりはなくとも、彼らは確かに家族で、姉弟なのだろう。
兄弟のない自分には一生そういう表情は出来ないだろうなと、ストロフィスは思った。
「たぶん、認められないんだろう」
彼が呟いた言葉に、彼女は真剣な目を向ける。
「…何を?」
「弱さ」
それは、答えなのかもしれない。
リオレットは何か言おうと口を開きかけた。
「えー!!!」
若干聞きなれた商人の絶叫が船中に響き渡った。
先ほどまで他のグループの話など耳にも入っていなかった海賊達も
さすがに自分達の会話を止めて騒然とした。
リオレットも驚いたように扉を見た。
「…今度は何をやったんだ」
溜息を吐きながら、ストロフィスは席を立った。
<back
dq3top
next>