海原の話----------
海は彼らの領域。
18話.海原の民@
彼の人生を変えた悲劇。
しかし覚えている事は断片的だった。
その時感じていたのは暗く長いトンネルを幾つも通り抜けたような、奇妙な感覚と不安。
暗闇を抜けてしまったら思い返せる事は限られている。
走って、走って、走って、走り抜いた先。
ふと気付けば、そこは海の匂いがする場所。
安堵の後思い返しても、崩壊の1週間前からの記憶はすっぽりと抜け落ちていた。
覚えているのはそれ以前の事と、魔物が蔓延る村の1シーン。
そして錆びた鉄の匂いと赤い色。
父代わりとなった男曰く、惨劇のショックで記憶が飛んだらしい。
自己防衛機能が働いたからだという。
手を引かれ揺れる床を朦朧と移動し、彼は思いもよらなかった生き方を歩もうとしていた。
「抜けられた!後ろ頼む!」
「バギマ!」
ブラウの鞭の間を縫って飛ぶヘルコンドルをラゼリアの強烈な真空が薙ぐ。
反対側ではクラムの呪文と悲鳴が入り混じる。
「スクルトォ!わー!?勇者くん上〜!!」
「…ギラ!」
クラムの魔法防御壁に守られたストロフィスは剣でマーマンを牽制しながら、
ふわふわと何匹も上がってくるしびれクラゲを火炎で食い止める。
「船首の方に大きな影が見えます〜!!」
見張り台から上げられたのは双子のどちらかの声。
混乱した船上では、声の主は双子自身にしか解らないだろう。
その警告と同時にその船首の方にいたベリィが絶叫する。
「うわっ、ちょっ!何であたしの方に大王イカ!!」
「ラリホー!ベリィさん、一旦引いてください!」
催眠の呪文で海に大王イカが沈む。
鉄の槍を振り回していた商人がほっとした様子で下がった。
しかし警告の声は止まない。
「もう1匹います!」
「ああ、もうしつこいわね」
新たに船に伸ばされた吸盤の付いた足を、モーニングスターが打ち払う。
散々援護した後に大王イカ2匹同時にはさすがのラゼリアも骨が折れる。
2撃目が来る前に、仲間たちの方を振り返る。
ブラウは手強いヘルコンドル相手に奮戦している。
どうやら最後の1匹だ。
ストロフィスは2匹のマーマンと格闘中だが、もう魔法攻撃はしていないようだ。
クラムは数匹残ったしびれクラゲを魔道士の杖で一所懸命に殴っている。
それに大王イカから逃れたベリィが参戦しようとしていた。
その状況を一瞬で把握し終えた僧侶は、眠りから覚めた魔物と向き合い声を上げる。
「ブラウ、ストロ、終わってから助けて頂戴!…マヌーサ、バギマ!」
幻惑の呪文を駆使して巨大な足の攻撃をかわし、
振り下ろされるところだった何本かの足を斬り落とす。
それでも攻撃の手を休めない残った足は甲板を踏み切る音と供に制された。
マーマンに止めを刺して来たらしいストロフィスだ。
海に落ちるのではないかというくらいの勢いで跳んでいたが、
器用に縁に着地して1匹に致命傷を与える。
「ラズ、ここは任せて。クラムに回復を」
1度ラゼリアの元まで下がり、そう伝えた。
彼女がすぐに後方を確認すると、
確かにしびれクラゲに毒の触手で反撃されてしまったらしいクラムがうずくまっている。
「お願い」
ラゼリアはそう残して戦場を譲ると、治療の為に駆け出した。
それに対して頷こうとした隙に、もう1匹が船に絡みつくように襲いかかる。
「ったく、ギラ!」
魔法苦手を自称する彼だが、本日何度目かの火炎を放つ。
見事直撃した炎は、魔物の体の一部を黒く焼く。
「あ、イカ焼きの匂い」
「止めろ、吐きそうだ」
遅れて駆けつけたブラウの台詞に、
まだ船酔いが続いているストロフィスは口元を押さえた。
怒涛の魔物襲撃はやっと治まったらしく、船上は何時間かぶりに落ち着きを見せた。
見張り台から魔物のチェックに専念していた為疲労の少ない双子の片割れマーコットは、
甲斐甲斐しく飲み物や濡れた布などを配っている。
双子のもう片方は引き続き見張り台の上で魔物や空模様に気を配っていた。
ストロフィスは船酔いと疲労と合わせてぐったりと、
ラゼリアは大小それぞれ負った傷に回復魔法を掛けて回っている。
クラム、ブラウ、ベリィはそれぞれ配られた飲み物で喉を潤しながら血と汗を拭っていた。
再出発前のしばしの休憩だ。
「尋常じゃない魔物の数だな。
さすがにずっとこんなだと持たないぞ」
杯の底に残った液体を最後まで飲み干し、ブラウが渋い顔をした。
「でもホント、さすがは勇者様のパーティね。
定期船で傭兵の数がこんだけだったら、絶対全滅だわ」
ベリィは乗せてもらった甲斐があったと笑う。
「ホントならこの海域は魔物だけじゃなくて
海賊に気を付けなきゃいけないんだけどね。
いかにも金持ってる商船とか貴族の遊覧船とかが狙われやすいけど。
この船も結構立派だし」
「海賊が出るの?」
解毒呪文をかけてもらいすっかり元気なクラムが興味津津といったように話に加わる。
「エジンベアがあるでしょ?
あそこから金持ちが湧いて出てくるから」
商売し放題よね、と他人事の様ににやりとした。
エジンベアで嫌な思いをした為に、エジンベアの貴族の不幸は面白くて仕方ないのだろう。
「でも、さすがに海がこんな状態だしね。
いくら戦い慣れた海賊だって魔物だらけの中で商売は控えてるでしょ」
楽観的なベリィの台詞に、ブラウは溜息を吐いた。
「だといいけどな」
数日前、誇りだけ高いエジンベアの地にて。
船に乗せてほしいと商人ベリィは言った。
置いてきた荷物の中に船券があったからというのが1つ目の理由。
エジンベアの港もしばらく船が出なそうだというのが2つ目の理由。
そして最後は、定期航路以外の場所にも行ってみたいからというもの。
「適当な所で下りるから、旅の邪魔するつもりもないし。
まだ2人は船にも慣れてないんでしょ?
見張りでも魔物退治でも、ネールとコットよりは使えると思うわよ?」
その自信を表現するようにベリィは両手を腰に当て胸を反らせる。
「ちょっ、まさかまた置いていくつもりなんですか!?」
「何自分だけ売り込んでるんです!?」
頂けない気配を察知して、弟分が慌て出した。
しかし姉貴分は冷たい笑みで見下ろす。
「自分の事は自分で売り込む!」
「僕らも連れてってくださいー!」
「置いてかれるのはこりごりです!」
冷徹な言葉に双子の台詞の先は船で指揮を取っていたブラウに向いた。
「別に乗せてくのは問題ないし、人員がいるのは助かるけど。
俺らも全く無目的っていうより、情報を探しながらの旅だしな」
「情報って?魔王の?」
ベリィが首を傾げる。
「まぁ、魔王の情報があれば1番いいけど。
とりあえずは英雄オルテガの情報とオーブを探してる」
ブラウの答えに、ますます釈然としない面持ちでストロフィスに問う。
「オルテガ、ってあんたの親父さんでしょ?」
「そうだけど」
「死んだんじゃないの?」
「ちょっ、姉さん!!」
あんまりにも無神経と思われる台詞に、ネーブルが慌てて訂正させようとする。
しかし言われた本人は何ともないように答える。
「まぁ、それはとっくに知ってんだけど。
どこをどう辿って、どうやって魔王に近づいたのかってとこを知りたい、らしい」
「らしいじゃねぇよ」
お前がやらなきゃいけない事だろと、ブラウは青筋を浮かべた。
「んー、英雄様がどうとか、悪いけどそういう話はあんまり知らないわね」
「姉さんならオーブの噂はちょっとくらい聞いてないです?」
何とか恩人達の力になりたいとマーコットが尋ねる。
けれども難しい顔でベリィは首を横に振った。
「商人間の情報網って結構侮れないけど、
それでも具体的に場所がどこだ、なんて聞いた事ないわ」
「具体的にじゃないならある?
伝説とか噂でいいってラズも言ってたし」
クラムがラゼリアの方へ確認するように付け足した。
「まぁ有名な話だしね。小耳にくらいはもちろん挟むけど。
ランシールの幻の神殿の奥底にあるとか。
でも商人中では黄色が一番有名かな。
強欲な者の下に現れるとか、そのオーブを持つ街は栄えるとかね。
黄金色に光るなんて噂から、繁栄の象徴っぽくなってるんじゃないかね。
その話がホントってんなら、
凄く栄えてる街や人の所にあるって考えも出来るけど」
ベリィは記憶の引き出しを一段ずつ開けて行く。
うーんとしばらく考えて、突然閃いた!というように晴れやかな顔をした。
「あ、そうだ。ルザミって知ってる?」
当然のようにふるふると否の動きをするクラムを遮って、ブラウが答える。
「地図に載ってない、昔流刑地だった島だ」
ベリィは答えが返ってきた事に、驚きを隠せない。
「まさか知ってるとは思わなかったよ。
取っておきの情報だったのに。
言った通り地図に載ってない、元流刑者達が住む場所だよ?」
「ルザミがどうかしたか?」
地図に載ってない、というフレーズにクラムが目をキラキラさせていたが、
話が進まなくなる事が嫌でブラウは完全に無視をした。
「いやさ、でかい街には結構行ったしあんたらも行ってると思うけど、
そんなとこにオーブあったら誰かが見つけてるでしょ。
隔離された場所って結構、情報が外に漏れないし、混ざらないし。
そういう伝説じみた話なら結構残ってるんじゃない?」
名案でしょうとご機嫌なベリィに、彼女の事を良く知っている弟分はすかさず突っ込みを入れる。
「姉さんが行ってみたいだけでしょ」
「絶対定期航路では行かないとこですもんね。
掘り出し物探したいんでしょ?」
しかし、姉貴分は余裕を崩さずに笑うだけだった。
「こういうのは利害一致っていうのよ」
時は戻って現在。
天気だけはやたらと良く、適度に風がある航海日和。
ポルトガ王からもらった船は、商人の話を受けてルザミを目指していた。
大海に出るとポルトガ-エジンベア間とは比べ物にならない魔物が押し寄る。
危険度は何倍も上だった。
それでも、いつもなら魔物と遭遇するには日に十数匹程度。
先刻の襲撃はここ数日で最悪だった。
「それにしてもさっきのは異常だったな。近海で何かあったか?」
ラゼリアから傷の治療を受けた後、
錨を上げる指示をして舵を取りに戻ったブラウは海を眺めて呟いた。
その頃、同じ海の上。
勇者一行の乗った船を双眼鏡で眺める者達がいた。
「あの航路はエジンベアから出て来たな。
質も良さそうだし貴族の船か…」
頷いて、背後にいた者に伝える。
「よし、おじょ…いや、お頭に報告を!」
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