海原の話----------
16話.船出A
「うっ、うっ…」
「ずっ、一体これからどうしたら…」
港からすぐの、露店も並ぶ大きな公園に勇者一行は移っていた。
彼らの視線の先には、泣き止まない双子の姿。
ただでさえそっくりなのにシャツに羽織っているベストの色も、
頭のターバンの巻き方もまったくのお揃いである。
良く見れば、身に着けている鞄や小物の種類は少し違う。
しかし、それも荷物下ろしてしまえばあまり意味がないので、
判別する手段としては適当ではないのだろう。
せめて服を色違いにすればいいのにな、と日差し避けに帽子を深く被ったクラムは思った。
何故そんなどうでもいい事を考えているかというと、
ラゼリアと双子の、涙で中々先へ進まない問答に興味を失いかけていたからである。
「誰に置いていかれたの?」
ラゼリアは根気良く、動揺する2人に尋ねていた。
「うっ、ね、ねぇさん…」
「ぐすっ、い、一緒に行商をしてた、従姉の姉さんです」
何度目かの質問で、ようやく理解できる内容が帰ってきた。
涙が未だこぼれる、1人はまだしゃっくり交じりだ。
もう1人は涙も幾分収まり、だいぶ冷静になったようだった。
「どうして、置いてかれたの?はぐれたんじゃなくて?」
「ちょっと、僕ら宿に、わ、忘れ物して…それで…」
俯きながら、ぽつりと答える。
「確かに乗り遅れたら見捨てるからって言われてましたけど…
でもまさか本当に置いて行かれるなんてぇ…っ!!」
続けてから、またもや自分の言葉で絶望したらしい。
語尾は完全に再び涙していた。
「うええぇぇ…」
つられたように、せっかく泣き止みかけていたもう1人も声を上げる。
「落ち着いて、ほら、ね」
ラゼリアは困り顔で幼い子供に接するように頭を撫でている。
「そのお姉さんの行き先は?」
「…エ…エジンベアです」
涙交じりの返事。
彼女は港に響いていた声を思い出す。
「あら、次の船は1ヶ月先だって話よね」
「えじんべあ?」
クラムが興味のある単語をようやく聞き取り、復唱する。
「この港から海へ出て、北へ行ったところにある島国だ」
答えは彼女の後ろから聞こえた。
ブラウとストロフィスが、露店で飲み物を買って来たところだった。
「1ヶ月先に本当に出るかも解りませんし…」
ぽつりと、双子の方割れが呟く。
海の状態によっては、延期、もしくは出航停止になる可能性もある。
「だいたい姉さんが、1ヶ月もエジンベアに滞在するかが…」
「目下最大の問題です…」
「それに、船券を買うお金も、そもそも1ヶ月過ごせるお金もない…」
「生命に関わる問題です…」
2人顔を見合わせ、再び大粒の涙を浮かべた。
「「うわぁぁー」」
「すみません、取り乱してしまって…」
ブラウから受け取った果汁を飲んで、双子は多少落ち着きを取り戻している。
「僕は、ネーブルです。
姉さんについて商人の見習いやってます」
「弟のマーコットです」
揃ってぺこりと頭を下げる。
弟だと名乗った方は、外したターバンで涙を拭いていた。
ターバンをしている時は解らなかったが、
マーコットの方はほんの少し長めの髪を、後ろで結んでいるようで、
それが唯一といってもいいほどの2人の見た目での違いだった。
それにしても正面から見れば、解りにくい違である。
「えっと、あなた方は…あなた方も旅を?」
「ええ」
ラゼリアが微笑む。
他人の事を気に出来るほど回復出来た事を喜んでいるのだろう。
そんな彼女の答えにクラムが続ける。
「魔王を倒すために旅をしてるんだよ!」
「お前はまた段取りってもんを…」
しかしブラウのつっこみとは裏腹に、見習い商人の食いつきは良かった。
「魔王……ひょっとして、アリアハンから旅立たれたという?」
「はっ!?あたしたち、有名人!!?」
クラムの嬉しそうな驚きに、2人はそろって大きく頷いた。
「アッサラームや、特にロマリア何かではだいぶ噂になってましたよ」
「では、えっとアリアハンの英雄オルテガ様の息子っていうのは…」
ネーブルは明らかに明るい表情になり、マーコットの方も4人を見渡す。
ここぞとばかりに、クラムがストロフィスの左手を上げさせた。
「勇者くん!あ、あたしはクラムでこっちはラズであれはブルーね」
「葡萄が…」
よりにもよってコップを持っていた方の手を引っ張られたので、
思いっきり服に果汁が掛かっていたが、テンションの上がったクラムは当たり前のように気付いてはいない。
中身が減って、彼女の勇者様は、ちょっぴりへこんでいる。
「自分以外全員お前のあだ名だろうが!
ストロフィスとラゼリアとブラウ、だ」
あれ扱いされたブラウは、つっこみながらも律儀に紹介している。
「でもお前らも、こんな時世によく行商なんかやってるよな。
しかも、その従姉と3人だけでだろ?」
「人々が旅に出ないこんな時だからこそ、商売になるんです」
「商売のためなら命だって賭けられるのが、商人ですから」
ちょっと胸を張り、誇らしげに言う。
何となく受け売りな感じがしなくもないが、本人達は先刻までの号泣が嘘のように満足気だ。
「それに、多ければ安全という訳ではないんです。
どれだけ大きな隊商でも、油断は出来ません。
テドンの悲劇だって、他人事じゃありませんからね!」
ブラウが、はっと顔を上げた。
「テドン…の悲劇?」
クラムが首を傾げている。
「何だっけ?」
テドンという響きはどこかで聞き覚えがあったようでそれを思い出そうとしている。
しかしそれを彼女が記憶から呼び起こす前に、双子がそれぞれ驚きの声を上げる。
「え、テドンをご存知ないのですか!?」
「冒険者の常識ですよ!?
魔王を語る上で必ず登場するほどなのに…!」
驚いた表情のまま、ネーブルが続ける。
「テドンといったら、魔王が棲むというネクロゴンドに近い街。
一夜で滅亡したということで有名な街です。
今は祟りがあるとか、幽霊が出るなんて噂もありますし」
「そうなの?」
咄嗟にラゼリアを振り返る。
さりげなくストロフィスのコップに果汁を分けていた彼女は、小さく頷いた。
パーティの辞書役に確認を取って、クラムは更に質問する。
「それが、どう他人事じゃないの?」
「当時、世界でも名高い大隊商がテドンに入っていたんです。
凶暴になり始めた魔物も物ともしない、
武と商を兼ね備えた商人の鑑ともいうべき人達でしたが、
その滅亡に巻き込まれて、街と運命を共にしたのです」
「滅亡って、どうして?」
クラムが素朴な疑問を投げる。
「魔物の大群に襲われたんです」
「その時はそのまま魔物達が世界中を襲いつくすのではないかと噂されたそうですが、
結局、そのような魔物の軍勢に滅ぼされたのはその日のテドンだけのようで」
「未だ何故テドンが攻撃を受けたかというのは、解っていないそうなのですが」
双子が代わる代わる解説する。
「へー」
相槌を打つクラムの死角で、ブラウが複雑そうな表情を浮かべていた。
「ラズ、知ってた?」
「ええ」
「勇者くんは?」
聞いているのかいないのか解らないストロフィスは、首を横に振った。
「ブルーは?」
「………知ってた」
変な間が開いた為、クラムが不審そうにする。
しまったかな、と思った。
ひょっとして、何か自分との繋がりを察っされただろうか、と。
「…その間が怪しい。知ったかぶり?」
「んな訳ねーだろ!!!」
故郷だったんだから、という言葉は危うく呑み込んだ。
うっかり自分で言うところだった。
ぎりぎりで、違う言葉を選んで口に出す。
「魔王を目指す上では、確かに外せない話だよ」
それで自分の番は終わり、と双子の方を見る。
話題が返って来たことを悟って、マーコットが締めに入る。
「と、いつ何処でそういう事に巻き込まれかねない危険は常に付きまとっています」
「けれども、僕らは恐れずに職に殉ずるのです!」
更にネーブルが熱い決意を述べた。
きらきら輝く少年達の姿だった、が…
「…姉さんに追いつければ」
「…飢え死ななければ」
とたんに絶望的な雰囲気を漂わせて、最後は涙声で終えた。
そんな振り出しに戻った見習い商人達を見てから、
ラゼリアはブラウに目線をやる。
「ねぇ」
それだけで、彼女がおおよそ何を言いたいかは解った。
恐らく自分が至った考えと一緒だ。
彼女が普段と訊ねる者を変えたのは、今回船に乗る事を仕切っていたのは彼だったからだろう。
ブラウはうな垂れている2人の顔を上げさせた。
「お前ら、船酔いはしないか?」
「船酔いですか?はい、大丈夫です」
「小さな頃から、姉さんや叔父さんたちについて色々回ってたので」
「行商してるんなら、ある程度体力もあるな」
「まぁ、姉さんにこき使われていたので、ほどほどには…」
問題はないだろう、と呟いて彼は独り頷く。
そして、捨て商人の2人に切り出した。
「船、乗ってくか?見張りとか手伝うなら乗せてもいいぞ。
エジンベアは、ポルトガから結構近いし。
エジンベアくらいまで乗れば、こいつらも少しは慣れるだろうから」
少年達の目が限界まで大きく見開かれる。
「ほ、本当ですか!?」
「船を持っておられるんですか!?」
信じられない、というように、双子はそろってあわあわとしていた。
「ちょっと色々あってな。今、短期間でも船員がほしかったところだ。
目的地も具体的に決まってなかったから、ちょうどいい」
これでいいだろ?というように、彼はラゼリアを見る。
その視線を彼女はストロフィスに託す。
あくまで彼がリーダーだとしているのだろう。
そして、視線の最終地点である勇者は、いつものように、ぽつりと応える。
「いいんじゃない?」
言って、果汁を飲み干した。
「ぜ、是非!!」
「助かります!!」
兄弟共に驚きと喜びが混じった声を上げた。
「じゃ、決まりだ。仕度が出来たら、すぐにエジンベアに出発だ」
数日後、船は陸に別れを告げ、ポルトガの港を離れた。
勇者一行の、華々しい船出。
打倒魔王への更なる一歩。
空は晴れていた。
たった1つ、ぽつんと浮かぶ雲は、ほとんど位置を変えていない。
風も強いというほどではなく、波も穏やか。
出航の日は航海日和と言えるだろう。
しかし、そんな中、立派な船首を掲げた船には冴えない顔が2つ。
「帰らせてくれ…」
「そんな…!魔王を倒すという壮大な目的はどうするんです!?」
「まおう…?そんなことより、気持ち悪い…」
これは勇者と見習い商人兄の会話。
内海を出れば、どれだけ落ち着いていても多少は揺れる。
5分10分は何のことはなくとも、半日にもなると、影響が出てきた。
始めははしゃいでいたクラムは異様に無口になっているし、
ストロフィスは胃を空っぽにしてぐったりと項垂れていた。
時々呟く言葉は「もう嫌だ」「陸に帰りたい」「いっそ沈みたい」である。
ラゼリアは台所で2人の胃にも入りそうな食事と薬の準備をしているが、
こうも酷いと効果があるかは解らなかった。
この人物が、今世界が注目している勇者、
英雄オルテガの息子であると言って、誰が信用してくれるだろうか。
現にこの船酔い勇者を励ましている見習い商人は、
ちょっと頼りない気持ちになっていた。
魔王どころか、自分でもちょっと勝てそうであるとまで思ってしまっている。
「やっぱり、噂って尾ひれ背びれが着くものなのかな…」
彼はロマリアで聴いた勇者一行の武勇伝を思い返していた。
ちょっと夢見ていた部分があったのだろう。
英雄の息子だと言っても歳はそう、彼らと変わらないし、
現在の顔色の悪さを引けば、見た目は普通の少年なのだ。
その時、見張り台の上のマーコットが大声を上げた。
「警戒してください!何か回りにいるみたいです!」
その警告と同時に、ざばっと音を立てて、水飛沫があがった。
現れたのは、固い鱗に覆われた半魚人のような魔物、マーマンだ。
そのまま、船の縁に寄りかかっているストロフィスへと襲い掛かる。
「危ない!!!」
ネーブルには、悲鳴を上げる事しか出来なかった。
勇者に降り注ぐ惨劇を予想して、思わず目を瞑る。
しかしその間に、一刀両断されたのは、魔物の方。
いつの間に抜いたのかも解らないほどの見事なストロフィスの剣撃で、
魔物は一撃も繰出す事なく海に沈んでいった。
一瞬の出来事で、尻餅をついていたネーブルは目を丸くしていた。
剣は再び、腰の鞘に仕舞われる。
「す、すごい…」
こんな状態なのに、圧倒的な強さだ。
さすが勇者…と、先刻まで抱いていた失礼な思いを彼は捨てた。
改めて、尊敬の眼差しで見つめると、
「うぇ…生臭…」
消えるような声で呟いて、勇者は再び海へと身を乗り出した。
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