海原の話----------
出航に際して。
16話.船出@
「結局何であんなに苦労して胡椒を取りに行ったんだ…?」
「だね〜」
「口実だったっていうだけではないかもしれないけど」
八つ当たりに蹴られた石が、王城へ繋がる立派な石畳の上を跳ねた。
不満そうなストロフィスとクラムに、ラゼリアは苦笑する。
「久しぶりに胡椒を食べて、
東に住む古い友人を思い出したんでしょうね」
ポルトガに戻った一行は、宿で休んだ後、まず胡椒を持って王城を訪ねた。
どれだけ国王が胡椒に狂喜するかと思ったが、
彼は胡椒よりも旧友のホビットの事を訊きたがった。
今もあの洞窟で、健在でいる事を伝えると、
王は穏やかな表情で「ありがとう」と呟いたのだ。
胡椒は献上したものの、大臣の手から王に渡るところは見なかった。
要するにポルトガ王にとっての本命は貴重な黒胡椒ではなく、
始めからホビットのいる洞窟を訪れさせることだったのだろう。
「なら始めから自分の国の兵士に、
あのじぃさんの様子を見に行ってくれと言えばいいのに」
そうすれば、あのマッチョに関わらずに済んだのにと言わんばかりの表情である。
「一国の王が、個人的な、しかも異種族の友情の安否を知る為に、
兵を動かすのは忍びなかったのでしょう」
「胡椒が食べたいって駄々はこねられるのに…?」
やはり不満そうだ。
よほどあの集団に遭った事を悔やんでいるのだろう。
「そもそも最初に黒胡椒持って来た人が悪いんだよ〜。
そのせいで王様が思い出しちゃったんだもん」
「旅の商人…だったかしら。
その人も結構な報酬を貰ったみたいね」
今時単身…かは解らないが、組織に関わらず東の地を行き来するとは、
相当肝の据わった商人なのだろう。
因みにその商人は、しばらくポルトガで商売した後に別の地に旅立つと言っていたらしい。
「まぁ、ダーマに寄るついでだったと思って我慢して?」
本当のついでは逆だったはずだが、ダーマの膨大な図書館を思えば納得出来なくもない。
具体的な情報はなかったが、不死鳥に関して得られたことで少なくとも前進はした。
「…終わった事をぐだぐだ言ってもしょうがないか」
彼は渋々といった感じで頷いた。
取り敢えず報酬である船は渡される事になっている。
自費で購入する事を思えば、多少の手間は安いものだった。
ポルトガ王への愚痴も止み、路肩の店を眺めつつ宿へと戻る道すがら、
傾いた太陽を見て思い出したと言うようにクラムが訊ねる。
「そーいえば、ブルーは?いつ帰って来るの?」
「朝には一旦帰って来るんじゃないかしら。
何処の店も閉まる時間だし」
話題に上った盗賊は、今は別行動中である。
道すがらラゼリアが語った不死鳥についての仮説。
魔王についての事も含めて、それを裏付ける為の情報を集めて回っている。
因みに経由してきたアッサラームやロマリアと言った都市でも同じだった。
街に入ると食卓を一緒に共にする事もないほど、動き回っている。
「何でそんな急にやる気出したのかな?」
「負けず嫌いだから」
ストロフィスは即答した。
自分にあれだけ言われただろうからだという事は、当事者だからこそ解る事だった。
「ぐちぐち横で悩まれるよりはいい」
続いた彼の台詞に、意味が解らないというように首を傾げるクラム。
その横で、事情を察したラゼリアは困ったような笑みを浮かべた。
「エジンベア行きの商船だよ!積み込むものはもうないかい!?」
「これを逃したら少なくとも1ヶ月は出ないぜ!
乗り遅れのないように気をつけな!」
海の男たちの威勢良い声が飛び交う。
かつての港は見渡す限り船で埋まり、毎日のように様々な場所へ出航していたが、
海に危険な魔物が蔓延ってからは出港する船の数も激減している。
そんな交易の国ポルトガの港へ、数日後、4人は揃って出向いていた。
ポルトガ王からの船を受け取る為だった。
「で、船を貰って勇者くんが益々世界を駆け回れるけど…」
船を確認した後、港の食堂で久しぶりに4人の食卓を囲む。
「駆け回る場所は検討ついたの?」
獲れたてが売りの魚料理をもぐもぐさせつつクラムが問う。
視線の先はもちろん、情報収集に勤しんでいたはずのブラウだ。
問われた彼は、あまり気が進まなそうに口を開く。
「正直今回もそれほど具体的な話は聞けなかった」
しかし言った矢先にクラムの視線が非難がましくなったからか、話を続ける。
「取り敢えず不死鳥の伝説と繋がりそうな、オーブの事はまとめて報告しとく。
言っとくけど伝説がらみなだけあって、あくまで噂だからな」
そう前置きして、鞄からメモ帳を取り出した。
仕入れた情報が書いてあるのだろう。
細かい字が几帳面に記してある所が彼の性格を現しているようである。
「6つのオーブに関してだが、オーブは6色あるらしい」
「6色?虹色に一個足りないね」
クラムがすごくどうでもいい感想を述べる。
「赤、青、緑、黄、紫、銀…がオーブの色らしい」
らしい、ばなりになって若干話を進めにくそうだが、そこは噂だとしょうがない。
「1つでもとてつもない力を持ってる、らしい。
絶大な権力を約束されるとか、凄い魔力が手に入るとか。
それを全部集めると、一説には世界を手に入れられるとかも言われてる。
世界規模の力って言うのは、魔王と対戦した不死鳥の話と絡められなくはない。
後、言われてるのは空を舞い、船を必要としなくなるとかな。
この空を舞うっていうのも、鳥、すなわち不死鳥と関連付けてもいい気はする」
こじ付けだけどな、と自分でもやや納得出来ないように話を括った。
それに対してクラムは、別の角度から切り込む。
「船貰ったばっかりなのに?もったいないよ?」
「いや、相当要らない心配だろ」
まだ実在するかも解らないし、集めてもいない。
「そのオーブがある場所は?」
話を静かに聞いていた、というよりは、
お昼ご飯をしっかりと食べていたストロフィスが訊ねる。
「だから、具体的な話は聞けなかった、って前置きしただろ?
てか、解ってたら伝説でも噂でも、誰かが手に入れてるだろーが」
「えー、じゃあ当てがない旅って今までと変わらないよ?」
「…ランシールの幻の神殿にある、とか言う話もなくはないが…。
あるって場所が幻だからな…正直な話、手詰まりだ」
ブラウがオーブの事を具体的に聞き込んだのは、
ラゼリアから頼まれてからが初めてだったが、
冒険家や収集家、それにトレジャーハンターを自称する盗掘屋も一概に何らかの噂話は知っている。
それこそ今まで聞き込んできた魔王の話よりも情報自体は多い。
しかしそれでも、やはり噂の粋を出ない。
それを確かに「見た」という情報は得られなかった。
溜息を吐いたブラウの後に、ラゼリアがそんなことないわ、と続いた。
「魔王とオルテガ殿の足取りに加えて、
6色のオーブに関する事も聞き込む事になれば、
新たに文献をあたる事もできるし、情報の幅も広がるわ。
不死鳥が存在するかどうかは解らないけど、何も手札がないよりはいいし。
何より、空を舞うという部分がね」
「なんで?ラズ、空を飛びたかったの?」
クラムの質問に、彼女はやや苦笑気味に答える。
「そういう夢は、持ったことないわ。
ええっと、ほら、今まで魔王に辿り着けた人はいないのよ?
誰も踏み入れた事のない場所に行くには、
船以上の移動手段を用いなければならない可能性があるって事」
そっかーとクラムは納得したようだった。
ラゼリアはそれを見て、自分のターンは終わったとばかりにブラウに視線を送る。
「ま、今の所こんなもんだ」
それを受けて、ブラウは自分の報告を完全に終了させた。
今はそれよりも考えて置かなければならない問題がある。
「で、進まない話は置いといて、現実的は船がらみに戻るけど、
出航の前に、人員を少し…最低でも2人くらい入れたい」
「…なんで?そんなに沢山人がいなくても、
動くって教えてもらったばっかりなのに」
最新の技術で創られています、と語ってくれた城の技術者の自慢は、
小さな手間で最大に風をとらえて動くという性能だった。
新たに人を追加しなくてもいいようにと、ポルトガ王は気を使ってくれていた。
「あ、操縦する人?」
「操舵は俺が出来る。因みに海図も読める。それより」
ストロフィスとクラム。アリアハン出身の2人を交互に見る。
「お前ら2人、船は初めてなんだろ?」
「白鳥の頭の…」
「それは数に入れるな」
元気良く手を上げてまでしたクラムの発言は、
アッサラームでのやり取りを繰り返すのは馬鹿らしいとばかりに一蹴された。
「船酔いってのは半端じゃないぞ。
多分お前らじゃ、始めの方はまともに起きてられないな」
「起きてられない?」
「あー…目が回るっていうのか、旅の扉に入った時の感覚に似てるか。
それがあの時みたいに一瞬じゃなくて、乗ってる限りずっと続くんだ」
「うえー…」
その時の感覚を思い出したのか、露骨に嫌な顔をするクラム。
「船の存在はなかった事にする」
そしてストロフィスは手に入れたものをあっさりと捨てた。
「んなことにする訳ねーだろ!意地でも慣れろ!」
心底嫌そうなストロフィスに言い放ってから、ブラウはラゼリアの赤い瞳とぶつかった。
念の為に確認しておく。
「ちなみにお前は…」
「何の問題もないわ」
だろうな、と呟く。
旅の扉が封印されていたアリアハンには船で行くしかない。
孤立した大陸への船旅に耐えられるからこそ、彼女はあの国にいたのだから。
「とにかく、少なくともお前らが慣れるまで人手がいる。
船が動く事自体は風がやってくれるが、見張りは一日中必要なんだ」
「…船に乗ってくれる人を捜すのは難しい問題ね」
ラゼリアの静かな感想に、ブラウは頷く。
「船乗りを募っても多分無理だろうな」
「そうなの?」
目をぱちくりさせるクラムに、ブラウはしばらく出航の予定が何も無い港を指差す。
「こんな時代に大海を船で渡るのは、よっぽどの命知らずだ。
魔王討伐とかの大義名分だけじゃ、もう動かない時代だろ」
「え〜!」
旅がしたいと言う理由で魔王討伐に参戦した魔法使いは、不満の声を上げた。
「それこそ、命より金の、傭兵とか商人とかな。
金積めば、雇えないことはないかもしれないけど、
そんなに余裕ある訳じゃないしな」
各王からの援助金を受け取ったり、旅先で見つけた珍しいアイテムなどを売ったりと、
今は資金にさほど困りはしていない。
しかし、新しい装備品などを揃えていくことを思うと、余裕があるという訳でもない。
うーん、と唸りながら考えを巡らせ、しかし答えが出ずに溜息を吐く。
「とりあえず、駄目元で船乗りを当たるか…」
彼はそう仕切って、残っていたお茶を飲み干した。
窓からは、白い波の軌跡を付け、港からエジンベアへ出航した船の後ろ姿が見えていた。
「「うわ〜!!!」」
港の食堂を出た4人の耳に届いたのは悲痛な絶叫だった。
反射的に何事かとそちらを見る。
4人の目線の先には、ぐったりと膝を落とし、うなだれている2つの影。
先程の絶叫で、精根を使い果たしてしまったように力ない声で呟いている。
「もう、がっくりというか、やっぱりというか…」
「ど、どうしよう…どうしよう」
悲鳴の主は、茶色い髪に鳶色の瞳の、十代前半と思しき少年たち。
顔立ちも、色が違うだけで服装も、あまりにも似通った2人。
一瞬で、彼らが双子であると解る。
2人ともそろって、滝のように流れた涙で顔を濡らしていた。
別に何かに襲われているのでもなければ、怪我をしているようにも見えない。
決して人が少ない訳ではない、港付近の通りでの事だ。
当然4人以外の視線も浴びている。
しかしながら、厄介事はごめんだと、誰も彼らに近付こうとはしない。
見かねたラゼリアが声を掛ける。
「大丈夫?何があったの?」
優しい言葉に2人は揃って顔を上げた。
そして同時に訴えた。
「「保護者に…捨てていかれてしまいましたぁ…」」
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