ポルトガ〜ダーマの話----------
その囁きに惑う。
15話.悪魔の言葉@
何もなかった。
確かにそこまでには何百、何千もの挑戦者が目指し、通って来た名残があるというのに。
そこにはまるで始めから存在しなかったように、何もなかった。
彼はしばらくその空地を見つめていた。
時々しゃがみ込んで大地を調べてみたり、周辺を歩き回ったりした。
それでもそこに何の気配もあるはずはない。
黒髪が揺れ、舞い上がった砂が口の中で少しざらつくだけ。
「賢者に興味があった?」
独りで荒野に立つ勇者に青銀の僧侶が声を掛けた。
ここはガルナの塔と呼ばれる試練の場所があったところ。
その塔が不可解な消失を遂げたところ。
彼は神殿の者に場所を訊いて、独り訪れていた。
仲間には特に伝えていなかったが、彼女は誰かにそのことを聞いたのかもしれなかった。
「少し」
小さく頷く。
「会ってみたかったの?」
再びの問いに、ほんの少しだけ考えて彼は自分に確認するように呟いた。
「会って、訊きたかったのかもしれない」
彼はそれ以上言わなかったし、彼女も「何を?」とは訊かなかった。
彼自身も良くは解らなかったのかもしれない。
ただ、そこには何もなかった。
「伝説の宝?」
「そういうの聞き覚えない?」
ラゼリアに問われたブラウは首を傾げた。
「漠然としてるし。
伝説なんてガセも含めたら星の数ほど転がってるし…」
彼の言うことは最もだ。
噂で囁かれるものは、それこそ増える黄金の麦から、宝石の大陸まで5万とある。
「6つ。もともと1つだった。
不死鳥。魔王。これの1つでも引っかかるものはない?」
彼女はヒントを提示した。
彼はそれを考慮して再び思案する。
そして、1つの答えを出した。
「6つのオーブ」
「オーブ?宝珠?」
「すべて集めると、願いが叶うとか。空をも飛べるとか…」
「それについて詳しく聴かせて」
彼女の勢いに多少押されて、彼は何とか答える。
「噂程度だから、よく解らないけど。
6つ。全部で6色あるオーブが世界中に散らばっていて、
それを全部集めたら、さっき言ったみたいに願いが叶うって言われてる。
他にも色々あるけど、多分聞き込めば幾つも種類が出てくるんじゃないか?」
「それが、実在している可能性は?」
間髪入れず質問が飛ぶ。
今度はじっくり考えて彼は口を開く。
「正直、なんとも。けど、根強い噂だ。
それこそ、いつどこで囁かれ始めたのか解らないくらい。
それに噂の範囲も広い。いろんなとこで耳にしてる気がする」
「少なくとも何か元となるものはあるということね…」
彼女は、何か手ごたえを感じたように深く頷いた。
一方的に疑問に答えていたブラウは、ここで彼女に疑問を載せた視線を送る。
それを「何でそんなことを訊くんだ?」に受け取った彼女は、今度は逆に答える。
「不死鳥ラーミアの伝説を調べているの。
遥か昔だけれど、魔王と不死鳥の闘いの話。
この話は、国も種族も越えて伝わっている。
今、オルテガ殿の足取りを追っているだけだけど、
彼だって魔王には辿り着けなかった。
他に何か少しでも魔王に繋がる情報を仕入れて置きたくて」
「それで、伝説頼み?
あ、いや、どんなことでも当たっておくことに意味はあるだろうけど」
一瞬いつものように非難しかけて、止める。
彼女が言うことに、今まで的外れなことがあっただろうか。
それでも伝説とまでなると、多少言いたいこともある。
「伝わるということは、
何らかの意志を後世に残したということかもしれない」
彼女はその不確かさなど、承知の上だというように答える。
「不死鳥は魔王と闘い、相打ちとなって6つの欠片に散ったと言われているわ」
それで6つのオーブ。
「本当にあったとしたら、
今の魔王を倒すのに不死鳥の力を借りるってことか?」
「そんな簡単にいくといいけどね。
私たちは、魔王というものが何なのかすら知らないのよ。
違う魔王でも、
生き証人に会うというのはそれだけでも重要なことじゃないかしら」
本当に不死鳥が存在して、復活するなり魔王を倒してくれたら幸運過ぎる。
雲を掴むような話でも、ないよりはマシだと思わなければならない。
「…解った」
ブラウは溜息混じりに呟いた。
「その道の奴に聞き込んでみる。
アッサラームやポルトガなら結構情報が見込めるだろ」
「ありがとう」
ラゼリアは、彼とは比べ物にならないくらい素直に感謝の意を述べた。
「別に。…お前だけが頑張る必要はないんだからな」
頼られたことが、少し嬉しい。
照れたように呟いた彼の言葉に、彼女は軽い驚きの表情を浮かべた。
そして、それをすぐに笑みに変えた。
一行は、バハラタで胡椒を受け取り、ポルトガへ届けるべく道を引き返している。
中間地点でもあるアッサラームに戻るために、
再びホビットの住居「バーンの抜け穴」へやってきた。
「何か久しぶりな気がするね」
「思ったより時間がかかったからな」
ぽっかりと口を開けた洞窟を歩きながら呟いたクラムの言葉に、ブラウが応えた。
「胡椒買うだけのはずだったんだけどねー」
本来の予定ではバハラタからすぐに引き返すはずだったのだ。
それが、黒胡椒と人質を助けに行ったり、空いた時間にダーマへ行ったりしていた。
当初の目的を考えると随分と遠回りしてしまったことになる。
「変態盗賊事件と、神殿に行ってた時間とで結構経つよね」
ホビットに見送られ、この洞窟を出たのはかれこれ1ヶ月以上は前のことだ。
「自分たちだけで、あの迷路部分引き返せるかな?」
彼女は複雑に入り組んだ洞窟を思い出す。
バハラタ側は一本道だが、アッサラーム側は幾多の分かれ道があった。
「一応道順を覚えてはいるわ。
でも出来れば、もう1度案内を頼みたいところね」
外の風景とは違い、洞窟の中はどこも同じに見える。
出来るだけ不安を軽減するには、案内人には是非ともいてほしい。
偏屈なホビットの顔を思い浮かべ、4人は更に奥へと足を踏み入れていった。
「ノルドのおじさんいないねぇ」
クラムがきょろきょろと見渡して首を傾げた。
抜け穴の中間地点付近にある広い空間
――以前訪れた時に夕飯をご馳走になった場所である――
に辿り着いて小さなホビットの姿を捜す。
「前の感じだと、出迎えてくれるかなと思ってたのになぁ」
居住空間を覗くが気配がない。
「いない?」
問うクラムにラゼリアが頷く。
「出かけているのかしらね」
「お仕事?」
「何してるんだ、あのおっさん…」
ストロフィスが素朴な疑問を口にする。
あのホビットが外の街に出ている感じはなかった。
こんな洞窟の中では畑だって作れないだろう。
クラムはうーんとうなってから、真剣に口を開く。
「…迷路職人?」
「何だそれ…?」
直感だけの答えにややげんなりと疑問を投げかける。
直後、何気なく、ふと、空いた暗闇に目が行った。
何か物音が聞こえた気がしたのと、奇妙な悪寒に突き動かされる。
「ストロ?」
「勇者くん!?」
気が付けば、クラムやラゼリアの戸惑いにも応えず、
アッサラーム側の出口へ走り出していた。
不安にも似たざわつきに頼って足を進める。
異様に喉が渇いている気がした。
いつの間にか剣を鞘から出して、右手で強く握っている。
うっすらと見えた明かりの方へ折れると、見覚えのある小さくずんぐりとしたシルエットに、
今まさに凶悪な鉄の斧が振り下ろされようとしていた。
殺気だった人間達が凶器を持って取り囲む。
ノルドは追い詰められていた。
「素直にここを空け渡さなかったお前が悪いんだ!」
興奮も頂点に達したような男が勢い良く鉄の斧を振う。
来るはずの衝撃に、ノルドは思わず目を瞑った。
しかし、その代わりに響いたのはキン、と金属がぶつかり合う音だった。
一瞬遅れて目を開ける。
「小僧…」
見上げると、見覚えのある少年が剣を構えていた。
「どうして…?」
「目の前で死なれたら、寝覚めが悪い」
どうして、に続く言葉が、ここにいるのか?なのか、
どうしてもっと早くに来なかったのか?なのか、
解らなかったが、ストロフィスはどうして助けたのか?という意味で答えた。
ノルドは彼の影で、ひたすらに驚いていた。
いつかもう1度この道を通るだろうことは解っていたが、
偶然居合わせたからといって、この少年にどれほどの力があるかなんて知らなかった。
少なくとも全力で振り下ろした凶器を、片手で受け止められるようには思っていなかった。
彼はノルドの方を一瞥してから、そのままその凶器を押し切る。
「何だこのガキ!?」
「一緒にくたばりたいのか!?」
男達は自分の武器を振り上げる。
とりあえずストロフィスはノルドを背中に隠して下がった。
「一体何なんだ、こいつらは?」
「行商人だ。ワシにここから出て行けと言ってきよった」
「なるほどね」
それを突っぱねて、武力行使という訳だ。
あまりにも解り易すぎる図式。
ノルドを、自分たちを取り囲むのは十数人の男達。
大抵が商人のような恰好をしているが、
中には雇われたゴロツキも混じっているようだ。
突然の彼の登場に、酷く戸惑ってはいるものの、血の気は引いていない。
「くそっ、とりあえずこのガキもやっちまえ」
「止めなさい!」
その場に凛と声を響かせたのは、ラゼリアだった。
今にも飛び出しそうな男達とストロフィスの間に入り、真っ直ぐに男達を見やる。
後ろにクラムとブラウも追いついてくる。
「あなた達、自分が何をやっているか解っているの?」
僧侶の法衣を着たラゼリアに一瞬皆の動きが止まる。
脅すように武器を掲げるが、彼女が動かないのを確認して叫ぶ。
「こいつが居座ってるせいで、ここが通れないんだぞ!」
「ホビットの分際で!!」
「なのにこいつが空け渡さないから!」
自分勝手な言い分を掲げる男達に、彼女は鋭い視線を向ける。
「では、あなた達の行動は何?
自分の思い通りにならないからと言って、人を傷つけてもいいと言うの?」
「そいつは人じゃない!ホビットだ!!」
――同じ種族でも他人のことなんかすべて解かりゃしない。
それが別種の他人にならばなおさらだろう。
以前に聞いた、ノルドの言葉が胸に刺さる。
「私たちは彼の友人です。
彼に刃を向けるということは私たちに刃を向けるのも同じこと」
何の躊躇いもないラゼリアの言葉に、はっとする。
ストロフィスが回想から現実に戻ってくると、
ラゼリアだけでなくクラムとブラウも対立姿勢になっていた。
「そうなの!ノルドのおじさんに何かしたら許さないから!
この勇者くんはアリアハンの王様にも、
ロマリアの王様にも、イシスの女王様にも頼まれたてんだよ!」
「俺らの妨げになるということは、アリアハン、ロマリア、
イシス、アッサラーム、それにポルトガを敵に回すことになる。
行商で身を立ててるんなら、
アッサラームとポルトガに見放されたら辛いだろうな」
クラムに続いてブラウが目を細めてすごむ。
かなり具体的な都市名を聞いて、男達の空気が一気に冷めた。
「おい、ヤバいんじゃないのか」
「あの僧侶見覚えあるぞ」
「あれ、確かアッサラームの僧侶じゃなかったか?」
「話が違うぞ」
ざわざわと、乱れ始める商人達。
動揺が目に見えるようだ。
しかしながらその中で1人だけ、
ストロフィスたちにではなくその空気に動揺した人物が居た。
集団の中心にいた商人と思しき男だ。
「構うな!ここで一緒にやっちまえば、バレることもねぇ!」
その男は、何とかテンションを高めようと叱咤する。
「しかし…」
「相手はたった5人だぞ!
しかも女子供も混じってるんだ、こっちが有利だろう!
ここを押さえたら東への利権を取ったも当然なんだぞ!!」
渋る相手に畳み掛ける。
それでも流れは変わらない。
お互いの目を見合い、出方を伺う。
そしてとうとう何人かが、群れから離れ、闇の奥へ走り出した。
意気地を削がれ、逃げ出したのだ。
自分たちが辿ってきた道へ。
そこで、1つの疑問が頭を過ぎる。
「勇者くん、どうしたの?」
「一体あいつらはどうやってここへ来たんだ?
もちろん、連れてなんか来てないんだろ?」
ストロフィスは庇っているノルドに訊ねる。
ノルドは眉間に皺を寄せ、不愉快そうに頷いた。
「当たり前だ」
ホビットの案内する迷路。
複雑に入り組んだ迷宮。
歓迎されぬ者が、何の頼りもなしに辿り着けるはずがない。
「でも、誰かが教えない限り、絶対に無理なんだ」
だからこそ、夢に見られた東の地。
こんなにも必死に奪おうとする場所。
そこへ導いたのは…。
「くそっ、こんなはずじゃ、なかったのに!」
男の声で思考が中断される。
すでに、十数人はいた商人たちは半分以下に減っていた。
残った者も機会を伺うように、不安げに男を見ているだけだ。
「あいつの言う通りにしたはずなのに!上手く行くはずだったんだ!
い、言ったんだ!あいつ、あいつが、俺に…!!」
最期に男は狂信的に叫んだ。
「あの、悪魔が囁いたんだ!!」
それは不吉なキーワード。
少なくとも、ストロフィスにとっては。
「あ…くま?」
そう呟いた時…――
――最高に嫌な悪寒が背筋を走った。
そして次の瞬間。
ありえない角度で男の首が傾いだ。
そして、そこから血が噴出した。
「うわあぁぁぁ!!!」
何人か残っていた男達が叫びを上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
「ひゃ…」
衝撃的な情景に、クラムも悲鳴を上げそうになった。
しかし、それはならなかった。
ストロフィスに引き寄せられ、向かい合う体勢で抱きしめられていたから。
小柄な彼女はすっぽりとストロフィスの腕の中に納まり、
視界は彼の体以外捉えてはいない。
「い、今、首っ…血が…」
顔を埋めている彼のマントを握り締め、彼女は震える声を出した。
それに対し彼は簡潔に言う。
「見るな、思い出すな」
「…うん」
2つ目は無理な注文だっただろうが、彼女は彼の腕の中で頷いた。
旅の期間もそこそこ長くなり、たくさんの戦闘を重ねていたが、
彼女は「人が死ぬところ」を見るのは初めてだった。
しかも、あまりにも初体験としてはかなり激しい例だった。
倒れ伏した男の体。
流れる赤。
ブラウもラゼリアも、武器を握り締めたまま身動き出来ないでいた。
時が止まっているように。
ストロフィスの左手はクラムの肩を抱いていた。
右手は抜いたままの剣をしっかり構えていた。
そして、目は現れた者から目が放せずにいた。
どこから現れたかなんて、解らない。
それはいつの間にか立っているだけだった。
笑っているような仮面。
道化のような恰好。
総毛立つ不快感。
息をするのを忘れるほどの緊張感。
そして、そこに立っているだけで全身が警告するほどの圧倒感。
まさに、戦慄。
「悪魔…」
もう1度呟きが、渇ききった喉から漏れた。
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