ポルトガ〜ダーマの話----------
14話.書の森A
――思い出したい。思い出したくない。
何を忘れてしまったのか。
何から逃げていたのか。
燃える街からか。
襲い来る魔物からか。
迫る死からか。
恐れからか。
怯えからか。
絶望からか。
それとも…
――俺は、何を忘れた?
「本当、よくそろっているわ…」
ラゼリアは見渡して何度目かの感嘆の声を漏らした。
ここにない本は世界のどこにもないと言っていいほどだ。
むしろ、この世界にすらない本があるのかと思われるほど。
少し進む度に、1度は読んでみたいと思っていた書物が目に止まる。
しかし、今回はそれを目的に来た訳ではない。
「精霊の使い、不死鳥…ラーミア」
それらは同義語。
その言葉に類するあらゆる書を手に取り、目を通す。
歴史書、物語、神話、研究書。
民俗学、宗教学、神学…。
役に立ちそうな記述を見つけては、自分の手記に記していく。
そして新しい発見と疑問が交互に浮かび、時折独りごちる。
「精霊の使い、ということは、どこかに精霊そのものの記述もないのかしら」
精霊という言葉は聞かなくもないが、
それほどまでにこの地に根付いたものではない。
特に魔王と渡り歩くような有名な精霊に聞き覚えはなかった。
「それに、ラーミア。
これほどまでに不死が強調されているのに…」
魔王と相打ちになっている。
不死の意味が物語に生かされていない。
彼女は他の書を更に手に取る。
ラーミアと思われるものを取り上げた他の書に比べれば、それほど多くはない。
しかし、幾つかの国、地域、学者により、手がけられた同じ題材の本。
伝わった地によって、書き手によって、その表現は様々だ。
――精霊の使いと魔王の決戦。
――不死鳥と大魔王の闘い。
――天地を揺るがすほど壮絶な戦い。
――ラーミアと魔王は相打ちに。
――精霊の使いと魔王は互いに砕ける。
――破片は世界に飛び散った。
――精霊の魂は6つに砕け散った。
「砕け散った。この表記が気になるわ」
相打ちになって砕け散る。不死。
「死んだ訳ではない?」
ならばそれは伏線となって生きてくる。
欠片となって生きている。
「そして気になるのが6という数字」
6つの欠片。
伝説の6つ。
6つの宝珠。
どこかで聞いたことがないだろうか。
それは、伝説や神話など崇高なものではなく、もっと俗っぽい話の中で。
「冒険者の噂かしら」
そういうものは盗賊家業を営んでいたブラウが詳しそうだ。
文献と噂を照らし合わせれば信憑性も高まるだろう。
彼女は本を閉じてひと息吐いた。
語り継がれる実話の物語。
魔王と精霊の使い。
6つに砕けた不死鳥。
どこかに存在する6つの何か。
繋がる先は。
「不死鳥は今もどこかで眠っている…」
――再び、ラーミアがこの地に甦る可能性があるということ?
新たな魔王が現われた今、それが示唆するものは何なのだろうか。
――迷いばかりの者。
ブラウは神官長の言葉を思い出していた。
「迷いばかり?俺が?」
迷い。それはそこに決意がないこと。
仇である魔王バラモスを倒す。
それ以外彼自身にはないはずだった。
他に迷い込む道などないはずだった。
覚悟ならとっくの昔に決めているはずだった。
その自分が迷いばかり。
1つの決意を持っていないとでも言うのだろうか。
「考えても、仕方ないか…」
ブラウは独り、諦めにも似た言葉を漏らした。
確かに盗賊という身の上は何とかするべきかと考えたこともあった。
そういう意味では、現状に満足してはいない。
しかし、他に何がと言われると特になりたい職がある訳ではない。
賢者に興味が湧いたのは、魔法の能力。
この先、武器1つでやっていけるか、それが不安になったから。
「ガキの時は、何になりたかったっけな…」
何もない田舎で育った日々を思い出す。
ネクロゴンドの側にあったテドンの街。
家の周辺には畑が多く見られて、街全体でも農家が多かった。
隣家の老夫婦も麦を育てていて、時々麦を粉にする機械を覗きに行っていた。
父親はというと、酪農をしていた。
毎日規則正しくのんびりと、牛や羊の世話。
母親は自宅で食堂のようなものを営んでいた。
少年時代、父の仕事も母の仕事も手伝っていたが、
どちらになりたいと思ったこともなかったはずだ。
特に母の仕事が忙しいのは、旅の行商人が商隊を組んでやって来るときだけだった。
――そうだ、確か…
行商人になろうと決めたことがあったことを思い出した。
それはいつだっただろう。
それは何故だっただろう。
物心ついたころから、外からやってくる彼らに、多少の憧れは抱いていた。
様々な商品と冒険譚を携えてくる彼ら。
それは子供心にとても刺激的なことだった。
それでも自分の中で決めた瞬間があったはずだ。
しかしこんなにも鮮明な確信があるのに、何故か思い出すことができない。
「…あの、間か」
ぽつりと言葉を吐く。
抜けた記憶の1欠片。
1週間の空白。
思い出したいと好奇心はざわめく。
しかしそれを止める本能がいる。
忘れさせたのは他でもない、自分自身なのだから。
覚えておくのは憎しみだけでいい。
心駆り立てる憎しみだけで。
燃え、崩れる民家。
自分か、誰かの叫び声。
赤く染まる記憶。
一瞬瞳に焼き付いた惨状が甦り、彼は深く息を吐いた。
きっとはっきりと思い出せば、当時の自分は耐えられなかっただろう。
今だってショックは受けるだろう。
だからきっと思い出さないのだ。
幼心に自分を守るために捨てた記憶。
まだ弱かった頃の自分を、守るために。
美しい記憶を守るために。
彼は正当性を見つけて、息を吐いた。
「それにしても、すごい量だよな」
本は本棚には入りきらないのか、そこら中に背丈より高く積み上げられている。
彼は何気なく目に映った本を取ろうと手を伸ばした。
その何気ない行動が命取りだった。
1冊がその積み上げられていたすべての本の均衡を破る。
「でえっ!?」
思わずどうしようもない声を上げる。
そして崩れ落ちてきた大量の本が彼を襲った。
「大丈夫?」
「あ…」
呟いて見上げると、心配そうに覗いていたのは赤い瞳だった。
彼の上に載っていた本を退けて、彼を気遣う。
退けた書物の中には、金属の縁が付いている重厚感のあるものも幾つかある。
「すごく立派な装丁の本載っているわよ。
怪我はしていない?薄暗いから、良く見えなくて。痛いとこは?」
心配そうな声にも彼は何も応えない。
彼女は膝をついて、彼と視線を合わせた。
「本当に大丈夫?あなた、少し前から様子がおかしいわよ」
ブラウは答えなかった。
しかしその沈黙は肯定の意。
「これからも魔王に近づいていくなら、転職も考えた方がいいのかなって」
例えば、攻撃魔法。
クラムにだけ任せておくのも危なっかしくて安心できない。
ストロフィスの気まぐれ的な使用頻度も不安が残る。
ラゼリアは、回復に専念していることだってある。
例えば、回復魔法。
ストロフィスはやはり滅多に使わない。
実質的にラゼリア1人の負担になる。
そもそも、彼女が倒れてしまったらどうなるのか。
その時、自分は何が出来るというのだろうか。
不満は、不安は、思考は、終わらない。
「不安から特別何かにならなくてもいいわ」
しかし、彼女の声は、絡みついた意識に水を打つ。
「特別に人と違うことがいいことなんかじゃないし、
魔法に頼った戦い方をしていない人がいた方が有利に働くことだってある。
あなたの技量に誰も不安なんて抱いていないわ」
だから、と励ましとも慰めとも取れる言葉を彼女は発した。
彼女を掴んだままの彼の手をもう片方の手でそっと触れて。
彼女はすべてのすべてを受け入れる。
「…そうか。そうかもな」
彼は彼女の目は見ないで頷いた。
また1つ曖昧にして。
また1つ何かの決意を先延ばしにして。
――また、逃げるのか。
誰かが、責め立てた。
何に逃げたのかは、解らなかった。
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