ポルトガ〜ダーマの話----------
力に、言葉に、踊らされずに。踊らされてばかりで。
14話.書の森@
ダーマ神殿。
転機の神――人生を変える神――転職の神。
この神殿にはそんな神が奉られている。
今の人生に迷い、新しい人生を求める決意ある者が訪れる場所。
この地に、迷いない者が訪れるのは珍しい。
この地に、迷いばかりの者が訪れるのは珍しい。
すなわち、ここはそういうところ。
「ワシはピチピチの女子になりたかったんじゃが、
転職というのは、そういうことではないらしいんじゃ」
腰の曲がった老人の言葉。
「神官長様は人を見る目がおありになるから。
私は始め、武闘家になりたかったんだけど、戦士を勧められたわ。
何故って思ったけれど、今では師匠にも筋が良いって褒めらてるし。
人の才能みたいなものを見極めてくださるというか」
逞しい女性の言葉。
「商人としての道は究めたんでねぇ。
今度は貯めた金を遊び人としてぱぁっと使おうと思いましてね。
一応神官長様にお伺いを立てようかと」
中年のおじさんの言葉。
「何か結構軽いな…」
ストロフィスが一通り話を聞いて、ぽつりと呟いた。
人生を変えるというのは、もっと重大な事項ではないだろうか。
ここにいる人々の表情は様々だが、まるで重苦しいところがない。
「こればかりは人それぞれだから。それにここへ来る時点ですでに…」
「君達もひょっとして神に選ばれるために来たのかい?」
不思議そうなストロフィスに答えようとしていたラゼリアの声が遮られた。
4人が振り返ると、そこには他の人々と同じように転職に来たのだろう男が立っていた。
「だったら無駄足だったね」
「神に選ばれる?」
クラムが疑問に語尾を上げる。
「賢者のことね」
ラゼリアが言い換える。
「神に選ばれし能力、賢者」
すなわち神に選ばれた者。
なるほど、とクラムは頷いた。
「賢者ってあれだよね。魔法使いと僧侶の魔法を同時に覚えられる人」
男も頷く。
「そう、わざわざその試練に挑みに来たというのに…」
「挑む者に試練を受けさせることが出来なくて大変残念だったよ」
今度は男の台詞を遮る形で、貫禄のある老人が口にした。
老人は男の肩越しに立っていた。
「神官長様!?」
男は驚愕の眼差しでそう言うと、慌てて頭を下げてその場から去っていった。
少しそちらを気にしていたが、神官長と呼ばれた男は4人の方を向いた。
「ここへは初めてかな?転職を望んで?」
ラゼリアが軽く首を振った。
「いえ、私たちはここの書庫を拝見させて頂きたくて参りました」
彼女の言葉に、神官長はほう、と相槌を打つ。
「なるほど確かに」
そして、ストロフィス、クラム、ラゼリアを見渡して口にする。
「転職を願う者にしては迷いがない」
そして更に、ブラウに目を向けて続ける。
「あるいは迷いがありすぎる」
その言葉にブラウは驚くと同時に体を強張らせた。
とても的外れなことを的確に言われた気分だった。
しかし、何とかその動揺を押し隠して、彼は気にかかることを訊ねる。
「賢者への試練に何か問題でも?」
「ガルナの塔と呼ばれる場所に悟りの書というものがある。
それを開き理解したものだけが賢者への道を切り開けるのだ。
かつて、様々な志と能力を持ったものが、塔へ挑戦したものだった」
「…ものだった?」
明らかな過去形。
魔王がこの地に現われた今日、賢者を目指すものは多くなって然るべきではないのか。
その疑問に神殿の長は、とても簡潔な言葉を口にした。
「消えた」
「…消えた?」
鸚鵡返しにブラウと、そしてクラムの声がハモった。
「そのままの意味だ。塔が、消えたのだ。
建っていた形跡すら見つけることはできなかった」
あまりにも突っ込みどころが多く、思わずブラウが黙り込む。
その代わりに、ストロフィスが訊ねた。
「それって何か都合悪いことが?」
「後天的に賢者になる道は閉ざされてしまったということだ。
もともと、次元の渦が巻く、不安定な場所だった。
お主達の言う、旅の扉だな。それが、塔の彼方此方に点在していた。
しかし、いくら不安な空間だったとはいえ、
何の前触れもなく、自然にあんなことになるとは思えんのだ。
それ自体が何かの前兆ではないかと、皆緊張しているのだ」
例えば、魔王に繋がる、何かの予兆ではないかと。
大きな組織の長としての憂いある表情。
しかし何かを思い出して、深刻な表情を崩し、4人の方を向き直った。
「いや、お主達の目的は書庫であったな。
案内しよう。私の後に、付いてきたまえ」
「すごい…」
ラゼリアが感嘆の声を漏らした。
右を見ても、左を見ても、上を見ても、溢れるほどの書物。
溢れんばかりの知識の香。
そこは壮大な書の森。
うっかりすると古からの流れに飲まれそうだ。
はみ出る文字に酔いそうだ。
「迷子になりそう…」
クラムもその広さを呆然と見やる。
「別に迷子にはならんよ。迷宮ではないからな」
その様子を面白そうに見ながら、神官長がランプを掲げた。
「求める知識は人それぞれ。ここにはそのすべてがある。
書に興味があってもなくても、ここを廻るのは各々1人に任せた方がいいだろう。
1人でここを廻ることで、何かの発見をしてもらいたいというのが私の希望だ」
疑問のある者は正解を。
正解のある者は疑問を。
少しの迷いある者は確かな決意を。
少しの決意ある者はしばしの迷いを。
そういう風に冒険者たちが入り込んで来た知識の森。
4人は少ししてから、別々に森へと侵入していった。
「ガルナの塔には、悟りの書というものが収められている。
それを読み解く事が出来た者のみが、賢者への道を進むことが出来る」
ストロフィスが手に取っていたのは、ダーマ神殿史だった。
その一説。消えたガルナの塔の行。
賢者という職業の話に彼は目を落としていた。
しかし、賢者の話は本当にそこにしか触れられておらず、彼は分厚い書を閉じた。
閉じた時の音だけが、本棚と本棚の間を通り抜ける。
書は膨大だった。
その背表紙を読むだけでも、何冊分の本が出来上がるだろうか。
何冊分の物語が、人の一生が収められているのだろうか。
「オルテガの息子。アリアハンの勇者、か。
父親と何となく、顔立ちが似ている気がするな」
現実に引き戻す突然の人の声に、ストロフィスは顔を上げた。
先程別れた神官長が、明かりの範囲に入ってきている。
偉い人なはずなのにうろうろと、あんた実は暇なのかとか、
何で急にそんなこと言い出したんだとか、そういう疑問は口にはださない。
前者は大きなお世話だろうし、後者は父親が有名なだけだ。
訊くべきことは、別のことだ。
「訊いておきたいんだけど。勇者って何なんだ?」
「そうだな、他の者が出来ないことをやる者というところか」
「じゃあ、賢者って何?」
天に選ばれた者。
神に選ばれた者。
その違いは一体なんなのだと。
「賢者とて、同じこと。その才を世間は放っておくまい。
強いて言えば、賢者とは能力。勇者とは宿命だ。
しかし両者は表裏一体。能力故、宿命付けられることがあれば、
宿命故、能力を求められることもある。
それで考えるならお主は…いや、お主の血筋は賢者にも近いのかもしれない。
だか、お主は英雄である父を持ったという宿命も背負っている。
すなわち宿命と能力を同時に備えていると言える。
サマンオサのサイモンもまた勇者と呼ばれたが、
彼は宿命の方に殉じたきらいがあったからな」
サマンオサのサイモン。
聞き覚えのない名前を記憶の隅に置く。
「そうなると、そもそも勇者っていうのは職業なのか?」
「職業というか、先程も言った、宿命だな。
故にお主は勇者以外になりようがない」
「宿命ね。そういう捉え方もあるのか…」
彼はほとんど独り言のように呟く。
ならば、職業欄には何と書こうか。
ひょっとして、現在からして無職なのだろうか、と余計なことまで脳裏に過ぎる。
「そなたは随分と勇者ということに対して肯定的に見える。
その道に、迷いはないのか?」
勇者は怪訝な顔をした。
その質問の意味が――迷いの意味が――解らなかった。
「迷いも何も今、それ以外なりようないって言ってたし。
それに、色んな可能性とか考えるの面倒だ。
決まってるならそれでいい」
「強がりですらないとは…」
神官長は驚くというよりも呆れた顔をした。
「迷いなき勇者か。面白い。
いや、面白くないといった方がいいのか」
口に出しながらも神官長はなにやら不思議な物を見つめる目をしていた。
彼がいつも相手にするのは職…言い換えれば人生に迷いと決意を持った者。
ここまで迷いのない相手は、この膨大な書の森の中にも今まで存在しなかったのだろう。
その迷いない者はと言えば、神殿の長の困惑も何処吹く風で疑問を口にする。
「もう賢者に後天的にはなれないと言ったな。
では先天的な賢者は?もしくは以前に賢者になった者は?」
神官長は少し考えて、言い切る。
「お主のような能力を持った者は、この地にはいないだろう。
いたとしても誰にもその能力を知られずひっそりと住んでいるか…」
最後の言葉に怪訝そうな気配を見せたストロフィスに、神官長は補足した。
「解るだろう?
知られていれば危機に対して矢面に立たずにはいられない。
もしくはどこかに大切に囲われてしまうだろうな。
能力ゆえの干渉を拒むなら、それを知られてはいけない」
それは、自分の姿。
特殊な能力を持つ者は、恰好の偶像。
彼は父の後を追うことを義務付けられている。
それは旅立ちの際に出会ったアリアハンの預言者の姿。
特殊な能力を持つ者は、恰好の切り札。
彼はずっと塔の中で眠ることを義務付けられている。
生まれた時から決められた宿命。
彼は、他に目標や目的もなく、恐れや憤りもなかったので旅立てた。
しかし、他に目標や目的があり、恐れや憤りがあるもの達はどうだろう。
祭り上げられることを拒み、その力を見せない。
隠れてさえいれば、讃えられることも、疎まれることもないのだ。
だから今、その噂を聞かないということは、世間に賢者はいないということ。
しかし、と神官長は続けた。
「今から目覚めるかもしれぬ。今から旅立つかも知れぬ。
まったく知らぬ地にいるのかも知れぬ。
お主より、早くなければ、また、遅くなければ。
いつか、どこかで会うこともあるかも知れんな」
同じ、宿命を持った者に。
薄暗い書の森に、うっすらと明かりを見つける。
明かりの真ん中では、赤毛の少女が熱心に本を読んでいた。
時に口元を綻ばせ、時に顔をしかめながら。
その少女が、こちらに気付く。
「あ、あれ?神官長さま?」
彼女は戸惑いの声を上げた。
彼は彼女の傍に置かれている本に目を落とす。
『恋のお呪い』『愛される自分になるには』『デートスポット50選』。
かつてここを訪れた魔王討伐を目的とする冒険者が、
この本を選んだことはあっただろうか。
「ここには魔術書もたくさんあるが、それには興味はないのかな?」
その問いは、非難というよりも面白がる気配が出ていた。
彼女は少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「あたし、ラズに、あっ、仲間の僧侶さんにもらった本があって。
そこに載ってる魔法、まだ全部覚えてないですから」
それに、と続ける。
「こんな難しそうなの読んでも良く解らないです。
もし解ったとしても、あんまり凄い呪文とか、まだ使えないし…」
「しかし、多くの者が大きな力を求める。
それが、その能力に見合っていようが、いまいがな」
そこに確固たる何かがあると解ると、手を出さずにはいられなくなる。
「確かにあたしも、いつかは大きい魔法が使えるようになりたいけど、
今は今のままでいいんです。勇者くんも怒らないし」
自分の胸に手を当てる。
神官長は知る由もないが、
布を一枚隔てた先にはイシスで手に入れた魔法の鍵がぶら下がっている。
自分がいたからこそ意味を持ったその鍵に、彼女は自信の一端をもらっていた。
「勇者くんが必要だって思った時に、覚えてればいいかなって」
「随分信頼を寄せておるようだが…」
彼を特殊な存在だとは認識していたが、
しかしながらそこまで信頼できる要素は解らない。
しかし、彼女はとても呆気なくそれを言葉にした。
「だって、勇者くんは勇者ですもん」
「勇者だから信じられると?」
「ううん、とそうじゃなくて…。信じてるから勇者なんです。
ずっと前から私は、勇者くんは勇者だと信じてるから」
そこに、何の根拠もない。
そこに、何の迷いもない。
「お主に愛された者は幸せであろうな」
「へ?」
呟くように放たれた言葉は、彼女に意味まで伝わらなかった。
素朴な疑問を持った表情に、神官長は首を横に振った。
「いや、あの勇者が迷わぬのが良く解った」
迷いなき道。
迷いなき勇者。
迷いなき信頼。
それ以上のものを彼らは求めていない。
ただ決意したことをやり遂げるだけなのだから。
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