ポルトガ〜ダーマの話----------
13話.嬉しくない再会A
無事にタニアとグプタを連れて帰り、
香辛料屋の主人には、打って変わった手厚い歓迎を受けた。
夕食をご馳走になり、黒胡椒に関しても代金はいらないとまで彼は言った。
しかし、黒胡椒をすぐに譲ってもらうことはできなかった。
一国の王に献上する品物だ。
庶民向けの商店街の小さな店とはいえ、いい加減なものは出せない。
良質なもの、それも暫く持つ量を確保するには少し時間がかかるそうだ。
あの王様にそんな違いは絶対解らない、
と呟いたストロフィスの意見は聞き入れらてもらえなかった。
その待ち時間を有効に使おうとラゼリアが提案した。
バハラタから北。
広がる森林地帯を抜けた先に、大きな神殿がある。
ダーマと呼ばれる転機の神が奉られる神殿。
そこは転職を希望する者達が世界中から集う場所。
新たな人生を始まるのに必要な、膨大な図書も保有している。
そのため、有力な情報が得られることが期待されると。
彼女の意見に異議を唱える者などいない。
さっそく、ダーマに次の行き先を定めた。
出発は明日。
ラゼリアは川沿いを散策していた。
まだ低い太陽の陽が、水面に映って目に眩しい。
本当に聖なる力が宿っているかは解らないが、せせらぎは確かに柔らかく心に響く。
そういえばここに最後に来た時は、まだ先生と一緒だったな、と思い出す。
あれ以来アッサラームより東方には足を向ける機会がなかった。
聖なる水だと言って丁寧に瓶に詰めたものを、
街を出て半日で彼が割ってしまったことは、
最近のことの気もするし、遠い昔のような気もした。
あの時はまだ魔物もここまで強暴化していなかったから、
この河の辺りにたくさんの旅人が見られたように記憶している。
今やここにいるのは彼女と…――
ラゼリアは一瞬息を呑んだ。
目に留まったのは、心揺さぶる懐かしい姿。
掛け替えのない思い出の延長線。
しかしそれが半分幻想だと理解するのに、時間はかからなかった。
半分の現実が立ち上がり、頭を下げる。
「…あなたは」
「お久しぶりです。その節はどうもありがとうございました」
彼は、彼女ほどは驚いてはいなかった。
「胡椒屋の娘を助けた、サークレットをつけた黒髪の少年、
明るい女の子に鋭い目の男、そして、美しい僧侶…。
噂になっていたからもしかしてあなたたちかな、と思ってたんです」
照れたように、彼は彼女と目を合わせた。
柔らかい彼に対して、彼女は体が強張るのを認識せざるを得なかった。
1度大きく息を吸い、心を落ち着ける。
「また、お会いするとは思いませんでした」
「世界は意外と狭いのかも知れませんね」
少し、気の抜けたような笑みを浮かべる。
それはノアニールの洞窟で助けた青年僧侶。
あの時は怯えと不安の色が濃かったが、
今は再会を喜ぶ素直な表情で彼は手を差し出した。
「名前がまだでしたね。
僕はシラーと申します」
「私は、ラゼリアです。
ラズと呼ばれることが多いですが…」
彼女も名乗り、シラーの手を取った。
「ラゼリア…良い名前ですね。
僕もラズとお呼びしていいんですか?」
――違う。違うと解っているのに。
ざわつく胸を押さえる。
「あ…はい、もちろん」
「僕の顔に何か?…ああ!」
少し戸惑いを含んだ視線を受け、彼は自らの顔に触れた。
そこで、ノアニールでのことを思い出す。
「そういえば言っておられましたよね、僕が知り合いに似ていると」
確かにストロフィスに問われ彼女はそう答えた。
ただ、それは。
瓜二つとかそういう事ではなく。
物腰とか、言動とか。
頼りないと言われることがあったその笑みも。
何の躊躇いも、何の障害もなく。
柔らかく、緩やかに、同調する。
「そんなに似てるんでしょうか?あなたのお知り合いに」
「ええ…その、顔がというよりも雰囲気、でしょうか。
何となく感じるもの。それがとても似ています」
正直に告げる。
嬉しくも悲しくもある一致。
答えを聞いた彼は、笑みを消し真面目な表情になる。
それは今までの印象とかなり違った。
頼りなさも匂わせない不思議な感じで、再び彼は問う。
「それはあなたの大切な人ですか?」
その言葉に、血が凍っていくような寒さを覚えた。
――すべての人は…
神様と、神様の言葉。
過ぎ去った歳月と、止まった時間。
白い墓標と赤い記憶。
それらが目まぐるしく、彼女の中を駆けた。
「あ、いえ、無理にお聞きするつもりでは」
黙ってしまった彼女に、シラーは慌てた。
しかし、彼女は軽く首を左右に振って、言葉を選びながら答えた。
「大切…だったのだと思います。
今は、いないのですけれど」
「す、すみません…考えなしに。
でも、それでそんなに驚かれていたんですね」
死者が目の前に現われれば、それは驚くだろう。
そのことに対しては、彼女は微笑むだけで済ました。
そしてやんわりと、話題を変える。
「バハラタにはどうして?」
「え、えっと、ダーマの神殿に用がありまして」
その帰り道なんです、と続けた。
「ダーマに?」
思わず問い返す。
それはここで出会っていなくても、ダーマで会っていた可能性もあるということ。
世間は本当に狭い。
「ダーマは旅人が多く、情報もたくさん行き交っていますから。
それに本の量も質も素晴らしいですし」
「本…」
ぽそりと囁く。
静かな声に、彼は聞き返す。
「はい?」
「本は、お好きですか?」
「ええ、そんな学がある方ではないので、難解なものは得意ではないですが。
新しい知識や、美しい言葉を吸収するのは楽しいですから」
「そうですか。私も本は好きです」
彼女を知っている者は驚くほど、単純で、素朴な物言い。
「なら、ダーマの書庫は楽しめると思いますよ。
言語書も歴史書も物語りも。
自分が読みたいと思ったあらゆるものがありますから。
是非1度は行かれることをお勧めしますよ。
あ…いえ、僕が自慢することではないのですが…」
調子に乗り過ぎたと思っているのだろう。
慌てたように両手を振り、彼は声を小さくして釈明した。
そんな彼の様子に思わず口元が綻ぶ。
声を立てずに笑うと、彼も照れたように笑った。
その笑みは、亡き肖像と相まって、胸の奥に広がって行く。
2人の僧侶の姿を、琥珀色の瞳が捕らえた。
美しい女僧侶を捜していた彼は、目的の人物を見つけ歩みを速める。
彼女の姿は遠くからでも見間違うこともできない。
もう1人の僧侶のことは、始め地元の教会の人間かと思っていた。
しかし、近くに来て見覚えのある顔に立ち止まった。
「お前…」
呟きに、2人がブラウの存在に気付く。
「ああ、ノアニールではご迷惑おかけしました」
朗らかにそう話し掛けたシラーを無視して彼はラゼリアの方を向いた。
「2人が捜してた。補給しとく物で相談があるって」
そう言うと問答無用というようにラゼリアの手首を掴んで街の方に歩き出した。
「え、ちょっと、ブラウ?」
彼らしからぬ強引な行動に驚く。
そんなに急ぐ理由があるのだろうか。
彼女は振り返り、別れの挨拶も出来なかったシラーに軽く頭を下げた。
同じく少し驚いた表情を浮かべていたシラーもまた会釈した。
「また、どこかでお会いしましょう、ラズ」
聖なる川は、それでもさらさらとただ流れる。
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