ポルトガ〜ダーマの話----------
12話.わがままなお願いB
胡椒。
バハラタを原産地とする、
*コショウ目コショウ科の熱帯性つる性植物および、その果実からなる香辛料。
中でも黒胡椒は、胡椒の木から取れた未熟な実を乾燥させて、磨り潰したものである。
高い殺菌力があるため、食品の保存性を高める目的で利用されることも多い。
完熟してから収穫した後、外皮を剥く白胡椒よりも強い独特の風味があり、
特に牛肉との相性が良いため、ただ今ポルドガの貴族の間で流行している。
バーンの抜け穴は、ある意味難関ではあるが、難所ではない。
険しい山脈を進むことを考えれば、その何倍も楽な道である。
激しい天気や気温の変化もなく、無駄な凹凸もなく。
4人はノルドに教えてもらった道を進み、ほどなく太陽の下に辿り着いた。
そこは多くの商人達が到達を夢見る、東の地。
バーンの抜け穴から南南東。
大陸から突き出した大きな半島にバハラタの街はある。
そこには湖と見紛う程広大な川が水を湛えていた。
街の住人と思しき人がその水を汲んでいくのが目に留まる。
「大きな川だね」
「バハラタを守る聖なる川ね。
その水が美味しい胡椒を育むそうよ」
聖なる川の川沿いを、のんびりと歩いて舗装された通りに出る。
そこで、2手に分かれることになった。
黒胡椒を手に入れる方と、情報収集メインの方と。
胡椒買う方が楽そうと言ったストロフィスの隣には、当然のようにクラムがいた。
ラゼリアとブラウは施設の集まる街の中央へ向かい、
ストロフィスとクラムは小さな商店が連なる通りへと足を向けた。
「普通の胡椒はたくさん売ってるみたいだけど、
黒胡椒ってなかなかないんだね」
幾つ目かの店から出てきて、クラムが呟いた。
バハラタの料理はあまり肉を使わない。
需要は必然的に、マイルドで魚介類に合いやすい白胡椒になる。
そのため、商品として黒胡椒を扱っているところがなかなかない。
「黒胡椒は何処で売ってるんだろね?」
彼女の問いに彼はさぁ、と首を傾げるだけ。
しかし、すれ違った老婆が立ち止まって教えてくれる。
「黒胡椒ならそこの裏のお店で売ってるよ」
そう言って商店街から外れた点を指す。
ここで揃わない香辛料はないと言われているらしいバハラタの老舗。
2人は礼をいい、細い道へ入って行った。
香辛料の店。とシンプルな看板が下がっている。
古く貫禄のある佇まいな店舗。
扉を開けると、客を知らせる鐘がカランと鈍く鳴った。
「気配ないな」
狭い店内から、反応は返って来なかった。
「すみませんー!黒胡椒はいますかー!?」
「いや、それはいないと思うけど…」
辺りをそれほど見渡さずに、異常は感じ取れた。
カウンター向こうの商品棚が荒れている。
足元の椅子も倒されていた。
まるで慌てて出ていったような気配。
「…裏が開いてるな」
ストロフィスは呟くと、カウンターを飛び越えた。
「あ、勇者くん、勝手に入っちゃっていいの!?」
クラムは驚いたが、自らも彼のもとに行こうとカウンターの上に乗る。
スカートの裾を気にしながら降りようとしたところで、
ストロフィスは裏の扉から出て行ってしまった。
「えー!もう出ちゃうの!?」
扉を出ると日陰の多い店の裏庭。
乱れた垣根を抜けると静かな水音が近かった。
左右を見渡す。
すると2人の男性が眼に留まった。
へたり込んでいる1人。その傍らに佇むもう1人。
2人とも呆然としているようだった。
「どうかしたのか?」
彼は、佇んでいる方――まだ若い男性だ――に声をかけた。
しかし、答えたのはへたり込んでいる初老の男性だった。
「む、むす…」
「むす?おむすび?縁結び?」
追いついて来たクラムが、予想する。
そんなはずないだろうと突っ込む暇はない。
「む、娘が人攫いにさらわれてしまって…」
「ええ!?」
「衛兵は?この街に詰めている兵士はいないのか?」
「それが先日現われた魔物に手ひどくやられてしまって、今は動ける者がいないんだ」
男は中心市街地がある方を指差した。
ラゼリアとブラウが向かった方である。
もしかすると、ラゼリアは治療に協力しているのかもしれない。
「見たところあんたたちは旅人かい?
外から来た旅人なら腕が立つと見た!」
「いや、見られても…」
「頼む!娘を取り戻してくれ!」
彼が口を挟む暇も与えてはくれなかった。
「はぁ?」
何を急に言ってくれているのか。
しかし、その突っ込みは別のところから別の角度で行われた。
「何を言っているのですかお義父さん!?
こんな何処の馬の骨とも知らない奴らにタニアのことを任せられるものか!」
「はぁ?」
今度は立ったまま放心していた若い男が口を挟んだ。
勝手に頼んできて、何故勝手に馬鹿にされなければならないのか。
そもそもまだ承諾もしてないし、
こっちも目の前の人物についてまったく知らない。
「馬の骨?何で馬?」
クラムは展開も台詞の意味も良く解っていないらしい。
テンションの上がり下がりが激しい2人を警戒して、彼の半歩後にいる。
「僕が、タニアを取り戻して見せます!彼女の婚約者として!」
「グ、グプタ、駄目だ!」
若い男が初老の男に力強く言った。
初老の男は必死の形相で止めたが、聞かなかった。
「タニア、今行くよ!」
誰にか知らないが、高らかに宣言。
言うが早いか、街の外に向けて走り去った。
「あんた、香辛料の店の人?」
一連の騒動で、訊きそびれていたことを確認する。
「そうだが…」
さっきの激しさとは裏腹に、力なく答える。
「ああ…娘がさらわれた上、
店の跡継ぎと見込んだグプタに何かあったら…!」
彼は悲壮感も顕わに、再びへたり込んだ。
しかし、やや大げさな気もする。
同情してくださいと言わんばかりのその姿に、
しかしアリアハンの勇者は呆れたように口を開く。
「俺ら黒胡椒がほしいだけなんだけど…」
「そう!その黒胡椒も盗られてしまったんだよ!」
「はぁ!?」
予想外の返答にもう何度目か分からない声を上げる。
「奴らがそれを盗もうとしているところに、
娘が居合わせてしまって、それで連れて行かれたんだ」
それでは人攫いというより、強盗だ。
娘がさらわれたのは、まったくのついでらしい。
「てことは、ないの?黒胡椒…」
「ない!」
何故か凄く堂々といわれた。
「他の店は…」
「売ってない!黒胡椒を今扱っているのはうちの店だけだ!」
「次の収穫はいつ…」
「タニアとグプタを連れてこん限り何も売れん!!」
先程までの気弱な雰囲気は何処へやら。
血管が浮き出るほどの力強さで言い放つと、
背中を向けて店へ入って行ってしまった。
「歯牙にもかけないって、こういうことかな」
その背を見送りながら、ストロフィスは脱力した。
こうなったら、ほぼ脅迫。
クラムもまた、ぽかんとしている。
「あれだよね。なんか、迫力あり過ぎて、被害者っぽくないね」
「おっさんら、わがまま過ぎ…」
げんなりと呟いた。
あの調子なら、自分で娘くらい取り戻せそうだった。
*参考:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
<back
dq3top
next>