ポルトガ〜ダーマの話----------





12話.わがままなお願いA





 晴れていたなら紅く染まる空を期待できた頃。
 アッサラームから東の山脈。
 その麓では小雨が降り続いていた。
 雲は厚く、暫くこの状態が続くことを窺わせている。
 そんな中、もう濡れることに対して諦めた4人の影があった。





「すっかり濡れてしまったわね」

 青銀の髪から雨粒を垂らしながらラゼリアが言った。
 重くなったマントを脱ぎながらストロフィスも天を仰いだ。

「止まないな…」
「山の向こうも降ってるのかな?」

 クラムが絶対に見えない山脈の先を除くような仕草を見せる。

 4人が立っているのはぽっかりと口を開けた洞窟。
 そこはバハラタへの抜け道にしてホビットの住居。
 その入り口だった。





「暗―い!」
「舗装してないから泥だらけだぞ」

 クラムとブラウがそれぞれ感想だった。
 洞窟――ポルトガ王曰く「バーンの抜け穴」――は一見天然の洞窟に見えた。
 付近には、明かりもなければ、火の焚かれた形跡もない。
 更に雨に晒された土が、濡れてぬめりを帯びている。
 入っていけば、確実に靴が泥まみれになるだろう。

「本当になんか住んでるのか?」

 ストロフィスが疑問を口にする。
 暗い穴には、人の気配を感じる術すらなかった。

「確かに住んでいるはずよ。
 目撃証言があるのは、そう何年も前の話じゃないし…」

 答えるラゼリアもどことなく自信がない。

「まぁ、本当にこんなとこに住んでいるんだとしたら」

 ブラウがため息を吐きながら呟く。

「森の奥のエルフといい、土の下のホビットといい…
 俺には他の種族の感覚がまったく解らねぇよ」

 あまり積極的とは言えない足取りで、とりあえず一行は、洞窟の中を進んでいった。





「不法侵入とはいい度胸だの!」

 突然の怒鳴り声に思わず身をすくめたのは、
 洞窟へ入ってさほど時間が経っていない時だった。
 ストロフィスは、きょろきょろと辺りを見回す。
 しかし、何も見当たらない。
 盛大な空耳かと思って、歩きだそうとする。

「こら、こっちだ!」
「うわ、ちっさ…」

 思わず声を上げたのは、彼の胸の下ほどに視線を向けたため。

「失礼な人間だの」

 そこには髭を蓄えたちいさな中年男性が立っていた。
 年齢は人間で言えば50から60歳くらい。
 4人の中で1番背の低いクラムよりも更に小さい。
 しかし、体はがっしりと分厚く、小柄とは言えない。

「うわあぁ、本当にちっちゃいなぁ」
「じろじろと見るでない!」

 さすがに好奇心の対象にされて喜んだりはしない。
 しかし怒りというよりは戸惑いを顕わに、ホビットはクラムを払う。

「みんなおじさんくらいちっちゃいの?」
「訊いてどうする?」
「「勇者くんとあたし・素敵旅行記」にメモする!」

 そんなものをいつの間に付けていたのだろうか。
 混乱を打破すべくラゼリアが前に出る。

「あなたがここを管理されているノルドさん、でしょうか?」
「…いかにもワシはノルドだが」

 彼女が自分の名前を呼んだことに驚いたようで、ノルドは警戒する。
 そんな彼にポルトガ王からの書状の入った封筒を手渡した。

「これは…確かにポルトガ王の筆跡だの」

 封筒の宛名を見て呟く。
 封を切り、中身を確認して4人を見た。

「なんで、ポルトガの王様とは仲良しなの?」
「ポルトガ王はな、良い奴だからな」

 そう言ってもう1度読み返し、独りうんうんと頷いた。

「黒胡椒が食べたい…か。いや、あの人らしい我侭だ」





 ノルドを先頭に洞窟を進む。
 途中何度も道が分かれていた。
 もちろん看板も何もない。
 彼の案内がなければ、探索する気すら起こらないだろう。
 暗い迷宮。
 ホビットが住んでいるために通れない、のではなく、
 ホビットの助けがなければ通れない、ということだったようだ。

「この抜け穴は確かにアッサラームとバハラタを隔てる境界だ。
 ワシが生まれる遥か前から、たくさんの旅人が通って行った」

 しかし、とノルドは付け加える。

「近頃は、ワシがここを独占している、と言いがかりをつけてくる奴もいてな。
 不愉快だし、面倒で、案内をする気も起こらんようになったのだ」

 そして、危険な山道が主流になった。

「ねぇ、おじさん」

 クラムが足元を気にしながら問う。

「こんなとこで1人って淋しくない?」
「少し前までは、旅をしている友人たちが訪ねて来たものだったが…」

 もう慣れたからな、と続ける。
 しかし、その後姿は少し寂しさを感じさせた。

「おじさんはまったく全然、人が嫌いって訳じゃないんだね。
 ほらっ、エルフは人に関わりたくないって感じだったから」

 振り返ったノルドの顔がム、と一気に不機嫌になる。

「あんな偏屈どもと一緒にしないでくれ」
「偏屈…」

 今まで特に会話に参加していなかったブラウが復唱する。
 その言葉をそっくりそのままあんたに捧げようか、という台詞は飲み込んだ。

 そんな風に更に進むと、ノルドの足が止まった。

「ほら、ここ」

 そこは他の分岐と違い、出っ張った岩で見難い横穴。
 ちょうど影になっていて言われなければ気付かなかっただろう。

「ここからは一本道だ。迷うこともない」

 指差して言う彼に、ラゼリアが丁寧に頭を下げる。

「案内して頂いて、ありがとうございました」
「ありがとう!」

 ラゼリアを真似てクラムも深々と頭を下げる。
 ブラウと会話すらしていないストロフィスはほどほどに。
 示された先に足を踏み入れようとした。

「ちょっと待て」

 呼び止められて、4人は振り返った。

「今から向こうに抜けてももう陽も暮れているぞ。
 雨も山沿いはまだ降っているだろう」

 確かにその通りだろう。
 この洞窟に入ったのが日もとっくに傾いた頃。
 それから暫くこのホビットと話をしていたから、今は夕食を摂っていてもいい時間だ。
 しかし、何故そんな解りきったことを確認されるのか理解できず、彼らは曖昧な表情を浮かべていた。

「泊めていってやる、といっているのだ。
 とは言っても客人用の寝台などありはしないがな。
 魔物が出ない分、外よりはましだからの」

 予想外の言葉。
 クラムが不思議そうな瞳で問い返す。

「いいの?」
「ポルトガ王の使者だからな」

 どちらかというと、それは理由としてはどうでもいいようだった。
 目を逸らして、そ知らぬ風に言う。

「その代わり、外の様子を教えてくれ。
 久しく他人と会ってなかったから、情報に疎くなってしまっての」





 夕食を囲んでの話の前半は、主にラゼリアとブラウが語り手だった。
 立ち寄って来た国々の話。
 増える魔物の話やそれについての見解。
 街や旅の人々のこと。
 どちらでもなくフォローを入れながら話し、そこにクラムの感動話が加わる。
 そしていつの間にかクラムの冒険譚。
 彼女の華麗な補助魔法のお陰で、
 鮮やかに魔物を倒した勇者様のくだりで鍋の中が空になった。
 当のストロフィスはというと、最後まで黙々と食べ続けていた。





 食事の後。  使った器を洗うために、奥の井戸へ行くと言うラゼリア。
 彼女に付き合ってブラウも鍋を持って闇へ消える。
 ここにはクラム、ストロフィスとノルドの3人だけ。

「ねぇ、ノルドのおじさんはどうしてポルトガの王様と会ったの?」

 一国の王様と隠居のホビット。
 どう考えても接点が思い当たらない。

「それに、言ったら悪いかもしれないけど。
 ポルトガの王様ってノルドのおじさんの好きなタイプには見えなかったよ?」

 国のことよりも、食のことで頭がいっぱいな王様。
 そのいい加減さはノルドが好まない気がしていた。

「昔はそんなこともなかった。正義感も強くてな。
 前王が崩御する前は、王子だと言うのに供も付けずに歩き回っていた。
 彼とは、そんな頃に出会ったのだ。
 王座に着いてからは、アリアハンがオルテガを旅立たせたように、
 ポルトガからも魔王討伐の精鋭部隊を旅立たせていた」

 ノルドの話に、ストロフィスとクラムは顔を見合わせた。

「そんな話、ポルトガでは聞かなかった」
「暗黙の了解だろうな。話せるはずはない。
 任務はもちろん失敗に終わったのだ」

 それは今だ魔王が健在なことで解ること。

「2人を除いて部隊は全滅だった」

 全滅。その意味は言わずもがな。
 最悪の結果と言うやつだ。

「その2人はどうして?逃げてきたの?」
「見逃された、というよりかは、送り返されてきたらしい。見せしめとしてな」
「見せしめ?」

 なにやら物騒な単語にクラムは顔をしかめた。

「呪いをかけられ帰ってきた。
 まるで子供の悪戯のような呪いだ。
 それが逆に戦士達の、ポルトガ王の戦意を消失させてしまった。
 物騒な話だが、部隊がただ全滅したなら、士気は高まったのだろうが、
 まるで、いつでも、どうとでも出来ると言われたようでな」

 掌の上で弄ばれていることを、知らしめるため。
 何をしても無駄だと言わんばかりに。
 そして、王は歯向かうことを辞めた。

 クラムが深刻な顔で黙り込んだ。
 代わりに、ストロが問う。

「…悪戯みたいな呪いって?」
「名前は…サブリナとカルロスといったかの。
 国1、2を争う剣士だった2人は恋人同士だったらしい。
 それを引き裂くように、彼女は夜の間猫に、
 彼は昼の間馬になる呪いをかけられたのだ」

 その場にいるのに、出会えない淋しさ。苦しさ。
 人でいられない恐怖。
 そして、そんな状況に追いやってしまった責任。

「それって、魔王に…バラモスがかけた呪い?」
「魔王の手先にやられたらしい、としか知らんな。
 何だ?気になることでもあるのか?」

 ストロフィスの呟きにノルドは不思議そうにした。
 しかし、彼は軽く首を振る。

「…呪い、って物騒だな、と思っただけ」
「あ、そういえばノアニールもエルフの呪いだったね」

 クラムが思い出したことに、ノルドが嫌そうな顔をする。
 どうやらエルフという言葉に反応したらしい。

「おじさん、エルフ嫌いなんだね。
 えと、礼儀のない人間も、だっけ?」

 彼はフン、と息を吐く。

「同じ種族でも他人のことなんかすべて解かりゃしない。
 それが別種の他人にならばなおさらだろう」

 それはもう、どうすることも出来ないこと。
 数えきれないほどの人間と接して来て理解したこと。
 ノルドはため息も吐かなかった。

「んー、あたしは別にどうしても無理に仲良くならなきゃいけないとは思わないの。
 嫌で、関わりたくないなら、関わらなくていいと思う。
 でも、もし、関わりたいと思ってる人がいるなら、それを止める必要もないと思う」

 例えば人間を愛したエルフ、エルフを愛した人間も。
 それを非難される必要などどこにもなかったのだ。
 良好な関係が築けない理由を、種族の違いにするのはおかしい。
 少なくとも彼女はそう思っていた。

「あたしは、関わりたいな」

 真っ直ぐに言った。
 そして、真っ直ぐに問う。

「ノルドのおじさんだって、仲良くしたいと思っているんでしょ?」

 何の躊躇いもなく、何の罪悪もなく。
 ただ、真っ直ぐに独りのホビットの胸に突き刺さる言葉。

「それが出来たなら、な」

 何の迷いもなく、信じることが出来たなら。
 受け入れてもらうこと、受け入れることが出来たなら。

「嬢ちゃんが少し羨ましいよ」

 彼は今日も人と人との狭間で悩む。
 独り、口の中で呟いた。

「いや、わしは我がままだな」

 薪の中でぱちっと炎が弾けた。





 見えない、境界。
 未知への恐れ。
 その線の向こうには踏み込めない。











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