ポルトガ〜ダーマの話----------



 大人気なくないですか?





12話.わがままなお願い@





「あれ、この前もこの席座らなかった?」

 それは別に既視感という訳ではない。
 本当にこの間、座っただけだった。





「とりあえず、これでポルトガに行けるな」

 イシスから、中継地点でもあるアッサラームまで4人は戻って来た。
 荷物を置いて食堂へ降りる。
 お昼限定のランチセットを各自胃に収めつつ、いつものように地図を広げる。

「関所は魔法の鍵で開けられるだろうし、後は特に問題はないし…」

 ブラウが地図をなぞる。
 取り立ててそこに障害物はない。
 あるとすれば、増え続ける魔物のことくらいだろう。
 不安材料が目下見当たらないことで、ブラウは少し安心していた。

 その時、向かいの席でストロフィスがズズっと飲み物をすすった。

「つーか、何でポルトガ行こうとしてたんだっけ?」
「船だ、船」

 ブラウが呆れ顔で呟いた。
 ストロフィスは取り立てて感動も驚きもなく、思い出す。

「ああ、そっか」
「船、船かぁ…」

 ときめきモードに入り、クラムがうっとりとした瞳になる。

「船、乗ったことないの?」

 ラゼリアの問いにストロフィスは躊躇いなく頷く。
 クラムの方は少し考えてから口を開く。

「地元の小さな湖に浮かんでるやつなら乗ったことあるよ。
 こう、先の方に白鳥の顔がついてるやつ」
「白鳥…?」

 ストロフィスの反応から、別にアリアハンでポピュラーなものという訳ではないらしい。

「まぁ、でもそれじゃ、乗ったことないも同然だな。
 白鳥云々はともかく、湖と海じゃ波が違いすぎる」

 ブラウが呟く。
 仮にすんなりと船が手に入ったとしても、先行きが思いやられそうだ。
 旅の扉での2人の様子を思い出し、彼は結局ため息を吐いた。





「何か騒がしくないか?」

 ふと、ストロフィスが顔を上げた。
 確かに誰かが騒いでいる訳ではないが、前に来た時とは違う騒がしさ。
 行き交う人々に落ち着かない雰囲気がある。
 彼の呟きにラゼリアが答える。

「東へ向かう街道に落石があったそうよ。
 私たちがこの前ここを出てからすぐにあったらしいのだけど、
 それでもまだしばらく復旧は見込めないみたいね」

 イシスまでの往復の時間をかけてもまだ見込みがないというのは、
 かなり大規模なものだったのだろう。

「東の山脈は崩れやすいから、よくあることなの。
 厳しい山道でただでさえ入り組んで越えるのが大変な上に、  1箇所崩れると連鎖反応があるみたいで。
 東の方に行くにはその道しかないから、1度崩れると大騒ぎ」
「ふーん」

 ストロフィスは店の外に目をやった。
 確かに落ち着きなく動いているのは、異国の商人のようであった。

「東には何があるの?」

 クラムがいつものようにラゼリアに訊ねる。

「バハラタ、という街があるわ。
 更に北東に進むと大神殿のあるダーマが…」

 彼女はそう言いながら地図を取り出した。
 アッサラームより東、大きな山脈の図の向こうに指を滑らせて行く。

「珍しい香辛料や染料が採れるからところだから、
 昔から行商人たちが命がけで目指して来た土地なの」
「他に道は作られないの?」
「山が険しくて、切り開けないそうね。
 …いえ、本当は他にも道は在るのだけど」

 何で使わないの?と目で問う。
 ラゼリア代わりに、ブラウが答えた。

「ホビットの住処だからだ」
「ホビット?」

 未知の生き物の名前。
 彼女の脳内では、良く解らない生き物がぴょんぴょん跳び回る
 洞窟の中に住んでいて、丸っこくて、色は薄い紫…

「エルフみたいな感じの別種族だ」
「エルフみたい?」

 ぴょんぴょん跳んでいたものが遠ざかっていく。
 代わりに現われたのは、美しく気位の高い緑の髪。

「いや、外見は全然違うらしいけど」

 やはり、緑の髪が遠ざかっていく。

「じゃあ、何がみたいなの?」
「人間嫌い」
「あー…」

 なるほど、と何度か頷く。

「それは、何か、うん。駄目っぽいね」

 ノアニールでのエルフ達の態度を思い出し、その道が使えない意味が良く解った。

「まぁ、何にしても今の目的地とは違うからな。
 船さえ手に入れられれば、海路からいつか行くこともあるかもしれないけど」

 そんな風に彼は口にして、アッサラームでの昼食は終わっていった。





 ところ変わって海沿いのポルトガの王都。
 潮風が吹き抜ける港。
 しかしさすがに今の世、それほど賑わってはいない。
 しかし出航している船があるだけ、マシというものだ。





「余はな、黒胡椒が食べたいんじゃ…」
「はぁ」

 ここはポルトガ王城謁見の間。
 4人は城へ船の件を頼みに来ていた。

 一応港で船について聞いてみたものの、手持ちの金額で賄えるものではないし、
 船乗りにとっての財産をそう簡単に譲ってくれる訳もない。
 それ自体は想定内ではあった。
 それならば「魔王討伐に向かう勇者」として、国に協力してもらうつもりだった。

 すんなりと王の前に辿り着いたまでは良かったのだが、
 どうにも肝心のポルトガ王の様子がおかしい。
 王は、何処でもない虚空を見上げ、夢見るように呟いた。

「あの辛み…あの風味…もう一度口にせずにはいられない…」
「はぁ」

 生返事を返す。
 ぽかんとしている一行に気を使ったのか、大臣が申し訳なさそうに口を挟んだ。

「旅の商人が王に献上してな…。
 そのバハラタ原産の黒胡椒を使った料理がたいそう美味かったらしく、
 まるで恋煩いのようになってしまわれた。
 それ以来王はこの様で…まともに仕事もしてくださらない」

 ストロフィスは3人の仲間を振り返った。
 皆、一様にぽかんとしている。
 普段はどんな悪人にも優しく微笑めるラゼリアが、呆れた表情を隠してはいなかった。

「なので、ワシが代わりに用件を聞こう」

 大臣は気まずい面持ちで進み出た。
 それに対し、ラゼリアが申し出る。

「船を、何とか譲ってもらえないかと思ったのですが。
 陸路での移動は限界があります。
 魔物の力も増している今、時間の猶予もありません。
 一刻も早く、魔王の拠点を見つけ、倒すために。
 もちろんその間、お貸しくださるのでも構いません」
「なるほどな。アリアハンからわざわざ駆けつけた勇者達に、
 ポルトガとしても協力は惜しまないつもりだ。
 それにしても船か…。
 最近は新たな造船もなされていないし、どうしたものか。
 それに、船とまで大きなものを譲るとなると、やはり王の承諾が…」
「黒胡椒を食べさせてくれたら、船でも何でもやるぞ」

 大臣の言葉を遮るように、はっきりとした声が響いた。
 4人と大臣の目が一斉に王座へ向かう。
 王が現実に帰って来ていた。

「え!?」
「やる、とは…」

 驚きの声を上げたのは大臣で、ラゼリアは戸惑いを顕わにした。

「そのままの意味じゃ。船を1隻、そなたらに与えよう。
 今から造っていては難しいかもしれないが、
 余の船の中から、良さそうなものを持っていけば良い。
 どれも荒波を耐え抜いてきた良い船だ」
「本当!?」
「しかし、バハラタへの山道が使えなくなってい…います。
 バハラタへ陸路で向かうには…」

 クラムは素直に驚き、今度はブラウはすぐに反論した。

「そんな道を通らんでも、バーンの抜け穴があるだろう」

 しかし、王はあっさりと言った。
 バーンの抜け穴?と聞かぬ単語に一同首を傾げる。

「ひょっとして、ホビットの通路のことをおっしゃっているのですか?」
「そう、ホビットのノルドが住んでいるはずじゃ。
 彼らの呼び名ではあそこはバーンの抜け穴というのだ」

 王はどうやらホビットが住んでいることを承知の上で話しているらしい。

「しかし、あそこホビットは人間嫌いで、
 通路は使わせてもらえないと聞きましたが…」
「何の問題もない。ノルドは余の気心知れた友人じゃ」

 ホビットと?と思わぬ台詞に、一同目を丸くする。

「一筆書けば、すぐにでも通してくれるだろう」

 言うが早いか、王は紙と羽ペンを持ってこさせ、さらさらと何かを書き出した。
 そんな様子を見ながら、クラムが不思議そうに尋ねる。

「ホビットって人間嫌いじゃなかったの?
 なんで、王様と友達になれたの…ですか?」
「ノルドは人間嫌いではない。礼儀のない人間が嫌いなだけで」

 王はとんでもない、というように否定の意味で手を振った。

「話し相手になればさぞかし喜ぶだろうな」

 1人、何度も頷く。
 そして、王座から降り、それをストロフィスの手に握らせた。
 半、強制的に。

「これで黒胡椒が食べれるんじゃの」

 最後にそう言って、王は満面の笑みで4人を見送った。





 ということで、4人は再びアッサラームにいる。
 前に訪れたところと同じ食堂の席で、昼食をとっていた。

 頼んでいたのはお昼の時間帯限定のランチセット。
 口の中の鶏肉を飲み込んでから、ストロフィスがぼそりと呟く。

「ていうか、実はあの流れの中で、俺ら承諾してなかったよな」
「あ、でもほら、王様からの手紙を、思わず受け取っちゃったし」

 クラムがポルトガ王室の蝋印付きの雅な封筒を机に載せた。

「胡椒…黒胡椒だっけ?
 王様が夢中になるってどんなに美味しいんだろ?
 バハラタ行ったら、あたしたちも食べようね!」

 無駄な程に張り切るクラムにストロフィスが適当に頷く。
 しかしながら彼女はそれでも満足したようで、嬉しそうに最後の一口を頬張る。

「それにしても何か、前よりぴりぴりしてない?」

 食べ終えて、何気なく口にする。
 以前も落ち着かない雰囲気はあった。
 それでもこんな感じだっただろうかと、彼女は不思議に思った。
 ラゼリアはそうね、と軽く同意し、ブラウは先程聞いてきた話をする。

「天候も良くなくて、まだ復旧見込みが立ってないらしいな。
 足止め喰ってる商人達が焦ってるんだろうな。
 ただでさえ、今の時勢旅するのが危険なのに、
 その上思う通りに動けないといらいらもするんだろ」
「それにしても…ううん、そうかもね」

 解らないものはしかたない。
 クラムは何か、引っかかっていたようだが、すぐに頭を切り替えることにした。
 思い描かれるのはこれからの旅。

「早く美味しい胡椒食べてみたいね!」
「いや、目的がズレてるだろ」

 ストロフィスの小さな突っ込みを受けつつ、アッサラームの昼食は終わっていった。











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