イシスの話----------





11話.魂を閉じるA





「クラム!」

 ストロフィスがクラムに手を伸ばす。





「にゃああぁ!!?」

 意味が解らないままに暗闇に落ちていく。
 仰ぐのは急速に小さくなっていく四角い光。
 どうやら落ちているらしいと理解すると
 クラムの目の前には16年とちょっとの人生が走馬灯のごとく駆けていく。

 アリアハンの宿の娘に生まれ、そこで育った日々。
 ストロフィスに初めて話しかけた日。
 魔王討伐の旅に出た日。
 魔物との戦いの日々。
 そして…――

 今現在の映像が浮かびかけたその時、

「痛っ…」

 何かが剥がれる音と共に、衝撃が走る。
 しかしそれは、体を叩きつけられるものではない。
 そして、漏れ出た声も彼女のものではない。
 右手に伝わる温もりと鈍い肩の痛み。

「あ、あれ?」

 足は着いていない。
 ぱらぱらと土埃が落ちてくる。
 彼女は状況が良く解らないまま顔を上げた。
 右手はしっかりと掴まれていた。
 真っ暗な中、何か光るものが見える。
 どうやら剣を落とし穴の側面に突き立てて地面に叩きつけられるのを止めたようだった。

「クラム!ストロ!大丈夫!?」

 焦ったようなラゼリアの声が降ってくる。
 彼女の台詞でクラムはやっと気付いた。

「ゆ、勇者くん…!?」
「…灯を落としてくれ」

 彼は問いかけには答えず、代わりに上に頼んだ。
 ロープのフックにランプが引っ掛けて降りてきた。
 そのまま彼らを通り過ぎ、コト、と音を立てる。
 どうやら地下の底に着いたようだ。
 宙に投げ出されたときにはそれが永遠にも思えたが、実際には1秒程度だったのだろう。
 落とし穴は底なしではなく十数メートルだった。

「大丈夫そうだな。
 このくらいなら跳んで降りられるだろ」

 残りは2、3メートルほど。
 ほんの少しでもストロフィスが遅れていたら2人とも良くて大怪我だっただろう。

「う、うん」

 躊躇いがちにそういう。
 本当は怖かったが、右手1本でぶら下がっているのもそろそろ限界だった。

「放すぞ」

 返事をする前に手が放れる。
 一瞬の浮遊感の後、両足が地面に着く。
 衝撃を、膝を曲げて和らげてなんとか落ち着いた。
 上を見上げると、大量の土ぼこりと共に続けてストロフィスも降りてくる。

「勇者くん、ありがとう」

 礼を言うと彼は頷いて、先程まで2人を支えていた剣をゆっくりと納めた。
 クラムは頭に積もった埃を払っていると、こつんと踵に何かが当たった。

「何、これ?」

 異物に何となく足元を見る。

「…ふわああぁ!?」

 思わず悲鳴を上げて飛び退く。

「髑髏か…」

 明かりに照らされたのは白い人間の頭蓋。
 もちろんその体部分に当たる骨も、そこかしらに散らばっている。
 この落とし穴に落ちて死んだのか、それから何かに襲われたのか。
 封印をくぐり入り込んだ盗掘者たちか、王家所縁の者たちか。
 どちらにせよ、それらはまさに不運な者たちの末路だ。
 白い物体に成り下がった彼らは、不気味な沈黙を守っている。

 じりじりとそれと距離を取り、クラムはさりげなくストロフィスにしがみ付こうとした。

「いっ…」

 右手に触れた瞬間、彼が顔をしかめる。
 助けてもらった時に彼がもらした言葉を思い出し、彼女ははっとした。

「勇者君怪我してる!?」

 よりによって彼の右手を思い切り持ち上げる。
 彼は悲鳴を上げる代わりに腕を振り払った。

「痛いっ…!してるからつかむな…」
「ご、ごめんなさい…。大丈夫?」

 いつも淡々としている彼のあまりの剣幕にたじろぐ。
 よほど痛かったのだろう。
 クラムは正直に反省した。

「まぁ、呪文で直ると思う。…ホイミ」

 珍しく彼が自分自身に回復魔法を唱える。
 ラゼリアがいないからしょうがないことである。
 しかし…
 何も起こらない。
 怪訝に思い、もう1度唱える。

「ホイミ……」
「勇者君?」

 手をかざしたまま動かなくなった彼を、クラムが心配そうに覗き込む。

「メラを唱えてくれ」
「え?あ、うん」

 突然の依頼に戸惑いながらも、彼女は素直に従った。
 いつものように集中し、火の玉を思い浮かべる。

「メラ!」

 やはり何も起こらない。

「あ、あれ?出ない?」

 何度も繰り返してみるが、結果は同じだった。
 火が出ないばかりか、いつもの魔法を放つときの独特の感覚がまったくない。
 ついでに魔法の鍵を握ってみたが、先ほどのような光も生まれなかった。
 それを見てストロフィスが上に向かって叫ぶ。

「魔法が使えない!」





 落とし穴は閉まってしまわないように仕掛けに重りを載せてある。
 そこを覗いていた僧侶は首を傾げた。

「魔法が使えない…?」

 地の下から昇ってきた言葉をラゼリアは繰り返した。
 少し迷う。
 ブラウの手をとり、手袋を脱がす。

「な、何だ?」

 突然の行動に戸惑うブラウには構わず、彼女は呪文を唱えた。

「ホイミ」

 彼女の魔法が癒したのは、彼自身いつ作ったか解らない小さな擦り傷だった。
 魔法が発動したのを確認すると彼女は彼の手を放した。

「ここでは使える。この下だけみたいね」

 こんな傷によく気付いたなという驚きは脳裏から追い払い、ブラウは頷く。

「罠の1つか、迂闊だったな」

 魔法が使えないとなるとクラムは戦力にならない。
 下でもし襲われた場合、かなり不利になる。

「とりあえず、あいつらを上に来させないと…」

 しばし黙考して、彼は落とし穴を覗いた。

「ロープを下ろしたら昇れそうか?」
「俺は無理だ。右手を怪我した」
「あたしは怪我してないけど昇れない!」

 上から引っ張り上げるか、負ぶって上がるしかない。

「引き上げるにしても、俺ら2人じゃちょっと無理だな」

 ロープの先を結びつけて置けるような柱もない。
 引き上げている途中で襲われたら危険だ。

「こちらから降りるのはどうだ?スペース的に」
「壁沿いに落ちれば罠は避けられる」

 ブラウはフック付きのロープと床を確認した。
 ロープを使って自分1人が降りたり昇ったりは出来そうだ。
 1人を負ぶって昇ることは根性入れれば可能かもしれないが、
 引っ掛ける場所が2人分の体重に持たないかも知れない。
 残りの1人が上で支えるのは難し過ぎる。
 ブラウはため息を吐いた。
 ここから上げることは無理そうだ。

「出口は?階段とかはありそうか?」

 下で灯しが動く。

「真っ暗で全然解んない!」
「空気も流れてない。ただ、かなり広そうな感じはする」

 下の暗闇ではあったとしても見つけるのは困難そうだ。

「面倒な…」

 呟きかけるとラゼリアが立ち上がった。

「わざわざ地下に広い空間を作っているのなら、
 どこかに繋がる道がないってことはない思うわ。
 まだ通っていないところを少し見て回ってくる」
「いや、俺が…」

 彼女は首を横に振った。

「もし、ストロたちが危なくなったら助けに降りてほしいの。
 私より、あなたの方が頼りになるわ」

 下では魔法が使えない。
 1番頼りになるのは普段魔法を使わないブラウだ。

「もし見つからなければ、
 丈夫なフックの付いた縄梯子でも取りに行くしかないわね」
「時間がかかるな」

 しかし他にいい手はなさそうだ。
 これ以上悩んでいても仕方がない。

「出口が見つかることを期待しましょう」





 静かだった。

 冷たく、闇には黒以外の色も見い出すことは出来ない。
 そこにランプの光さえも溶け込んで行く。
 生を感じるのは隣のクラムの体温だけ。

「クラムはよく平気だな」
「何が?」

 問いかけた彼女は、鼓動が伝わるほどぴったりとくっついて座っている。
 彼女は先程とは比べ物にならないほど落ち着いていた。

「こんな、死にそうな目にあって。
 どうしようもないような状況にあって。
 さっきまでも骸骨にびびってただろ」

 もちろん今でも当たり前のようにその辺りにごろごろある。

「さっきは急でびっくりしただけだもん」

 彼女はすねるように、頬を膨らませた。

「でも今は、何も不安なんてないよ。
 だって皆がいるもん。…勇者君が隣にいるもん」
「は?」

 えへへ、と照れ笑いする彼女に不思議そうな彼。
 利き手を痛めた自分の何をそんなに信じられるのだろうか。
 彼女の安心の根拠が解らずに彼は首を傾げた。





 上にラゼリアが戻って来たようだ。
 2人が会話を交わしている。
 内容は解らなかったが、話し終えるとブラウが落とし穴に向かって伝えた。

「おい、そっちへ繋がってそうなところが見つかったから今から行く。
 とりあえず、下手に動くなよ!」
「うん、解った!」

 お前はいつも口ばっかりだからな、と小さく聞こえた後、2人の気配が遠ざかっていく。

「後は、2人が来るのを待ってれば…」

 言い終わる前に彼は明かりを闇にかざした。
 何かが聞こえたような気がしたのだ。
 少し心配しすぎかと思ったが、次は明らかだった。

『…たちが…』
「何?」

 クラムも辺りを見回す。
 聞き間違いではない。
 ストロフィスはクラムがついて来るのを確認してから闇の奥にランプを向ける。
 音が聞こえる。
 バリバリと何かを踏み砕く音。
 そして、明かりが照らす中にとうとう入って来た。

『我らが聖地を侵したのはお前たちか…』

 散乱する髑髏を踏み砕いて現われたのはミイラたち。

「い、いっぱい来た!」
「左に走れ」

 ストロフィスは言うが早いか彼女の手を取り走り始める。
 落ちていた頭蓋がパリンと足元で砕ける音がしたが、もう気にしていられなかった。

『これは王家の呪いだ…』

 不気味な声が反響しながら後を追ってくる。





 逃げながら、ストロフィスは解らなくなっていた。
 ただの魔物か何かだと思っていたミイラがいかにもなことを言っている。
 彼が気にしていた「悪魔」などは関係なく、本当にピラミッドの呪いだったのだろうか。

 同じような壁が続くだけで何処を走っているかはまったく解らなかった。
 ただ、闇雲に駆ける。

「うわぁん、うじゃうじゃ来てるー!」
「くそっ、どっから溢れて来るんだ!?」
「疲れたよー!」

 クラムが泣きそうな声を上げる。

「止まったら終わりだぞ…!」

 恐らく今止まれば、次に走り出すことは出来ないだろう。
 限界を通り越してでも走り続けなければ。





 一緒に走っているというよりクラムを引っ張っているような形である。
 もはや泣き言はなく、荒い息しか聞こえない。
 いや、彼女の息ではなく、彼自身の息かも知れない。
 過剰労働を強いられている足は重くなる一方だ。

 このままだと追いつかれる。
 何とか振り切る方法を考えなくては。
 しかし何処を走っているのかさえ解らない状態ではそれは不可能に思える。
 いつ何処の袋小路に飛び込んでしまうかすらも予想できない。
 もしかしたら始めの場所に戻って来ているのかもしれない。
 そんな不安に駆られながら何度目か解らない分岐点を曲がった。
 勢いがつき過ぎ、壁に当たってランプを落とした。
 拾うことも出来ずそのまま走ると、後ろの方で踏み砕かれる音。

 唯一の灯しを失い、とうとう絶望的な気持ちに襲われる。
 しかし不幸中の幸いであった。
 闇の端から光が漏れ出たのである。
 ランプを持っていたら気付かなかったかもしれない。
 彼は迷わずにそちらへ進路を変えた。

「こっちよ!」

 姿は見えないが、それは確かに僧侶の声。
 彼女の声はいつも以上に救いに感じる。
 安堵しかけたその時。

「あ…」

 クラムが焦りを含んだ声を漏らした。
 振り返ると、追って来たミイラがまさにクラムに手を伸ばそうとしていた。

「ラズ、クラムをっ!」

 力の限り彼女を引き寄せる。
 そして光の方にクラムを突き飛ばした。

「ふにゃっ!?」

 彼女は力のない悲鳴を上げたが、気にしてはいられない。
 彼は足を止めて振り返った。
 今まで押し込めていた疲労が一気に噴出した。
 体中が酸素を求めている。
 しかし、迫り来る敵がこちらに気を使ってくれるはずもない。
 握れるか自信はなかったが、とりあえず剣を抜く。

「うっ…」

 鈍い痛みに剣を取り落としそうになる。
 それでも何とか構えようと試みる。
 しかし、振ったその一撃に力が入らない。
 あっさりと避け、こちらに腕を振り下ろすミイラに、彼は来るべき衝撃を覚悟した。

 そして…――

 ミイラたちが一斉に退いた。

「冷た…」

 前触れもなく何かが彼と目の前のミイラたちにかけられたのだ。
 髪からしたたるのは冷たい水。聖水だ。
 突然のことに驚いている間に後ろに引かれる。

「ラ…」
「ブラウっ!お願い!」

 聖水を更に撒きながら、彼女が声を上げた。
 疾風のように、駆けたブラウが通り過ぎる。
 あっという間に迫っていた群れの前に立ち、なぎ払う。
 彼の第2撃を見る前に、ストロフィスは闇から脱した。
 久しい太陽の光で視界は白く染まった。





 強い陽射しと熱にくらくらする。
 目が光に慣れてくると、始めにクラムが目に入る。

「勇者くん、大丈夫?」
「ああ、ここは?」
「ピラミッドの外だよ」

 足元はまだピラミッドの石だったが、確かにそこは見慣れた砂の大地だった。
 先刻までが嘘のような暑さと明るさ。

 そういえばと、助けてくれたラゼリアを探す。
 彼女は四角く切り取られた床の前に立っていた。
 その手はその床にぴったりと合いそうな石の板に触れている。
 何をしているのか訊ねようとすると、床からブラウが飛び出して来た。

「閉めろ!」

 彼が言うが早いかラゼリアはその石の蓋を倒した。
 ゴド、と鈍い音を立てて床の穴がふさがる。
 呻き声のようなものが聞こえていたが、蓋に遮られた。

「お疲れ様」

 ラゼリアが声を掛けると、ブラウは何かを差し出した。

「ミイラの影に、こんなのがいた」

 薄汚れた麻袋だ。
 何の変哲もない袋に反応したのはラゼリアだけであった。

「笑い袋…」
「笑い袋?」

 クラムが首を傾げると、突然その袋が目と口を開いた。

『王家の、呪いだ』
「しゃ、喋った!?ていうか目がついてる!?魔物!?」

 クラムの驚きを他所に、それはまだ続けた。

『我らが聖地を侵したのはお前達か』
「…!こいつ、さっきの?」

 ストロフィスがはっとする。
 ミイラたちから聞こえていた台詞。
 それは王の亡霊でもなんでもなかった。
 ということは。

「こいつがピラミッドの呪いに見せかけていたのか?」

 袋はへらへらと笑っている。
 ブラウがそれを睨みつける。

「こんなのが、独断でやってた訳ないな。
 おい、お前誰に命令されてんだ?」
『王家の、呪いだ』

 笑い袋は聞く耳をもたない。もともと耳もないが。

「らちが明かないな。これ、どうする?」

 ブラウがそういった時、袋から違う言葉が出た。

『マヌーサ』

 薄い霧が辺りを覆った。
 まやかしの呪文に、皆の視界がぶれる。

「あ、待て!」

 けけっ、と不気味な笑い声を上げて、笑い袋はブラウの手を離れる。
 しかし逃げ去ろうとするそれを赤い瞳は逃さなかった。

「バギ!」

 真空の刃が袋を巻き込み、動きを止めさせる。

「せっかくの手がかりだから、もっと調べないと」

 彼女は殺さない程度に呪文を扱う。
 袋は逃れようと抵抗していたが、やがて諦めたように動かなくなる。
 そして、突然、破裂した。

「なっ…!?」

 ラゼリアだけではなく、他の3人も驚愕した。
 ボロ屑になった布きれだけがふわふわと落ちて来る。

 その1つが、ストロフィスの前に舞い落ちる。
 何やら、内側に模様のようなものが見えた気がした。
 しかし確認する前に、それは灰になって散ってしまった。





「クラム、鍵をお願い」
「うん」

 クラムがピラミッドの正面の門に立つ。
 ピラミッドの周りもすべて調べたが、他に扉はなかった。
 
 これが最後となる。

 両脇の守護の像に見守らる中。
 鍵を差し、精巧な錠のような呪文を唱えた。





 音はしなかった。
 そこにあるのは確かな手ごたえだけ。

 悪しき者も良き者の魂も。
 その、すべてを閉じた。











<back    dq3top    next>