イシスの話----------



 重なり合う力。





11話.魂を閉じる@





 威厳に満ちた巨大な王墓。
 その重厚な扉は既に開いていた。

 両脇には墓を守るかのごとき像が立っている。
 剣を構え、侵入者を阻むまっすぐな目。
 しかしこの開いた扉を前にすると、所詮は彼らが作り物の存在だということを実感する。





「冷たいね」

 クラムが呟いたのは、ピラミッド内の空気のことだ。
 厚い石の壁に守られ、外の灼熱は気配すら見当たらない。
 砂漠の真ん中にあることを忘れそうなほどここは別世界であった。
 きょろきょろと興味を移しながら歩く彼女に、同意の代わりにブラウが忠告する。

「罠が多く張ってあるらしいから気を付けろ」
「この模様、何だろ」

 彼の言葉など耳に入れず、模様のある床を不思議そうに右足でがしっと踏む。
 すると連動するように前方の床が抜ける。
 それはちょうど、彼の足が乗ろうとしていた床。

「…っ!?」

 声にならない悲鳴を上げ、間一髪のところでそれを避ける。
 後ろを歩いていたストロフィスもそれに気付いて足を止めたが、
 進んでいればブラウをそこに突き落としていただろう。

「言ったそばから…!」

 クラムは怒りの視線から逃れようと壁に寄りかかる。
 まるで計ったかのように、その手が少しくぼんだ石を押した。
 ブラウの立ち位置に壁から鋭い矢が放たれる。
 今度は悲鳴など上げる間もなく体を反らし、紙一重でそれを避ける。
 矢が止むまでしばし床に這いつくばり、彼は無言で立ち上がった。
 振り返り、鋭く睨む。

「お前、俺を殺す気だろ」
「じ、自意識過剰だよ」

 冷や汗をかきながら彼女は口を開いた。
 残念なことに定まらない視線が動揺を隠せていない。
 しかし、何やら緊迫した雰囲気の2人をラゼリアが制した。

「ほら、喧嘩している暇はないわよ」
 彼女が指した先には、包帯に身を包んだミイラたちが待ち構えていた。





「ニフラム」

 ラゼリアの呪文で5、6体のミイラが消え去る。

「はぁ、こんなにいっぱいどこから出てくるんだろ」

 倒しても倒しても、進むたびに群れを成して襲ってくる。
 ミイラ製造装置でもあるのかと疑いたくなるほどだ。
 魔法を唱えるのも疲れてきて、クラムはため息を吐いた。
 しかしながら敵がこちらのことを考慮してくれる訳もなく、ぞくぞくと迫り来る。
 体勢を立て直そうと少し後退すると、入れ替わるようにストロフィスが彼女の前に出た。
 彼はいつもなら剣を振うところで声を発する。

「…ニフラム」

 僧侶の呪文によってラゼリアほどではないが、それでも3体が消え去った。

「勇者くん、それ、ラズの!?」
「ああ、教えてもらった。ここでいっぱい使いそうだから」

 気楽に答える。
 それにぎょっとしたのはブラウだった。

「教えてもらったって、そんな簡単なもんなのか?呪文って」

 ストロフィスにではなく教えた当人に尋ねる。
 青髪の僧侶は首を軽く横に振った。

「飲み込みが早いわ、ストロは」

 出来のいい教え子だと言わんばかりの微笑み。

「うわー、もう絶対なんかが間違ってる!
 何かこう、才能の配分とか間違ってる!」

 彼は八つ当たりのするように目の前のミイラたちをなぎ払った。





 恨み言を呟く訳でもなく、ミイラは無言で襲って来る。
 ある者は俊敏に、ある者は奇怪な動きで。
 明らかにこちらに攻撃を仕掛けてはくるが、外で出会うような魔物と比べて殺気だった様子がない。
 それも死体故にだろうか。

 戦いは続くが、少しずつ前には進んでいた。
 迷路のような通路を抜ける度、また見つけた階段を上る度に、扉が彼らを出迎える。
 これが何重にも施された封印だったのだろう。
 何かの模様が描かれたそれらは一様に開かれていた。

「さっきの台詞じゃないが、確かに数が多すぎだ」

 へ?という感じでクラムがブラウの方を向いた。
 群がるミイラはとりあえずかたづけたが、また出てこないとは限らない。
 警戒をしながら進む。

「これは単にピラミッドが解き放たれただけじゃないな。
 いくら墓だからってこんなにも死体があるってのはおかしいだろ。
 似たような、何かなんじゃないか?」

 女王もミイラと言う言葉を使うことを止めていた。
 人の死体を模した、魔物。

「何でわざわざこんな姿になってるのかは解らないが…」
「ピラミッドの呪いに見せかけている」

 ぽつりとストロフィスが呟く。
 ブラウが後ろを振り向いた。

「それで誰に、何の特があるって言うんだ?」

 馬鹿にしている訳ではなかった。
 彼がその根拠としているものを知りたがっている風である。
 しかし、彼は首を振った。

「それは…解らない」

 例えばこれが増えていく魔物たちの仕業だというのなら、きっと国を上げて団結できるだろう。
 しかし、それが先祖の呪い。
 しかも国をまとめるはずの、王族の亡霊の仕業だとしたらどうだろうか。
 人々は王家を恨み、王の存在意義を疑うだろう。
 それは即座に現われなくても、少しずつ少しずつ浸透していく。
 そうなれば、いつかは国がその機能を果たさなくなるだろう。

――そこまでは推測できる。

 彼は心中で嘆息した。

 しかしながら、そうすることで何のメリットがあるのか。
 国を滅ぼしたいのなら、一気に大量の魔物に襲わせればいい。
 この回りくどさが何を意味しているのかが理解の範疇を超えている。
 心中で嘆息し、思考を中断させる。
 話すこともなくなり、彼は顔を上げる。
 するとラゼリアもまた、何か思うところのある表情をしていた。
 彼女も同じ事を考えていたのだろう。
 何気なくまた視線を動かすと、ブラウと目が合った。
 何かを問いそうな気配を見せたが、ブラウはすぐに目を逸らした。

「まぁ、今はそれが解ったところでどうなる訳でもないな。
 とりあえずは、魔法の鍵だ」

 ブラウはそう言って自ら振った話題を終わらせた。
 多少気にはかかったがストロフィスは軽く頷いた。





 最後の扉はやはり開いていた。

 最上階。
 そこはがらんとした部屋であった。
 歴代の王族のものなのだろう。
 沢山の棺が並んでいた。
 しかし棺はみんな、空であった。

 その中央。
 横たわる1人の女性。
 包帯を巻かれる訳でもなく、棺に納められる訳でもなく、ただ1人天を見上げ、事切れていた。

「前の女王様…?」

 クラムがそういったのは遺体の服装からだった。
 昨日会った現女王の着ていたものによく似ている。
 命を賭して国を守ろうとした王に、ラゼリアが跪いて祈りを捧げた。

「女王様はミイラの仲間入りしてないんだね」

 きょろきょろと辺りを見回す。
 棺に入っていたであろうミイラは見当たらない。
 部屋に一切魔物の気配はない。
 自分たち以外の人間の気配も。

――もちろん、

「本当に、誰もいないな」

 ストロフィスが呟く。

――面を被った怪しい奴も。

「魔法の鍵は何処だ?」

 皆は特に罠がないと解るとブラウを筆頭に鍵を探す。

「この人が封印をしたならこの部屋にあるはずだけど…」
「これじゃないか?」

 あまりにもあっさりとストロフィスが指差した。
 たまたま視線にぶつかったのは女王の手だった。
 腹部の上で組まれた手の内に輝くものが見える。
 彼はそっと遺体の手を解いた。
 出てきたのは金に輝く1つの鍵。
 それを見て3人が彼の側にやってくる。

「これが、魔法の鍵…?」

 まず、鍵はラゼリアの手に渡った。
 興味深そうにじっくりと眺める。
 それをクラムが覗き込む。

「これで封印が解けるの?」
「そのはずね」

 次にラゼリアからブラウの手に渡る。

「確かに装飾は見事だけれど、特別なものには見えないな。
 こんなもので本当に封印をしたり、解いたり出来るのか?」
「あたしも見ていい?」

 受け取るため、手を差し出す。
 鍵がブラウからクラムの手に渡る。
 彼女の手に触れた瞬間、それは輝きだした。

「うわ、何これ!?」

 熱くなったりした訳ではない。
 しかし突然の変化に驚いて彼女は取り落とす。

「あ、こら、落とすな!」

 それを宙でブラウが受け取る。
 すると何事もなかったかのように光は消えていった。
 4人とも鍵を見つめたまま静かになる。

「…消えたぞ」
「も、もう1回貸してみて」

 無言でそれを返す。
 彼女の手に戻ると、再び鍵に光が灯る。

「クラムに反応している?」

 ラゼリアが呟いたのは、明らかなことだった。
 ストロフィスとブラウが同時にクラムの方を向く。

「ええっ!?」

 当人はテンポ遅れで驚いてみせた。

「どういうことだ?」

 近付いてきたブラウにラゼリアは考えながら答える。

「封印を解除するのは魔法使いの呪文だというのは言ったわよね。
 その鍵もまた魔法使いが使って初めて、意味のあるものなのかもしれないわ。
 鍵が直接封印を施すのではなくて、術者に魔法を引き出させる作用を働かしている。
 もしくは術者の魔力を利用して…」
「それって…」

 期待と不安を瞳に浮かべ、遮った。
 おずおずとクラムが訊ねる。

「あたしの中に閉じ込められてる魔法を、この鍵で開けるってこと?」
「仮説だけど、そういうことね」

 ラゼリアが頷く。

「魔法の鍵を王家が管理していたというのも、
 王家が魔法使いの家系だからかもしれないわ」
「それならイシスの魔法研究が進んでいるのは納得できるしな」

 クラムの耳に彼らの話はまったく入っていなかった。

「あたしの…」

 鍵とそれを包む両手を見つめる。
 流れてくる呪文。感覚。
 今、自分にしか出来ないこと。

「大丈夫か…?」

 ストロフィスが放心する彼女を下から覗き込む。
 我に返り、彼女は何度も首を縦に振った。

「うん!」





 複雑な模様が刻まれた扉を閉じる。

 意を決したように彼女は扉と向き合った。
 模様の真ん中。小さく開いた隙間に鍵を差し入れる。
 そして、イメージと共に湧き出てくる言葉を口にした。

「アバカム」

 一瞬閃光が走り、そして何事もなかったかのように消えた。
 押しても退いても、扉はもう開かない。

「さようなら、前の女王様」

 クラムは振り返り、一言だけ呟いた。





 途中にあった扉に、幾度目かの鍵をかける。

「本当に関所の扉と一緒だな…」

 ブラウが神妙に呟く。
 念のために確認すると、やはり穴の先は不思議な空間だった。
 後は、1番外側の封印だけ。





 やっと始めのフロアに戻って来た。
 そこは、出口にも近い1度は通った通路。

 ストロフィスは気づかない内に息を吐いていた。
 仮面の「悪魔」を意識してから気を張り詰めすぎていた。
 その反動で目的をほぼ達成し、気が緩んでいたのは確かだった。
 しかもそれは彼だけではなく、皆にいえたこと。
 クラムがいつもよりも数歩、彼の先を歩いていた。
 何気なくその彼女の足元に目を落とす。
 彼女は床の模様を踏んでいた。
 確か、その模様は。

「ちょっと…」

 待て、と続ける間はなかった。

「え?」

 次の瞬間、クラムの足元が消えた。




 彼女の体が底の見えない暗闇の口に吸い込まれる。










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