イシスの話----------





10話.涙降らぬ王国A





 花の香りと共に切れ長の瞳と凛とした黒髪。
 鎮座するのはイシスに君臨する美しき女王。

 そして他国の謁見の間とは明らかに異質な空間。

 その違和感の正体に気付くのにそう時間はかからない。
 女王の周りを固める親衛隊が皆女性なのだ。
 その格好は一見、王間を彩る踊り子のようにも見えるが、その腰には皆剣を携えていた。
 一瞬の隙もなく女王とこちらに気を配っている。





「そうですか。アリアハンから…」

 女王は黒い睫毛を伏せ、彼らの言葉に耳を傾けていた。
 ストロフィスたちがアリアハンを旅立った理由を告げ終わると、女王は柔らかい笑みで彼らを迎えた。

「危険な砂漠を越え、よくイシスまで来てくださいました。
 この混乱した状態で大したおもてなしはできませんが
 あなたがたの旅に助力したいと思います」

 女王の友好的な雰囲気にラゼリアが本来のイシス訪問の目的を口にした。

「この国には魔法の鍵というものがあると聞きました。
 もし良ければそれを譲って頂きたいのです」

 女王の顔色が変わる。
 一瞬の沈黙の後、意を決したように告げた。

「魔法の鍵は…ピラミッドに納められています」

 ピラミッドの単語に、皆が顔を上げた。
 この国の混乱の原因。ピラミッドの呪い。
 女王は彼らの顔を一通り見て、話し始めた。

「まずは魔法の鍵と呼ばれるもの、その役割を説明いたしましょう。
 少し長い話になるかもしれません」





「ピラミッドが、王墓として存在しているのはご存知ですね。
 墓というからには、そこには歴代の王、
 そして…それに仕えた者たちの亡骸が眠っています」

 皆が頷く。
 ストロフィスもクラムも、あらかじめその程度は聞いていた。

「ピラミッドには亡骸と共に多くの財宝が納められている為、
 それらを目当てに多くの盗掘家が集まって来ます。
 そしてそれに加えて、遺体はいわば空の器です。
 放っておくと悪いものがどんどん溜まってしまいます。
 そのため、強力な結界を張って、
 儀式や埋葬の時以外には侵入できないように守っておりました。
 その結界を解除し、また閉じるのに用いられていたのが魔法の鍵です」

 一旦、女王は息を吐いた。
 それを見計らって、クラムが口を挟む。

「聞いてもイイですか…?」
「どうぞ」
「閉じるために用いていたものが、なんで中に?」

 女王は最もだというように、深く頷いた。

「最後にピラミッドを閉じたのは先代の女王でした。
 彼女は鍵を内側からかけたのです」
「内側から?」

 当たり前の話だが、内側からかければ出ることは不可能になる。

「魔王が甦ったといわれるのは15年前、
 それから数年後、魔法の鍵が盗まれる事件がありました。
 その時もこのように人を襲うミイラが現われたのですが、
 街に侵入する前に内々に処理されました。
 2度とそのようなことが起こることのないよう
 先代の女王がその身をもって鍵とともにピラミッドを封印したのです」
「身を持って…」

 自らを犠牲に。

「民は王のために、王は民のために。それが国というものです。
 ピラミッドはもはや、この国の象徴としての意味しか持っていませんでした。
 しかし、再び同じことが起こってしまったのです」

 そこまでしたのにも係わらず、今まさに同じことが起こってしまっている。
 鍵を使わずに扉を開ける方法がない訳ではない。
 例えばブラウが道具を使って開けるように。
 例えば関所の兵士がハンマーを打ち付けていたように。

「鍵を使わずにピラミッドが、解き放たれてしまったのですね…」

 ラゼリアが深刻そうに呟いた。
 開錠の呪文。
 術者を探すのも困難なほど、非常に高度な魔法。

「鍵の封印は何重にも施された強い魔法です。
 それを破るほどの力は相当なもの…予想もつかなかったことでした」

 少し悔しそうではあったが、すぐに首を振って話を戻した。

「話が逸れてしまいましたね、申し訳ありません。
 現在の騒動はピラミッドが開放されてしまった為なのは間違いありません。
 しかしそれだけではありません。
 ピラミッドから溢れるミイラ…
 いえ、魔物たちは明らかな意図を持ってこの国に攻め入っています。
 被害が広がる中、もはや猶予はありません」

 国に少しずつ侵攻するというのは、普通の魔物では考えられないことである。
 女王はそこまで話すと、王座から立ち上がった。
 側近達が見守る中、女王は4人の前に立つ。

「無理を承知でお願いいたします。
 ピラミッドへ、赴いて頂けないでしょうか?」
「女王様!?」

 驚いたのはストロフィスたちではなく、側近の女性達だった。
 ざわつくその場を手で制し、女王は話を続けた。

「封印を破るほどの力を持つ者が魔法の鍵を欲したとは思えません。
 鍵はまだピラミッドにあるはずです。
 この騒動を治めるには、やはりもう1度封印を施すしかありません。
 しかし情けないことですが、今この国は魔物を廃するがの精一杯で、
 ピラミッドを調査する部隊を編成することすら難しいのが事実…」

 女王は表情を陰らせた。





 思えばロマリアでも同様であった。
 力あるものは王を、国を離れることはできない。
 自国を守るだけの戦力しかない。
 皮肉なことだ。
 久しく戦争がなかったことが、被害の拡大につながっているとは。





「民衆もピラミッドの呪いだと恐れ、
 ふがいない私に不満を持ち始めています。
 今は1人1人が力を合わせなければいけない時。
 それなのに、このままでは国がばらばらになってしまいます」

 毅然と振舞ってはいるが、かなり憔悴しているようだった。

「お願いします。
 ピラミッドに入り鍵を探し出して、封印を施して頂たいのです」

 女王は再度頼んだ。

「無事に封印が終われば、鍵はお譲りします」

 側近の1人が女王に近付いた。

「よろしいのですか…?」
「彼らはたった4人でこの魔物が蔓延る砂漠を抜け、
 更に今日街に現われた魔物を倒したのも彼らと報告を受けています。
 あなたも解っているでしょう。
 彼らの経験と強さはこの国の兵士たちを上回っています。
 鍵も、この国に置いておくよりこの方々に持って頂いた方が安全でしょう」

 女王は改めて頷くと4人の返事を待った。
 そしてストロフィスを3人が見る。
 彼はなんで俺を見るんだと言わんばかりにため息を吐く。

「どっち道、魔法の鍵がいるんだからいいんじゃないか。
 ほっておいても誰かが取ってきてはくれないんだろ?」

 面倒臭そうに呟いた。
 それを受けてラゼリアが代表して答える。

「お引き受けします」

 その言葉に、女王は心からほっとした表情を見せた。

「ありがとうございます。
 宿を手配させましょう。装備も出来る限り」





 女王が手配した宿へ向かう。
 街中は程ほどに活気付いていた。
 自然と耳に街の人の声が飛び込んでくる。
 その中で、1つの会話がストロフィスの足を止めさせた。

「王宮は一体何をやっているんだ」
「本当なのかも知れないな。
 女王の時代には必ず災厄に見舞われるという噂は」

――民衆も、ふがいない私に不満を持ち始めています。

 女王の不安。
 少しずつばらばらになる。





 手配してもらった宿でしばし休憩の時間。

 部屋は共同スペースの両側にそれぞれ寝室がついた、質の良い部屋だった。
 買出しに行く物や荷物の確認など、
 いつもはどちらかの部屋に行くか食堂へ集まるようなことをするのにも都合が良かった。
 その部屋でとにかくはしゃいでいるのがクラムだった。
 野宿が続いていたのもあったが、
 今まで泊まった中でも特に柔らかなベッドに気が緩むのは彼女だけではない。
 しかしながら、それは4人一緒に居る時間が増えるということ。
 騒がしい彼女から逃れようと、ブラウは隣の部屋の扉を開けた。

 普通に入ろうとして、一瞬動きを止める。
 ラゼリアが窓際に座っていた。
 夜の静かな空気に同調するように。
 先程、こちらの部屋は男で使うと決めたばかりだった。
 しかし彼女が間違えたとは思えなかった。
 この部屋でならなければいけない理由があるのだろうか。
 その窓からは、オアシスとピラミッドが見えるだけだった。

 ブラウは苦い顔をした。
 ラゼリアは何も変わらない。
 アッサラームのこと。
 彼女にしてみれば、何ていうことのないことだったのだろう。
 ちょっと自分の過去を仲間が知った、程度にしか思っていない。
 ただ、ブラウからすれば「今」の彼女の奥底を覗いてしまった。
 後ろめたさと同時に、こんなにも彼女のことを気にしている自分に焦っていた。
 クラムに言えば、確実にはやし立てられるだろう。
 しかし、そんな色っぽい話ではないのは自覚していた。





「勇者君はラズと女王様どっちが好みだった?」
「いや、あんま見てなかった…」

 隣の部屋ではクラムの訳の解らない質問にストロフィスが応えている。
 そういえば、王宮に入る前にそんな話をしていたような気がした。

「あなた、どう思う?」

 突然話題を振られて、彼の中にはクラムの質問だけが残っていた。

「え、お、俺はどっちかっていうとあんま年上は…」

 咄嗟にそれに答えようとし、我に返った。
 ラゼリアはきょとんとしている。
 どうやら勘違いしていたことに気が付いて彼は慌てて問うた。

「え?あ、えっと、何のことだ…?」

 彼女は少し怪訝そうにしたが、すぐに答える。

「このピラミッドの呪いの件。
 …いえ、それだけではなくてロマリアの関所のことも」
「どうって言われても。
 ただでさえどこも魔物が増えて大変なのに、
 ややこしいことになってるなとは思うけど…」

 彼女が求めるものが解らず、しどろもどろに答えた。
 案の定的外れなことだったらしく、彼女は軽く首を振った。

「そうじゃなくて…」

 彼女が説明を始めようとしたところにクラムが声を上げた。

「ブルー?この袋に入っているのっているの?
 邪魔だし捨てちゃっていいー?」

 その内容はさすがに無視できなかった。

「何勝手に捨ててんだ!俺のもんにさわんなよ!」

 ラゼリアとは大した話をしていた訳ではなかったので、慌てて離れる。
 扉も開けっ放しで、クラムを止めに行った。





 いつもの喧嘩を背に、こんこんと開けっぱなしの扉を叩いた。
 窓の外を眺めていたラゼリアがノックをしたストロフィスの方を向く。

「ラズ、ちょっといい?」

 彼女は頷いて椅子を勧める。
 彼は扉を閉めた。
 隣の部屋の騒がしさが遠のく。

「何か気になることでもあるの?」

 その問いに今度は彼が頷く。
 それは呪いの話を聞いてからずっと気になっていた事だった。

「これ、このピラミッドのこと、
 ロマリアの関所と同じ奴がやったんじゃないかって」

 彼の言葉に少しだけ意外そうな顔をしてから、彼女も口を開く。

「あなたも、そう思う?」



 どれもこれも中途半端なのだ。
 国境の関所は消滅した訳ではなく、扉が開かなくなっているだけ。
 一気にではなく、少しずつ攻めて来るミイラの大群。
 そして引っかかるノアニールでのアンの遺書の文面。

 この不安な世の中。
 1つ1つの出来事は、不運は続くもの、でかたづけられるかもしれない。

 しかし、国境が機能しなくなれば国は孤立し弱っていく。
 いつ襲われるかと言う恐怖は、民衆を不安にさせ、国に不信を持たせる。
 そしてたった2人の心中が、人間とエルフに決定的な溝を作りそうになった。

――王を、国を離れることは出来ないでしょう。
――女王の時代には必ず災厄に見舞われると…
――悪魔が私に囁いたのです。

 気のせいだろうか、少しずつ少しずつ蝕まれている気がする。
 だが、あくまで憶測に過ぎない。



「俺、アッサラームで見たんだ」

 語尾を濁し、はっきりとは言わなかった。
 珍しい彼の言い回しに彼女は答えを促す。

「何を?」
「悪魔」

 その短い言葉で彼女が息を呑む。

「笑ってるみたいな、面を被ってた。
 たぶん、関所の兵士が言ってた奴だ。
 よく解んないけど、あれは、ヤバイ」

 その辺りの魔物とかの感じではない。

「何か凄くヤバイものに感じた…」

 もっと、もっと危険な何か。
 本能が警告を発するほど。

「そいつが、ピラミッドに何かしたんだと思う。
 そうだったところで、どうしようもないけど、
 とりあえず、ラズには言っておこうと思って」
「…私には?」
「クラムは、変に盛り上がるだけだろうし
 ブルーは実際見ないと信じないだろうし…」

 それに本当はラゼリアにも言わない方がいいような気がしていた。
 知ることは、係わることだ。
 胸のうちに留めて置けば、あれを存在しないものに出来る気がしていたのかもしれない。
 でも、ピラミッドのことを考えるとそうもできない。
 黙っている不安の方が募ってきた。

「ストロ…」

 隣の部屋の怒鳴り声よりも沈黙の方が大きい。

「何者かの意図が働いているのだと思うわ。
 しかも世界中で、侵食するように」

 そっと慰めるように彼の髪を撫でる。

「少し、精霊の使いについても文献を当たっているわ。
 この件が解決したら、イシスの文献も調査させてもらいましょう」

 魔法研究が進んでいるこの国なら、その他にも旅に役立つものが見つかるかもしれない。
 彼女はそう言って元気付けるように微笑んだ。

「ね、クラムも随分使える魔法も増えてきたし、
 皆4人での戦闘も、上手くこなせるようになってきたし。
 大丈夫…とは言い切れないけれど、私も出来る限り頑張るわ。
 今はとりあえず、魔法の鍵を手に入れることだけ考えましょう」

 彼女の言葉に、彼は無言で頷いた。










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