イシスの話----------



 そこには見慣れぬ砂の地が広がる。





10話.涙降らぬ王国@





 佇むのは仮そめの笑み。

 幾重もの見えない錠が解かれる。
 閉じられていた期間とは裏腹に、それは音すら立てなかった。
 砂漠の夜にも似た冷たい空気が漏れ出でる。

 巨大な石の棺は、灼熱の地に開放された。





 砂漠に1番近い宿場でラクダを1頭借りる。
 道中ラクダが襲われることが多いのだろう。
 ラクダを返せば帰ってくるとはいえ、保証金がやたらと高い。
 十分な水や食料、テントをそれに積んで準備は完了する。

 イシスは広大な砂漠の、オアシスに築かれた国。
 そこに行くにはもちろん何日も砂漠を移動することになる。

 年に数えるほどしか雨が降らない砂の地。
 日中は50度近くまで気温が上がる。
 それにもかかわらず遮るものがないここでは影もできない。
 昼に歩き続けては体力がもたない。
 逆に夜には氷点下まで気温は下がるのだ。
 夜はじっとしていれば、寒さで体調を崩してしまう。
 その為砂漠ではよほどの装備がなければ、
 日が沈んでから移動した方が無難である。
 日差しを遮る厚手のテントを購入して、
 昼を凌ぎ、夜は星を頼りに一行は目的地を目指す。





 キャットフライ、火炎ムカデ、地獄のハサミ。
 人間が過ごしやすい時間には魔物たちも活発に動いている。
 魔物たちのと交戦を繰り返し、
 そろそろ砂漠の旅も終わりが近いはずだった。

「暑い!暑い!!」

 炎天下、クラムが叫ぶ声が耳鳴りのように響く。

「がなると余計暑いぞ」

 ブラウは何とか苛立ちを押さえてそう言った。
 暑いのは皆同じだし、騒がれるとこちらも暑い。
 今日はテントを貼れそうなところを探していると、
 あっという間に日が昇ってしまった。
 そのため、強い日差しを受けながら、こうしてテントを張っている。

「でも暑いの!」

 1度言っただけでは黙らないクラムに本格的に説教しようと振り返り、
 彼は同時にあり得ないものを見つけて血が上る。

「こら!ラクダの影で涼むな!」

 いつの間にかストロフィスが1人ラクダと荷物に身を潜めていた。

「でも暑いし…」
「解りきってる言い訳するな」

 日差しは強いが湿度が低いので日陰にさえ入ればそこそこ過ごし易い。
 彼に睨まれたストロフィスはちょっと考えて言い直した。

「…俺、このラクダと親密になりたいんだ」
「嘘を吐くな!」

 わざとらしくラクダの首に手を回すストロフィスに彼はテント用の金具を投げつけた。





 いつの間にか当事者から第三者へと立場を変えていたクラムが、
 気を紛らわせようとふらふらと辺りを歩く。
 小高い砂の山を昇り、彼女は何かを発見した。

「あれ…目の錯覚?」

 目をこすってもう1度見る。
 しかし見えるものは何も変わらない。

「勇者君、あたし暑さで目がおかしくなっちゃった…」

 困ったように首を傾げてしつこく涼むストロフィスにそう言う。

「何が見えるんだ?」

 ラクダから起き上がり彼女の隣に並ぶ。

「三角の陰が…」
「俺も見える」

 不安げに指差す彼女に、あっさりと賛同する彼。

「ええ!…じゃあ、あれ何?」
「ああ、あれはピラミッドだ。
 つーかお前ら手伝えよ」

 後ろからブラウがため息混じりに答える。
 しかしながら手伝う気がないのは始めから解っていた。
 アッサラームから何となくラゼリアと2人だけになるのが気まずいので、
 もう少し側でサボっているくらいにしてほしかったのだ。

「ピラミッド?」
「ピラミッドって何?」

 怪訝そうなストロフィスに、不思議そうなクラム。

「イシスの王家の墓。
 四角錘型をした巨大な石の建物なんだ。
 王の遺体と共に宝が収められているって噂も…」

 ラゼリアにも劣らぬ博識ぶりを披露していた彼の言葉は、
 ラゼリアの声で遮られる。

「テントが出来たわよ」

 黙々と作業していたラゼリアがテントを完成させていた。

「ホントだぁ!」

 ピラミッドのことなど頭から吹っ飛びテントにクラムが駆けて行く。

 しかしながら砂山の上では、完全にサボってしまった罪悪感に彼が苛まれていた。





 次の日。朝日に照らされる大地。
 砂色だった景色に緑が混じる。

「やったー!」

 クラムが全力で飛び跳ねる。

 オアシスを背景に広がるのは、神秘の国イシス。

 ラクダを預けて、国の門をくぐる。
 数日振りに体を本格的に洗えるだろう期待感。
 生き物の匂いがしない砂漠を抜け、浮かれていたはずだったのだが…。

 意気揚々とした気分が萎える。

「お墓がいっぱい…」

 国の入り口で彼らを迎えたのは墓標であった。
 1つや2つではない。
 本格的な広さを持った墓地である。
 しかも土の色、匂いから最近掘られたものだろうことが解る。

「以前来たときにはそんなことはなかったのだけど」
「確かに空気が重いな」

 ラゼリアとブラウも戸惑う。
 ちらほらと人を見かけるが、皆絶望的な面持ちで墓に参っている。
 街の中心を指して、ラゼリアが提案する。

「何かあったのかもしれないわね。
 早く宿を取って情報を…」
「きゃあああ!」

 彼女の台詞は静けさを切り裂くような悲鳴で遮られた。
 悲鳴とともに街中からは動揺と張り詰めた空気が流れてくる。
 4人は顔を見合すと、街中に走った。
 正確に言うと、1人は半ば引っ張られながら。





「出たぞ!逃げろ!」
「衛兵は!?」
「誰か城に連絡を!!」

 通りでは切迫した様々な声が飛び交う。
 逃げまどう人々とは逆に4人は徐々に核心へ近付いていく。

「助けてぇ!」

 幾つ目かの建物の陰で、大きな影に襲われている女性が見えた。
 俊足を生かしてブラウが飛び込む。
 鞭でなぎ払い、女性を後ろに下がらせる。
 向き合うと巨大な影は何体もいた。
 まったく得体のしれない敵と接近戦をするのは避けたい。

「援護を…」

 言い終わるよりも早く青銀の髪をなびかせた僧侶がすっと出る。

「バギマ」

 彼女の呪文で群がっていた影が吹き飛んだ。

「…相変わらずの威力だな」

 自ら頼んだとはいえ、少々立場がなくなる。
 落ち込んでばかりの彼には構わず、ストロフィスがラゼリアの袖を引く。

「あれ」

 指差されたのは通りの真ん中に倒れ伏したもの。
 イシスの日差しに照らされていたそれは、既に影ではなかった。
 包帯でぐるぐる巻きにされた人間のように見える。

「人…?」

 人間にしては大きいが、しかしクラムにはそれ以外に見えなかった。

「これは…ミイラか?」

 少し迷って、それでもブラウが言葉を発した。

「ミイラ?ミイラってなんだっけ?」
「私は文献でしか見たことがないのだけれど、
 確か特殊な方法で遺体を乾燥保存させてあるものよ」
「要は、死体だ」

 丁寧に答えたラゼリアに、短く簡単に彼が付け足した。
 クラムはますます首を傾げる。

「死体が何で生きてるの?化けて出るにしてもこんな朝に?」
「死体が生きてるって何か変な言い回しだな…」

 答えを知っているはずもないストロフィスはとりあえず、
 気になる点だけを口にした。

「誰かが操っている…」

 ラゼリアがぽつりと呟き、ふと気配を感じて顔を上げる。

「避けて!」

 叫んで、彼女自身も隣にいたクラムを抱いて右に跳んだ。
 先程倒したようにみえたミイラが、
 その巨体を起こしてこちらに襲い掛かろうとしている。
 彼女は両手で十字を切った。

「…ニフラム!」

 ミイラが音もなく地に伏す。
 先刻とは違い、ミイラはぼろぼろと崩れて消えた。
 初めて見る呪文にクラムはもちろんストロフィスも珍しく反応する。

「何?何したの!?」
「ニフラムといって、浄化の呪文と呼ばれているわ。
 肉体、ではなく内側を攻撃している…とでも言うのかしら」
「いいな、楽そう…」
「覚えてみる?
 ホイミが使えるならできるかもしれないわ」

 どこか嬉し気なラゼリアとは裏腹に、ブラウが冷たく突っ込んだ。

「いや、浄化の呪文なんてこいつには無理だろ…」
「ブルーに言われたくないもん!」

 クラムが、ストロフィスの代わりとばかりに怒って見せた。





「大丈夫ですか?」
「あ…はい…」

 ラゼリアは逃げ遅れていた女性の擦り傷を癒す。
 ショックで放心していたが、少し落ち着いてきたようだった。
 騒ぎが収まったため、人もちらほら戻ってきている。

「先刻のようなことは、今までにも?」
「はい…1ヶ月ほど前から、ミイラを見たという人が現われ…
 目撃情報が徐々に街へ近付いてきたのです。
 そしてとうとう街にまで入り込むようになって…もう1週間くらいです」
「結界を抜けてまで」

 ラゼリアが深刻そうに呟く。
 大抵このような大きな都市には、
 外部からの魔物の侵入を防ぐ結界が張られているはずだった。
 それを抜けて来たということは、よほどの意図がなければ出来ないことだ。

「きっと…」

 女性は弱々しく呟いた。

「呪いが降りかかろうとしているのです」
「呪い?」

 その言葉を聞いて、真っ先に立ったまま眠る人々が思い浮かんだクラムが問い返す。

「ピラミッドの呪いです…」
「きっと誰かがピラミッドに手を出してしまったんだ」

 女性の発言に通りすがりの中年男性が口を出した。
 ピラミッド。砂漠にそびえる巨大な墓標。

「ピラミッドって王墓、ですよね?
 先の王がこの国を呪っていると?」

 ラゼリアの問いに女性は首を横に振った。

「私たちにはわかりません。
 ピラミッドは…王家が一手に管理をしていましたから、
 そもそもイシスの人間でさえピラミッドに近付くことはなかったのです…。
 墓地もオアシスの対岸に作られていたのですが。
 増える魔物だけでなく、さっきのようなことが頻繁になって、
 墓地に埋葬にさえ行けなくなってしまいました…」

 女性の言葉に男性がうんうんと頷く。

「一体ここ数日で何十人が悲しみにくれたことか。
 まったく、涙降らぬ王国とはよく言ったものだよ」
「涙…?」

 泣いているジェスチャーをしながらクラム。
 男性はそんな彼女に疲れたように答えてくれた。

「古い伝説だよ。
 昔、この地に現われた魔物と共に涙も封印してしまったのだと。
 それ以来ここは雨の降らない国になったってね」





「先人が子孫達を呪うって意味が解らないのだけれど」

 ラゼリアはどうにも腑に落ちないように難しい表情をしていた。
 ピラミッドの呪い。
 他の誰に訊いても返って来る返事は同じだった。

「とにかく、王宮で訊ねるしかないようだな」

 ブラウの提案に3人は頷いた。





 王宮の門は先程の騒ぎで多くの兵士が出入りしていた。
 緊急事態に相手にしてもらえないかとも思ったが、
 門付近にいた2人に話しかける。
 兵士は意外にも友好的だった。

「旅人の謁見も歓迎されている」
「特に今は魔物により国外の情報が錯綜しているらしいから、
 各地の状況を報告すれば喜ばれるだろう」

 ほっとしたのもつかの間、兵士はにやりと表情を変えた。

「ただし、惚れるなよ」

 意味ありげにストロフィスとブラウを見る。
 男2人に視線が投じられたということは。

「女王なのか?」

 ストロフィスが誰にともなく訊ねる。
 答えたのは兵士の1人。

「とても美しい方なんだ」

 彼は面影を思い描いて陶酔する。

「イシスの宝だね、あの方は」

 よほどの美人ということだろう。
 もう1人も何度も頷いている。

「ラズとどっちが綺麗かな?」

 話題を振られた男2人ではなく、何故か女のクラムが1番興味津々だ。
 興味があるのかないのかさっぱり判断つかないストロフィスに問う。

「さぁ…好みにもよるんじゃないか?」

 彼はやはり、興味があるのかないのかさっぱり判断つかない答えで返した。





 王宮に消えていく4人。
 それを、開放された棺の上で仮面の視線が捉えていた。










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