アリアハンの話----------



1話.旅立ちの日C





「後1人は…どうしようか。
 魔法使いと僧侶が揃ったからな」

 冒険者の登録所である酒場に入るとストロフィスがぽつりと言った。

「そうね。攻撃の要を作るなら戦士か武闘家。
 冒険を有利に進めたいなら…今なら盗賊とか」
「盗賊?そんなのが野放しになってんのか?」

 カウンターから答えたルイーダの台詞に対するストロフィスの疑問は最もだ。

「ここは無法地帯。このルイーダの王国よ。
 国王にだって口出しさせないわ」
「ルイーダさん、かっこいい!」

 ここの女主人は本当に女王のように高らかに言った。

 確かに、この酒場はまるで外界と隔離された雰囲気を肌で感じる。
 それはここに訪れる人々が世界各地から集まったさまざまな種類の人間だからだろうか。
 それともこの女王のオーラの為だろうか。

「まぁいいや。じゃあ、試しにその盗賊ってどれ?」

 女王は名簿を私達に広げると、その細い指をすっと上げた。

『ブラウ 男 盗賊 18歳』

 ルイーダが指差した方に目をやると、銀髪に琥珀色の鋭い瞳の男が1人で酒を飲んでいた。





 手にしていたグラスに人影が映り、彼は顔を上げた。

「何か用か?」
「昼間から独りでお酒って寂しいね!友達いないの?」

 やたら明るい魔法使い風の女がにこにこと問い、

「…暇人だな」

 どこかで見たことがあるぽやっとした奴がそう呟き、

「日当たり悪い席ね」

 嘘みたいな美人の僧侶が気の毒そうに言い放った。

「何だお前らは!」

 いきなり現れて癇に障る事を言われ、思わず彼は叫んでいた。

「勇者様御一行だよ」

 魔法使いが腰に手を当てて答えた。
 何を馬鹿な事をと思ったが、思い当たり口を開く。

「お前…英雄の息子か」





 英雄オルテガ。
 彼が有名なのは何もアリアハンでだけではない。
 かくいう彼も、英雄の息子が勇者として魔王退治に出ると言う噂を耳にしてここにやって来たのだ。
 その勇者が自ら目の前に現れたというのは願ってもない事だった。
 しかし…

「女ばかりはべらせて本気で魔王を倒す気でいるのか?」

 彼と供にいるのは魔法使いと僧侶というひ弱そうな女2人。
 魔王に挑もうという気があるのが甚だ疑問に感じた。

「男として自然な流れ。あんた男に囲まれてた方がいいのか?変わった奴だな」

 彼は何かを否定するような無茶苦茶失礼な事を言われ、カチンときた。
 とっさに胸倉を掴もうと伸ばした彼の手を僧侶が制した。

「女、ってだけでそういう風に言ってほしくはないわね。
 あなたこそ偉そうな事言って、弱かったら笑えるわよ」
「なっ…」

 目前の僧侶は、法衣を着ていなければまったく僧侶に見えないだろう。
 正直着ていてもその妖艶さでは疑わしい。
 不敵に美しく微笑むその女の挑発に彼はまんまとはまってしまった。





 何故か気が付くと外でやりあう事になっていた。
 女相手に何をむきになってんだか、と自分自身に溜息を吐く。

「勇者君止めないの?」
「ラズの実力を見る良い機会だろ…ていうか、めんどいし」

 勇者と魔法使いはすっかりギャラリーになっていた。

「その綺麗な面に傷付けられたくなかったら今のうちに謝れよ」
「つまらない台詞。勇者様が退屈しないうちにさっさと始めてくれないかしら?」

 見ると本当に勇者は眠そうにあくびをしている。
 彼も何だか面倒臭くなって来て、さっさと武器を構える。
 彼が手にしていたのは店先では見ない珍しい鞭だった。
 いばらを編み込んだそれは、自身の手によく馴染んでいる。

「棘の鞭…」

 僧侶が呟いている間に、その鞭を振った。
 髪の一房でも落とせば観念するだろうと考えて。

 しかし次の瞬間、彼の考えも、武器も簡単に退けられた。

「――!!モーニングスター!?」
 茨の鞭を払ったのは鉄球の付いた鎖だった。
 法衣の下に携えていたらしい。
 この辺りではまず目にしないような武器に、
 しかも重量のあるそれを軽やかに扱うその姿に唖然とした。
 ちなみにこの武器、僧侶のために造られたらしいが、
 使う者が使えば魔物の頭を粉砕するという凶悪なものだ。

「バギ」

 僧侶の声が聞こえたと思ったら、突然の強風に彼は鞭を取り落とした。

 そしてそれを回収する前に足元を払われ、呆気なく転んだ。
 地面に体が着いたと思った瞬間に、目の前にモ−ニングスターの柄が突きつけられていた。
 多分、彼が攻撃を仕掛けてから10秒と掛かっていなかったのではないだろうか。
 ギャラリーからはぱらぱらと拍手が聞こえていた。

「この程度で舐めてもらっては困るわね」

 僧侶は俺から武器を放すと、随分と柔らかく微笑んだ。
 そして、ふと気付いたように彼の前にしゃがみ込んだ。

「バギがかすめていたみたいね。…ベホイミ」

 ホイミでも十分過ぎるほんのかすり傷に中級の回復呪文を唱えたのは明らかに彼に対する嫌味だろう。





「ふん、まぁいい。一緒に行ってやるよ」

 酒場の中に戻った彼はカウンターで飲み物を注文してくつろぐ勇者に、そう告げた。
 しかし返ってきたのは予想外の言葉だった。

「いや、あんた連れて行くとは言ってないよ」
「は!?」

 訳が解らず間の抜けた声を上げた。
 そんな彼に勇者は簡単に言い放つ。

「盗賊ってどんなのかなって思っただけなんだ」

 面倒臭そうに切り上げると、ここの主人に向きを変える。

「えっと、ルイーダ。武闘家紹介してくれよ。強くて、美人の…」
「ちょ、ちょっと待てぇ!!」

 彼は再び力の限り叫んだ。
 そしてこの瞬間、自分の旅の苦難が始まった気がした…。





 勇者と魔王。
 魔王と魔物。
 魔物と人々。

 魔物をそして、それを統べる魔王を憎む者は数知れないだろう。
 自分もその内の一人なのだから。
 理由はあまりにも陳腐かも知れない。
 村が、両親が、平穏な生活が、奴らによって一瞬で奪われた。

 それらが二度と戻って来ない事にも、生きるために手段を選べなかった事も、
 全てが悲しく全てが憎い。
 だから単純に、その根源の魔王を絶ちたいと思った。
 そうすればこの胸のくすぶる炎も、何とか出来ると考えたから。

 時には運命も味方に付けなければならない。
 勇者を求めたのは願掛けにも近い。
 だが、もう、後には引けない。

 それが愚かな事でも、誰に諭されようと、

――俺には、新しい道など選べない。






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