恋人遊び
何でかはまったく解らないがここは恋愛スポットとして有名だった。
ここで告白すると成功するとか。
ここでプレゼントを交換すると永遠の愛を約束されるとか。
ここでデートをすると別れるだとか。
とにかくそんな噂が流れているとか、いないとか。
その噂のせいだろう。
毎日ここには恋人同士と思われる男女を多く見ることができた。
そして今まさに1組のカップルが、岐路を迎えようとしている。
どうやら女が男を責め立てているようだった。
『だから、あれは何でもないんだって』
『じゃあ、あのメールは何なのよ!』
『だから、ダチがふざけて打っただけだって。えっと、ほら、オオサワって…高校一緒だった…』
『嘘つき!着信の名前がユリ男ってあんた!どう考えても女の名前を無理やり男にしたんでしょうが!!』
『そ、それはあれだよ、あだ名。あだ名だって』
容赦ない女。言い訳をする男。
『…素直に謝るなら許そうと思ってたけど、頭にきた!!』
『へ?いや、だから俺は…』
『メールどころじゃないのよ!あたしんとこに、ユリって女から別れろって電話がきてんのよ!!』
『げっ!あいつそんなこと!』
『くだらない言い訳であたしを言いくるめようとしやがって!』
『い、いや、違うんだ!だから、あれは、その気の迷いで…お、俺が愛してるのはお前だけだよ!』
ラストスパートをかける女。一転、平謝りする男。
『…言いたいことはそれだけ?』
『マジで悪かった!もうしない!』
『…そう、いいわ。顔上げて』
『ああ、やっぱり優しいなお前は…』
冷たい目の女。救われたように顔を上げた男。
そして、
『バキィ!』
見計らったように突き出された女の足が男の顔に突き刺さる。
白いミュールのヒールはまるで凶悪な武器のようだ。
崩れる男。それを踏みつけて立ち去る女。
私は窓から身を乗り出して女の背を見送った。
「『ま、待ってくれ〜』鼻血をたらしながら情けない声を出す男。しかし女は振り返りもせずに…」
「もう気がちるからやめてくれよ」
大げさな身振りをつけて男の台詞を言う私を、年下のいとこは醒めた声で制した。
「いい加減、そんなくだらないことに興じてないで、自分の男でも見つけてきたら?」
「ふう、わからないかなぁ。この楽しさが…」
私の住んでいる部屋は眺めが良く、恋人たちの動きがはっきりと見て取れた。
しかし、3階という高さからはもちろん会話など聞こえない。
そこで、実に解りやすそうな動きをしているカップルを見つけては、こうして自分で台詞をつけるという遊びをやっているのだ。
なかなかに楽しく、自分には芝居の才能があるんじゃないかと思えてくる。
「言っとくけど、そんなわざとらしい演技、大根にも笑われるよ」
「知った口きいてないで、さっさと勉強続けなさいよ。せっかく部屋貸してあげてるんだから」
部屋の近くの塾に通ういとこは、恩も忘れて生意気なことを言う。
適当にあしらってから、私は次のターゲットを探した。
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