死を廻る話 〜狐色の遺言



 その少年と彼女が始めて顔を合わせたのは、2年ほど前だった。





 少年はとても貧乏で、彼女はとてもお金持ちだった。
 少年はとても健康で、彼女はとても病弱だった。
 少年には妹が1人居て、彼女には彼女の財産を笑顔で待ち構える遠い親類がたくさん居た。





 淵の広い白い帽子を少年が拾い、彼女はそれに礼を言った。
 見上げなければならない彼女の姿はとても美しく、とても儚かった。
 同じ世界の人間だとは思えなかった。






「美味しいわ。名前ばかり立派な、お料理よりも」
 彼女が口にしていたのは、狐色に揚がったコロッケの半分だった。
 ある日少年が彼女に差し出したもの。
 商店街の肉屋で揚げてもらったそれは、少年にとっての贅沢品だった。
 それを彼女と半分コ。
 彼女と食べたコロッケはいつも以上に美味しい気がした。





「私はもうすぐ死んでしまうわ」
 ある日彼女が何気なく言った。
「だから、あなた達にすべてをあげる」
 彼女の家も、彼女のお金も。
 そのすべてを少年とその妹にあげる、と。
「そんなのはいらない」
 だからずっといてほしいと願う少年に、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「もうずっと前から、私には死神が見えているのだもの」
 それはずっと彼女が死んでいくのを眺めているのだという。
「人は人である以上、必ず死ぬわ。私はそれが少し早かっただけ」
 その分死神に好かれただけ、と彼女は笑った。
 そして、だから、と続ける。
「あなたの好きなものでもたくさん買って、使い切ってちょうだい」
「…解った」
 それが彼女の望みならば。





 彼女の背に追いつく兆しが出た頃に、彼女はこの世を去った。
 概ね、医者の診断通りの往生だった。
 死神はしっかりと彼女の死に目を拝んだだろう。
 そして遺書が公開され、遺産のほとんどは少年と、その妹のものになった。





「これで、コロッケちょうだい」
 撒き散らされた札束に、腰を抜かす肉屋の親父。
 彼女は隣にいないけど、コロッケは美味しかった。






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