――月は時折姿を消す
しかし見えなくともそこにいる
彼女の月
―廻り来る新月―
「私は医者になりたいからにここの来たわ。あんたは医者になりたくないの?」
友人の言葉が蘇る。
「私自身のなりたいもの?そう言うの、考えた事なかった」
「何かね、ふわぁ…と輪郭が溶けて行くような感じ」
彼女は独り言のように、小さく呟いた。
強めの陽射しも傾いた頃、ゆったりとした水の音。
森の中で見つけた静かな湖。
泳げない彼女は深みに行く事を禁じられ、膝程もない浅瀬で水にその身を預けていた。
彼は水には入らず、傍の木陰で涼んでいる。
「水はすべての生き物に必要なもの。このまま溶けて行ったら…」
水になれるかな。
強く求められるものに。
彼女は思い付いた事を自分の中で反芻する。
彼はそんな彼女に視線を向けた。
普段は人一倍表情豊かな彼女。
今は何の感情も見えない。
まるで空っぽ。
「水は戦いもしないし、怪我も治せない」
彼の口を吐いて出た言葉。
それはまさに彼女の役割。
彼女は彼に虚ろな眼差しを向けた。
「そこに水は嫌と言うほどある。増やしてどうするんだ」
彼は起き上がって腰に付いた土の汚れを払った。
彼女に近付いて靴を脱ぐと、自分も浅瀬に足を浸けた。
気温とは裏腹に冷たい液体。
人を誘うような澱みない水。
少し間を空けて彼は口を開く。
「お前は独りなのに」
彼女は空白の表情に柔らかな笑みを浮かべた。
すっかり汗の流れ落ちた体を水から起こす。
深い森にはいつの間にか陽は射し込まなくなっていた。
彼にとっての水のようなものになれるかな。
暗い水はまるで光ない夜。
彼女は珍しく物思いに耽った。
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三日月>