番外E----------
気分は最悪。
船上の悪意
「調子はどう?」
青い髪を靡かせて、ラゼリアは尋ねた。
「悪くない。風もいい具合だしな」
舵を手にしたブラウは頷く。
長時間潮風に弄ばれ銀髪はくしゃくしゃだ。
「そう、良かったわ」
見上げると、見張り台にいる少年が見えた。
彼もこちらに気付いて手を振って来たので、彼女も帆の上に手を振り返す。
そんな彼女に、ブラウは何気なく尋ねる。
「んで、あいつらは?」
「可哀相だけど、相変わらず…」
バタンッという激しい音と共に船室の扉が激しく開いた。
話題の主の1人は、そのままの勢いで船の縁につかまり、海に向かって何度もむせる。
本日何度目かの嘔吐。
吐くものなど胃に残ってすらいない。
ラゼリアは慌てて、彼に駆け寄った。
「ストロ、しっかり」
言葉など気休めにもならないだろうが、一応声を掛けて背中をさすった。
彼の船酔いはかなり重症だった。
クラムも大抵酷かったが、彼女の場合は、1度寝入ると船酔いも忘れてしまうらしい。
眠っている間は実に安定している。
しかしストロフィスは気分の悪さに眠ることすら間々ならない状態。
「薬も吐いちゃったわね」
乗り出していた船の縁から滑り落ち、甲板に力なく腰をつける。
ラゼリアも後を追うように膝をつき、ハンカチで彼の口元を拭った。
「いつも適当にやってる罰が当たったんだろ」
同情こそしているものの、内心いい気味だとも思っていた。
ストロフィスの旅に対する姿勢は甘すぎる。
こんな時だけでも、どうにもならない苦しさを身に染み付けておけばいい。
蒼白の表情に汗を浮かべながら呟く。
「気持ち悪い…」
恐らく船に乗ってからこの言葉しか発していないのではないだろうか。
その声は、少し枯れていて、弱々しいもの。
ラゼリアは彼の喉に手をかざして呪文を唱えた。
胃液によって傷つけられた喉を癒しているらしい。
前髪を掻き分け、額に手を当てる。
「酷い症状だけど、やっぱり船酔い以外の何ものでもないわ。
薬も効くのを待てないなら、もう慣れるしかないわね」
冷たい彼女の手は心地良いらしく、それが離れる時に少々名残惜しそうな気配を見せていた。
「部屋に戻りましょう。冷たい水で、タオルを冷やしましょうね。
少しでも気分が紛れるかもしれないし。
体勢を低くして揺れを少なくしたら、眠れることもできるかもしれないわ」
そういうと、彼女は肩を貸すというよりも、ほとんど抱きしめるようにその身を立たせる。
「じゃあ、ここはよろしくね」
ちょっと過保護だろうとか、そんなにくっつかなくても立てるんじゃないかとか。
思わずじと目でそちらを見る。
すると、彼女に抱きとめられたストロフィスと一瞬眼が合う。
さっきまで絶望を背負い込んでいた表情だったはずなのに。
彼を見下しているというか、彼よりも優位に立っているかの様な表情。
「うわっ、何で負けた気分に!?」
どうやら、心の中で彼の不幸を喜んでいたことがバレバレだったようだ。
「試合に勝って、勝負に負けたって奴ですかね」
独り言に応えたのは、見張り台から降りてきたネーブルだった。
何やら面白そうな顔をしている。
「うるさいっ!黙って見張ってろ!!」
「あ、八つ当たりされてる…」
そんな甲板のやりとりを知ってか知らずか、船はのんびりと波に揺られていた。
<番外D
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