雨雲職人 ―アマグモショクニン



彼女は雨雲を創っている。

天から地を見下ろし、場所を決め、空を舞って、雲を精製する。
天から与えられた大切な仕事。
雨雲職人。





雨は恵であり、時に恐怖。

彼女は基本的には地域のカレンダー通り、雨を降らす雲を創る。
1年中雨が降る地域。
年中一定量、定期的に降る地域。
四季毎に、二期毎に降る地域。
まったく降らない地域。
大地の渇きを見ながら、丁寧に雲を創る。





しかし、時には過酷な試練を出す。

大地が枯れ果てるほど降らせない。
人が流されるほど激しく降らせる。
それは天の怖さを知らしめる行為。
自然への畏怖を保つ為の儀式。





彼女はそこに自らの気持ちなど、挟んではいけない。
感謝など、求めてはいけない。
同情など、抱いてはいけない。
それは天に反する事だから。





いつしか、ただ一度だけ、彼女は私情に走った事がある。

職人になってまだ間もない頃。
乾いた大地で1滴の水を求める幼い男の子に、一掬いの雨雲を創った。
その子の為だけに降った雨はその子を一時潤した。
しかし、天はその行為を許さなかった。
一握りの者の為に、その力は使ってはならない。
彼女への戒めの為、その男の子は雷に打たれた。
彼女ではなく、彼女以外が打たれた。





彼女は泣いた。

今までも多くの命が雨の有無で消えていった。
でも、それはどこの何とも決まらない、不確定に訪れる死。
しかし、彼女のせいで、特定の死を招いてしまった。
浅はかな自分への、消えない、深い罰。





彼女の涙は広い雨雲を創り、長い間その場所は、しとしとと雨が降り続いた。
とても悲しい雨だった。





それから彼女は誰の為も雨を降らせない。
何の為でもなく、ただ仕事として雨を降らせる。
とても無機質な、灰色の雲。





時に、淋しくなっても、彼女は生きるものを見る事はない。
そこに、温もりを見つけてしまえば、また心が揺れるから。
また、悲劇を起こしてしまうかも知れないから。





誰も愛す事が出来なくなる。
それが天を裏切った代償。
苦しく長い、永久への呪縛。





今日も雨雲は心冴えない、灰の色。
堕ちる雨粒は、あの日の涙のように温かくはない。






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